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Japan

企業/公社の創造的改革

日本郵政公社総裁
生田 正治

1. 21世紀初頭の世界と日本

本日は、商船三井での改革の経験と、現在日本郵政公社の改革にどう取り組んでいるのかということを中心にお話ししたいと思います。

商船三井と郵政公社は規模も比較すべくもないほど違いますし、事業内容も全く違います。また、片方は民でもう片方はいわば官です。しかし、経営という観点からは、要諦というところで必ずしも共通点が無いわけではありません。

ピーター・F・ドラッガーは著書『チェンジ・リーダーの条件』でまず、正確な時代認識を持った上で問題意識を持つことが第一であると書いていらっしゃいます。私も同感であり、さらに、経営者としてのビジョンをきちんと示すことが重要だと思います。そして、そのビジョンを達成するための戦略を示し、戦略体制を敷き、その上で行動計画・アクションプランを示していくことが経営の要諦であろうと考えております。

さて、21世紀初頭の世界と日本は、産業革命以来の地球を挙げての大経済社会変革期だろうと私は認識しております。89年のベルリンの壁の崩壊を契機に東西冷戦構造が終わり、ITとロジスティックスの発達で、今、経済に関して国境は液状化しています。しかし、日本はサッチャーやレーガンがやったような構造改革とディレギュレーションをやることなく、株式持合い、コンセンサス経営、プラザ合意以降の円高への推移や終身雇用制の足かせにより国際競争力を喪失し、今や先進国の中では世界最下位レベルです。

2. 商船三井の創造的改革

私は94年に商船三井の社長になりましたが、当時の商船三井は、財テクによる含み益経営に行き詰まっていました。私は社長就任後、「創造的改革運動」を社内に呼びかけ、売却益は一切出さないこととして背水の陣で臨みました。その当時、新海事法ができて、定期船に関して認められていた国際カルテルの廃止が決まり、市場原理が完全に導入され、共通の価格が崩壊しました。そして、就任1年後には円高も79円75銭という悪夢のようなレベルになったのです。

そこで、まず、トレードマネジメントという本社の分身を香港、サンフランシスコとロンドンに設置し、主戦場の現場で指揮を執らせるようにしました。次にやったことは、コンテナ船建造を凍結です。これだけではビジネスの縮小に繋がりますから、その代わりに専務時代から温めてきた国際的な巨大な業務提携(アライアンス)に乗り出したのです。定期船事業、コンテナ船事業に対する時代のニーズに応え得る、本当のグローバルなサービスネットワークを構築するために、世界で初めてAPL(アメリカ)、ネドロイド(オランダ)、OOCL(香港)との4社によるグローバルなアライアンスを結んだのです。すなわち、自らの大型新規投資をしないで、リスクを分散しながらアライアンスを通じ、世界一級のサービス・クオリティで、そしてコストパフォーマンスの面でも実績を挙げながら、グローバルネットワークの実現を図りました。アライアンスの要諦は、第一に、客層や得意分野でコンフリクトしないこと、第二は、おのおのの地域でファーストクラスのキャリアであること、第三に、財務状態、そして、第四に経営トップのクオリティが結構重要です。

次に、選択と集中による経営資源の効率化を図り、利益の出る不定期専用船、タンカー部門、中でも、液化ガス・原油・石炭などのエネルギー分野、鉄鋼原料・木材チップなどに重点投資をしました。また、アカウンティング部門、船舶の管理部門、福利厚生部門、広告宣伝等の分社化ないしアウトソーシング、定期船の日本国内営業部門の分社化(MOLJAPAN)も行いました。そして、M&Aを積極的に行う一方で、逆に、時流に逆らっている航路、赤字がたまっていた総合物流などからは撤退しました。

社長後半に行ったナビックスラインとの合併は、日本国の必要とする重要物資輸送部門の更なる強化をもたらし、当該部門における運航隻数で世界最大の会社となりました。合併の成否は社員一人一人の意識の持ち方次第です。正論をぶつけ合う議論と、コンセンサスがなくても自らの責任を持った上位者の決断があればいいと考え、「和をもって尊しとせず」「コンセンサスは不要である」「適材適所に徹する」という三つの原則を貫きました。

それから、経営改革にも着手し、APLの元社長、ジョージ・ハヤシ氏の招聘を手始めに、執行役員制を導入しました。28人役員がいましたが、現在、商法上の取締役は11人で、取締役と執行役を兼ねているのは7人です。また、社外取締役には、財閥グループの外の方で、海運と極力異なった分野から最高権威の方々にお願いいたしました。

