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米デジタル音楽流通ビジネス最前線 業界主要企業と技術ベンダーの動向

インターネット/オンラインを通じ、デジタル形式の音楽をダウンロード販売するビジネスが、開花する兆しを見せている。著作権保護の技術が普及し始めるなど、基盤が整備されてきたことで、大手レコード会社にもトライアルの機運が広がっているためだ。この流れに伴い、将来の有望市場の分け前にあずかろうとする技術ベンダーの思惑も徐々に輪郭を現しつつある。米国のデジタル音楽流通の最新動向をまとめてみた。(倉持 真理 富士通総研 1997年11月19日)

これから生まれる成長市場

オンライン関連市場を専門とする調査で定評を持つジュピター・コミュニケーションズ(http://www.jup.com)*1は、オンラインによるデジタル音楽販売市場は、現時点ではまだ存在しないに等しい状態だが、2002年までにはその存在を主張するようになり、規模にして年間16億ドル、音楽市場全体の7.5%を占めるようになると予想している。同社によれば、オンライン・チャネルの発展は、すぐにも小売店を通じた既存流通チャネルの基盤を脅かすようなことはないにしろ、より細かな市場セグメント(マイクロマーケット)へのニーズ対応と、アーティストと聴衆の緊密な結びつきを実現する意味において、80年代におけるMTV(CATVの音楽専門チャンネル)とCDの登場に匹敵する影響を音楽業界に与えることになるという。

さらに、業界にとってのインターネットの役割は、いわば「ミキサー」のようなものと表現。コンサートツアー、レコード販売、テレビやラジオでの放送というように、これまで別々に分かれて運営されていたビジネスの仕組みを一つに結び付ける存在として、業界全体の発展に大きく貢献すると分析した。

このように期待されるデジタル音楽流通だが、実際のところ、その展開はまだ緒に就いたばかりである。その場でサンプル曲を聞けるオンラインCDショップは今や珍しくないが、1曲まるごとダウンロードし、購入できるとなると、機会はまだ非常に限られる。

そのようなことのできる本格的ショップ自体、今年6月にやっと登場したばかりだし、大手レコード会社の音楽ダウンロード販売挑戦という、業界にとってのエポックメイキングな出来事が起きたのも、今からわずか2カ月前の9月のことであった(コラム「音楽ダウンロード販売--これまでの主要な動き」参照)。

それでは、これまでデジタル音楽流通の迅速な発展を妨げてきたのは何だったのか。越えるべき障害は主に2つ。それぞれの内容と現状は以下の通りだ。

障害(1)著作権侵害

わずもがなではあるが、ひとたびデジタル形式の曲がダウンロードされてしまえば、その後どのように利用されているかを追跡するのは難しい。無許可コピーや再販は著作権所有者の権利侵害にあたり、違法である。音楽業界はこの問題について、非常に神経を尖らせてきた。

リキッド・オーディオの総合ソリューション
しかし、リキッド・オーディオ(http://www.liquidaudio.com)*2がインターネット上の音楽流通と著作権の管理保護を目的とする一連の技術を商品化したことで、事態は緩やかに前進し始めた。同社の技術は、CD音質のオーディオ・ファイルを圧縮・暗号化して配信し、専用プレイヤー・ソフト(無料ダウンロード)でユーザーが聞けるようにするものだ。ファイルは暗号でプロテクトされているため、不正コピーできない。また、ファイル1つ1つにユーザーにはわからない形の微妙なデータ上の違いのあるウォーターマーク(電子透かし)を入れられるので、不正コピーが出回っても、そのおおもとを遡って追跡し、違反者を特定できる。
レコード会社とWWWサイトはリキッド社からソフトを購入したり、技術ライセンスを受けて、安全に音楽を流通させられるようになった。最近では、大手のキャピトル・レコーズとBMGエンターテインメントを含むレコード会社が次々とリキッド社の技術の採用を表明し始めており、同社は事実上、この分野のスタンダードに最も近いポジションにいる。

