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ビジネス特許コンファレンス

富士通総研では、去る5月23日、東京国際フォーラムにおいてビジネス特許に関するコンファレンスを行った。この問題への関心が急激に高まるなか、600名を越えるフロア参加者を得て、約半日にわたって熱のこもった議論が展開された。このページは、コンファレンスでの議論を紹介しつつ、この問題についての若干の展望を述べるものである。

―富士通総研研究顧問・早稲田大学教授 岩村 充

(ここに来て注目を集めているコンピュータを使った新しいビジネス手法に関する特許については、各々に若干のニュアンスの違いを含めて、「ビジネスモデル特許」、「ビジネス関連特許」あるいは「ビジネスプロセス特許」など、いくつかの呼び方があるが、この記録では、あえてそうしたニュアンスの違いに立ち入らず、呼び名としては最も簡単な「ビジネス特許」という名称で統一した。)

基調報告:問題の所在

基調報告では、まず文教大学の根来龍之教授が、経営学者の立場から、米国および日本におけるビジネス特許の現状についての具体的な検討を踏まえて、現状と将来展望についての問題指摘を行った。

根来教授によれば、ビジネス特許という名で一括りにして呼ばれているものには、多くの異なったタイプのものがあり、なかには、大騒ぎされている割には競争者への影響は大きくないものもあるし、反対に、注目度は高くないが、重大なビジネスの要素が押さえられる可能性があるという点で、も し特許として成立したら競争者に与える影響が大きそうなものもある。したがって、ビジネス特許についての議論は、具体的に問題点を整理して行う必要があり、ビジネス特許を一様に規制するとか、もっと自由にするというような議論はできないと論じた。

そうした認識を示した上で、根来教授は、この問題を考えるにあたっての論点として、(1)なお流動的と見えるビジネス特許の今後をどうみるか、(2)ビジネス特許は競争を促進するのか阻害するのか、(3)ビジネス特許が今後の日米の競争力にどう影響するのか、の3点を指摘した。この根来教授の指摘 は、コンファレンス全体における問題意識として、後半のパネルディスカッションの主要なテーマとなった。

続いて、早稲田大学の相澤英孝教授が、知的財産権法の専門家の立場から、現状およびその問題点についての整理を行った。

相澤教授によれば、現在の特許法の構造ができあがったのは19世紀であり、そのため、特許法で前提としている産業は基本的には製造業であると考えてよい。したがって、産業構造が変化とともに特許法に時代に合わない面が出て来るのは当然であって、例えば、日本の特許法にある、「自然の法則」を利用したものが発明であるという規定についても様々な問題が生じてくることになる。産業の主体が製造業の時代にはあまり議論にならなかったものが、コンピュータの時代ともなれば何を使っていると自然の法則を利用したと言えるのか、あるいは、技術と一口で言っても、そこでは製造業的な技術だけを技術と言うのか、ビジネスの手法は技術でないのかと言うような問題が生じているのだと論じた。 相澤教授は、こうした認識を示した上で、ビジネス特許の大きな問題は、先行技術についての資料が十分でなく、したがって、何が特許になって何がならないのかについての予想がつきにくいことなのだろうとした。しかし、相澤教授は、ビジネス特許にそうした問題はあるにしても、そもそも法律というものは世の中にあわせて変えて行くべきもので、法律が先を読んで世の中を誘導するということが普通はない以上、それは止むを得ないことなのだと説明した。そして、実務的には、特にインターネットのような情報通信技術を使ってビジネスを行おうとする場合には、日本でビジネス特許が成立かどうかだけでなく、米国の特許法の適用を受けることもあり得るので、そうした面についても注意を払っておく必要があることを指摘した。

パネルディスカッションその1:プロパテント政策と競争政策

コンファレンス後半は、基調報告者でもある文教大学の根来龍之教授と早稲田大学の相澤英孝教授のほか、三井海上火災保険顧問で前特許庁長官の伊佐山建志氏、慶應義塾大学の國領二郎教授、東京大学の中山信弘教授、経済同友会副代表幹事・専務理事で野村総合研究所顧問の水口弘一氏の参加を得て、パネルディスカッションを行った。司会は富士通総研研究顧問の立場から岩村が務めた。

