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AOLがネットスケープを買収。

ネットスケープの運命はEC戦略の成否次第?

AOLはネットスケープの買収により、ネットスケープのブランド、ユーザー、法人向けソフトウェア・ビジネスを手に入れる。サン・マイクロシステムズを巻き込んだ大型買収は何を意図して計画され、どんな方向へ進むのか。AOLはネットスケープを生かすことができるのか。主にAOL側からの解釈を試みた。(富士通総研 倉持真理 1998年12月16日)

AOLが手に入れる三つの資産

11月24日、交渉中と伝えられていたアメリカ・オンライン(AOL)とネットスケープの買収合意の報がメディアを駆けめぐると、感謝祭の連休を控え、そろそろ今年の総括ムードすら漂いはじめていた米国のインターネット業界に、状況認識を新たにしようとする動きが広まった。

株式交換で行われる両社の取引は、市場価値にして42億ドル相当となる。ネットスケープは、買収によりAOLの傘下に入るものの、引き続きカリフォルニア州マウンテンビューに本拠を置き、独立事業部として運営される。計画では、来年春には買収手続きが完了する予定だ。

AOLがこの買収で手に入れるものは単純にいって三つある。一つはそれ自体がインターネットの同義語であるといってもよいネットスケープのブランド資産。二つめはネットスケープのブラウザーとネットセンターに付随するユーザー資産。そして三つめが、ネットスケープの法人向けソフトウェア・ビジネスだ。

このうち前者二つは、AOLの従来からのマルチブランド/マルチポータル戦略の延長線上として簡単に位置づけることができる。一般消費者向けマス・ブランドのAOLが、ネットスケープを通じビジネス・ユーザー層への版図拡大を狙ったものである。

一方、三つめの法人向けソフトウェア・ビジネスは、停滞気味とはいえ、現在のネットスケープの収入の75%を占めるだけでなく、前述二つの資産価値と分かちがたく結びついている。ネットスケープのブラウザーのユーザーは、同社のエンタープライズ・ソフトを採用する企業の従業員であるケースが多い。また、ビジネス・ユーザーに支持される同社のブランドを支えているのは、インターネットの今ある姿を定義づけた伝説的技術フロンティア、またはハイテク・ベンチャーの花形としてのアイデンティティである。

買収に合意し独立性を失った時点で、ブランド資産がすでにある程度目減りしていることについてはわきに置くとして、前述のような因果関係のなかにあっては、AOLがネットスケープの本業である法人向けソフトウェア・ビジネスを維持強化しないかぎり、せっかく手に入れたユーザー層もブランドも、現状の価値を保てなくなるおそれは否定できない。

買収により、自社の従来路線にない法人向けソフトウェア・ビジネスを発展させる命題を負ったAOLは、この命題と自社の発展との統合ベクトルをECというキーワードに見いだした。ECといっても、ここでAOLの念頭にあるのは企業間取引というより、主に消費者対象のショッピングや金融サービスの分野と推測される。

ポータルとしてのAOLは、WWW上で消費者向けのビジネスを行う企業と契約してそれらのサイトにユーザーを誘導し、そこで発生した売上のコミッションを得ている。これらの契約企業にユーザーのトラフィックだけでなく、総合的なECソリューションを提供することで、ネットスケープを生かそうというのがAOLの意図だろう。

サンの役割

この買収に関してひときわ目を引くのが、当事者である二社に匹敵するほど大きな位置を占めるサン・マイクロシステムズの存在だ。買収とセットで発表されたサンとの提携内容は別記の5項目だが、このうち(1)から(3)までが、前述の意図によって急浮上したAOLのEC戦略との接点になっている。

ECに取り組む法人顧客に、マーケティングからバックエンドの処理までのオペレーションを一括してアウトソースできる体制をつくろうとした場合、AOLとネットスケープの組み合わせだけでは製品・サービス、営業力の面で手薄になる部分がある。そこを補完するのがサンの役割だ。

さらに、EC以外でもサンはインターネット・デバイスの開発で、AOLの将来展開の鍵を握る存在となりうる可能性を示している。このデバイスについて、リリースのなかではPDA(個人用携帯端末)や携帯電話、ページャーなどとモバイル系に限って言及されていたが、当然インターネットTVも含まれることになるはずだ。

サンとのデバイス提携は、AOLがマイクロソフトや通信業者のプラットフォームに運命を左右されることなく、ユーザーからの直接アクセス経路を確保する方法を模索していることを表している。しかし、これはAOL自身が以前から抱えていた将来課題に対する回答の一部であって、今回の買収との接点はいきがかり上のものとみてよい。

