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医師の臨床経験情報を集めて現場の医師を支援する、メドピア社の取組み

発行日 2016年9月2日
シニアリサーチアナリスト 笛吹 典子

【要旨】

  • メドピア社の運営する「MedPeer」サイトでは、医師同士をつなぎ薬剤の処方実感などの臨床経験を集めて体系化し、医師会員に公開している。この情報は医師の集合知として、患者一人ひとりへの治療を担う医師への助け、特に診療ガイドラインや薬剤の基本情報を補う手掛かりとなっている。臨床医が悩みがちな治療での断片を切り取って再構成する「切り口設定力」が集合知形成を可能にしていると考える。

企業概要・特長

  • メドピア株式会社は、医師専用コミュニティサイト「MedPeer」を運営している。2004年12月に医師である石見陽氏が、医師向け求人情報サービスから始め、2007年に医師専用コミュニティサイト「MedPeer」を創設し、事業として拡充してきた。
  • 現在MedPeerは、全国の医師の3人に1人にあたる10万人以上が利用している。主な収益源は、製薬会社等へリンク広告掲載枠を提供し医師に対するマーケティングを支援する等で、年商10億円規模(2015年9月時点)となっている。
  • MedPeerでは、臨床医を支援するコンテンツを提供している。主なコンテンツとして、エキスパートドクターに相談する『症例相談』、会員同士が実名で症例を検討する『症例検討会』、薬剤の処方実感を共有する『薬剤評価掲示板』がある。
  • 同社では集合知について「不特定多数の知見を蓄積し、分析、体系化することで生成される情報」とし、ネットで多数の医師をつないで臨床経験を集めて体系化している。


  • 同社の取組みは、医師の治療への迷い、特に診療ガイドラインや薬剤の基本情報等から判断しきれない、患者一人ひとりに合った治療への助けとなっている。この支援を可能にしているのは、現在も臨床医である社長の医師目線、すなわち医師が悩みがちな治療での断片を切り取って再構成する「切り口設定力」にあると考えられる。切り口とは例えば、疾患の断片としての症例提示、薬効の断片としての薬剤評価指標などである。
  • 以下に石見社長にインタビューした内容を基に、その取組みの一端をご紹介する。尚、このインタビューは、例えば学校の教員のような対象者一人ひとりの問題(学習内容が分からない等)に専門的知識で解決に当たっている現場の集合知形成へのヒントとしてお聞きしたものである。

臨床経験を集めて体系化する取組み

~ネットで場をつくり、医師をつなぐ~

  • 2007年当時、マスコミ等において医療事故からの医師不信が喧伝されており、その孤独感の中で24時間休みなくがんばっている医師達を、石見社長は目の当たりにしていた。そこでネットを利用して、年数回の学会ではなくリアルタイムに、大学・医局・地域を越えて横でつなぐ場をつくった。ここでは、医師同士で深い情報交換ができるようにするため、会員登録時に医師資格を審査し医師限定としている。
  • 『症例相談』では、「現場でのちょっとした疑問」「診療ガイドラインからは分からない問題」「治療方法が劇的に変わっている内容」といった臨床での迷いに、エキスパートドクターが直接回答し、質問の9割以上が解決されている。
  • エキスパートドクターには、支援に応じポイントや些少の謝礼が支払われるが、実質的にはボランティアに近い。医師には元々、ほとんどの診療科において経験を伝えようとするシェア(共有)の文化があり、それがこの善意のつながりを成立させている。

  • 図1. メドピア社の提供機能のイメージ

    図1. メドピア社の提供機能のイメージ

    (出所:インタビューを基に富士通総研作成)

~切り口を提起し、臨床経験を集める~

  • また医師同士をつなぐだけでなく、同社側から切り口を設定して働きかけ臨床経験を引き出している。『症例検討会』では、同社や協力病院が、患者の疾患について限られた断片/切り口から捉えた症例をクイズ形式などで提示する。検討に参加した会員の臨床経験に基づく考察が集まり、最後に実際の診断結果と総括が加えられる。
  • 近年医療では、主要疾患ごとに診断と治療の目安が系統的に示された「診療ガイドライン」の整備が進んでいる。ガイドラインは、医師および患者の意思決定を支援するために「当該疾患を有する患者の半数以上(60~95%)に当てはまる診療手順」と定義されている。
  • 医師は、ガイドラインを踏まえて診断し治療法(かぜであれば約100通り)を選択する。ただ、ガイドラインではカバーされない患者ごとの状況や事情(薬の飲める回数、体力、複数の症状、価値観等々)は、医師が個別に判断する。症例検討会での多様な臨床経験に基づく考察は、医師個人の治療への省察(治療は適切であったか等振り返り)を深める助けとなっている。

~薬剤の処方経験を集約し体系化~

  • また石見社長は、Webサービスにおける集合知の考え方に触れ、集合知形成要件の1つである「意見を集約する仕組み」の機能を担うことに思い至り、「医師の集合知により医療を再発明する」というビジョンや「医師を支援し患者を救う」というミッションを明確にしてきた。
  • その代表コンテンツである『薬剤評価掲示板』では、会員が処方実感としての薬効(薬剤の効果や副作用など)について、定量評価とコメントを書き込む。書き込みは一般的なレビューサイトと同様に、星印に約された定量評価、コメント、薬剤の基本情報等が相互にリンクされている。掲示板には、概ね共通だが薬剤に合せて少しずつ調整された6項目の評価指標が設定され、会員は5段階で評価する。
  • 多くの医師の処方実感が、評価指標に沿って薬効の断片/切り口として集められ、分類し関連づけられ、他薬剤と比較可能な形に整理されている。これにより医師は薬剤の処方動向、新薬への対処、専門領域外の薬剤等の基本情報を補う手掛かりを得ることができる。


  • このようにメドピア社では、医師をネットでつなぐ場をつくり、切り口を提起し臨床経験を引き出し集めて体系化している。この取組みにより、臨床医は診療への省察を深めたり、独り治療に迷った場合に助けを得ることができる。特に、ガイドラインや薬剤の基本情報等から判断しきれない、患者ごとの状況への対処、新しい治療法・新薬、現場でのちょっとした疑問等への手掛かりとなっている。
  • 他社から類似サービスがでてきているが、臨床医目線による同社の集合知は、患者一人ひとりへの最適な治療を目指す医師にとって、今後も一層の真価を出してゆくと期待できる。また同社の取組みは、学校教育においても学習者一人ひとりの問題(理解が滞っている学習内容等)を起点に据えて、解決に向けた切り口を探索し、教育/学習経験を引き出し体系化するアプローチとして参考になると思う。

笛吹 典子(うすい のりこ)
株式会社富士通総研 経済研究所 シニアリサーチアナリスト
学びにおけるICT活用に関する調査・分析に従事