パネルディスカッションで多くの人の関心を集めたのはビジネス特許が産業や競争に与える影響をどう見るかであった。

この点について、國領教授は、産業に与える影響という観点からは、ビジネス特許自体の影響とともに、特許成立に関する不確実性の大きさが重大であるという認識を示した。また、そうした不確実性という認識の背後には、関係者間での対話の少なさがあると指摘し、この問題についての認識を深めることの意義を訴えた。

これを受けて、伊佐山前特許庁長官は、ビジネス特許が新しい分野であるだけに不確実性あるいは不安心理といったものはありうると認めた上で、しかし、特許公報などの公開されている資料をチェックするだけでも、既にライバルが手を染めているビジネスの状況は相当程度検討がつくはずであり、そうした面での企業自身の努力も必要なのではないかと指摘した。

また、水口経済同友会副代表幹事は、ビジネス特許が広汎な関心を集めるようになった背景には、いわゆるEエコノミーの急速な発展があり、ビジネス特許について議論するに際してもEエコノミーの発展と整合的な制度構築を行うという姿勢が必要だと指摘した。

そして、中山教授は、知的財産権法の専門家としての立場から、特許には成立の要件というものがあってビジネスの方法が何でも特許になるわけではないし、だから、競争者のビジネスを排除して経済の発展に大きな問題を起こすような特許というものは、そう多くは出てこないのではないかという認識を示した後、仮に、そうした問題が生じたときに安全弁の役目を果たすのは独占禁止法に代表される競争法の枠組みであろうと指摘した。中山教授の指摘は、特許法の強化いわゆるプロパテントの傾向は今後も続くであろうが、そうしたプロパテントが進めば進むほど、競争法を強化し弊害を除くべきである、あるいは、特許法や著作権法の解釈や運用の中に独占禁止法などの競争法的な要素を織り込んでいくべきであると論じた。

以上のようなパネラーの意見をも踏まえて、根来教授は基調報告を補足して、新しいビジネスを展開しようとしている企業にとっては、ビジネス特許というものに良く分からない要素があるだけに、事業に着手した後になって特許侵害を理由に訴えられるのではないかという不安心理があることを指摘した。これを受けて水口経済同友会副代表幹事は、根来教授の指摘に賛意を示しつつも、ビジネス特許は企業にとって不安や脅威という面もある一方でチャンスという面もあり、特に規制で守られた分野に進出しようとしている企業にとっては、ビジネス特許はプラスになる面も少なくないはずだと論じた。

こうした議論の中で國領教授は、ビジネス特許の「暴走」が仮に生じたとした場合、そのバランスを法律の外で取ろうとする動きがあることにも注意を促した。特にインターネットの世界では、著しくコモンセンスに反する行動をする企業に対しては、例えばボイコット運動のようなかたちで、それに対抗する行動を取る動きが出て来るこまた、特に米国との関係では、どこからどう訴えられるか分からないという不安心理も大きいと指摘した。とは少なくない。ビジネス特許の問題についても、そうしたボイコット運動のような可能性を意識して、特許権を主張する企業の行動自体が常識的な範囲に収まりつつあるようにも思えると述べた上で、中山教授の指摘したプロパテントと独占禁止法との組み合わせによる競争の促進という考え方に賛意を示した。

パネルディスカッションその2:国際的なルール

競争法との関係と並んで関心を集めたのが、国際的なルール作りの問題であった。この点ついて、國領教授が、特に米国との関係では、どこからどう訴えられるか分からないという不安心理も大きいと指摘したのに対して、伊佐山前特許庁長官は、1883年パリ条約以来の「特許独立の原則」の中で、少なくとも日米欧の間では共通のルールを作る努力が各国の特許庁間では開始されているので、実現までに多少の時間はかかっても、事実上の世界共通ルールは作られつつあるとの認識を示した。具体的には、伊佐山前長官は、各国が、どのビジネスの特許性を認めどれを拒絶したのかという事例をデータベース化し、さらに各国のデータベースを共通化することによって、各国間で判断が食い違ってしまうようなことを少なくする作業が着手されていると説明した。

