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消える米国オンライン・グローサー

最大手ウェブバン破綻の原因

インターネット注文で食品雑貨を宅配する米国オンライン・グローサー(ネットスーパー)の最大手、ウェブバンが破産を申請し、展開する全地域での営業を停止した。経営再建の意向はなく、事業と資産を売却し、完全に解散する。同社の破綻にいたる経緯とその原因、そして、米国ではいまだ未確立といわれるオンライン・グロサリー・ビジネスの状況についてレポートする。
(富士通総研 倉持真理 2001年8月)

ウェブバン破綻までの経緯:天国から地獄への2年間

ウェブバンは、1999年6月にサンフランシスコでサービスを開始。ベンチャー・キャピタルと同年11月の株式公開で獲得した約8億ドルの資金を元に、3年間で国内26カ所に最新鋭の配送センターを建設し*1、インターネットで受けた注文を配送センターから各家庭にその日のうちに届ける倉庫配達型オンライン・グロサリー・ビジネス*2の展開を目指した。株式公開前に元アンダーセン・コンサルティングCEOのジョージ・シャヒーンがCEOに就任して話題を呼び、ネットバブルのおりから、一時は時価総額が12億ドルに達するなど、同社には多大な期待が寄せられた。しかし、99年秋以降、NASDAQは翌春のネットバブル崩壊へとつながる不振の兆しを見せはじめ、同社の株価は公開時こそ高騰したものの、その後は下降の一途をたどった。

営業面では、当初の計画に沿った積極的な拡大戦略を推し進め、2000年半ばにライバルのホームグローサー・ドットコムを12億ドル相当の株式で買収。同年末時点の営業地域は西海岸、中西部および南部の10カ所*3に達した。

ところが、2000年も年末に近づくにつれ、同社は息切れしはじめる。短期に規模を拡大する戦略と、利益計上を求める資本市場からの圧力の板挟みになったのだ。11月より、宅配手数料(4.95ドル)が無料となる1回あたり注文額を50ドルから75ドルに引き上げたのを手始めに、翌1月末には、東海岸への進出計画を凍結し、既存10カ所の収益改善に取り組むとともに、あらゆる手段でコスト削減に手を尽くす方針を明らかにした。こうする以外、2002年以降に必要な運転資金を調達できる見込みはなかった。すでに同社の株価は、数週間のうちにNASDAQの登録抹消となる1ドルを割り込みかけていた。

この後、下り坂を転げるように状況は悪化する。今年2月下旬にはホームグローサーの営業地域であったダラスから撤退。4月には、会計監査会社から経営を維持する能力があるかどうか疑わしいとするレポートが公表され、CEOのシャヒーンが辞任、サクラメントとアトランタからも撤退した。さらに、同社が辞任後もシャヒーンに毎年37万5千ドルを支払う契約を交わしていたばかりか、同社株購入時の税金支払いのために貸した670万ドルの返済を、15万ドル相当の株式の返還だけで免除したことが明るみに出て、世間にすっかりネガティブな印象が広まる。破綻までの1−2ヶ月間の話題は、撤退地域の資産売却オークションや、10セントにも満たない株式を25株で1株にする減資など、明らかに末期症状を示すものだった。

7月9日に出されたプレスリリースでは、破産申請にいたった直接の理由について「営業損失とバーン・レイト*4の大幅改善を行ったものの、第2四半期(4−6月)の売上げが目立って落ち込んだため」と説明している。ニュース・ドットコムが伝えた同社スポークスマンの言葉でこれを補足すると、既存顧客から廃業を危惧されたり、廃業間近と見なされ、新規顧客が集まらない状態になっていたという。

開業当初、同社を天の高みへと押し上げてくれたメディア報道は、皮肉にも同社を地より低いところへ突き落とす手となった。

破綻の原因:ビジネスモデルの欠陥と無謀な戦略

同社のSEC(証券取引委員会)報告資料を見るかぎり、破綻の原因は次のように考えられる。

ウェブバンのビジネスモデル(ネット専業の倉庫配達型オンライン・グローサー)で利益をあげるためには、配送センターをフルに近い状態で稼働させるだけの注文件数があり、なおかつ、1件あたりの平均注文額を、物流費を含むコストをカバーできる一定水準以上に保つ必要がある。これらの条件を満たして利益を出すには、一つの地域で数年はかかる*5

