GTM-MML4VXJ
Skip to main content

English

Japan

  1. ホーム >
  2. ユーザーや市民との共創の時代に向けて:日本でも動き始めたLiving Lab

ユーザーや市民との共創の時代に向けて:日本でも動き始めたLiving Lab

発行日 2015年10月26日
主任研究員 西尾 好司

【要旨】

  • 企業は、サービス(本稿では製品を含む)の開発を目的に、ユーザー(本稿では顧客や消費者、ユーザー・コミュニティ、一般市民を含む)との間で様々な共創をしている。
  • 欧州では、Living Lab(LL)という、ユーザーと共創する活動が10年ほど前から活発に行われるようになっている。このLLは、ユーザーが実際にサービスを利用する現場での行動の評価、利用後のユーザーからのフィードバック、サービスのユーザーとの共創を、様々なステークホルダーが参加しオープンな形で進める活動である。
  • ようやく日本でも、高齢社会向けのサービス構築などで、LLが動き始めており、本稿では、このLLとはどのような活動なのかを紹介する。

1.Living Labとは

  • LLのコンセプトは、1990年代前半に、米国において、新技術や製品とユーザーとの触れ合いを観察・分析する施設として生まれた。インターネットや無線技術によるユビキタスな環境でICTの活用が可能になってきた2000年前後に、北欧でLLが広がり始めた。その後2006年にEUの議長国のフィンランドが主導し、EUの主要な研究開発プログラムに、LLの立ち上げを支援し、LLを活用するプロジェクトが取り上げられるようになり、欧州全域に広がった。このような広がりの中で、LLのコンセプトは変遷していった。当初の管理された環境下での行動観察の場から、実際に使用する場での観察やコンテキストの理解が、重要と考えられるようになった。さらに、このTestbedだけでなく、ユーザーがサービスの企画に参画する共創がコンセプトに含まれるようになった。そして参加するユーザーの範囲が、一般の市民へと拡大している。LLのコンセプトを整理すると次のようになる。

    (1) ユーザーが利用するTestbedや実際の利用現場から、ユーザーの行動を観察し、そのコンテキストの理解も含め、ユーザーの利用に関する新たな洞察を獲得する活動

    (2) ユーザーが、製品やサービス、あるいは、LLの企画に参加する共創活動

    (3) (公的資金を活用して)企業、ユーザー、公的セクター、大学等の多様なステークホルダーが参加するオープン・イノベーションのプラットフォーム

2.Living Labの現状

  • 欧州ではEUの支援により多くのLLプロジェクトが生まれたことから、LLは、Children of the Commissionと揶揄されることもある。しかし、LLプロジェクトが行われている地域は、インドやブラジルのような新興国、さらにはアフリカなどにも拡大している。LLのネットワーク化を推進する代表的な組織としてEuropean Network of Living Labがあり、欧州以外の国も含め世界で370のLLが活動しているという。
  • LLプロジェクトの主要な活動資金は、公的資金4割、EC2割、民間資金1割と言われているように、EUや欧州各国の公的な支援プロジェクトとして進められるので、様々なステークホルダーが集まりやすいことと公的資金の受け手の観点から、大学や公的研究機関を中心に行われることが多い。
  • LLの利用分野としては、医療、建築・インフラ、観光、農林水産、行政・地方自治サービス、教育など多岐にわたっている。ビジネスを対象としたLLのプロジェクトの例としては、高齢者向けのモバイルアプリケーションの開発、家庭でのエネルギー消費の最適化サービスの開発、病院やショッピングモール内の経路支援サービスや緊急患者の治療を円滑に行うサービスなどがある。あるいは、行政サービスとして、生活環境支援技術を活用した高齢者サービスの構築、E-participationのような市民がICTを活用して公的サービスの意思決定に参加するシステムの構築などもある。現在では、特定の分野を中心に活動するのではなく、LLの手法を様々な分野で活用していくことが多くなっており、LLのプラットフォーム化も進んでいる。

