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定年後の男性の過ごし方について

発行日 2018年3月28日
実践知研究センター 研究員 尾﨑 理子
経済研究所 マネージャー 藤田 英睦

【要旨】

人生100年時代が喧伝されるなか、とりわけ男性について、定年後の居場所を見出せず、心身が衰弱してしまうことが懸念されている。一方、定年後の過ごし方としては、様々な選択肢が用意されている。それらの選択にむけて、自ら一歩を踏み出すためのきっかけが求められている。

このレポートは、「定年後の男性の過ごし方」をテーマにした実践知研究センターでの活動をまとめたものである。

はじめに

政府は「人生100年時代構想会議」を設け、人生100年時代を見据えた経済社会の在り方について検討している。会議の有識者議員を務めるリンダ・グラットン氏は、著書『LIFE SHIFT 100年時代の人生戦略』で、100年人生における新たな可能性・選択肢・挑戦について提案をおこなっている。

一方、雑誌などでは、定年後の過ごし方についての特集が数多く組まれている。楠木新氏の著書『定年後 50歳からの生き方、終わり方』は、20万部を超えるベストセラーとなった。楠木氏は、「経済的に十分余裕のある定年退職者でも、何をしていいのか分からず戸惑っている人が実に多い」「定年後に働かなくて済む余裕があるからこそ困っている」「自分の心安らぐ場所がない」という問題が生じていることを指摘する。

人生100年時代が喧伝されるなか、とりわけ男性について、定年後の居場所を見出せず、心身が衰弱してしまうことが懸念されている。このたび、定年後を豊かに生きるために求められていることについて、男性に着目し、調査と考察をおこなった。

1 定年後の男性の現状と課題

1-1 現状

定年後の男性の過ごし方として、(1)転職・起業・派遣・請負などで仕事に携わる、(2)地域活動や社会貢献活動などに取り組む、(3)趣味サークルや市民大学などで関心事を究める、といった類型がある。ここでは、定年後の男性を対象にした活動・活躍の場に関する特徴的な取り組みを紹介する。

新現役交流会

新現役交流会は、売上の向上などの課題を抱える中小企業と、企業などを退職した人や近く退職を予定している実務経験が豊富な人(マネジメントメンター)とのマッチングを行う場である。経済産業省関東経済産業局が、地域金融機関等と共同で実施している。2009~2016年における参加メンター数は約9,200名、参加企業数は約2,700社、マッチング成立企業数は約1,400社である。

中小企業は、売上拡大・人材育成・外国人雇用・事業承継などの具体的な課題を説明する。それに対して、マネジメントメンターは、自身のスキルや経験にもとづき課題解決に向けたアイデアを提示する。両者が合意すれば、個別のアドバイザー契約を締結することもできる。

取り組みを支援する一般社団法人新現役交流会サポートによると、「マネジメントメンターにとっては、週に2〜3回のペースで働ける自由度がある。求める人材へのアプローチが難しかった中小企業にとっては、予想以上に優秀な人材に出会うケースが多くある。雇用契約の締結も増加傾向にある」「中小企業は様々な課題を抱えていて、幅広く相談できるメンターを求めている。マネジメント経験を有する人は、幅広いアドバイスができるものと期待されている」ということである。

シルバー人材センター

シルバー人材センターは、高齢者に対して、本人の希望・知識・経験に応じた就業・社会奉仕の活動機会を紹介する機関である。高年齢者雇用安定法にもとづき、地域ごとに設置されている。

『港区シルバー人材センター 基本計画 2017年度~2019年度』によると、会員数は漸増傾向にあるが、男性の加入率は各年齢層において低下している。2015年度における男性の加入率は、60~64歳が0.9%、65~69歳が3.2%、70~74歳が5.4%、75~79歳が5.9%、80歳以上が3.2%となっていて、定年退職した60代男性の加入が望まれている。

港区シルバー人材センターでは、会員と職員との個別面談などを通じて、より会員の希望に合った活動機会の紹介に取り組んでいる。また、テレビCMのエキストラや試験監督などのような新たな活動機会の開拓にも取り組んでいる。

グランドシッター

グランドシッターとは、保育の現場で保育士のサポート業務を行う人およびその資格のことである。一般社団法人ワークライフバランスサポート協会が、養成講座を開催し、資格を認定している。2017年11月における資格認定者は約100名、そのうち実際に保育の現場に従事している人は約20名である。

養成講座では、子どもの心と体の発達、おむつの変え方、抱っこの仕方、心を育む絵本の選び方や読み聞かせ方などについての知識を習得する。また、保育園での役割、保育士や保護者との関わりについても理解を深める。

グランドシッターの資格認定を受け、実際に保育園でパートタイマーとして働いている60代男性によると、「会社員として身に着けた行動様式が、保育士や保護者との信頼関係を築いていくうえで役立っていると感じている」「保育士の指示のもとで業務を行うという原則をふまえて、保育士が子供と接する時間を確保するために、自分が何をすべきかを考えて行動している」「当初は週2日勤務していた。働いているうちに、保育園から、毎日来てほしいと言われた。自由時間も確保したいので、1日増やして、週3日勤務している」ということである。

