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  5. デンマークのデジタルヘルスをめぐる動向(1) 発展経緯と新たな4か年戦略における重点化目標

デンマークのデジタルヘルスをめぐる動向(1)
発展経緯と新たな4か年戦略における重点化目標

発行日 2018年2月9日
上級研究員 森田 麻記子

【要旨】

  • デンマーク社会では政府の推進によりその電子化が幅広く展開されており、医療分野も同様である。先月15日には厚生省を含む4組織が共同でデジタルヘルスに関する新たな4か年戦略を発表し、患者参加型医療の実施強化など今後の重点化5領域を具体化した。
  • 目玉として厚生省と総合診療医の医師会が共同で開発にあたっている個人向け医療・健康アプリ、”The doctor in the pocket(ポケット医)”の本格運用開始が言及された。アプリ上でかかりつけ医とのコミュニケーションが可能になり、将来的には従来ポータルサイトで可能であった自身の医療データ参照や管理もできるようになる可能性が高い。
  • 富士通総研では、3月7日(水曜日)にFRI経済研セミナー「デンマークにおけるデジタル・イノベーションの今-その国家戦略と医療・介護分野での実践事例」を開催し、国家戦略および具体的な遠隔医療プロジェクトのケース・スタディをとおし、デンマークのデジタルヘルスの今をより具体的に考察した。

デンマークの医療システム

  • デンマークにおけるデジタルヘルスの「今」を語る前に言及しておくべきなのは、そもそも医療の仕組みがどのようになっているのかということである。デンマークではかかりつけ医制度を採用しており、図表1に示すとおり救急の受診が必要な場合を除いては患者個人が登録している「かかりつけ医」(総合診療医、いわゆるGP)をまず受診する仕組みになっている(注1)。総合診療医が必要と判断した場合にのみ専門医や検査機関へ紹介されることになる。

  • 図表1:患者からみたデンマークの医療サービスの構造

    図表1 患者からみたデンマークの医療サービスの構造

    (出所:Danish Ministry of Health and Prevention (2008)(注2)を基に富士通総研作成)

  • 医療、保健領域を主に担うのは、レギオナと呼ばれる広域行政機構である。政府は2007年に大規模な地方行政改革を行い、コムーネと呼ばれる地方自治体(市)を271から98へ統合した。県にあたるアムトは14存在していたが全て廃止され、その代わりに新しく5つのレギオナが設置されたのである。レギオナには課税権限がなく、医療、保健領域以外の多様な福祉サービスの供給や運営はほとんどがコムーネに任されている。この行政改革により急性期病院の数は人口約575万人に対し40から21と半数近くまで減らされている。
  • 図表2はレギオナの連合組織であるDanish Regions (Danske Regioner)が昨年発行したレポート内で発表したものである(注3)。2007年を100として行政改革以降、医療システムの生産性、平均寿命、療養による休業, 手術の待ち時間、心疾患による死亡数がどう変化したのかを測定しており、医療サービスの改善や健康増進に関して一定の効果を上げている点が示されている。

  • 図表2:地方行政改革以降の医療システムにおける実績の経年変化

    図表2 地方行政改革以降の医療システムにおける実績の経年変化

    (出所:Danish Regions (2017))

