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  5. ODA理念の再考と外交戦略の明確化

No.160 : ODA理念の再考と外交戦略の明確化

主任研究員 柯 隆

2003年4月

要旨

  1. 政府経済援助(Official Development Assistance=ODA)は国家間のマネーフローとして捉えることができるが、それが必要とされるのは、国家間の経済成長の不均衡を背景に、豊かな国から貧しい国への援助が、人道的・戦略的・外交的など様々な視点から実行されるべきであるからだ。
  2. 援助を受ける国の立場からは、その援助資金は経済発展の呼び水となり、経済成長のボトルネックである交通や電力などのインフラ施設のキャパシティ不足を緩和することができる。それによって、経済発展が立ち遅れている国は先進国へのキャッチアップを加速し、国家間の経済発展の格差が縮小するというのが開発援助のロジックである。一方、ドナー、すなわち、援助国の立場からすれば、経済援助は単に途上国の経済発展を援助するだけでなく、それを通じて自らの影響力や支配力を強化する狙いもあり、これは『戦略的援助』と呼ばれる。
  3. かつて、冷戦時代において『東西』の対立が存在していたが、80年代末旧ソ連の崩壊と東西ドイツの統一をきっかけに、冷戦が終結した。それ以降、南北問題、すなわち、途上国と先進国間の経済格差は表面化し深刻化している。とりわけ、経済グローバル化が進展する今日において、途上国の貧困問題はさらに増幅し、貧困、飢饉、環境汚染、健康、温暖化問題など種々の問題が山積している。発展途上国を取り巻くこれらの問題を解決するために、先進国による経済援助が求められている。
  4. そのなかで、日本の対中経済援助も、同じコンテキストのもとで実施されてきた。1979年12月日本は中国に政府開発援助(ODA)を提供することを表明した。79年以来、日本の対中ODA政策の中心的理念は、中国の近代化建設や「改革・開放」政策を支援し、対中政治・経済関係を促進するとともに、戦争賠償を放棄した中国に対してODAの面において特別な配慮を行うというものである(金煕徳[2002])。日本の二国間ODAにおいて、対中ODAはその最も重要なものの一つである。しかし、90年代末以降、国際環境に大きな変化が生じ、日中関係も新しい局面を迎え、日本の対中ODA政策も変化している。
  5. 対中経済協力を含む日本の対外経済援助は、日本経済の景気低迷の長期化を背景に削減されている。長い間、日本の対外経済援助は世界トップの座に君臨してきたが、2001年その座をアメリカに明け渡した。「不況にあえぐ日本が(ODA)最大供与国の栄誉にしがみつく必要はないかもしれない」(大野健一氏)。しかし、ODA削減に伴う日本の外交影響力の低下を避けるべきとの声も少なくない。
  6. 対中経済協力については、中国経済の台頭と軍備の増強を理由に、対中ODAの大幅削減が提起されている。いかなる途上国に対しても、その経済発展に伴い経済援助を徐々に削減していくのは当然のことであろう。しかし、その経済発展が脅威になるということを理由にODAを削減とするならば、日中関係の今後に大きなマイナスをもたらすことになる。

全文はPDFファイルをご参照ください。

ODA理念の再考と外交戦略の明確化 [480 KB]