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実践知リーダー対談 第2回「人間性を通じて企業の存在を問う」

このシリーズでは、実践知研究センターの初代センター長である野中郁次郎との対話の場を通じ、「実践知」について考えていきます。

第2回 対談相手:エーザイ(株) 理事・知創部部長 高山千弘 氏

企業はどこに存在するのか?

【野中】
高山さんとの付き合いは、高山さんが2006年10月にエーザイの第4代目知創部長になってからですね。これまでのご経験で非常に面白いと思ったのは、アリセプトの開発部長を通じて、米国のマーケットで戦ってこられたという点です。これは、これまでの知創部長のキャリアとは異なりますね。臨床の在り方などからはじまり、いろんな意味で高山さんから勉強させていただいています。
もう一つ、高山さんの考え方で面白いと思っているのは、コンセプトや人それぞれのビジョンを策定する際に、「モノづくりからコトづくり、コトづくりから街づくり」というように包括的に理解して進めている点です。このような考え方は、一企業の部長として異色だと思います。ほとんどの企業は、本業を通じた街づくりという発想は持っていませんよね。

【高山】
企業として初めての試みだと思います。「企業はどこに存在するのか」ということを常に追求し続けるとすれば、「それはコミュニティの中に存在するんだ」という考えに辿りつきます。弊社の掲げるhhc(human health care:ヒューマン・ヘルス・ケア)は、企業人が会社の中で打ち座って考えるのではなく、「コミュニティの中に企業が存在し、そこに社員が存在するのだ」という、社員としてのスタンスを教えています。そうやってコミュニティの中に出て行かなければ、世の中の状況を察知することができないのです。コミュニティに身を置かなければ、そこのニーズもわからないしコミュニティのためにもならない。少なくとも、この発想が街づくりの原点だったような気がします。

【野中】
エーザイでは、一企業の中に知創部を作って知識創造を徹底的にやり、その結果、これまで限定的だった企業活動の範囲が拡大し、深さについてもより深くなったと思います。それは、高山さんご自身が、自分のキャリアを投じ、エーザイが社運をかけたイノベーションのプロセスにおける一メンバーだったことが大きいと思います。このような一連の活動のおかげで、会社が一気にグローバルになったのではないでしょうか。それと時を同じくしてベンチャーの買収などを行っていたことも一因でしょう。
グローバルなレベルでのナレッジクリエーションは、概念として謳う企業はあっても、実態として企業の中に深く組み込まれていったというケースは、ほとんどありません。エーザイでこれが実現できたということには、高山さんの貢献が大きいのではないでしょうか。富士通の山本社長も「あそこまでやるか」と、エーザイの中でビジョンを浸透させている努力については感銘していらっしゃいました。

共同化の持つ意味

【野中】
私は知の創造をSECI(Socialization:共同化, Externalization:表出化, Combination:連結化, Internalization:内面化の頭文字)という4つのプロセスに分類して理論化しましたが、エーザイでは、中でも共同化に力を入れていました。エーザイの社長である内藤さんは、初期段階から共同化が重要なのだと気づいていて、「野中さん、共同化だよ」とおっしゃっていたのを覚えています。

【高山】
共同化は、個別具体の状況、一人ひとりの患者様との関係性によって導かれるものです。患者様に寄り添って、一緒に感じていかなければならないのだと思っています。患者様との個別具体の共有された経験です。

【野中】
SECIに基づいて僕らは、エーザイで何年間かにわたって実施した社員意識調査データを分析しましたが、その結果、EとIの2点を山としたツイン・ピークがあることがわかりましたよね。当時の僕らは、この結果の解釈として、「暗黙知と形式知の変換が行われるコア・フェーズは対話だ。だからE:表出化が高い。そして次に、形式知を暗黙化するのは実践を通じた活動なので、I:内面化が重要だ。よって、EとIが高い組織は、知識の変換能力が高い」と考えていました。事実、調査結果は数年間にわたってその傾向が続きました。
しかし、一貫して内藤さんは、EでもIでもなく、「絶対にS:共同化が重要だ」と言っていましたね。それで、改めて高山さんと議論して、それに続く分析を試みた結果、最初のS:共同化のスコアが高まらなければ、それに続くECIのスコアも上がらない。全くその通りでした。これは、私が内藤さんと高山さんから教わったことです。内藤さんは、鋭い人ですね。

