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医療サービスのグローバル化は途上国に何をもたらすのか

発行日 2015年10月9日
上級研究員 楊 珏

【要旨】

  • グローバル化や生物多様性の喪失が伝染病の国境なき蔓延と非感染症死の拡大をもたらしているため、途上国の医療事業をサポートするニーズが高まっている。
  • これまで途上国の医療事業への支援は、個別の伝染病対策に重点を置いてきたが、ジェネリック医薬品の製造制限や現地の政治経済状況によって被援助国の医療事業自立の促進に寄与効果が薄い。
  • そこで、途上国の富裕層むけの医療ツーリズムなどの医療サービスが各国で展開され、いわゆる医療産業化時代に入った。途上国の側でも積極的に医療サービス市場を開放する動きが出ているが、それは機会とともに新たな挑戦も生み出している。
  • 途上国にとって、利潤拡大や医療支出削減を狙う医療サービスの輸入は、国内の医療市場を二分化し、医療格差を拡大させる恐れがある。一方で、海外の医療観光者を誘致することで外貨獲得ができるため、医療産業を含む経済成長の好機ともなる。

はじめに

  • わが国では、医療サービスを輸出する動きがようやく徐々に本格化しつつある。たとえば、本年6月には、北原国際病院(東京都八王子市)が、日揮と産業革新機構とともに、プロジェクトファイナンスの手法でJAICAから融資を受け、2016年2月にカンボジアに病院を開業することが報道された(日本経済新聞6月25日記事より)。日本の医療機関にとっては、途上国側における医療市場の開放の動きを上手に利用し、医療サービスの質的向上や医薬産業の成長、さらには医療格差の縮小にも寄与できるウィンウィンのビジネス創出が持続可能な協力関係を築くカギであろう。

(1)伝染病の国境なき蔓延と非感染症死の拡大

  • 気候変動、生物多様性の喪失など地球環境問題の深刻化が新たな伝染病の発生や既存伝染病の再興をもたらしている。さらに、交通の利便性により人々の移動範囲が拡大し、伝染病は空前の速度で他地域に広がっている。
  • 途上国では衛生面や環境面などで問題が多く、伝染病も多発している。昨年、西アフリカで発生したエボラ出血熱の急拡大は国際的な関心となった。途上国の伝染病対策事業をサポートすることは人道主義的な面もありながら、伝染病の先進国への蔓延を阻止することでもある。
  • 途上国の平均寿命が延長し、これまで重視されてこなかった非感染疾患は多くの国において主要な死因になりつつある。非感染疾患問題の深刻化が、医療支出を圧迫し、人的生産性を低下させる。国際社会の安定的発展のためには、伝染病対策分野のみならず、途上国の医療事業全般の支援が欠かせない。

(2)途上国の医療事業への支援と限界

  • 途上国の医療キャパシティを高めるため、医療機器や医薬品の提供、医療インフラの整備や医療従事者の訓練などの支援が国連、世銀、各国政府、そしてNGOの主導で行われてきた。特にAIDS/HIVやマラリアの撲滅など、伝染病対策に力を注いできた。医療事業支援の効果は顕著だが、限界もある。ODAプロジェクトの下での薬品と医療機材の提供などは今後増加する見込みがない。また、ジェネリック医薬品の製造をめぐる知的財産権の保護問題が国際市場において改善される見込みもない(注釈1)
  • 国際援助プロジェクトの下で医療インフラの整備や医療人員訓練も行われてきたが、いずれも長期的投入となるため、その間多くの問題が生じやすい。プロジェクト業務実施の非効率化や経常経費の不足、被援助国の官僚腐敗、ファンジビリティ効果などで援助と実施効果の乖離が度々見受けられる。
  • 援助が医療セクターの自立的発展に貢献しているかどうかは、知的財産権保護規制やその国の政治透明度、ガバナンス力などに大きく左右されているため、評価しがたい。

(3)医療産業化の時代

  • ここ20年間、南北間の医療輸出は従来の「北から南へ」から「南南協力」、「三角協力」となってきた。特に東南アジアのマレーシアやタイなどでは、医療ツーリズムによる医療の産業化が国策として展開されている。
  • 図1に示すように、2001年以後、途上国への医療サービス輸出は著しい増加を見せている。実際、先進国の医療コストが高騰し、先進国の患者が途上国の比較的安い医療サービスを求めるケースは少なくない。たとえば、欧州ではトルコへの医療観光が近年急増している。
  • 図1:国際医療市場の動き

    図1:国際医療市場の動き

    出典:Lautier (2014) International trade of health services: Global trends and local impact. Health Policy.

