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AOLの値上げに見る定額制モデルの理想と現実

世界最大の商業オンラインサービス、アメリカ・オンライン(AOL)が、4月から米国内でのサービス料金を月額19.95ドルから21.95ドルに値上げすることを発表した。一般ISPよりレベルの高いサービスを同じ料金で提供する、という思い切った戦略転換に踏み切って14カ月。ついに決断された値上げと、同時に明らかになった組織再編の背景をレポートする。(倉持 真理 富士通総研 1998年2月25日)

2月9日のリリースの中で同社は値上げの理由について、「ユーザーの利用環境の継続的改善と、利用増加によるコストの増加に対応するため」と説明している。添えられたデータによれば、AOL加入者の平均利用時間は、月あたり23時間。定額制実施前(96年11月以前)の月7時間の3倍以上となっている。また、97年1年間で、電子メールの処理件数は4倍増の1日2200万件、WWWのヒット数も3倍増の1日7億件にのぼっているという。

同社はダイヤルアップ・ネットワークの維持・構築に年間7億ドルを投資し、顧客サポート要員をそれまでより1000人以上増やして対処してきた。しかし、昨今の利用の増加には、それでも追いつかなくなったようだ。

定額制ビジネスモデル

AOLが96年12月に従量制の料金体系*1から、接続時間無制限で月額19.95ドルの定額制導入に踏み切ったのは、次のようなビジネスモデルの成立を信じたためであった。

それは、定額制により頭打ちになる加入料収入を広告料やEC提携*2による収入などで埋め合わせるとともに、それまで競争のためにつぎ込んできた膨大なマーケティング・コストを抑え、バランスを取って利益を出すというものだ。「オリジナル・コンテンツ+インターネット接続」という、接続機能メインの一般ISPより高いレベルのサービスを同じ月額19.95ドルで提供することで、実際にマーケティング・コストを減らしても、加入者数は速いペースで伸びた。

しかし、同社のビジネスモデルには、加入者の利用意欲を甘く見すぎるという大きな誤算があった。開始後数週間のうちに、新規加入者の増加と利用時間の急増によってネットワークは完全なキャパシティ・オーバーに陥り、サービスに接続できないユーザーが続出。事態は混雑期間中の料金返還や訴訟などの大問題に発展した。

そして、当初数カ月にわたる大混乱をなんとか乗り越え、ネットワークへの投資を強化することで、同社はここまで14カ月の間、月額19.95ドルのサービスを運営してきた。

理想と現実:ビジネスモデルの欠陥?

今回の値上げ発表は、端的にいってAOLが理想として追い求める「定額制ビジネスモデル」に、やはり無理があったことを意味している。

値上げ発表の翌日に公開された、同社の98年度第2四半期(10~12月期)の業績レポートによれば、営業収入は5億9200万ドル(前年同期比45%増)で、そのうち広告やEC提携など加入料以外の収入は1億883万ドル(前年同期比87%増)であった。営業収入全体に対する比率は18.4%となり、前年同期の14.2%と比べれば増えているものの、同社が期待するほど劇的な拡大幅ではないことは確かである。一方、ネットワークや顧客サポート関連の費用を含む売上原価率は、最近の3回の四半期を通じて少しずつだが上昇する傾向にあり、同社のグロスマージンを圧迫している。

98年度第2四半期には、それまでの四半期記録を塗り替える126万7000人が新たに加入し、全世界でのAOL加入者数は1100万人を突破した。

結果的に、同四半期は2080万ドルの黒字となり、それ以前の3回の四半期も、2回までは利益を計上している。しかし、新規加入と利用増加がさらに進み、加入料以外の収入比率が緩やかな拡大しか見せなければ、この先同社は徐々に苦しい状況に追い込まれる。値上げ決定の直接の背景は、このような部分にあるものと推測される。

今回の値上げについて、既存加入者や報道関係からは、何らかの機能やサービス向上との抱き合わせにせず、加入者の利用増加に一方的に責任を転嫁するやり方を批判する声も聞かれる。

しかし、何かと叩かれながらも、同社はここまで大きくなり、肩を並べる競争相手のいない規模にまでなってしまった。この実質的一人勝ち状態にあっては、多少成長が鈍化しようとも、早期に収益構造上の欠陥を修正し、長期的な利益を確保する方が重要との判断があったと思われる。当然ながらこの判断は、株式市場やアナリストの間では、おおむね好評だ。

