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テクノロジーのショールームから日常を送る「住まい」へ:デンマークのスマート老人ホームの経験から

テクノロジーのショールームから日常を送る「住まい」へ:

デンマークのスマート老人ホームの経験から

発行日: 2018年8月22日

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要旨

  • デンマークは、様々な領域でデジタル化が進むことで知られる。7月19日には国連が発表した電子政府調査2018(注1) において国連加盟国のなかで第1位の評価を獲得しており、EUの行政機関である欧州委員会が発表するDESI(注2) と呼ばれる社会経済電子化指標においても5年連続で第1位にランクインしている。
  • デンマークでは、介護現場においても様々なテクノロジーが活用されてきている。これから本格的に介護業界でテクノロジーの導入を進めていこうとしている日本社会にとって、世界でも最先端のレベルで介護のデジタル化が進むデンマークの事例から示唆を得ることは、現場にとって持続的な方法でテクノロジーを実装し活用するために意義深い。
  • 本稿では、7月15日~21日までトロントで開催された国際社会学会で筆者が報告した内容を基に、2014年に開設されたデンマークの「スマート老人ホーム」においてテクノロジーとシニアの日常生活の融合がどのように取り組まれているのかのプロセスの一部を考察する。

はじめに

  • 国際社会学会が主催する4年に1度の社会学の祭典がトロントで開催された。この研究会議には数千人規模の参加者が集い、各々の研究経過について発表、議論するものである。筆者は16~21日まで参加し、「”The Nursing Home of the Future” – From Showroom to Homey Environment」というタイトルでSocio-gerontechnologyのセッションにおいて研究報告を行い議論に参加した。
  • 今回の報告は、大阪大学、石黒暢氏およびデンマーク国立オールボー大学、Jeppe Agger Nielsen氏、Jon Aaen氏と共に取り組んでいるデンマークの「スマート老人ホーム」を対象にし、テクノロジーが導入されることでどのような変容を経験しているかのケース・スタディに基づいている。

“The Nursing Home of the Future” (未来型老人ホーム)の登場

  • デンマークの第4の都市、オールボー市は、デンマークのなかでは行政、病院や大学が市民と協働し介護を含めたヘルスケアのデジタル化に関する取り組みに注力してきたことで知られる。「デンマークのデジタルヘルスをめぐる動向(2)」において述べたように、オールボー市で行われた実証実験が基になり遠隔医療サービスの全国展開が決定するなど、この領域で国の政策の方向性に影響力をもつ共創型のプロジェクトが生まれている。
  • そのオールボー市で2014年にオープンしたのが、「The Nursing Home of the Future (未来型老人ホーム)」と名付けられた高齢者住宅である。「老人ホーム」とあるが、デンマークではいわゆる旧来型の「老人ホーム(デンマーク語ではplejehjemと言い、正確には「ケアホーム」の意)」の新設は80年代に廃止されている。ただ、市民にはこの名称が浸透しているため、法的な位置づけにかかわらず施設名称に採用されている。実際には日本でいうところの「サービス付き高齢者向け住宅」の形態とほぼ同様で、各々の居室に住まう高齢者が賃貸契約を結んで暮らしている集合住宅である。

図表1:「The Nursing Home of the Future (未来型老人ホーム)」の外観

図表1 「The Nursing Home of the Future (未来型老人ホーム)」の外観

(出所:The Nursing Home of the Future の公式ビデオより)

  • 「未来型」という挑戦的な文言で形容されているこのホームは「A technology advanced nursing home(先進的テクノロジーが活用される老人ホーム)」として大々的に宣伝され、そのオープン直後からデンマーク国内でかなり注目を集めてきた。図表2に示すように様々なテクノロジーが実際の現場で活用されている。
  • 居住者や実際に働く職員が最も評価しているのは「センサーフロア」であり、特に夜間の巡回が著しく減ったことが双方にとって良い結果につながっている。居住者にとっては、見回りの物音が気になり夜間に何度も目が覚めてしまうということが避けられるようになり、また自身のプライバシーが守られているという認識にもつながっている。職員にとっては、巡回による負担の軽減が実感されている。センサーフロアでは感知しきれないリスクを抱える居住者への見回りに集中できるようになったことが大きい。