デジタルヘルスの進展とその背景

  • デンマークの医療における電子化の始まりは1970年代初頭に導入されたコンピュータベースの患者管理システム(PAS – Patient Administrative Systems)に遡る。病院ごとに院内に散らばる患者のデータを集め整理するようになり、1977年には全国患者登録システム(DNPR – Danish National Patient Registry)が整備された。今日とは異なり、この頃は主に保健医療を担う行政機関が政策の計画と実行のため状況を把握、管理する目的でデータを収集するという側面が強かった(注4)。
  • 1990年代に入ると情報システムが実際の医療現場のコミュニケーションをサポートするかたちで活用されるようになる。94年に、部門を横断したコミュニケーション促進を目的としてデンマーク健康管理データネットワーク(MedCom)が設立され、かかりつけ医、急性期病院と薬局間の情報共有や医療に関わる手続きおよび処理をシステム上で簡便に行える体制が整っていった(注5)。こういった体制の普及により2004年にはかかりつけ医がオンライン上で患者の医療データを共有することが法的に義務付けられるに至っている(注6)。
  • この発展には、デンマーク版のマイナンバーであるCPRナンバーが1968年から導入されたことが大きく貢献している。カルテの情報はこのCPRナンバーに紐づいて管理されており、医師や薬剤師が診療や服薬の履歴を電子上ですぐにアクセスできるようになっている(注7)。医療従事者だけでなく患者や一般市民も自身の医療情報にアクセスすることができる。それを可能にしているのが2003年にその基礎が築かれた医療ポータルsundhed.dkの普及である。
  • デンマークでCPRナンバーを持つ者であれば誰でも、sundhed.dkにアクセスすれば通院歴やカルテ、処方された薬などの情報を自分で確認できる。2018年1月現在、この医療ポータルは、市民ポータル(注8)と同じサイトからアクセスできるようになっており、利用者である国民にとって非常に便利な仕組みとなっている(図表3)。

  • 図表3:行政サービス用ポータルサイトの個人ページ

    図表3 行政サービス用ポータルサイトの個人ページ

    (出所:筆者のデンマーク市民ポータル個人ページより)

  • 情報システムの活用から始まる医療分野でのデジタル化推進の背景には、福祉国家運営に欠かせない公的サービス供給の効率性、生産性向上に対する問題意識がある。そもそも70年代にDNPRを整備するに至ったのも、社会保障費の増加が政治的なイシューとなり、公的に運営されていた医療にもその目が向いたことにより適正な病院経営と運営のためにデータの収集が始まった。
  • 北欧福祉国家は高負担高福祉であり、税率が高い代わりに充実した公的福祉サービスが供給されているという一般理解がある。その一方で、図表2に示したように改善の途にあるとは言え、医療現場では病床が足りず廊下での入院が常態化する、診療や手術の待ち時間が長いなどまだまだ深刻な問題が以前から指摘されているという現状もある。
  • デンマーク政府は、今後30年間で75歳以上人口が現在の2倍に増加するという人口推計等を踏まえ、将来的に医療サービスへのニーズが増えていく事態を想定している。そんななか現在既に深刻化している人材等の資源不足を補うことは急務である。そこで医療現場での様々な効率化を図ること、患者自身の治療やリハビリへの積極的参加、つまりエンパワーメント促進のその双方にテクノロジーの利用が有効であると考え、医療分野での活用に非常に積極的に取り組んできた。

2018~2022年での重点化5領域

  • デンマークの厚生省、財務省、地方自治体連盟(KL – Local Government Denmark)、広域行政機構連盟(Danske Regioner)は1月15日に共同でデジタルヘルス領域の4か年戦略を発表した(現状はデンマーク語版のみ)(注9)。図表4に示すとおり、5つの重点化領域と2022年までに達成する27の具体的な施策目標が掲げられている。

  • 図表4:2018~2022年のデンマークにおけるデジタルヘルス重点化5領域

    図表4 2018~2022年のデンマークにおけるデジタルヘルス重点化5領域

    (出所:4か年戦略(注9)を基に富士通総研作成)