【高山】
私達は、今でも、S:共同化の質を高めることに努力しています。「単に患者様に会ったり、患者様の映像を見たりすることで満足しているのではないか?」と問い続け、自分たちの行動が共同化に向かっているのか確認しあっています。もし社員が、単に映像を見ていることで共同化ができていると考えているとしたら、それはとんでもない話です。実際に患者様の傍らに行って、そこで一人ひとりの患者様に共感する努力をしない限り、本当の意味での共同化は出来ない、新しい知も出てこない。社員には、そういうことを絶えず言っています。

身体性をともなう共感が鍵

「共同化が起動しないとその後のプロセスが。
共振・共鳴・共創しない。それを痛感しました。」

「共同化が起動しないとその後のプロセスが共振・共鳴・共創しない。それを痛感しました。」

【野中】
今日、改めて話を聞いて、高山さんはさすがだなと思ったのは、個別具体からなぜ入るか、という点です。共同化は、まさにそこが鍵ですよね。自分の全身体の五感で直観できるプロセスこそが、共同化です。ところが多くの企業は、PDCAというアメリカ型の分析的方法論を重視しています。このプロセスの中には、相手に対して共感するということが含まれていません。我々の考え方は、PDCA以前に、直接経験の直観の世界がある、共感の世界がある、ということなんですよ。この点が根底から違っています。そこを、内藤さんは見抜いて、共同化だ、絶対に共同化だと、ずーっと言っていたのでしょうね。
私は、その時点では、SECIの中にツイン・ピークがあっても良いと思っていたのですが、内藤さんや高山さんに言われて再考してみると、共同化が起動しないとその後のプロセスが共振・共鳴・共創しない。それを痛感しました。

なぜ個別具体の経験から入らなければならないか、という点ですが、そこから普遍化して概念が生まれるからです。初めに言葉ありきではない。初めに経験ありきでしょ?高山さんは、個別具体の経験が大事だと考えていらっしゃる。その通りだと思います。身体が必ず関わらなければ、個別具体の経験は成立しません。
知識は客観的で分析的で、サイエンティフィックな形式知が知のすべてだというのが今日までの支配的な考え方です。ところが、マイケル・ポランニーは、そうではないと主張した。彼のダイナミックな暗黙知、タシット・ノーイング(tacit knowing)が知の根幹なんだ、と言っています。信念や思い、すなわちビリーフ(belief)がすべての知を先導する、これらもまた知なのだ、とする考え方です。サイエンティフィック・ナレッジが知の全てではない、と。高山さんの考え方は、経験の細目から始まって、それらを総合してより普遍の概念をつくるのであって、この逆ではありません。個別具体からの、患者に対する身体をかけたコミットメントです。コミットメントが無い知は、アクションに繋がらないですよね?その辺はどうでしょうか?

【高山】
野中先生がおっしゃるように、自分の身体的存在と相手の身体的存在が触れ合わない限りは、やはり暗黙知は存在しないと思います。

【野中】
共感が成立しませんよね。

【高山】
はい。特に、相手があるわけですから、自分だけそういう気持ちになってもいけないですし、相手にも自分の身体的存在を感じていただかないといけないと思います。

【野中】
そうそう、まさしくその通りです。

【高山】
その努力無しでは、全く意味がないと言うと語弊がありますが、共同化とは言わないのではないかと思っています。そのことを社長の内藤が気付いて、共同化に対するこだわりと申しますか、回数だけではなくて質を訴える理由は、そこにあるのだと思います。
我々は患者様に対して「つらそうにしている」と言ってはいけない。我々は、傍観者であってはいけない。患者様に寄り添いながら、共同化の質を高めていかなければなりません。

【野中】
高山さんは、寄り添うという表現を使います。まさに、そうなんですよ。傍にいないとだめなんですよね。

社会的価値創造という使命感~信念と覚悟の対~

【高山】
私自身、今まで社長の内藤が言ったこと、例えば「アリセプトを単なる新薬で終わらせるな」、「アリセプトで世の中を変えろ」、「アリセプトで患者様とご家族を救え」という意味を本当に理解したのは、野中先生にお会いしてからです。