おとこの台所

おとこの台所は、世田谷区に住む60歳以上の男性による料理サークルである。世田谷区社会福祉協議会が支援している。2017年12月における会員数は約300名であり、9つの地域で活動を行っている。

毎週、献立を検討し、材料調達や調理・配膳の役割を決める。料理経験のなかった人も多く、レシピをひとつひとつ確認しながら作業を進める。

会員によると、「男性だけなので気楽である」「年齢の話・仕事の話・自慢話をしないというルールがあり、そのおかげでうまくいっている」「地域の生活情報を交換するのにも役立っている」ということである。

1-2 課題

このような取り組みは他にもあり、各種機関の取り組みにより、定年後の男性が活動・活躍する場として、様々な選択肢が用意されている。ゆえに、定年後を豊かに過ごすのは、難しくないように見受けられる。

ところが、活動・活躍の場を提供している機関へのインタビューを通じて、共通の課題があることが見えてくる。社会福祉協議会では、定年後の男性が、自治会役員・民生委員・消防団員などの地域活動における主要なリソースになると期待している。シルバー人材センターでも、60代の男性の会員を増やし、活動の活性化を図りたいと考えている。グランドシッターについても、同資格の知名度を上げて人材を確保し、保育園などの現場のニーズに応えていくことが望まれている。しかし、いずれの機関も、対象となる方々にどのようにコンタクトし、どのようにアプローチすればよいか見出すことができないでいる。定年後の男性が活動・活躍する場を用意しているにもかかわらず、対象となる方々を引き込むことができず、苦慮している。

一方、定年後の男性の側から見た課題もある。これについては、シニアマーケティングに関する研究が参考になる。活動・活躍の場についての紹介や案内では、「高齢者」や「シニア」という言葉が使われていることが多い。しかし、それらの言葉は、60代の男性にとって自分事として捉えにくい。また、「誰にでもできる」という表現が使われていることも多いが、それでは60代の男性の自尊心を満たすことは難しい。つまり、選択肢が用意されているのにもかかわらず、それが自分に向けられたものであることを、無意識的あるいは意識的に認めないのである。

2 解決にむけて

定年後の過ごし方としては、様々な選択肢が用意されている。それらの選択にむけて、自ら一歩を踏み出すためのきっかけが求められている。そのようなナッジ(選択へと導くちょっとした工夫)が身近にあることが望ましい。

一つの試みとして、定年後の60代の男性を対象にした小冊子『グランド世代の自由時間』を考案・制作した。小冊子は、(1)自分の個性・特性に関する診断テスト、(2)診断されたタイプの特徴とタイプごとのお薦め活動項目、(3)活動項目の詳細内容、という構成になっている。

図表:小冊子『グランド世代の自由時間』の表紙イメージ
図表:小冊子『グランド世代の自由時間』の表紙イメージ

やりたいことをうまく見出せず、家に閉じ籠もりがちな男性は、外部のことには関心を持てずにいるが、自分のことには関心を持っている。そこで、思わずやりたくなってしまう自己診断テストを始めに設け、つづいて、「そういう自分のことをどこかで待ってくれている」と思わせるような活動項目へ、自然に引き込んでいくことを目論む。つまり、外部からの勧誘や説得によらず、各種機関の様々な選択肢に対して自ずと関心を持ち始め、自らの意思で動き出すのを促すことが狙いである。なお、「高齢者」や「シニア」という言葉を使わず、現役感を醸し出すことや、「あなたにぴったり」という特別感を打ち出すことも、大事なポイントになる。

小冊子を港区シルバー人材センターの職員と会員に提示したところ、つぎのようなフィードバックを得られた。職員からは、「これまでは新聞の折り込み広告や行政の広報紙による勧誘活動をおこなってきているが、内容としてはセンターの取り組みを一方的に紹介することにとどまっていた」「定年後の60代の男性についての意識と行動を想定したアプローチは興味深く、説明会などの場で活用することを検討したい」という評価を受けた。会員からは、「自己分析を楽しむことができた」「自分では気が付かなかった特性が結果として示され、今後の仕事選びの参考になった」「結果として示された特性が本当に自分のことを表しているかどうかは分からないが、お勧めの活動として示された仕事の内容については、たしかに自分に向いていると感じた」という評価を受けた。

このような試みのなかに、定年後に自ら一歩を踏み出すためのきっかけとして、展開の可能性を見出すことができる。

おわりに

人生100年時代の到来といわれるように、定年後の時間が延びていく。定年後を豊かに過ごすことはますます重要となる。定年後に活躍の場や楽しみの場を持ち、豊かに過ごせる社会であれば、後続の世代も将来に希望を持つことができるだろう。

参考資料

グランド世代の自由時間 (412 KB)


尾﨑 理子(おざき あやこ)
株式会社富士通総研 実践知研究センター 研究員
独立行政法人国際協力機構に勤務。

藤田 英睦(ふじた ひでちか)
株式会社富士通総研 経済研究所 マネージャー
科学技術と公共政策に関する調査・分析の業務に従事。