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AT&TがTCI買収を計画

米国最大手の長距離電話会社AT&Tが6月24日、CATV業界の最大手の1社であるTCIを買収、合併する計画を発表した。この合併によりAT&Tは、自社の消費者向け通信サービス事業をTCIのCATV事業と統合し、新たに「AT&Tコンシューマ・サービシズ」という子会社を設立するという。(倉持 真理 富士通総研 1998年7月23日)

悲願のラストマイル

両社の取引は市場時価で総額480億ドルに相当し、その内訳は、318億ドルがTCIの獲得、110億ドルがTCIの負債の肩代わり、25億ドルがTCI所有の@ホーム株(全体の42%)の取得、28億ドルがTCI所有のAT&T株の買い戻し*1とされている。

約1500万のCATV加入世帯を保有するTCIの獲得は、AT&Tにとって悲願であった一般世帯への直接到達を意味する。いわゆる“ラストマイル”の確保である。

AT&Tのネットワークは一般家庭と直接つながっていないので、家庭からAT&Tの長距離通話を利用するには、一度、加入者が契約している地域電話会社のネットワークを経由する必要がある。このためAT&Tは、地域電話会社に対し、長距離通話収入の1ドルにつき40セントをアクセス料として払わねばならない。また、96年の通信規制緩和以降、市内通話への参入を計画するうえでも、各家庭に到達するネットワークの最後の1マイル分を欠くことは、致命的な障害となっていた。

一方、TCIのケーブルは各家庭まで届いている。合併によりAT&Tは、地域電話会社の電話線ではなくTCIのケーブルを通じて、消費者にさまざまなサービスを提供できるようになる。

とはいえAT&Tは、長距離通話から市内通話への拡大という単なる電話会社の視点でこれを考えているわけではない。それより、同社の真の狙いは脱・電話会社にあるといってよいだろう。

通信のフル・パッケージ提供

AT&Tは、単なる電話会社から「総合通信会社」へと、変貌を遂げようとしている。総合通信会社とは、家庭に長距離通話、市内通話、携帯電話、CATV、インターネットなど、あらゆる通信サービスをひとまとめのフル・パッケージにして、1社で提供する能力を備えた企業だ。消費者側から見れば、現在、いくつもの会社と別々に契約している通信関連のサービスを、AT&T1社から受けられることになる。主要電話会社やCATV会社も、目指すところは同じである。

本紙前号では、AT&TがAOLを190億ドルで買収しようとして未遂に終わったことを伝えたばかりだが*2、これもAT&Tが通信サービスのフル・パッケージのメニューに、AOLのオンラインサービスを加えようとしたものだった。

さらにフル・パッケージ化の意味を掘り下げていくと、1人の顧客の複数のニーズに応え、市場シェアよりも顧客シェアを高めようとするワン・トゥ・ワン・マーケティングへの戦略シフトに行き当たる。

何千万という顧客に均一レベルのサービスを提供し、次々と新規顧客の獲得に莫大なコストをかけるよりも、取引額が多くロイヤルティの高い顧客を優遇し、長期の関係を結ぶことを目指すワン・トゥ・ワン戦略の競争優位性と経済合理性は、いまやビジネス界の常識である。1人の顧客に何種類ものサービスを提供するフル・パッケージ化は、そのための顧客の個別化に必要な第一歩といえるのだ。
現に、AT&Tが6月26日にアナリストらに向けて行なった合併後の収益予想に関する説明によれば、同社はフル・パッケージ化に伴い、長距離通話の解約率が33%減少すると見ている*3

合併後のAT&T

合併で発足する「AT&Tコンシューマ・サービシズ」の主な事業内容は、別記のようになると見られる(「合併後の事業内容」参照)。

中でも一番の目玉は、TCIがこれまで準備を進めてきた次世代デジタルTVサービスだ。ネットワーク・コンピュータ機能を持つセット・トップ・ボックス(STB)を通じ、家庭のテレビでビデオ・オン・デマンド、電子メール、ホームバンキング、ショッピングなど一連の双方向サービスを提供するもので、テレビ番組とWWWコンテンツを1つの画面で連動させた双方向番組も実現する。

