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2020年の学校のICT環境はどうあるべきか

~黒板のような汎用的なコミュニケーション基盤を目指して~

発行日 2017年2月10日
主任研究員 蛯子 准吏

【要旨】

  • 政府において、小・中・高等学校におけるICT環境整備の在り方に向けた議論が進んでいる。特徴として、「教育ICT教材整備指針(仮称)」の策定という政策手段が選択されていることがあげられる。
  • この「教育ICT教材整備指針(仮称)」は、国が定める学校におけるICT環境の「参考基準」である。従来の「整備目標」から「参考基準」へと踏み込むことで、地方公共団体における計画的なICT環境整備をより確実に進める意思を示していると言えよう。
  • 歓迎すべき動きではあるが、ICT環境を単に教材・教具として捉えるのであれば、その恩恵も限定的なものとなろう。次期学習指導要領が目指す学びを実現するためには、学びの自由度を高めるコミュニケーション基盤(プラットフォーム)と捉えデザインすることが求められる。
  • 目指すべきICT環境は、黒板のようなシンプルかつ汎用的な機能で構成されるコミュニケーション基盤である。データの観点から学校種・学年・教科を通じ活用される汎用的な機能を抽出することが、その実現に向けた一歩となろう。

遅れている学校におけるICT環境整備

  • 文部科学省は、教育行政の最上位計画である第2期教育振興基本計画 (注1) において、学校におけるICT環境整備の目標を定めている。ここでは、教育用コンピュータ1台当たりの児童生徒数3.6人、超高速インターネット接続率及び無線LAN整備率100%などの数値目標を定めているが、2015年度の文部科学省の調査 (注2) によると、教育用コンピュータの全国平均は6.2人/台と目標を大きく下回っており、過去5年間ほぼ横ばいの状態にある。都道府県別に見ると、佐賀県が2.2人/台と目標を達成している一方、8.2人/台の県があるなど都道府県間の取組みの差も顕著である。
  • 普通教室での利用が可能なタブレットPCの導入が進むなどの明るい材料はあるものの、ICT環境整備に向けた取組みは膠着状態にある。2020年から次期学習指導要領が実施される状況を踏まえると、実効性の高い新たな政策・施策を早期に展開する必要に迫られていると言えよう。

期待される「基準」による政策誘導

  • 学校におけるICT環境整備が遅れている等の状況を踏まえ、文部科学省は、2016年7月に2020年度までの教育の情報化に関する対応方策を「教育の情報化加速化プラン」として取りまとめている。ここでは、教育委員会における計画的なICT環境整備を促すため、国が「教育ICT教材整備指針(仮称)」を策定し、国としての学校におけるICT環境整備の考え方を明確に示すとしている。
  • この新たに策定される指針は、国が定める学校におけるICT環境の「参考基準」である。従来の「整備目標」からより具体的な内容へと掘り下げるものであり、法的な拘束力はないものの事実上の満たすべき標準(スタンダード)として政策誘導を図り、取組みを加速する意図があると解釈できる。
  • 「ハード面における目標とされる水準は掲げられているが,どのような授業にICTを活用すべきかについて目標とされる水準等が明確に示されていないことなどから,地方公共団体によって整備の必要性の理解に差が生じ,整備状況の大きな格差につながっている。 (注3) 」との現状認識を示している通り、今後は、機器整備の観点のみならず、教育の観点(利活用方法)からもICT環境の具体的な在るべき姿を示す意向があると言えよう。教育におけるICTの効果が説明できず、財政部門との調整に苦労しているとの意見が様々な地方公共団体からあげられている現状を踏まえると、現場の実態に則した政策判断をしていると言えよう。

教材・教具としてのICTと教育効果

  • 一方、気になる点もある。それは、ICT活用の教育効果を直接的に検証し整理するとの意図にも解釈できる点である。今後、各教科における目的(資質・能力の育成)と手段(ICTを活用した学習活動)を直線的に捉え、その因果関係を整理しようと試みることも想定される。
  • 背景には財政部門との折衝にあたり、有効性の裏付けを得るためのエビデンスを収集したいとの思いがあると推察されるが、コストベネフィットの観点から教育効果を測定することが果たして可能なのかどうか、選択された参考基準としての「標準」が各地域・学校・教員の教育の自由度を損なうことにならないのか、そもそも行動主義的・機械論的とも解釈できるアプローチから検証を進めることは次期学習指導要領が目指す「主体的・対話的な学び」という価値観と適合するのか、などの疑問も生じる。
  • また、情報システムの観点から見れば、目的と手段が密接に結びついたシステムは、一般的に利用者や利用方法に制約を課すものである。検討にあたっては、これらの疑問を踏まえ慎重に取組む必要があろう。

求められるのは、シンプルな機能で構成されるコミュニケーション基盤

  • では、学校におけるICT環境の在るべき姿の検討に向け、どのようなアプローチをとるべきなのであろうか。学びという行為が持つ多様性・多義性を踏まえ、データ中心アプローチによる検討を提案したい。
  • ICTをデジタル教材・教具として捉える発想は、プロセス中心アプローチに根差したものである。そこには暗黙的にプロセスを評価する指標が存在し、良し悪しを判断できるとの価値観がある。よって、学習活動の在るべき姿(ベストプラクティス)を特定する議論と無縁ではいられない。
  • 国が「ICT環境整備を進める際には,教科等におけるICTを活用した学習活動を特定するのではなく,教員自身が授業内容や子供の姿に応じて自在にICTを活用しながら授業設計を行えるようにしておくことが重要である。 (注3) 」との認識を示している通り、予めICT活用方法を規定するのではなく、自在にICTを活用できる環境を構築することが求められている。個々の活動を詳細に分析するのではなく、活動の結果であるデータのやり取りに着目するデータ中心アプローチが、この趣旨にあったアプローチと言えよう。
  • 学びにおけるデータのやり取りとは何か。それは学びにおいて展開されるコミュニケーション活動全般を指す。「授業と学習は,教材を媒介とするコミュニケーションの過程として展開される (注4) 」ものである。これに習い、学びの多様性を広げるために汎用的に利用できるコミュニケーション基盤は何か、という観点からICT環境の在り方を検討することが有力な選択肢となろう。
  • 黒板は「教具」であるが、各教科の教材と密接に結び付き、利用方法が制約されているわけではない。黒板には、汎用的な「書く」、「消す」、「(磁石などで)貼る」というシンプルな機能しかない。だからこそ、教員はこれらの機能を自由に組合せ、ほぼ全ての学校種・学年・教科において、日常的に活用することができる。つまり、黒板は、学びに不可欠なコミュニケーション基盤として機能しているとも捉えることができる。2020年に求められるICT環境とは、この黒板のような存在であろう。
  • ICT環境を教員、児童生徒、教材をつなぐ「デジタルコミュニケーション基盤(プラットフォーム)」として捉えることが、次期学習指導要領の学習観、そして将来の新たな学びを支えるICT環境の標準(スタンダード)として中核に据えるべき基本理念であろう。学びにおけるコミュニケーション活動をデータ中心アプローチにより分析し、明らかになった求められるシンプルかつ汎用的な機能を抽出することが、その実現に向けた一歩となろう。

注釈

  1. 教育振興計画:教育基本法に基づき政府が定める教育に関する総合計画であり、教育行政における最上位計画
  2. 文部科学省 平成27年度学校における教育の情報化の実態等に関する調査
  3. 文部科学省「2020年代に向けた教育の情報化に関する懇談会」最終まとめ(2016年7月28日)
  4. 佐藤学(1996)『教育方法学』岩波書店