図表2:使用されているテクノロジーの例

センサーフロア
図表2 使用されているテクノロジーの例(1センサーフロア)
転倒などをセンサーで感知。各居室に装備されており、職員による深夜の巡回回数が激減。
天井リフト
図表2 使用されているテクノロジーの例(2 天井リフト)
介護を受ける人の移動・移乗に使われるリフト。
サービスロボット
図表2 使用されているテクノロジーの例(3サービスロボット)
「メルビン」と呼ばれる衣服の着脱をアシストするロボットが採用されている。
タブレット
図表2 使用されているテクノロジーの例(4タブレット)
個室の照明やテレビのオン・オフなど日常生活に必要な複数のリモコン機能搭載(注3) 。

(出所:調査に基づき富士通総研作成)

※ 写真はThe Nursing Home of the Future の公式ビデオとNielsen氏による提供より

職員インタビューから見出された3段階

  • 今回の報告では、「スマート老人ホーム」が辿ってきた過去8年間(準備期間も含む)の発展段階を3つの時期に区分して、「核となる行為・行動」、「老人ホームとそこで行われるケアに対する考え」、「テクノロジーとイノベーションに対する考え」の視点から考察した。ここまでの調査では職員(老人ホームおよび行政の担当部署)へのインタビューを主に実施してきたため、職員目線での区分となっている。

1. テクノロジーへの期待(2010~2014年)

  • この老人ホームに関する計画は、2010年頃から始まっている。2012~2013年に建設が始まり、2014年春にオープンを迎えた。当初は「先端テクノロジー」の導入を大々的に押し出し、高齢者福祉におけるイノベティブなプロジェクトとして出発した。
  • 初期において興味深いのは、ホームの職員や行政職員、居住者の家族が認識する「居住者」像にある意味で矛盾する2つの要素が入り混じっている点である。一方で、新たなテクノロジーを導入することにより、ケアを受ける高齢者としての居住者はより依存的に捉えられていた節がある。職員を含めた関係者は、無意識的にテクノロジーが人間にはできない何かを可能にするものという期待を持っており、できないことをテクノロジーに「頼る」という考えが居住者をサービスの受け手であると認識する傾向を強めた面がある。
  • その反面、居住者がテクノロジーを自律的に利用することによって職員から独立し、自立的に行動する主体となっていくポジティブな効用もまた認識されている。このように、初期には「テクノロジーの導入」が何を意味するのかを現場が模索しながら理解する段階にあった。

2. 期待と現実のギャップ(2015年)

  • 開設から1年が経った頃から、ホーム内では様々な問題が立ち現れている。その根本には、初期にみられた関係者のテクノロジーに対する高い期待とホーム内での日常的な現実の間のギャップが認識され始めたことが大きい。
  • 特に、上記でも述べたようなテクノロジーにしかできない「サービス」という過剰な期待も相まって、一部では老人ホームはホテルのようなサービスでもてなしてくれるところというイメージまでできてしまっていた。また、その先進性から視察や見学が多く、職員は「見られる」対象となってしまう居心地の悪さを指摘している。

3. オペレーションの安定(2016年~2018年)

  • ここ2年ほどで目指されているのは、ホームとしての安定である。テクノロジーの導入による新たな期待、それによる世間からの注目と多くの視察者の存在やリビングラボでのサービス開発に積極的な企業の訪問など、「スマート老人ホーム」として出発したからこそのこういった要素と居住者の日常生活を現実的なレベルで共存させることができていなかったという反省がある。
  • ホームはあくまでも日常生活の場であるという認識に立ち返り、職員たちは「イノベーション」起点の視点でテクノロジーを採り入れるのではなく、居住者の日常のなかに自然に溶け込むようなできるだけ「目につかない」利活用を模索し始めている。また、新しいテクノロジーを介護向けに開発するのではなく、既にあるものをいかにうまく取り入れていくかに重点がシフトしている。
  • その過程で、リビングラボの考え方と実践にも変化がみられた。2014年当初は、この「スマート老人ホーム」のみをオールボー市のリビングラボ拠点と位置付けていたが、オールボー市に所在している42の介護拠点のどこでもがリビングラボの物理的拠点になりうるという方策にシフトしたのである。そのなかでリビングラボは共創のためのマインドセットとして捉えられるようになっている。