組織再編と資金のゆくえ

ところで、AOLは値上げ発表の同日、組織の再編も併せて明らかにしている。表面的には、2月2日にコンピュサーブの取得手続きが完了したのに伴う再編だが、裏にはもう少し違う事情があるらしく、今回の値上げとも無関係ではないようだ。

コンピュサーブの取得は、全体を買収したワールドコムがネットワーク・サービス部門を取り、AOLが双方向サービス部門とAOL自身のネットワーク・サービス部門であるANSコミュニケーションズと交換するかたちで行われた*3

AOLはこの手続き完了を受けて、これまでAOLネットワークス(サービス運営部門)、AOLスタジオズ(コンテンツ開発部門)、ANSコミュニケーションズ(ネットワーク・サービス部門)の3つの独立事業部から構成されていた体制を、AOLとコンピュサーブの各運営グループ、コンテンツ開発グループの三つがそれぞれ基盤を共有化してラインを統合する新体制に変更(図参照)。従来AOLネットワークスの社長を務めていたロバート・ピットマンがAOL全体の社長兼COO(Chief Operating Officer=運営担当責任者)として、全体を統括していくことになった。

ところで、同社は96年11月に3億5000万ドルの転換社債を発行し、資金を調達している。これに加えて、ワールドコムからコンピュサーブの双方向サービス部門とANSの交換価値の差額分1億7500万ドルをキャッシュで受け取り、さらに値上げも実施する。これらの資金は一体どこに行くのか、誰しも不思議に思うところである。

値上げの理由とされるネットワークへの投資以外で考えられる資金の使い道の1つは、コンピュサーブの経営不振の穴埋めだ。同社が明らかにしたコンピュサーブの今後の方針によれば、現在実験段階にあるWWWベースの新しい有料コンテンツ・サービス「Cフロム・コンピュサーブ*4」の開発を中止し、オリジナル・コンテンツとインターネット接続の主力サービス「CSi」の健全化に集中する。また、インターネット接続だけのサービス「スプライネット」についても、「価値を生かすためのあらゆる代替的戦略を検討中」だという。全体の半数近くにおよぶ500人のレイオフも決定しており、徹底的にコストを省く守りの構えに入ったようだ。

さらにもう1つの資金の使い道として、同社はアナリストらに対し「コンテンツ開発の内製化と強化」を示しているらしい。これはAOLスタジオズの担当分野であり、新体制以降は、AOLとCSiのオリジナル・コンテンツとWWWの公開サイトの開発をこのグループが一手に引き受けることになる。

話は戻るが、そもそも以前の3事業部体制が敷かれたのは定額制料金体系への移行時であり、その意図は定額制で不安定になる収益対策のため、各事業部が自由に外部からの出資を受けるなどして、独立採算を目指すことにあった。しかし、資金が調達できた今、外部資金の導入は必要なくなり、内部でのコンテンツ開発に力を注ぐ方針に取って替わられたわけである。

AOLは昨年後半以降、たしかにコンテンツ開発を加速化している。とくにWWWで一般ユーザーにも公開する独立サイトの開発に力を入れており、地域ガイドのデジタルシティ(http://www.digitalcity.com)は、32地域にまで拡大。映画やテレビ、芸能人の話題を提供するエンターテインメント・アサイラム(http://www.entertainmentasylum.com)、女性向けのエレクトラ(http://www.electra.com)などの新サイトもオープンしている。

これらの要素を総合すると、調達した資金や値上げによる収入の増加分は、ネットワークへの投資とコンピュサーブの赤字穴埋め、コンテンツ開発のうち、どこにどれだけ使われるのか非常にあいまいになる。事業部制から運営を一本化する再編の目的自体が、その境界線をぼやかすための方便と考えられなくもない。

値上げで毎月2ドルの余分な出費を強いられる加入者にしてみれば、頼みもしないコンピュサーブの取得やコンテンツ開発の強化のためにコストを負担する義理はない。しかし、この値上げで脱退者が大量に出たり、新規加入が目立って落ち込んだりしなければ、AOLはまた「評判は悪いが成長する大企業」の道を一歩究めることになるのだろう。

図

*1 月3時間まで4.95ドル、追加1時間につき2.95ドル。この料金プランは、現在も希望者のために残されている。

*2 加入者を提携業者のWWWサイトに誘導し、売上の一定比率を紹介料として徴集する形態。

*3 97年9月25日号(Vol.3,No.63)8頁参照。

*4 97年11月6日号(Vol.3,No.66)10頁参照。


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