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AIについて―何が懸念されているのか―

発行日 2015年8月7日
経済研究所マネージャー 藤田 英睦

【要旨】

  • AIの社会実装については、さまざまな懸念がある。AIがどうやって解を導き出したのか人間には分からなくなる。人間が介在せずに機械が自律的な行動を取るようになる。そこでは法的・倫理的に重大な問題が生じる。人の生に関わることについて、すべてを機械に委ねられるのか。そしてAIにより雇用がなくなるとき、市場経済はどう維持されるのか。雇用なき社会で、人はどう生きるのか。AIについて語るときに我々の語ること、それは人間と社会の本質にほかならない。

百花斉放百家争鳴

  • AIの研究開発が進展するなかで、その社会実装について不安視する声も上がっている。物理学者のスティーヴン・ホーキングや元マイクロソフトCEOのビル・ゲイツは、AIは人類にとって深刻な脅威になりうると表明している。米国のボランティア団体FLI(Future of Life Institute)は、テスラモーターズCEOのイーロン・マスクが寄付した1000万ドルにより、「AIを人類にとって有益なものにしておくための研究プロジェクト」を開始している。
  • 日本政府は6月30日に「日本再興戦略改訂2015」を閣議決定した。そのなかには、AIなどのテクノロジーによる産業構造や就業構造への影響について今年度内に検討することが明記されている。それにしたがい独立行政法人経済産業研究所は、AIが経済・社会・法制度に与える影響についての研究を開始している。人工知能学会のなかでも昨年から倫理委員会が設立され、AIの社会的な影響について議論されている。

人間には分からない

  • AIを人間の意思決定支援に使う段階で生じる問題がある。もちろんこれまでも、コンピュータはふつうに人間の意思決定支援に使われてきた。それとはどう事情が異なるのか。問題となるのは、AIがどうやって解を導き出したのか人間には分からないという事態である。AIは自ら進化していくと見込まれている。AIが自らそのプログラムを書き換えていくということである。そうすると、完全なブラックボックスになりうる。作家アーサー・C・クラークの言葉を用いれば、まさに「魔法と見分けがつかない」事態である。
  • ビッグデータをめぐっても同様の議論があった。相関さえ分かればいい、因果はどうでもいい、という極端な見解があった。元Wired編集長のクリス・アンダーソンは、理論など要らない、科学的な方法論など要らない、とまで言い放った。しかし、それが社会のあらゆる領域で通じるとは言い難い。どうやって解を導き出したのか検証できる仕組みが必要となる。

すべてを機械に委ねられるのか

  • AIを機械の自律的行動に使う段階で生じる問題がある。AIを搭載した機械は、人間の監督下から離れ、完全に自律的な行動を取ることが可能になると見込まれている。機械が任務を果たす際、人間が介在する余地がないという事態である。これについては、最も扱いが難しいとも言える軍事の分野で、議論が先行している。すでにひっそりと、そのような兵器が実現しつつあり、数年前からNGOヒューマン・ライツ・ウォッチなどが問題を指摘してきている。それをふまえて、昨年から国際連合のなかで専門家会議が開催され、そのような兵器の使用に関する国際人道法上の問題などについて議論されている。
  • 軍事以外の分野でも、完全に自律的な行動を取る機械を使用することについては、熟慮が必要となる。医療や介護の分野ではどうか。教育や保育の分野ではどうか。人の生に関わることについて、すべてを機械に委ねられるのか。分野ごとに慎重な議論を重ねなくてはならない。
  • 機械の自律的な行動を倫理的にどう扱うことができるのか。よく知られた作家アイザック・アシモフのロボット三原則は、それに起因する奇妙な事象を寓話として描くための舞台設定にすぎない。近年、各国の政府機関や研究機関で、ロボットに関する倫理が提示されている。しかし、それらを単に適用すれば話が済むわけではない。現実に生じる個々の問題に即して、その背後にどのような原理が存在していると考えれば、問題の適切な理解と対処が可能になるかという実践的な研究が必要となる。

雇用の喪失

  • 法的・倫理的に折り合いを付けながらAIを実装していった結果として、社会・経済にもたらされる問題がある。雇用の喪失である。オックスフォード大学のカール・フレイとマイケル・オズボーンは、論文『雇用の未来』のなかで、今後20年で米国の総雇用の半分が機械に置き換わると述べている。もちろんこれは、個人が「健康で文化的な最低限度の生活を営む」ことを保障する社会にとって問題となる。さらに、市場経済全体にとっても問題となる。市場経済の維持・成長のためには、それに見合う購買力を持つ相当な規模の消費者が不可欠である。市場の需要を支えるためには、それに見合う所得が消費者に注ぎ込まれなくてはならない。
  • 社会保障制度の見直しが必要となる。雇用と所得を切り離し、雇用は保障せずとも所得は保障する、いわゆるベーシックインカムのような制度が候補となる。資力調査に基づく制度は避けられなくてはならない。資力調査は受給者にスティグマ(恥辱感)をもたらす。資力調査が社会にもたらすものは、統合ではなく分裂であり、包摂ではなく排除である。企業は、社会保険などの負担から解放される一方、税制の見直しにより、新たな社会保障制度を支えることが求められる。社会秩序を維持するために、適切な制度を設計していかなくてはならない。

人はどう生きるのか

  • 雇用なき社会で、人はどう生きるのか。労働の意義は所得を確保することだけではない。これはヘーゲルが指摘し、マルクスやサルトルが敷衍してきたことである。労働を介して、人は社会的な存在の承認を得てきた。労働を通して、アイデンティティの形成・均衡・発展が行われてきた。ジョン・メイナード・ケインズは、著書『孫の世代の経済的可能性』のなかで、労働から解放されたのちに「暇な時間をどう使うのかは恐ろしい問題である」と述べ、自由になった状態をいかに使って賢明に暮らしていくべきかを論じた。
  • 労働に代わる社会的承認の場が必要となる。ハンナ・アーレントは、著書『人間の条件』のなかで、労働とは異なる「活動」が人間にとって最も重要であると論じた。「活動」とは、市民が公的な空間に集い、共同体にとっての善(共通善)について討論し、実行することを示している。このような思索を頼りに、我々は人間と社会の在り方を考えていかなくてはならない。

藤田 英睦(ふじた ひでちか)
株式会社富士通総研 経済研究所 マネージャー
科学技術と公共政策に関する調査・分析などの業務に従事。