当初の事業計画では、配送センター(DC:3.5万平方メートル)の1日あたりの注文処理件数8000件、1件あたり平均注文金額103ドルが目標とされていた。また、ホームグローサーから引き継いだ小型配送センター(CFC:1万−1.25万平方メートル)の1日の目標注文処理件数は2500件だった。しかし、今年第1四半期(1−3月)時点の配送センターの稼働率は、DCが40%、CFCも70%にしか達していない。同期の平均注文額は114ドルで、これは目標値を越えているが、注文件数の不足を埋め合わせるにはほど遠い。

同社の売上げは、開業以来7回の四半期で一度も物流、不動産、顧客サービスを含む一般管理費を上回ることはなかった。粗利が低く*6、固定費が高いビジネスモデルに、まず欠陥があった。

それでも同社が一つか二つの地域での営業に集中していれば、顧客と注文件数を増やし、このビジネスモデルで利益を出すことは可能だったかもしれない。 しかし、全米市場シェアを一気に掌握することを狙い、短期間に次々と新しい地域に進出する拡大戦略を遂行しながら利益を計上するのは単純に考えて不可能だ。ビジネスモデルの欠陥と無謀な拡大戦略、この二つが同社の破綻の原因だった。

バブルの産物

そもそも、同社のSEC向け報告資料には、今年第1四半期分まで一貫して、近い将来に利益を計上できる保証はなく、2001年もしくは2002年以降も営業を続けていくためには、追加資金の調達が必要と記載されていた。外部から際限なく資金が調達できることを前提とした事業計画は、バブルの産物以外のなにものでもない。

自社の事業の成否を資本市場の風向き頼りにし、いざ風向きが変わったときのためには何の対策もない、そんな企業はほんらい起業に値したのだろうか。

それでも、一時はその事業計画に多くのベンチャー投資会社や投資家、株式市場関係者、そしてメディアも賛同していた。これらの人々の行為は、ウェブバンを高いところに登らせておいて、後から梯子をはずしてしまうようなものではなかったか。

4月に同社CFOからCEOに昇格したロバート・スワンは、「もし状況が違っていたら、私たちのビジネスモデルは成功していたかもしれないが、もう時間切れになってしまった」と述べている。「もし状況が違っていたら」は、「もっと運が良く、ネットバブルが崩壊せず、十分な時間と資金があったら」という意味のようだ。

日本人である筆者にとって、ビジネスモデルの欠陥と無謀な戦略を棚にあげたこの発言は非常に理解に苦しむが、挑戦を評価し、失敗が許される米国社会では、こういう能天気がまかりとおっているらしい。文化の違いといえばそれまでだが、ウェブバンを生活の一部として利用していた顧客と従業員に対する責任という観念がまったく抜け落ちた様子には、どうしても違和感を覚えざるをえない。

死屍累々のオンライン・グロサリー・ビジネス

米国で生まれたネット専業のオンライン・グローサーのうち、ベンチャーキャピタル投資を受けたり、株式を公開して大手にのしあがろうとした企業の大部分は、昨年から現在までに姿を消した。ウェブバンの破産申請の3日後には、スーパーマーケットのハナフォード・ブラザース社が設立し、ベンチャー・キャピタルを導入してボストンとワシントンDCで営業していたホームランズ・ドットコムも、資金の枯渇により営業を停止した。

まだ生き残っているのは、大手スーパーマーケットの出資を受けたピーポッドとグロサリーワークスのほか、ニッチなオンライン・グローサーと、中小スーパーマーケットにアウトソーサーとして注文受付け機能や宅配の足を提供するばかりになった。 大手スーパーマーケットのなかでは、アルバートソンズのサービスが有名だが、それ以外に目立った例はあまりない。これは、スーパーマーケットは利益率が低いので、利益が出る、あるいはコスト削減につながると確信しなければ、すぐに手を出すことはないためと考えられる。

結局、米国にはまだ、オンライン・グローサーの成功例は存在しない。それでも、いくつもの調査会社が、米国のオンライン・グロサリー市場は今後数年の間に拡大すると予測している。市場の拡大はどのようにして実現されるのか、それを知るためには、今後の展開を待つしかない。

*1 配送センターの開設コストは、1カ所あたり3000−3500万ドル。エンジニアリング会社のベッチェル社と、総額10億ドルにのぼる建設契約を結んでいた。

*2 オンライン・グロサリー・ビジネスには、倉庫配達型と店舗配達型がある。倉庫配達型とは、地域内に建設した倉庫(配送センター)で注文商品をピッキングし、顧客に配達する方式。一方、店舗配達型は、顧客の最寄店舗(スーパーマーケット)で商品をピッキングし、店舗から配達する。店舗配達型では、スーパーマーケット自身がサービスを運営するか、注文受付けや配達を外部業者にアウトソースして運営するかたちとなる。