3.Living Labの進め方

  • LLの進め方は多様であり、方法が確立したとはいえない。ここでは、その1例を紹介する。

    (1) 最初に、企業や公的セクター等のサービスの提供者や大学や公的研究機関などのLLを推進する者、さらにはユーザーや市民など課題を解決するために、他の関係するステークホルダーを交えてプロジェクトの方向性を決める。そして、LLに参加するユーザーを募集・選定する。過去のプロジェクトに参加したことのあるユーザーに通知するだけでなく、新しく参加者を公募し、プロジェクトごとに応募が行われ参加ユーザーが選定される。

    (2) 選定された参加ユーザーに、LLプロジェクトで対象となるサービスとの関係性やサービスに対する意見や認識、あるいは関連するユーザーのバックグランドを、アンケートやインタビューで確認する。ユーザーとの間でワークショップのような場で議論することもある。ここは、対象とするサービスのアイデアを参加者との間で固め、参加するユーザーの利用に関するコンテキストを理解するための情報を獲得する段階である。

    (3) 実際にサービスをユーザーが利用する実験段階となる。

    (4) 実験段階で行ったユーザーの行動観察や利用のログの取得データ、ユーザーへのアンケートやインタビューを活用して、認識の変化や行動の分析を行う。ここでの分析・評価は、大学等の専門家が行う。(2)でユーザーから得られた情報は、ユーザーがサービスを利用するコンテキストを理解し、(3)実験の前後でのユーザーの認識の違いを評価することに使用される。

    (5) (4)の結果に加えて、ユーザーへのインタビューやアンケート、さらにはブレインストーミングなどを行い、ユーザーと一緒に、次のサービスの企画や改良案を検討し、反映する。

  • このようなサイクルを数回まわすことにより、コンセプトを固め、プロトタイプを構築し、最終的なサービスを固め、提供することになる。最初からのユーザーと一緒にサービスを企画することから始める必要はなく、既存のサービスやプロトタイプの利用実験から始めてもよく、ユーザーからのフィードバックや次の企画を共創するステージを含め、このようなサイクルをまわすことが重要となる。

4.Living Labのメリット

  • LLプロジェクトに参加する目的には、サービスの新たな開発や改良、手法の開発やネットワークの構築が多い。企業はこれまでも、ユーザーとの共創、ユーザーの行動観察について様々な取り組みをしてきた。社内にユーザーが利用する行動を観察し、ユーザーとの共創の場を設置、あるいはLLを社内で実施していることを明らかにしている企業もある。しかし、このような企業でも、公的なLLプロジェクトに参加する場合がある。それは、実際にLLによるサービスの開発や改良以外に、手法の開発、様々なステークホルダーが参加するオープンな活動から得られるネットワークの構築やプロジェクトのマネジメントのような人材育成も重要と考えられているからである。

5.ユーザーとの共創によるイノベーションの実現に向けて

  • 欧州で進められているLLは、企業、あるいは行政などが、ユーザーの行動のコンテキストを理解するというUser-centricな活動に、イノベーションのプロセスに早くからユーザーを参加させ、新しいアイデアや行動を早く上手に発見・獲得し、共創するUser-drivenな活動を統合した手法であり、様々なステークホルダーが参加し、オープンな環境で進める野心的な活動である。LLを実施する場合に、次の点を考慮する必要がある。

    (1) ユーザーを被験者として位置付け、ユーザー行動のデータの獲得(Testbed)に重心を置くのか、それともパートナーとして位置付け、共創していくことを重視するのか?

    (2) ユーザー行動を実験施設から理解するのか、現実(Real World)から理解するのか?

    (3) 自社だけで行うのか、それとも他のステークホルダーと一緒に行うのか?

  • 参加ユーザーの範囲を一般市民まで広げるかは、構築するサービスの内容によるであろう。現実には、企業とユーザー・市民との間をつなぐコーディネート機能が必要となる。大学の研究者は、Living Labという言葉は使わなくても、既に様々な形で市民とのまちづくりやサービスの共創をしており、大学をプラットフォームとして1企業、あるいはサービスサプライヤだけではできない共創の仕掛けを構築することができる。
  • ユーザー・市民をどのように参画させるか、コミュニティ作り(当事者意識作り)やプロジェクト・フォーメーションに相当な時間や手間がかかる(北欧でも)。それは、ステークホルダーが異なる価値を提供しあうことで成立しており、自社とユーザーの関係だけでは得られない価値があり、そこにLLの存在価値がある。