3.「真っ向サービス - 日本郵政公社の目指すもの」

私の郵政公社の第一印象は、とにかく大きいということでした。資金量355兆円は去年の実質GDP541兆円の66%に相当しますし、職員は28万人、臨時雇いを入れると40万人です。しかし、その郵便事業は構造的な赤字に加え、eメールによって圧迫されていますし、パーセル分野は市場は伸びてはいますが、民間との競争では連戦連敗で、以前は100%あったマーケットシェアが今は5.7%になっています。また、郵貯のビジネスモデルをどうするか、前年同月対比20%以上で激減している簡保、優秀な職員の潜在的な能力をどう顕在化させるかなどの課題があります。

本年4月1日から公社はスタートしたわけですが、まず、経営理念・行動憲章・環境宣言を定め、公社としての哲学とモラルを発表しました。また、総裁就任と同時に、三つのビジョンを掲げました。「真っ向サービス」「公社経営の健全化」「職員にとって将来展望と働きがいのある職場を」です。 次は戦略と戦略体制ですが、郵便、郵貯、簡保の3事業本部制を敷き、経営企画部門を創設し、理事会の下に経営委員会、その下に九つの専門委員会を置きました。各委員会には担当の理事が一人しか出ないで、他は担当外の理事で構成されている訳ですから、みんなからいい意味でたたかれることによって、公社の中で相乗効果を生むことを期待しています。

ヒューマン・リソーシズの開発については様々なことに取組んでいますが、純粋に縦割りで育ってきた幹部職員にJPキャンパスと称して、外の空気を知ってもらうために、1か月に1度は外部の講師にお話しいただいています。また、国際展開をするために、この10月から一斉に15~16人を世界各国のポストや金融関係、不動産関係の会社に実業体験に行かせています。この3~6か月の派遣を2~3回繰り返せば一つの層が生まれ、公社の国際展開への大きな力になると確信しています。

また、公社ではコーポレート・ガバナンスを重視しています。政府と納税者は株主であり、顧客はまさに全国のお客様です。取引先はたくさんあるし、従業員は職員です。国会は巨大な株主総会だと思えば、株式会社の要件は全部あるという気持ちで、オープンで健全な経営をしていこうと考えています。

このような戦略体制の中で、アクションプランを進めておりますが、郵便部門の黒字化はとにかく今年実現しよう、郵便小包のマーケットシェアを5.7から3年間で10%に戻そうとしています。また、トヨタのチームに知恵を授かった生産性向上のためのジャパンポストシステムを越谷郵便局で試行し、今、全国版に広げています。要員については、1年半で1万7000人減らし、調達コスト・購買は2年間で去年対比20%を削減する計画です。

組合の幹部の方とは何度も意志の疎通を図り、パートナー宣言をして日本郵政公社改革協議会というものを作り、改革は極めて円満に組合員の支持を得ております。特に重要なことは、意識と文化の改革だろうと思っています。行政による国民への役務の提供という役所的発想ではなく、サービス業であるという意識転換をしなければいけません。官庁でいう予算という考え方も払拭され、コスト対効果、生産性向上という意識が根づき始めています。しかし、問題は集団ないし組織から生まれる文化です。縦割り思考の文化を排し、部門間の自由な討議を行う一方で、本社、支社、郵便局へという一方通行ではない、お客様との接点である郵便局から情報が、支社、本社へ流れる対面交通を作る努力をしております。また、郵便配達人や郵便局の窓口の人など、フロントラインにいる人をエンカレッジして、単に誇りだけでなく責任を感じるよう頼んでおります。こうして業務遂行に関わるシステムと職員のマインドの構造改革ができれば、さらに自由闊達な雰囲気の中で個人の生産性が向上し、具体的な事業や業務案件も生産性を高くできるだろうと思います。

当面の課題ですが、ポストオフィス・ネットワークは重荷と言われておりますが、潜在的に貴重な営業資産と考えて、活用を呼びかけています。将来的に市町村合併、道州制移行などを考えれば、応分のコスト負担を頂きながら、行政の肩代わり的な仕事をする役目もあるでしょう。また、空いているスペースは、ポスタルローソンのように、入って頂ける方には入って頂いて、生活インフラとして買い物ができるようにということも考えています。これをまとめて、ワンストップ・コンビニエンスオフィス構想と称しております。