  • 最近では、途上国に病院を開設するなど、直接医療サービスを輸出し始めている。2010年に設立されたアジア最大の病院グループIHH社は、アジア、中東欧、中東および北アフリカ地域の富裕層をターゲットに、プレミアムヘルスケアの提供を行っている。2014年/12期IHHマレーシア病院の純利益は、前年比33.4%増の2.09億MYRであった。2014年には中国も条件付きで医療市場を海外に開放し、台湾など言語が通用する地域主導の外資病院が多数設置された。
  • 日本医療の海外展開は2013年以来、画像診断、リハビリと救急を中心に、ロシアやアジアで行われている。たとえば、北原国際病院(東京都八王子市)は、日揮と産業革新機構とともに2016年度にカンボジアに病院を開業する予定だが、国際協力機構(JICA)から約10億円の融資を受け、病院の収益の一部を融資返済にあてるプロジェクトファイナンスの手法を活用することが報じられた(2015年6月25日、日本経済新聞記事より)。JICAの融資を合わせた総事業費は35億円で、脳卒中や交通事故に対する救急サービスを柱とした高度な医療サービスを提供するという。

(4) 医療植民か、成長の機会か

  • Johnstonら (Globalization and Health 2015)によれば、途上国における医療サービスの輸入がもたらす政策的効果は、主にガバナンス・制度、財政、インフラ、規制そして人材の育成と5つの側面にポジティブな影響があると考えられている。途上国にとって、外貨獲得や制度整備は貿易額の増加、公的・民間医療部門の成長に有利であり、医療インフラの整備や人材の育成は医療部門の自立的な発展につながる。
  • しかし、途上国の医療市場への進出は、現地の安い人件費や材料費を利用し、利潤拡大や自国の医療支出の削減を目的としているため、医療植民ともいえる。それにより、異なる所得階層間と地域間の医療格差を拡大させる恐れがある。
  • 途上国の中低所得層は高度な(高額な)医療サービスを享受する経済能力はない。そのため、医療市場の開放は最も伝染症に罹りやすい階層の医療アクセス改善に直接的な効果がない。また、外資病院はインフラが比較的整備されている都市部に集中しがちであり、地域偏在による医療格差が予想できる。
  • 政治経済的アプローチの観点からみると、確かに外貨獲得によって公共部門への投資が増え、様々な政策効果がもたらされるはずである。しかしながら、途上国の政治的透明度やガバナンス力に大きく依存している。一部の富裕層のニーズを満たしたとはいえ、医療部門の自立的発展の達成には程遠い。
  • 医療市場の開放によって、最新の医療情報や高度な医療サービスが途上国に伝達していくことは言うまでもないが、いかにこれらの情報を利用して医療格差の縮小に有利な制度を構築するのかがカギである。たとえば、外資病院において、中低所得層向けの病院スタッフに定期的に研修する機会を与える制度などを設け、模範効果を上げれば、他病院の医療サービスの向上にも有意義であろう。
  • 医療保険制度が不完備の中、貧困層の医療アクセス改善は、規制の壁を超えるイノベーションの創出も不可欠であろう。たとえば、日本ではケアプロというベンチャー企業がある。ワンコインセルフ健診サービスを健診弱者(自営業者や主婦など)に提供し、極めて安い価格で血液検査や肺検査を行っている。機械による健診であるため、人件費を大幅に削減することができる。2008年1号店がオープンして以来、累計利用者数は30万人を突破した(2015年7月末時点)。この低コスト健診は、病気の早期発見に有効で貧困層にも届けやすい。
  • 地域間の格差を緩和するためには、農村部の医師不足問題の改善と住民医療リテラシーの向上は手掛りとなる。そこで、遠隔医療の導入は一つの選択肢と考えられる。ここでは、スマートプラチナ事業で推進する遠隔放射線画像診断などハイテクなものではなく、医療リテラシーの向上につなげる遠隔保健や遠隔教育が有効であろう。たとえば、都市部と農村部の病院の間に遠隔システムを構築することで、農村部のスタッフへの指導なども可能となる。
  • IT産業に力を入れているインドの著名なApollo. Hospitals病院グループは、2000年から遠隔医療を開始し、現在112カ所の遠隔医療センターを設置している。2014年の医療情報管理システム年会(HIMSS Asia Pacific for its)で、Apollo総合遠隔医療ネットワーク(The Apollo Telemedicine Networking Foundation)は、成功例としてイノベーション殊勲賞を受賞した。
  • 投資側にとって、現地の社会安定に寄与する活動は長期的に高いリターンとして戻ってくるため、高度な医療サービスの提供とともに、医療保健教育や医療健診などのビジネス展開も有益であろう。グローバリゼーションがもたらすものは、医療植民なのか、医療支援なのか。受け皿となる途上国政府の制度設計と投資側の社会的責任次第だが、これからさらに本格化することも予想される日本の医療サービスの輸出にあたっては、途上国側とウィンウィンの関係を築くことで長期的かつ多面的な協力も期待できるだろう。
謝辞: このニュースレターの作成にあたって、浜屋敏、生田孝史、眞野美香などの方々より、多くの示唆をいただきました。ここで、感謝の意を申し上げます。

(注釈1): 2005年に特許権者以外の者が感染症に関する医薬品のみの生産および輸出を可能にするための「知的所有権の貿易関連の側面に関する協定を改定する議定書」が採択されたが、受諾した国の数は成員国の3分の2未満のため、未発効である。