  • 具体的施策の目玉のひとつとしてデンマークのメディアからも注目を集めているのは、厚生省とかかりつけ医による医師会が共同開発を進める医療アプリ、”The doctor in the pocket(ポケット医)”の全国的な本格運用開始である。
  • 現在でもかかりつけ医のオンライン診療やウェブ上からの診療予約は可能であるが、このアプリではそれに加えて、画像のやり取り、個人に合わせた服薬やワクチン投与等のリマインド等の機能も備える。現状ではまず、かかりつけ医とのコミュニケーションに使用するものとしてアプリが位置付けられているが、今後は上述の医療ポータルsundhed.dkとリンクするなどの機能拡張も考えられる。
  • その他にも施策目標のなかにはがん患者向けツール、妊娠期の医療サポートのデジタル化、部門を横断する医療および介護従事者同士のコミュニケーション促進や、マイナンバーに紐づいて蓄積されているデータを支える包括的なデジタルインフラの構築等について言及している。これらの施策がこれから4年間をかけてどのように実行されていくのかは今後次第に明らかになるところであるが、医療のデジタル化を機能させることに重きを置いていた2013年~2017年の戦略(注10)と比べ、今回の戦略はその冒頭にも強調されるように、デジタルヘルスの実現によってより簡単に「参加型医療」が可能になることで一人ひとりの個人が経験する医療と介護サービスのこれまでのあり方にどのような変化をもたらしうるのかが強調されている。
  • 富士通総研オピニオン「デジタルヘルス時代における大企業とスタートアップの関係性」で整理されているように、日本国内でも、デジタルヘルス業界発展の時機が到来している。今年に入って、上記で紹介したデンマークの「ポケット医」アプリと類似した機能を持つサービスも日本国内で登場してきた(例えば、インテグリティ・ヘルスケアが提供を開始したオンライン診療システムYaDoc(注11))。
  • デンマークと日本では社会構造や医療制度、デジタル化の推進プロセスなど、その土壌は異なる。しかし、デジタルヘルス分野において世界のなかでも一歩先をいく仕組みを作っているデンマークから得られる示唆は日本の取り組みにも有用であり、今後も継続的に動向を追っていきたいと考えている。

注釈

  1. 2017年11月に発表されたOECDによる最新の報告によれば、主にGPを含む総合的な診療を行う医師の割合はデンマークにおいて約2割を占める。医師の総数は、人口1000人につき3.7人。参照先: OECD (2017) Health at a Glance 2017: OECD Indicators, OECD Publishing, Paris
    http://dx.doi.org/10.1787/health_glance-2017-en
  2. Danish Ministry of Health and Prevention (2008) Health Care in Denmark.
  3. Danish Regions (2017) Regionernes Resultater 2007–2017
  4. Schmidt, M., Schmidt, S. A. J., Sandegaard, J. L., Ehrenstein, V., Pedersen, L. & Sørensen, H. T. (2015) The Danish National Patient Registry: a review of content, data quality, and research potential, Clinical Epidemiology, 7: 449-490.
  5. Danish Ministry of Health (2012) eHealth in Denmark – eHealth as a part of a coherent Danish health care system.
  6. Kierkegaard, P. (2013) eHealth in Denmark: A case study, Journal of Medical Systems, 37(6):9991.
  7. デンマークの医療情報システムや電子カルテの発展に関してはこちらの書籍を参照されたい; 安達和夫、榎並利博、金子麻衣、中野直樹 (2016) 『医療とマイナンバー』日本法令(第3章「医療へのマイナンバー導入における議論と展望」)
  8. 行政ポータルについては富士通総研オピニオン『IT弱者は若年層?―「経済と社会の電子化」欧州第1位のデンマークにおける新たな課題と工夫―』を参照されたい。
  9. Danish Ministry of Health, Danish Ministry of Finance, Danish Regions & Local Government Denmark (2018) Ét sikkert og sammenhængende sundhedsnetværk for alle – Strategi for digital sundhed 2018 – 2022.
  10. The Danish Government, Local Government Denmark and Danish Regions (2013) Making eHealth Work – National Strategy for Digitalisation of the Danish Healthcare Sector 2013 – 2017, Copenhagen.
  11. 日経デジタルヘルス2018年1月9日『オンライン診療システム「YaDoc」提供開始、インテグリティ・ヘルスケア』
    http://techon.nikkeibp.co.jp/atcl/news/16/010910376/?ST=health