新しいクルマ社会の実現を予感させる、モビリティのAI活用

ヒトが運転するときの事故を減らす

自動車のAI活用というとまず思い浮かぶのは自動運転でしょう。確かに、多くの自動車メーカーがAI研究に膨大な投資をし、AI企業も自動運転の開発に参入するなどのニュースが次々に流れてきます。場所を限定することなくシステムが運転のすべてを操作する「レベル5」の自動運転の実現に向けて研究開発が加速しています。

最近では自動運転についての法整備も話題です。自動運転にした方が、交通事故が減るという研究もあるのですが、もし完全自動運転で事故が起きた場合、責任は誰にあるのでしょうか? 法律的に納得いく説明がなくては、社会は自動運転を受け入れるのは難しいでしょう。あるいは技術面よりもこちらの課題解決の方が、時間がかかるかもしれません。

もっとも、AIがモビリティにもたらすメリットは自動運転だけではありません。他にもさまざまなAI利用が試みられ、すでに成果を上げているものもあります。

まず、ヒトが運転しているときの交通事故を削減するための取り組みです。事故削減のための車載システムとして2004年から搭載されているSUBARUの衝突被害軽減ブレーキ「アイサイト」(EyeSight)が有名です。ステレオカメラで前方を監視して障害物を認識すると自動ブレーキなどによって事故が起こりにくくする運転支援システムです。一般には運転支援は自動運転の前段階と位置付けられています。SUBARUではアイサイト発表前から30年近くこの研究に取り組んでいて、320万kmを超える走行画像データの蓄積を、現在ではAIなどで分析し認識精度の向上に役立てています。

SUBARUはアイサイト搭載以前と比較すると、追突事故発生率は84%減少、歩行者事故発生率は49%減少したと発表し、さらに2030年までに死亡交通事故ゼロを目指すと言っています。

もちろん、こうした技術は将来的には自動運転にも応用されるでしょうし、そこに向けてGPUメーカーのNVIDIAなどが研究を進めています。同社は「自動運転の安全に関するレポート」を発表しています。

交通事故削減のために利用するデータは走行画像だけとは限りません。自動車メーカーと自治体が協力して、カーナビデータを元にしたビッグデータ解析による交通事故削減に取り組んでいる例もあります。トヨタIT開発センターは大阪市、ホンダは埼玉県と共同で過去に事故のあった地点や、急ブレーキが多発している場所のデータなどを分析して、交通標識を見やすくするなどの解決策を講じることで、交通事故削減に効果をあげています。

また、京都府警は交通事故の発生場所や時間帯、事故の形態などのデータを分析して地図画面で示す「GIS(Geographic Information System=地理情報システム)交通事故分析」を運用して、人身事故件数の減少に効果をあげています。こちらは将来的にAIを導入し、精度を上げていく考えです。

車載AIアシスタントは当たり前になる

他にもモビリティにAIを利用するアプローチはあります。現在導入が進んでいるのがスマートスピーカーによる音声アシスタント機能です。

メルセデスベンツは音声認識を専門とするSoundHound社の技術を採用し、自社の車載インフォテインメントシステムMBUXを開発しました。コマーシャルで「ハイ、メルセデス」と呼び掛けているアレです。ホンダもSoundHound社と音声アシスタントの共同開発を発表しています。一方、BMWのようにAlexa採用に向かって進んでいるメーカーもあります。新型車には最初から搭載されるAIアシスタントですが、旧型車への後付けが可能なAmazonの EchoAutoも昨年発表されているため、今後多くのクルマで利用されるようになるでしょう。

自動車のAIアシスタントは天気や交通情報を知らせるだけでなく、ドアロックや解錠、エアコン、カーステレオの制御など幅広いニーズに対応することでモビリティのサービスを向上させますが、開発過程では苦労もあったようです。というのも、人間の言葉を聞き取らせるためのAIの学習にとっては、余分な雑音が多かったのです。しかし、ディープラーニングによる音声認識の取り組みで車載AIアシスタントの利用が可能になりました。

タクシードライバーの人手不足をAIで解消

自動車自体の機能や利便性を向上させるわけではありませんが、ドコモが各地のタクシー会社と連携して展開している「AIタクシー」もユニークな取り組みです。スマートフォンのリアルな位置情報とタクシー会社の過去の運行情報から、タクシーが現在地からどこへ移動すればお客を拾いやすいかを高確率で通知するシステムです。

現在どの場所にどんな(性別・年齢層の)スマートフォンを持った人が何人くらいいるかというデータと、天気や時刻、イベントの有無などによる過去の運行情報の分析結果を組合せることでタクシーの正確な需要予測が可能になります。たとえばスマホのリアルタイムデータによって、駅で人が増え続けていることがわかれば、タクシーを使いたいニーズが生まれていて、そこに向かえばお客様が高い確率でタクシーを拾いたがっている可能性が考えられます。

AIタクシーはすでに東京無線や熊本タクシーなどで導入されています。これにより、乗車率をアップして生産性の向上などに役立てることが可能です。また、新人のタクシードライバーでもベテランに近い乗車率を実現できるようになるため、人材不足解消に効果を上げることができるでしょう。

このように、すでに存在するデータとAIで分析した結果とを組み合わせることによって、新しいサービスの提供や業務効率化が可能になります。完全自動運転の実現は少し先かも知れませんが、モビリティへのAI活用はすでに様々な恩恵をもたらしてくれているのです。

本記事のライター
狐塚 淳(こづか じゅん)
IT系フリーライター。コンピュータ系出版社の雑誌・書籍編集長を経て、フリーランスに。
AI、ロボティクス、IoT、クラウド、データセンターなど幅広い記事・コンテンツ作成に携わっている。
ネットメディア「スマートワーク総研」編集長。

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