もっとも、そうした共通化に向けての努力の一方で、特許に対する審査のスタンスに各国間で差があることも否定できない。伊佐山前長官によれば、米国は、特許の審査にあたり有用性があるかどうか、それで新しいビジネスが起こせるのかどうかを重視するのに対して、日本では、そこに使われている技術に本当に進歩性があるのかを重視する傾向がある。こうした違いについて國領教授は、米国の仕組みや考え方の方が日本より優れているとは言い切れず、新しいビジネスに取り組もうとしている起業家たちの間では日本のやり方に対する支持が強いようだと述べた。これに対して、相澤教授はいろいろの批判はありながらも、米国が米国流のやり方で成功していると言う事実は無視できないのではないかと指摘した。

いずれにしても、ルールとしての優劣はともかく、現実的な問題として米国の特許政策を無視することができないのは事実であり、パネラーの共通の認識としても、そうした現実の中で調和と対話を促進する必要があるという点であった。

共通の問題意識

最後に、コンファレンスの議論を通じて参加者共通の問題意識として浮上してきたと思われる論点を2点指摘しておこう。

第一に問題とされたのは、ビジネス特許における予見の難しさである。ビジネス特許という新しい分野では、制度の運用に十分な実績がないだけに、何が特許になって何がならないのかについて予見することは難しいし、それは制度の運用に対する不安を読んでいることは否定できない。ただ、そうした不安を理由にビジネス特許全体を否定しようという意見は参加者からは聞かれず、特許事例に関するデータベースの充実や関係者間の対話を通じて制度の予見性を高めるべきであるという点に意見の一致がみられた。

第二に認識されたのは、ビジネス特許の主たる舞台になっているEコマースの世界の特性である。Eコマースは、開放型ネットワークであるインターネットを縦横に使いこなすことで発展して来たわけだが、それは同時に、これまで競争者として認識していなかった相手から突然に特許の侵害であるという訴えを起こされるのではないかという不安の原因にもなっている。しかし、この点についても、参加者たちが一致したのは、それで現在の流れを否定するのではなく、経験と対話を積み重ねて行くことで、新しいコモンセンスの形成を促すべきだという考え方であった。

ビジネス特許については、それが業務差止請求とか賠償請求という法的手段で行使されることもあって、何か恐ろしいものであるかのような認識も少なくない。しかし、今回のコンファレンスで確認されたのは、ビジネス特許という新しい流れに冷静に対処しつつ、議論と対話を積み重ねて行くことの重要性であり、そうした観点からは、今回のコンファレンスも対話と理解の促進に些かなりとも貢献できたのではないかと考えている。

詳細

富士通総研特別企画
『ビジネス特許コンファレンス』

プログラム

13時 受付開始
13時30分~13時35分
開会挨拶
理事長
福井 俊彦
第1部 基調報告
13時35分~14時10分
ビジネス特許の現状と今後の想定シナリオ
文教大学情報学部教授
根来 龍之
14時10分~14時45分 ビジネス関連特許に関する法的考察 早稲田大学アジア太平洋
研究センター教授
相澤 英孝
14時45分~15時 休憩
第2部 パネルディスカッション「ビジネス特許とビジネス」
15時25分~17時5分
パネラー
早稲田大学アジア太平洋研究センター教授
相澤 英孝
前特許庁長官(三井海上火災保険顧問)
伊佐山 健志
慶応義塾大学ビジネススクール助教授
国領 二郎
東京大学法学部教授
中山 信弘
経済同友会副代表幹事専務理事
(野村総合研究所顧問)
水口 弘一
司会 早稲田大学アジア太平洋センター教授
岩村 充
17時分~17時5分 閉会挨拶 会長
村岡 茂夫

2000年5月23日