デザインの塩梅
混じり切ってしまわないダイナミズム
デザインエンジニア 山中俊治

デザインという仕事は、かつてはアプライド・アート(応用芸術)、つまり工業製品や生活をきれいにする仕事でしたが、それに対して最近は「何をつくるの?」という、ものづくりの初めの段階から問われています。どんな技術をこれから先発展させるのか?というマクロなテーマから、環境や人権といった複雑な社会の問題までをバランスさせなければいけない時代において、デザイナーの役割自体がまさにバランサーになっています。そういう意味では、「いい塩梅につくる」ということもまた、デザイナーにいつも求められていることだと思います。

一方で、「塩梅」という言葉自体は、普段あまり使っていないな、とも思います。それはなぜかというと、「いい塩梅」と言ったとき、相反するAとBの中間にあるちょうどいいバランスを探すような感覚がありますが、実はデザイナーが心がけなきゃいけないのは、その中間を超えることにあるから。つまり、50:50でいい場所を探すのではなく、相互に100:100のままでいられる場所を探さなくちゃいけないんですね。

工学的な観点でつくるか、アート的な観点でつくるかというときも、両方を満たすために50:50にしてしまうのは、一見バランスがいいようでもそれぞれのいいところを引き出しているとは言えないわけです。なんとか100:100のままで成り立つ場所はないのか?と考えることこそが、我々、デザイナーの仕事の最も重要なところ。まぁ、そう簡単に100:100にはならないんですけど(笑)。でもなるべく高いところで、重ね合わせられる場所を探したい。だから自分のデザインには、塩梅という言葉に含まれる妥協するような感じは入れたくないと思っています。今回、塩梅というテーマを与えられて、そういえば塩梅って言葉を案外使わないのはなぜだろう?と考えたときに、そんなことに思い至りました。

アイデアは、「生み出す」というよりも、
「見つける」に近い

工学と呼ばれるものとアートと呼ばれるものは、方法論がまるで違います。工学は自然科学ベースで客観性を大事にし、既存の事実に対してマッピングがされたものを科学知識と呼ぶ。それに対して、芸術とか感性と呼ばれるものは、むしろ個人の主観を深く掘り下げて、自分の感覚を研ぎ澄ませることによって作品をつくり、それが共感されるかどうかで評価がされる。だから、このふたつは本来、混ぜてはいけないものでもあります。科学的な手法のなかに「こうしたいんだけど」を入れてはいけないし、アートを生み出すなかで「それは正しいことなの?」を考えすぎてもいけない。

プロダクトのデザインをすることとは、この相容れない工学とアートをひとつの製品のなかに同居させることだと思っています。安全だとか壊れないといった工学的に検証できる部分と、心地よいとか美しいといった感覚的な部分の両方を満たさなくちゃいけない。互いに衝突するからといって妥協に妥協を重ねてつまらない商品にするのではなく、工学的・芸術的な魅力を両立させる形や動きってなんだろう?と考えるのが、僕の仕事なのです。

その塩梅のとり方は難しいのですが、工学者である自分と、芸術家である自分を、意識して使い分ける感覚はとても大事だと思います。今は工学者として考えているから、主観は入れない。今はアーティストとして考えているから、パーソナルな感覚を研ぎ澄ませる。僕はいつもそれを意識していて、今はアーティスト、今はエンジニア、というふうに振る舞うことでバランスをさせていますね。

創作と自分との関わりについては、詩人の谷川俊太郎さんがおもしろいことを書いていて、彼にとって詩は、自分から出てきたというよりも自分を通してもっと普遍的なものに触れている感触があるというんです。「詩人とは自己を超えた何ものかに声をかす存在である」(谷川俊太郎『詩を考える—言葉が生まれる現場』)と。彼の詩と比べるなんておこがましいんだけど、ああ、自分が求めてるのもそれかもしれないと共感しました。最初のきっかけはすごくパーソナルなものではあるんだけど、形にしようとするときには、誰もが持っている感覚の根源みたいなものに結びついていく。その普遍的なところが見えたときに、デザインができるんです。

そこで重要なのが、アイデアなんです。つまり、ある観点から見たら主観と客観が同じ方向に向かっているじゃん、というところを見つけられるかどうかなんですね。例えば、僕がデザインした「ISSEY MIYAKE WATCH」の腕時計に昆虫のモチーフを与えた「INSETTO」という商品がありますが、そこには虫好きという僕の個人的な想いもありつつ、マシンとしても成立させなくちゃいけない。そのためには、虫のなかで精密機械のように見える場所はどこか、時計に虫のような形を与えても邪魔にならない場所はどこかを探す必要がありました。そこで見つけたのが、腕を留める「かん」の部分を虫の足を模倣したデザインにしたら、機能的にも腕にしがみつく役割を果たすという発見であり、針の太さに変化をつけると虫の触角のように見えるという発見でした。

