虚と実 コラム
黒い温泉の湧く土地で生まれた女
文・絵 / 長崎訓子

イラストレーターという職業は嘘つきだ。そもそも絵を描く人間などは全てが嘘つきだと思っているが、自分は違うとお叱りがきそうなので、イラストレーターと限定しておこう。見たことも聞いたこともないような出来事でも、さも現実のように描きだす。しかも人に頼まれてやるのだ!恐ろしい!震える!

さて。私は黒い温泉が湧く土地で生まれて育った。温泉の向かいにある神社には偽物の富士山があった。その街ではものごと全てがモノクロームだった。小さい頃から絵を描くことが好きだった私は、紙と描くものを渡しておけばおとなしくしていたそうだが、父親が文筆業だったからか画材は原稿用紙に黒のボールペンだった。初めて自分で拾ってきた猫は白に黒ぶち。その猫が生んだ子どもは黒に白ぶちだった。15、6歳になると顔を白く、目の周りを黒く塗った外国人が演奏する音楽にはまった。黒い服を好み、マン・レイの白黒写真を切り抜いて黒いTシャツにつけて歩いた。

そのうち、美術大学に進むことになりデッサン教室に通うことになった。モノクロの世界で育っていたので、デッサンは比較的得意だったが、色彩を扱う課題はからっきしだった。一年間浪人をすることになったので、当てずっぽうで色を塗るすべを覚えた。そのうち、多摩美術大学に合格した。黒い温泉に浸かりながら全てが当てずっぽうの作品を作った。イラストレーションの登竜門と言われているコンペティションがあり、当てずっぽうに描いた絵を何枚か送ったが、乱暴すぎて落選した。そこで、もう少し現実を描こうと考えた。目に見えているものを描くことにしたが、長いあいだ黒い温泉に浸かりすぎていたので、画面が真っ黒になった。

ある日、黒い大きな鳥がこちらを見ていた。その鳥の生き血を飲むと不老不死になるらしいが未だ捕まえて飲んだ者はいない。鳥は森林地帯に住んでいて、木の洞の中に赤い自転車があった。自転車は誰かが塗ったようだったが、自分が塗ったのかもしれない。赤と初めて出合った気がして赤い車の絵を描いてみたらコンペに入選した。そのままイラストレーターになれたので、自分の目に見えているものを描くことが良いことなのだろうと思い、描くようになった。昨日、Googleマップを見ていたら大きな黒い鳥と赤い自転車が写っていた。生き血はまだ飲まれていないようだった。この物語はフィクションです。

長崎訓子 NAGASAKI Kuniko

1970年東京都生まれ。多摩美術大学染織デザイン科卒業後イラストレーターとして書籍の装画や挿絵、映画に関するエッセイ、漫画の執筆など多方面で活動中。主な装画の仕事として『武士道シックスティーン』『億男』など。漫画の作品集に『Catnappers 猫文学漫画集』がある。

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