さらに、私のかねてからの持論である投資信託の販売をかなり信念を持って提案しています。1400兆を超える個人金融資産のうち、約8%しか投資信託+株式に入ってきていません。アメリカは約43%、フランスは約40%、ドイツが約20%です。このようになって始めて金融・資本市場は成熟するわけです。時事通信が、売り出したとしても13.6%の人しか買わないとのアンケート結果を発表しましたが、13.6%というのは約500万世帯にも相当します。500万世帯の方が50万円買えば2兆5000億となり、市場に大きなインパクトがあります。我々が販売し、ちゃんと説明責任を果たせば、郵貯に入れに来た方が、金利殆どゼロよりも多少リスクはあっても2~3%の金利があるなら投資信託にしようかと買われて、13.6%が容易に20%位になるのではないかと思います。

また、終身保険の改善にも手掛けようと思っており、もう認可を頂きました。民営化論議中は新しいことをやるなという議論がありますが、行政基本法や公社法では、自立的・弾力的に独立採算でやるように定めているのです。この両者をどう整合的に説明できるのでしょうか。また、民業圧迫論もありますが、本当に民業と重なる部分は民間が当方が参入していない部分も含めて主張している20%超ではなく6.7%の部分でしかないのが事実であり、事実に即した議論が必要です。また、定期付き終身保険の平均保障額は約3,000万円であり、簡保が約400万と想定すると、むしろ民保と相補完する格好になると思っております。また、同じ6.7%の中でも、我々は2倍型と5倍型で止めたのに対し、民間が主としているのは10倍型ないしそれ以上です。ですから質も程度もかなり民間とは異なるのです。郵貯・簡保はどうせ廃止だろうとの前提で反対される方もありますが、それも不適切な議論です。当方が志向しているのは、その減り方に多少歯止めをかけ、事業の健全性を保ちつつスリム化を図るということです。絶対に肥大化はさせませんし、あり得ません。今必要なことは、全国のお客様の利益と利便性の視点から議論することです。私は私自身の経営者としての良識と常識で判断し、民業を圧迫するようなことはいたしません。

最後に民営化論議ですが、これは政治が決める問題であり、あくまでも我々はまな板の上の鯉だと思っておりますのでコメントできません。但し、個人的に若干の感想を申し上げると、民営化については、私はそれがなぜ必要かについて、今以上にきちんと説明責任を果たすべきと考えます。構造改革そのものが、国家資源の最適再配分ができる環境作りであると私は認識しております。その環境作りのひとつの手法として民営化があると考えております。その目標は、相当低下した国際競争力を復元し、国民として豊かさを感じる社会を作ることと感じております。

民でできることは民に委ねるべきであるとともに、民でやった方がより良くなることを民に委ねるべきと考えています。そして、その尺度となるのは先に私が掲げた3つの経営ビジョンです。また、民営化という最終的なドアの中にあるもっと重要な課題は、まず国家の財政政策だと思います。その一環として国債に対する管理政策の絡みでも民営化するのであれば、会社がどうお役に立てるのかと言う課題があります。それから、第二に金融システムの構造改革との絡み、第三に地方改革、地方の主権回復における役割も重要だと考えております。

いずれにしても、公社の抱えている巨額の資金が、我が国の経済、特に市場、地域経済などにおいて、生きたお金として活用される仕組みを考えていただきたいと思います。民営化しても、ユニバーサルサービスの機能は必要でしょうし、日本が変わっていく過程で、地域住民の生活のセーフティネットとしての役割も果たしていけると思っています。

最期に、田中直毅先生の委員会が出された3案について、私は第3案の郵貯・簡保を廃止する案は経営的にも国家財政や国家経済、サービスの面からも非現実的な案であり、第2案の完全民営化の中でバリエーションが考えられるのではないかと思います。もちろん、運用の問題や自己資本が足りないという問題があるのは事実ですが、タイミングとしては2007年4月に、郵貯、簡保、郵便でそれぞれカンパニーを作り、国で一応株を持っておき、その時点で一挙に株を公開するのはあまりにもリスクが大きいので、タイミングを見て売っていくシナリオが現実的ではないかと思います。

いろいろ述べましたが、私の任期の間、民間経営者の常識と視点・論理をもって郵政公社の経営をさせていただきたいと考えているところです。