「hhc活動を続け、社会的価値創造を追求したいと思っています。
信念と覚悟を持つことで、一企業でも未来をつくっていけるんだ、
と信じています。」

「hhc活動を続け、社会的価値創造を追求したいと思っています。信念と覚悟を持つことで、一企業でも未来をつくっていけるんだ、と信じています。」

世の中を変えるとはどういうことかと考えると、私はまずは社会的な価値を作り上げることだと思いました。エーザイでは、それが定款にも書かれてあります。利益ではなく、社会的価値を作ることが唯一の目的で、その結果として経済的価値がついてくるのです。「薬は売るものではないのだ」、「薬は患者様を救うものなのだ」、「世の中の役に立つものなのだ」、という徹底したhhc活動を続けて来た結果、MRの態度も変わってきました。
私は知創部長になってから人間が変わり、さらに野中先生からご指導をいただくことを通じ、「さらに信念を持ってやるべきことが、もっとあったのだな」、と課題が見えてきたと思っています。足りないのは、覚悟を持たなければならないということです。信念と覚悟の対ですよね。これによって一企業でも未来をつくっていけるんだ、と信じています。

【野中】
高山さんを見ていると、一途なトンガリだなあって思いますね。非常にコミットの強い人だと思っています。特に、最近は、すごく構想も大きくなってきていると思います。色々な物事との関係性を通じて、大きくなってきているのだと思います。そういう意味で、社長の内藤さんとも以心伝心的なところがあるのではないですか?

【高山】
社長は私のことを伝道師と呼んで、「このぐらいやっているやつはいない」と言っていますが、褒め言葉として受け止めています。
私は、社会的な価値を追求する企業として、「企業はコミュニティの中に存在するのだ」という考え方を徹底的に広めていくために、リーダーシップをとるべきではないかと思っています。色々な企業でお話させていただく機会を沢山与えていただいており、その中で、「世の中で、企業がそのような活動をとっていかないかぎり、次の新しい人のための変革はないのではないか」ということに触れ、マルチ・クリエーションをどう広めていくかが課題です。

【野中】
最近のエーザイの社会的レピュテーションは非常に高まってきているのではないかと思っています。

【高山】
世界では19位で、まだ中規模かもしれませんが、社員の一人ひとりの思いは強く、活動内容の質を高めていく努力は継続して行っています。

【野中】
そこが社会に対するコミットの違いを作り出していますよね。hhcが噛み砕かれて、より総合的な関係性の中で知が血肉化されて社会的に実践されている。確か、営業は専門別ではなく多能工的にすべての薬を売るんですよね?

【高山】
従来の企業では、例えば、癌は癌専門のMRが薬を売ると基本的には決まっています。しかし、我々は全員でやります。これも内藤の思いが影響しているのですが、「癌の患者のみなさんの気持ちを、一人ひとりが感じなければだめなんだ」ということです。非常に負荷がかかりますが、これをやっています。
一人の患者様でも色んな局面で色々な病気になります。その時、一人が個別に向き合って、色々な知識を活かして、色々な経験を家族のために行わなければ解決できません。全て患者様オリエンテッドの考えです。こちらの都合でモノを考えないように徹底しています。全員がhhcの伝道師になることが大事です。hhcというのは企業のためではなくて社会のためだという認識を持たなければなりません。

【野中】
マイケル・ポランニーは、周囲から「言っている内容は、宗教だ」と批判されたこともあります。しかし、彼は科学者ですが、個人の主観、ビリーフ(belief)が大切だと言い続けました。そういう意味では、科学者もみんな、イノベーションの根源には、自分のビリーフがあります。それを発展して普遍化させるかどうかです。
じゃあどうして普遍になるかと言ったときに、彼が言っているのは、ユニバーサル・インテント(universal intent)の重要性です。つまり、普遍の意図というものを個人が持っている限りは、共感できる。このような意図を持っている限りは、我々は主観から始まっても共有できる可能性があるし、そしてそれをさらに広げて第三者にも、世界にも広めることができる。それが無ければ、主観は主観、暗黙知は暗黙知で止まり、現場主義で終わる可能性もあるわけです。彼の言うユニバーサル・インテントを志向するようなビジョンを、組織体が持っていなければ、やはりだめだと思います。そうでなければ、極めて内向きな、独りよがりの現場主義で終わる可能性もあるでしょうね。

【高山】
よく内藤は、「hhcは、生き様の道標だ」と言っています。自分の存在意義や生き様をどこで示したら良いかといった時に、その道標がhhcなのです。そこまでいくと、まさに宗教と同じかもしれません。