*3 シカゴ、ロサンジェルス、オレンジ・カウンティ、ポートランド、サンディエゴ、サンフランシスコ・ベイエリア、シアトル、(2001年撤退:ダラス、サクラメント、アトランタ)

*4 Burn Rate:資本消耗率。開業したてで利益の出ない企業が、調達した資金を取り崩していく率。あと何カ月間、営業を続けられるかの目安となる。

*5 ウェブバンは、今年第1四半期(1−3月)にホームグローサーから引き継いだカリフォルニア州オレンジ・カウンティの営業地域におけるキャッシュフローが黒字となったと報告している。この状態になるまでの期間は営業開始から1年半だが、この地域は小型CFCで運営されているため、大型DCの地域より、かなり短い期間で達成されたと考えられる。

*6 ウェブバンの粗利は1999年15.2%、2000年26.5%。

ウェブバンの業績推移
四半期 営業収入
(万ドル)
▲営業損失
(万ドル)
顧客数
(万人)
展開地域
(期末時点)
1999 Q3 (7-9月) 384 ▲ 6,044 2.1 1カ所
1999 Q4 (10-12月) 1,983 ▲ 8,973 4.7 1カ所
2000 Q1 (1-3月) 1,627 ▲ 5,782 8.7 1カ所
2000 Q2 (4-6月) 2,830 ▲ 7,232 16.0 2カ所
2000 Q3 (7-9月) 5,206 ▲14,797 54.2 7カ所
2000 Q4 (10-12月) 8,419 ▲17,314 64.0 10カ所
2001 Q1 (1-3月) 7,723 ▲21,697 76.2 9カ所
米国オンライン・グローサーの動き(2000年以降)
2000年 4月 経営危機に陥ったピーポッドにオランダと米国でスーパーマーケット・チェーンを展開するアホルド社が出資
2000年 6月 ウェブバンがホームグローサー・ドットコム買収を発表。9月に手続きを完了
2000年11月 ストリームラインとショップリンクが廃業
2001年 6月 セーフウェイ傘下のグロサリーワークスに英テスコが出資。英国流の利益の出るビジネスモデルへの転換を目指す
2001年 7月 ウェブバンとホームランズ・ドットコムが営業停止
2001年 7月 アホルド社がピーポッドの100%買収を発表
米国オンライン・グロサリー・ビジネスのサバイバー
ピーポッド Peapod
アホルド社から出資を受け、黒字転換に努力中。現在の展開地域は、シカゴと東海岸の計5カ所。会員数12万人。
グロサリーワークス GroceryWorks
大手スーパーマーケットのセーフウェイが出資。最近、英国の大手スーパーマーケットのテスコも出資し、英国流の経営ノウハウをを取り入れ、黒字化を目指す。現在は、ビジネスモデル移行のため、一時営業を休止中。営業地域はテキサス州内。
ネットグローサー NetGrocer
生鮮品は扱っていない。パッケージ・グッズやドラッグストア・アイテム、ペット用品などを1カ所の倉庫から全米に配達する。
マイウェブグローサー MyWebGrocer
インターネットで注文を受け、最寄りの提携スーパーマーケット店舗から宅配する。提携スーパーマーケットは28社。
ホワイランアウト WhyRunOut
インターネットで注文を受け、最寄りの提携スーパーマーケット店舗から宅配する。提携スーパーマーケットは1社。
ピーチツリーネットワーク PreachtreeNetwork
スーパーマーケットにインターネットでの注文受付け機能を提供するASP。クライアントのスーパーマーケットは20社以上。
グロサリーストリート・ドットコム GroceryStreet.com
スーパーマーケットにインターネットでの注文受付け機能を提供するASP。クライアントのスーパーマーケットは6社。
アルバートソンズ・ドットコム Albertsons.com
スーパーマーケットのアルバートソンズが運営する店舗配達型サービス。店舗でのピックアップも可能。
米国オンライン・グロサリー市場に関する予測
予測元 予測市場規模
eMarketer 2005年で93億ドル(2001年予測)
IDC 2004年で88億ドル(2000年5月予測)
Boston Consulting Group 2005年で250億ドル(2001年3月予測)*

* ただし、オンライン・グローサーが物流の問題を解決できた場合の潜在市場規模として予測。

(注)このレポートは、ワン・トゥ・ワン・マーケティング協議会の「OTOMA ONLINE」のために執筆した記事に一部加筆したものです。


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