トレーニング・研修がVRのビジネス普及をけん引する

2019.9.26 ライター:狐塚 淳

トレーニング分野では費用対効果が予測しやすい

これまで、国内のVR(仮想現実)やAR(拡張現実)の認知・普及は、エンターテインメント分野がリードしてきました。PlayStation VR やOculus Rift、Oculus Goなど、ヘッドマウントディスプレイ(以下、HMD)型デバイスが次々登場し、ゲームや映像エンターテインメントを楽しむためのコンシューマ向けの利用を促進してきました。また、バンダイナムコなどが展開するアミューズメント施設でのVR利用が広がったことでも認知が高まりました。ARという言葉をよく知らない人がいても、「あのポケモンGOの」と説明すれば、すぐに理解してもらえます。

しかし、世界に目を向けると、VR、AR、そして両者の特徴をあわせたMR(複合現実)の市場は、コンシューマ向けよりB2Bの方がニーズが大きく、成長も急速です。

IDC Japanは2019年6月にVRとARの2023年までの市場予測を発表しました。これによると、VR/ARのグローバルな市場規模は、2018年に89.0億ドルでしたが、2023年には1,606.5億ドルに達する見通しで、年間平均成長率は78.3%という爆発的なものになっています。2023年に最もシェアを占めるのは84.7億ドルのトレーニング分野で、それに続く産業メンテナンス(43.1億ドル)、小売/展示(38.7億ドル)を大きく引き離しています。一方、コンシューマ向けのシェアは全体の13%程度と予測されており、ビジネス利用がVRやARの普及を大きくけん引していることがわかります。また、国内のAR/VR関連市場の規模は2018年が12.9億ドル、2023年は34.2億ドルの市場に成長すると予測されています。2023年のトレーニング用途は、このうちの3割程度にあたる10.4億ドルの見込みです。

トレーニングへの利用が盛んなのは、費用対効果が見込みやすいからです。従来の各種企業研修は、講師と教材、研修会場を用意し、多くの拠点から受講対象者が同じタイミングで一か所に集まって実施されていました。しかし、VRを利用したトレーニングを考えると、講師は必要なく、それぞれの職場で、自由なタイミングで受講できるようになります。このため、自由度が上がり、従業員の移動時間も必要なくなります。交通費や講師のギャラ、施設の利用料金などをカットできるため、VRデバイスの購入費用やVRコンテンツの制作費を差し引いても、大規模な企業ほど導入によるコストメリットは大きくなります。もちろん、映像を見ながらの体験的なトレーニングの学習効果が高いことは、いうまでもないでしょう。

VRの利用に熱心に取り組んでいるのが、米国小売大手のウォルマートです。ウォルマートは、VRを商品紹介やバーチャル空間でのショッピングなどのセールスでの利用を考えるのと同時に、従業員のトレーニング利用には2017年から取り組んでいます。ネット注文した商品を店舗で受け取るピックアップ専用自販機「Pickup Tower」の操作のトレーニングに利用されており、Pickup Tower設置前の店舗でも、従業員はその扱いを習得できたそうです。さらに、2018年には17,000台のOculus Goを導入し、各センターや店舗へ配備し、アメフトなどのVRトレーニングシステムを開発するSTRIVR社とトレーニング用のコンテンツ作成で提携して、「新技術」「共感やカスタマーサービスのソフトスキル」「コンプライアンス」の3つに関するトレーニングを行えるようにしています。

小規模な企業では投資面でのVR導入ハードルはまだ高いかもしれませんが、今後の普及による量産効果でVRデバイスの価格は急速な低下が予想されますし、ソフトウェア面でも標準的なトレーニングに利用できるコンテンツが増加していけば、この問題はクリアされるでしょう。

出典:2023年までの世界AR/VR関連市場予測を発表(https://www.idc.com/getdoc.jsp?containerId=prJPJ45301519)

国内でも広がりを見せるビジネス分野のVRトレーニングと教育分野での可能性

国内でもVRのトレーニング利用のビジネスは進んでいます。自動車教習所のドライブシミュレーターは、免許を取るときに皆さん体験していると思いますが、最近ではHMDを使用するVRのドライブシミュレーターも登場し、アイロック社が開発したT3Rがロイヤルドライビングスクール広島で採用されるなどの実績も出てきています。また、VRコンテンツ開発のハシラス社では高齢ドライバー向けドライブシミュレーターを開発中など、新たな領域での可能性も追求されています。一人ひとりにデバイスを用意するのではなく、こうした繰り返し利用が可能なVRシステムは採算が取りやすく、今後もさまざまな分野で製品やソリューションが出てくるでしょう。

現実では再現が難しいトレーニングや、危険を伴う訓練もVRが得意とする分野です。JR東日本は安全意識向上を目指し、VRによる過去の複数の事故体験を研修に取り入れています。富士通は東京大学と共同で開発した心臓シミュレータのデータをVR表示し、360度立体的に確認できる心臓ビューアーを提供しています。手術の前にシミュレーションが行えるほか、手術による血流などの変化を視覚的に理解できるため、ベテランの心臓外科医のノウハウや技術を若手に継承するなどの利用法も期待されています。

企業などのトレーニングと同様、学校教育での利用も高い可能性を持っていることは想像に難くありません。米国ではすでに多くの学校がVRを授業に取り入れています。国内では、大学での利用例は出てきていますが、初等中等教育での利用はこれからで、現在メーカーなどが導入に向けた実証実験などを行っている段階です。オキュラス社は日本、台湾、米国の3国でVR教育利用のパイロットプログラムを2018年から開始しています。富士通のzSpace教育ソリューションを使用したVRプログラムが同じく2018年に花園中等高等学校に採用されVR授業を開始したなどの実績も出てきていますが、多くの公立校では現段階ではコストが高額になるため、普及には時間がかかりそうです。

しかし、それらの教育機関でもVRやARを授業に取れ入れていく方法はあります。実は多くの博物館や美術館にはVRやARを利用した展示が存在し、ノウハウもたまっています。これらの施設は学校向けのプログラムを用意するなど日ごろから学校と連携した教育活動にも取り組んでいます。こうした地域の公的な組織と教育機関が連携をうまく進めていけば、カリキュラムの一部に対応させたVR授業の普及も、意外と早く実現される可能性があります。

技術的には今後、VRやAR単体ではなく、それらを総合したMR(複合現実)の進展が期待されており、そのための技術環境も整備されてきています。以前はARのプログラムも一から書かなくてはならなかったのですが、すでにiPhone XはARソフトを内蔵しているため、コンテンツを簡単に作成できます。また、マイクロソフトのHoloLensは両手を自由に使えるハンズフリーなARデバイスとして、製造やメンテナンス、手術室などさまざまな現場での利用が検証されています。2019年2月にはHoloLens2が発表になり解像度や操作性が向上し、実用性がさらに高まっています。VR/ARのテクノロジーは着実に進歩し、それによって、今後実用的な新しい可能性が拡大していくでしょう。

本記事のライター
狐塚 淳(こづか じゅん)
IT系フリーライター。コンピュータ系出版社の雑誌・書籍編集長を経て、フリーランスに。
AI、ロボティクス、IoT、クラウド、データセンターなど幅広い記事・コンテンツ作成に携わっている。
ネットメディア「スマートワーク総研」編集長。

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