【野中】
そこですよ。宗教で何が悪いか(笑)。聖アウグスティヌスの言葉のように「信じなければわからない」も一理あります。科学も普遍を求めるし、宗教も普遍を求めます。信念は理性に先行しますが、普遍への意図をもって他者との合意形成を追求し続けている限りは、うまくバランスが取れるのだと思います。だから中立的分析的な知識のみがすべての知であると言い切れないのです。高山さんもそうやって伝道師として活動しているんですよね。

リーダーとして、共同化の大切さを次世代にも

【高山】
これは先日、野中先生に講演していただいた際の内藤のセリフですが、「我々のイノベーションとは何かといった時に、それはサイエンスのイノベーションではない。それは、顧客に新しい価値を作るイノベーションなのだ」と言っています。
私が伝道師になるにあたって気を付けていることは、言葉をより噛み砕いて、患者様の真実から、本当に、何が目の前にあるのか、見えないコトを見るように、丁寧に伝えていくことです。単に、hhcだ、知識創造理論だ、と言い続けることではないと思っています。
また、私は自分の人間性をもっと出していかなければならないと思っています。リーダーとはそういうものですよね。自分だけではないのです。自分の人間性を出さなければ相手には伝わりません。人間性と人間性が交わって、新しい価値が作られるのではないでしょうか。患者様の人間性もそうです。共同化は、人間性が本当に交わって、相互主観性から生まれるものです。それを社員に体験させたいと思っています。だからこそ、一人ひとりを患者様のところに連れて行っています。

【野中】
それは、高山さん自身が、自分でSECIのサイクルを回して来たからですよね。内藤さんもそうです。

【高山】
私は変革期の知創部長であると思っています。今の苦しい時に一人ひとりがリーダーシップをとってhhcを実践しない限り、ひょっとすると会社もつぶれるかもしれないという危機感を持ちながらやっています。ですから、一人ひとりのリーダーが場をつくり、そして社員を巻き込んでhhcの素晴らしさや知識創造理論の素晴らしさを伝えていかなければなりません。今やらない限り、出来ません。私が知創部長になるときに、社長の内藤から「いま、グローバル企業を目指すにあたり、グローバルの隅々までhhcをやれ」と言われました。一つひとつの活動を通じてhhcを徹底し、これまで力を入れてこなかったインドやインドネシアでもやっていこうとしています。これは、「薬を求めている人は、全世界にいて国境は関係ないんだ」という思いに基づいています。内藤の思いと理想はすごく高いと思っています。そこを社員が感じ取ってくれればと思っています。

【野中】
非常によくわかります。個別具体の幅と深さを広げない限り、それが普遍になったときに本当にわかっている概念になりません。ということは、人に伝えられないのです。全身で語って初めて言葉が言霊になる。そうすると人は共感します。その背後にあるものによって、空虚にもなれば、それによって動かされることもあると思います。内藤さんや高山さんがまさに自分の身体をかけて活動しているからこそ、私はお2人に教わることが多いのです。

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野中 郁次郎

野中 郁次郎(のなか いくじろう)
(株)富士通総研 経済研究所 理事長、実践知研究センター長
一橋大学名誉教授、クレアモント大学大学院ドラッカー・スクール名誉スカラー
【略歴】 早稲田大学政治経済学部卒業。カリフォルニア大学経営大学院(バークレー校)にて博士号(Ph.D)を取得。2008年5月のウォールストリートジャーナルでは、「最も影響力のあるビジネス思想家トップ20」に選ばれる。
【執筆活動】 『知識創造経営のプリンシプル』(共著)2012年 東洋経済新報社、『流れを経営する』(共著)2010年 東洋経済新報社、『イノベーションの知恵』(共著)2010年 日経BP社、その他多数


高山 千弘

高山 千弘(たかやま ちひろ)
エーザイ(株)理事・知創部部長
東京大学卒業後、1982年にエーザイ(株)入社。英国にてMBA(経営学修士)、米国にてPh.D.(医学博士)を取得。その後、日本・米国においてアルツハイマー型認知症治療剤「アリセプト」の臨床試験、承認申請やマーケティング、認知症社会啓発活動に携わり、hhc理念をグローバルの隅々にまで浸透させる活動を展開している。