こうしたアイデアは、「生み出す」というよりも「見つける」に近いものですね。その発見を見つけるために、丁寧に観察をすることが大事になってくるのです。

お互いに共感できる部分を発見する
プロセスもまた、デザインの一部

昔、友だちと「いい塩梅ってそう簡単に見つからないよね」と話をしていたときに、「でも塩梅がとれちゃった状態をベストとするんじゃなくて、とれつつある状況、徐々に混ざっていって、まだあっちにいったりこっちにいったりしている状態の方がおもしろくないですか?」と話したことがあります。コーヒーにミルクを入れたとき、完璧にベージュになっちゃうよりも、ちょっとふわふわってなっている状態のほうが美味しそうに見えますよね。いい塩梅というと、すでにバランスがとれたスタティックな状態を思い浮かべがちだけれど、動的な状態こそが魅力的だと思うんです。

プロジェクトにおける人の出会いにもそんなところがあります。若い頃は忙しくなってくると、「もうひとり自分がほしい」と思っていたわけですよ。自分が3人いたらこのプロジェクトは完璧にできるのに、と。今振り返ればその時期は、周りのスタッフや一緒に働く人たちにわかってもらえないことに、すごく悩んでいた時期でもあったと思います。でも、ある時期から違うってことに気がついた。人との出会いを活かし、その人の僕とは違うところを活かしたほうがおもしろいものができる。そう意識するようになってから、仕事がずいぶん楽になったんですね。

日産自動車でカーデザインをしていた頃は、車のモデリングをやるモデラーと一緒に働けたので、その人が描くものに対して細かく指示をしてつくるのが当たり前だと思っていたんですが、フリーランスになってからはそうしたやり方ができないんですよね。フリーランスってひとつのプロジェクトだけに張り付くわけにはいかないから、ある程度モデラーに任せなくてはいけなくなる。そこでいつもと違うやり方をしてみようと思って、モデラーと一緒に食事に行って、車を見に行って、カフェに行ってと、デートみたいなことをしたんです(笑)。

街で見かけた車について、「この車のここが好きなんだよね」とか「ここはこういう曲面構成ですね」とか議論をしながら、眺めのいいところや、美味しいものや、今興味を持っているものなど、自分のお気に入りを紹介する時間をしばらく過ごしてみた。そしてそれからは、細かいことは指示しないで、その車に持たせたい印象だけを話すようにしたんです。そうしたら、会うたびにアウトプットがよくなっていって、僕のほうが教えてもらうことも増えてきたんです。「そうか、人と協働するってこういうことか」と、そのときに学びましたね。他人と働くときは、手取り足取り細かく指示を出すのではなくて、基本的な美意識や価値観のすり合わせを先にやっておくべきだと。そうすることで、自分にはないその人の能力を引き出すことができる。その出会いによって生まれるものがある。

ダイナミズムという意味では、価値観の違いがあることも大事だけれど、むしろそれをすり合わす過程が重要だったんだろうと思います。そうやって人との出会いのなかで、お互いに共感できる部分を発見するプロセスがデザインそのものだったのかなと、今では思っています。

本格的にそういうふうに振る舞えるようになったのは、40歳を過ぎてからですね。30代はもう自分の能力を上げるのに精一杯で、自分のポテンシャルを120%発揮したいと常に思っていました。でも、40代からは自分の力を上げることだけにこだわらないで、人との出会いにちゃんと時間を使うようにすれば、150%でも180%でも発揮できるのだと思えるようになりました。

40代の頃に自分の事務所のスタッフを増やさなかったのも、そうした人と働くダイナミズムをフィジカルに感じていたかったからかもしれません。40代の頃、僕は多忙なデザイナーのひとりではあったと思いますが、これ以上人を増やすと、人をどう働かせるかというマネジメントの仕事に人生の大半を使うことになると感じて、そこからは逃げてしまいました(笑)。ああ、自分の脳がものをつくるってそういうことじゃないなと。

もちろん、人によっては組織をつくることにおもしろさを感じて、マネジメント側に移る人もたくさんいますが、僕はそうではなかったんです。いろいろなタイトルを獲った元・プロ野球選手のイチローさんが「今後の目標は?」と記者に質問されて、「もっと野球がうまくなりたいです」と言いましたが、それにすごく共感した覚えがありますね。僕ももっと、デザインがうまくなりたいです。

[構成・文/宮本裕人 絵/塩川いづみ]

山中俊治 YAMANAKA Shunji

デザインエンジニア/車や時計などの幅広い工業製品をデザインする一方、未来をプロトタイプする作品を通して先端技術と人の関わりを探求する。Instagramにてライフワークである日々のスケッチを公開している。

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