マイクロソフトへの影響は

ところで、今回の買収に関連して、誰もが最初に思い浮かべる企業といえばマイクロソフトだ。商業オンラインサービスでマイクロソフトから完膚なきまでの勝利を奪ったAOLとネットスケープの組み合わせが、インターネット/ソフトウェア業界でマイクロソフト対抗勢力の急先鋒として、この先さまざまな影響を及ぼすことになるのはいうまでもないが、とりあえず買収発表直後の時点では、まだマイクロソフトに直接的な打撃を与える事態は発生していない。

AOLの専用接続ソフトは、マイクロソフトのIEをベースとしたブラウザーを備えており、このブラウザー契約が今年末までで切れることになっていた。契約が更新されず、AOLがネットスケープを採用すれば、ブラウザー市場で最近マイクロソフトに押され続けのネットスケープがシェアを巻き返すことになったはずだ。しかし、結局AOLは99年以降もマイクロソフトとの契約を継続する方針を明らかにし、ネットスケープのシェア挽回のチャンスを一時的に見送った。

また、OSとブラウザーの抱き合わせが市場独占行為にあたるかどうかなどを巡って争われている司法省との反トラスト訴訟にも、何らかの影響が予想される。しかし、サンを巻き込んだこの買収が、訴訟の主要判断材料にかかわる競争状況を大きく変化させることを理由に、これ以上の議論は時間と金の無駄として棄却を求める姿勢を見せたマイクロソフトに対し、司法省側は、ネットスケープの衰退を意味するこのような買収の発生自体、独占行為を裏付けるものと主張。双方がこの買収を自分の側に有利な状況とする解釈を示しただけで、今のところ事態の進展はない。

AOLはネットスケープを生かせるか?

市場調査会社のサイバー・ダイアログ(http://www.cyberdialogue.com)によると、今回の買収によって、月1度以上インターネットを利用する米国成人の3人に1人が、アクセスのスタート時にAOL所有のページを見ることになり、到達するユーザー数は年末時点で両社合わせて約2000万人、米国インターネット市場の7割をカバーする状況になるという。この調査は、今回の買収の圧倒的なユーザー捕捉効果を示しながらも、双方のユーザーのプロフィールや意識の相違を指摘し(別枠参照)、今後、性質の異なるユーザー層にアピールするサービスやコンテンツを提供し、ネットスケープ・ユーザーをつなぎとめられられるかどうかがAOLにとっての課題になるとまとめている。

両社のユーザー層の違いに焦点を当てた同様の指摘は各種メディアに散見されたが、実際にはこの懸念は不要に思われる。AOLはマルチブランド戦略をうたって、これまでもコンピュサーブやICQを買収してきた。昨年9月のコンピュサーブ買収発表の際にも、ユーザー層の違いによる不調和を予想する声は多かったが、結局、いくぶん地味な存在になったとはいえ、コンピュサーブは大過なく生き残っている。ICQにいたっては、買収以降、利用者数の増加スピードをかなり速めている。

AOLのマルチブランド戦略の定義は、別ブランドのあるがままの姿と価値を維持していくことであり、ネットスケープに関してもこれが適用されるのは間違いない。しかし、この文章の前半部分で示したとおり、ネットスケープの価値が法人向けソフトウェア・ビジネスの浮沈に深くかかわっているかぎり、その価値を維持するにはAOLがネットスケープの本業を支援するしかない。とすれば、ネットスケープの買収後の運命は、ひとえにAOL/ネットスケープ/サンの力を合わせた総合ECソリューション戦略の成否にかかってくるのではないかと筆者は考える。

AOLとサンの提携内容

(1) AOLは今後3年間にサンのEC関連製品およびサービスに対し、定価で5億ドル相当を支払う。これは自社利用と法人顧客への販売分を含む。
(2) サンはAOLとの広告/マーケティング/ライセンス契約に3億5000万ドルを支払うほか、AOLを通じた自社製品の販売にコミッションを支払う。
(3) サンはAOL/ネットスケープのECソフトを販売し、顧客への技術サポートを引き受ける。
(4) サンのパーソナルジャバの技術を利用し、PDA、携帯電話、ページャーなどを通じてAOLのサービスにアクセスできるインターネット・デバイスを開発する。
(5) サンはネットスケープのクライアント・ソフトの次期バージョン開発に参加する。

AOLとネットスケープのユーザーの違い (サイバーダイアログ調査)
AOLユーザー
(利用ブラウザーはネットスケープ外)
ネットスケープ・ユーザー
(非AOL加入者)
「インターネットはよりよい選択に役立つ」と思う 48% 72%
「インターネットは仕事の生産性向上に役立つ」と思う 37% 61%
目当てのオンラインショップやサービス業者のWWWに直接行く 16% 32%

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