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初等中等教育改革と教育システムのデータ革命

発行日 2016年3月23日
主任研究員 蛯子 准吏

【要旨】

  • 政府において、新たな教育の情報化の政策立案に向けた議論がスタートした。新たな動向として、教育における「データ活用」というキーワードが示されたことが注目される。ここでは2つの領域での活用を想定している。
  • 第1に「学びの革新」のためのデータ活用である。大きな課題である授業等における学習記録のデジタル化を実現し、授業前、授業中、授業後の一連の「学び」の活動そのものを変革する、学習基盤してのICTの役割を具現化することが求められる。
  • 第2に「学校・学級経営と教育政策」のためのデータ活用である。これまで別々に管理されてきた授業と校務のデータを一体のものとして捉え、教育の質向上に向けた新たな情報システムを構築することが求められる。
  • 学びのデータ革命は、初等中等教育という教育システムの改革と一体のものとして捉える必要がある。学びにおける新たなデータの循環サイクルが形成されれば、中長期的には、教育の在り方そのものを大きく変革するインパクトを与える可能性がある。

「教育の情報化」の新たな論点:データ活用

  • 文部科学省は、今年2月に「2020年代に向けた教育の情報化に関する懇談会」(以下、「懇談会」)を設置し、新たな「教育の情報化」政策の検討に着手した。懇談会の設置趣旨には、「教育の情報化に向けた当面の施策の検討を行うとともに、第3期教育振興基本計画(注釈1) も視野に」政策を検討するとしている。
  • ここでは政策検討にあたっての2つの時間の流れが示されている。第1に、短期的な視点である。これまでに示された、教育の情報化に関する政策目標を着実に実現すること。具体的には、第2期教育振興基本計画の計画期間である2017年度までに、そこで示された政策目標を実現するための具体的な施策メニューを提示することである。注目すべきは、第2の中長期的な視点であろう。第3期教育振興基本計画の計画開始時期である2018年度以降の教育行政の在り方の検討にあたり、新たなICT活用の在り方を提示すること。これは、ICTに、これまでのマルチメディア機能を活かした分かり易い教材・教具という役割を越えた、新たな役割を求めていると言えよう。その新しい役割と何か。その鍵となるのが、これまでの教育の情報化政策であまり強調されてこなかった「データ活用」というキーワードである。
  • 教育における「データ活用」とは何か?その方向性は、第1回懇談会の資料「本懇談会の問題意識・検討事項案」に示された「スマートスクール」(仮称)構想にあるのであろう。この資料では、「従来の子どもの学力向上や教員の業務改善の視点に留まらず、(中略)学びの革新や、エビデンスを活用した学校・学級経営や教育政策の推進を強力に支援するツール」として、「授業・校務へのICT活用を一体として捉える」考えが示されている。ここで示されたICT活用の2つの領域、すなわち「学びの革新」と「学校・学級経営と教育政策」は、データ活用によりどう変わるのであろうか。

データ活用による「学びの革新」とは

  • まず、「学びの革新」について見ていきたい。ここでは、体験的・問題解決的な学習や個に応じた学びを実現するため、ICTを活用するとしている。これは、知識の定着を目的とした受動的な学びから、新たな価値の創造を目的とした主体的・能動的な学び(アクティブラーニング)への転換という、これまでの方向性を踏襲したものである。佐賀県、大阪市など、学校現場においても一人一台のタブレットPCを活用した授業実践が実施されていることから、これらの取組みを全国に普及させるというこれまでの方針を踏襲したものと言える。
  • しかし、データ活用という観点を入れると、その見方は変わる。なぜなら、筆者が関わりを持った一人一台のタブレットPCを活用した実証実験(注釈2) では、継続的に先導的な取組みを実践してきた学校においても、授業の大半の学習の記録は、デジタルデータとして保存せず、これまで通り紙のノートに記録しているという事実があるからである。つまり、これまでの教育の情報化の取組は、アクティブラーニングへの活用など学習形態の革新は進められてきたものの、デジタル化の持つ蓄積・分析・再利用といった最大の特性を充分には活かせていない段階にあると言える。「学びの革新」の次のステップは、授業前、授業中、授業後の一連の「学び」の活動そのものを、デジタル化の特性を活かし変革することと言えよう。これは、今までの道具としてのICTから、学びの活動を支える学習基盤としてのICTへとその役割が変わることを意味している。

データ活用による「学校・学級経営と教育政策」とは

  • 次に、「学校・学級経営と教育政策」である。キーワードとして、「授業・校務の統合」が掲げられている。「校務」の明確な定義はなく、授業以外の業務は全て校務であると解釈されることが多い。こと情報システムに限って言えば、校務は教員の庶務、成績管理などのペーパーワークの事務処理の効率化を図る支援システムと位置付けられ、導入されてきた。それ故、情報システム上は校務と授業は明確に分離され、それぞれ別々のネットワークで管理されてきた。つまり、学校には、校務(教員用)と授業(児童生徒・教員用)の2つのネットワークがある。「授業・校務の統合」とは、この2つのネットワーク上でそれぞれ管理されてきたデータを必要に応じ統合して利用することを意図したものであり、これまでの学校におけるデータ管理とデータ活用の在り方を抜本的に変えるものとも言える。
  • 現在は、前述の通り、授業における学習の記録はデジタル化されておらず、統合したいデータそのものが存在しない。しかし、今後、「学びの革新」が進み、個々の児童生徒の学習の記録がデジタル化され保存されるようになると、今までは困難だった様々な取組みが可能になると期待される。例えば、個々の児童生徒の理解度や学習の進捗を「見える化」し個に応じた指導を行う、データに基づき地域の教育政策を検討するなどの取組みである。これは、事務処理の効率化を目的とした情報システムから、教育の質向上を目的とする情報システムへの転換を意味している。

データ革命は初等中等教育改革の切り札となるか?

  • 上記の通り、学びのデータ革命は、効率化、利便性の向上等の目的で進められるものではない。教育の在り方そのものの変革に不可欠な要素として取り組まれるものであり、現在進められている初等中等教育改革と一体のものとして捉える必要があろう。つまり、初等中等教育という社会システムとそれを支える情報システムを一体のものとして考える時期を迎えつつあることを意味しているとも言えよう。これは、換言すれば、初等中等教育という社会システムを、新たに創られる「学び」という活動を通じて生成・蓄積・分析・再利用されるデータの循環サイクル(フィードバックループ)により変革する取組みであるとも言える。
  • その実現の鍵は、データの生成過程、すなわちこれまで紙媒体を中心に行われてきた学びの記録を、いかにデジタル化できるかにかかっている。当然ながら、何でもデジタル化すれば良いということではなく、教育にとって必要となるコアデータとは何なのかを見極める必要があろう。もし、学びにおける新たなデータの循環サイクルが形成されれば、POSシステムや電子商取引が、流通や商取引の在り方を抜本的に変えたように、中長期的には、教育の在り方そのものを大きく変革するインパクトを与える可能性がある。

注釈

(注釈1):
教育振興計画:教育基本法に基づき政府が定める教育に関する総合計画であり、教育行政における最上位計画。

(注釈2):
総務省「フューチャースクール推進事業」、文部科学省「学びのイノベーション事業」