また、もう1つの目玉となるケーブルモデム経由の高速インターネット接続サービス「@ホーム・ネットワーク*4」は、すでにTCIとほかの参加CATV会社で展開が始まり、全体で加入者数10万人を超えている。TCIは@ホームの42%を保有する筆頭株主であり、合併後はこれもAT&Tのものとなる。

双方向テレビとインターネットを含む広帯域データ通信サービスが、近い将来、電話会社とCATV会社の主要バトルフィールドになるのは確実だが、すでに現時点でも業界内の勝敗予想は圧倒的なCATV有利に傾いている。昨年6月にコムキャストに出資、今年6月にも@ホームのライバルであるタイム・ワーナー傘下の「ロードランナー」に出資したマイクロソフトの動向が*5、これまでこの予想を裏付ける最大の証であったが、自らの社運すべてをこれに賭けるAT&Tの今回の行動で、この見方はさらに何倍にも強まった。

しかし、そうしたサービスを実現するためには、まだTCIの既存ネットワークをアナログの片方向から、デジタルの双方向へアップグレードする作業が残っている。

AT&Tでは、TCI獲得にかける480億ドルのほかに、ネットワークのアップグレード完了に13億ドル、その後の4年間の設備保守費用として別に13億ドル、さらに加入世帯用への新しい機器導入のため1世帯につき300~500ドルが必要になる、と見積もっている。

アップグレード計画は、AT&Tの参加によってTCI単独で行なうよりも時期が早まり、99年には既存ネットワークの半分以上、2000年には全体で実現するという。

両社の合併は、両社間での細かい交渉の詰めの後、両社株主による承認と、FCC(連邦通信委員会)や法務省による承認などを経て、問題なく進めば、来年の前半にも手続き完了となる予定だ。しかし、このような大型合併の常として、交渉や承認の道のりには、困難がつきまとうと予想される。

*1 AT&Tは今年1月、TCI傘下のCATV会社、テレポート・コミュニケーションズ・グループを自社株を含む113億ドルで買収しており、このときTCIに渡った株式を買い戻すもの。

*2 本紙98年7月1日号(Vol.4, No.81)6頁参照。

*3 6月26日付ZDネット・ニュース(http://www.zdnet.com/zdnn/)の報道による。

*4 TCIのほか、コムキャスト、コックスなど数多くのCATV会社が出資し、@ホーム・ブランドのケーブルモデム・サービスを加入者に提供している。

*5 本紙98年7月1日号(Vol.4, No.81)13頁参照。

表1 企業概要
《AT&T》
本拠地ニュージャージー州バスキングリッジ
最高経営責任者C. マイケル・アームストロング
社員数12万8000人
97年度収入513億ドル
97年度総利益45億7000万ドル
《TCI(Tele-Communications, Inc.)》
本拠地コロラド州イングルウッド
最高経営責任者レオ・J. ヒンドリーJr.
社員数3万2300人
97年度収入75億ドル
97年度総利益6億2600万ドル
主要子会社@ホーム、リバティ・メディア・グループ等
表2 合併後のAT&T
《AT&Tコンシューマ・サービシズ(子会社)》
【事業内容】消費者向け通信サービス全般
長距離通話
市内通話
無線通信(携帯電話、ポケベルなど)
インターネット接続(ワールドネット)
CATV(元TCI)
ケーブルモデム・サービス(@ホーム)
次世代デジタルTV(99年以降開始予定)
【経営陣】
  最高経営責任者
  運営責任者

ジョン・D. デグリス(現AT&T社長)
レオ・J. ヒンドリーJr.(現TCI最高経営責任者)
99年予想収入330億ドル
99年予想利益70~75億ドル
《AT&T(本体)》
事業内容法人向け通信サービス、回線リセール事業
99年予想収入290億ドル
99年予想利益120億ドル

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