図表3:「未来型老人ホーム」の3つの時期区分

時期 核となる行為・行動 老人ホームとケアに対する
考え
テクノロジーとイノベーション
2010~2014 ・先端テクノロジー導入型老人ホームのビジョン形成
・2012~13年の建設期間を経て、2014年春にオープン
・居住者をサービスの受け手、カスタマーとして捉える視点
・個人の自立や尊厳の維持とテクノロジー
・地域や訪問者にオープンで透明性の高い場所へ
・居住者と職員による最先端(Cutting-edge)テクノロジー利活用
・新たなテクノロジーによるサービスや製品のテストベッドとしてのリビングラボ
2015 ・施設長の交代
・職員の間での不満の高まり
・メディアによるネガティブな報道
・カスタマーとして捉えるのではなく居住者を刺激するアプローチの模索へ
・「オープン」な場の形成に対する疑問
・既存のテクノロジーに焦点をあてる
・テクノロジーによるイノベーションは舞台裏へ
・リビングラボの活用は限定的に
2016~2018 ・職員の満足度向上のための取り組み
・イノベーションよりも日常のオペレーションを意識
・外部から日常を守る
・居住者にとって心地よい空間づくり
・「目につかない」テクノロジーに着目した普及
・「テクノロジーの導入」の強調から脱却
・「リビングラボ」は「マインドセット」に
・人手の補完よりも、個人の尊厳に役立つという意識の強まり

(出所:調査に基づき富士通総研作成)

現状での小括と今後の予定

  • ケース・スタディにより自治体の行政部門と介護現場で実際に働く職員との間にみられる認識のギャップが浮き彫りになった。このスマート老人ホーム開設当初から数年間は企画に携わってきた行政職員がホーム内に出向のような形で常駐し、リビングラボ機能を含めた外部との調整を物理的に現場の内部で行っていた。介護職員とのコミュニケーションも多くもたれていたにもかかわらず、行政職員は老人ホームを高齢者にとっての日常の場ではなく、「ショールーム」として捉えてしまっていた面がある。
  • 一方で、実際に介護に携わる職員にとってそのような認識に対する違和感が次第に形成され、職員の不満や施設長の交代という結果に繋がってしまった。テクノロジーを実際に介護現場に導入していく際には、行政側がテクノロジーを日常から切り離されたアイテムとみなしすぎないことが求められ、介護職員と居住者の双方にとって、導入以前に慣れ親しんだ日常のリズムを考慮し、そのなかで何をどう活用すれば実質的に有用なのかを丁寧に把握する必要がある。現場では、「先進的なテクノロジー」が必要とされているとは限らない。
  • このように、前例がない取り組みだからこその注目を浴び、「未来型老人ホーム」は様々な課題に直面してきた。プロジェクトの開始時点では、行政職員や介護職員、利用者の家族までも「テクノロジーが何をしてくれるか」、「どう役立つか」という視点でホームでの生活を捉えていた側面がある。しかし、この4年間で、テクノロジーが何をもたらすのかという一方向の考え方ではなく、上述のとおり「テクノロジーと共に暮らしていく」ことを念頭に置いて職員が介護の実践を行うようになっており、行政部門は実践にみられる認識の転換に寄り添いながら介護施策を発展させていくことが求められている。
  • 現在、老人ホームのなかでは、外部からの訪問を以前より制限し、このホームにとっての「日常」を確立することに注力しているため、居住者へのインタビュー調査が難しくなってしまっているが、居住者やその家族がいかに日常を暮らす「住まい」とテクノロジーの融合を捉えているのかについても調査を行う予定で取り組んでいるところである。

注釈

森田 麻記子

本記事の執筆者

上級研究員

森田 麻記子

株式会社富士通総研 経済研究所 上級研究員

2012年~2015年 デンマーク、オールボー大学、比較福祉研究所(Centre for Comparative Welfare Studies)に4年間在籍し、2016年 富士通総研入社。 専門領域は社会政策学、高齢者福祉、ライフコース研究。

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