巡回監視システム
さらに最近、音楽著作権管理業務に新たな光明を与える技術の開発、実用化も実現している。作詩・作曲家やレコード会社のために著作権管理業務を代行するBMI(http://www.bmi.com)が、サーチエンジンで使われるロボット技術を応用し、インターネット上の音楽ファイルをモニターする方法を編み出したのだ*3
この「ミュージックボット」と名付けられたシステムは、1日24時間インターネット上を巡回し、音楽ファイルのあるWWWサイトと、そこからどこにコピーが流れているのかを特定。結果をBMIが管理する著作権のライセンス状況と照合すれば、無許可利用かどうかがわかる。BMIはこれに基づき、ライセンス料の請求などの行動を起こす。
ウォーターマークで著作権を保護しても、ミュージックボットのような巡回監視の仕組みを備えていない限り、追跡が行なわれるのは1カ所のソースからの不正コピーが大量に出回るなど、特定の悪質な権利侵害が発覚した場合が主だ。すると、その価値のほとんどは、追跡可能な事実に基づく防止効果にあると考えられる。他方ミュージックボットは、巡回監視によりBMIのような機関が、日々の管理業務の一貫として運営できる点を長所としている。
BMIに続いて、インターセクト(http://www.intersectinc.com)という会社も、音楽ファイルの巡回監視サービスを開始。音楽著作権の代行管理機関は、BMIからミュージックボットの技術を提供してもらったり、インターセクトのようなサービス業者に監視と報告を依頼するなどして、効率的に業務を行なえるようになった。

障害(2)既存流通システムとの兼ね合い

デジタル音楽流通のもう1つの障害は、技術的な問題ではなく、ビジネス慣行上、つまり既存の音楽業界の流通システムとの兼ね合いにある。これまで音楽業界は、その収入の大部分を小売店流通ルートによって支えられてきた。テレビやラジオ放送を通じたプロモーションも重要だが、なんといっても鍵を握るのは、末端の小売店がどれだけCDやテープを販売してくれるかである。このため、小売店はレコード会社に対し、一貫して強い立場をキープしてきた。

そんな小売店にとってダウンロード販売は、いくら時代の流れとはいえ、自分たちの存在意義を軽く見られたようで、面白からぬ面がある。実際には、ジュピターの予測数値からもわかる通り、オンラインによって小売店売上が脅かされるような状況がすぐに来るわけではない。

しかし、すでに現実世界の小売店は、オンラインのCDショップという新たなライバルに、いくらかのシェアを明け渡してしまっている。このうえさらに、レコード会社が熱を入れてダウンロード販売に傾斜する姿勢を見せれば、小売店の反発を招き、これまでの大事なビジネス基盤を危険にさらしかねない。このため大手のレコード会社ほど、この件に関しては、周りと歩調を合わせながら、慎重に取り組まざるをえないのである。

小売店連動プロモーション

以上の2点のうち、どちらが越えがたいハードルかといえば、いずれ技術が解決するとの感触が得られた著作権保護問題よりも、微妙な手加減を要する既存流通システムのほうかもしれない。

しかし、それについてもまったく打開策がないわけではない。多少視点をずらして全体的な状況を眺めれば、デジタル音楽流通には、ダウンロード販売というストレートな利用方法ばかりではなく、小売店を巻き込んだプロモーションという別の建設的な利用方法が存在することがわかる。この2つをうまく並行して進めていけば、小売店から反感を買うような最悪の事態は避けられるだろう。

すでに多くの音楽WWWサイトで行なわれている短いサンプル曲の提供もその1つだが、より高度な技術を採用すれば、さらにその応用範囲も効果も広がる。AT&Tの研究機関であるAT&Tラブズ(http://www.attlabs.com)も、インターネットによるデジタル音楽流通の技術プラットフォーム開発に取り組む1社だが、同研究所は今まさに、小売店プロモーションと連動した形態のデジタル音楽流通のテストに取り組もうとしている。

テスト対象となるのは、RCAレコーズ(BMGの1レーベル)所属の音楽グループ「ヴァーヴ・パイプ」の曲だ。11月18日からの一定期間、このグループの発売中のアルバムに収められた1曲の未公開特別ライブ版を無料ダウンロードさせるもので、ユーザーは曲だけでなく、インターネットでデジタル・クーポンを入手し、指定された大手小売チェーンの店舗などでアルバムを購入する際に使える*4。これなら小売店から文句の出ようはずもない。

デジタル音楽流通のビジネス・プラットフォー

ダウンロード販売、小売店連動プロモーションのいずれによらず、短いサンプル曲の提供ではなく、1曲まるごとのデジタル流通には、それなりの技術プラットフォームがいる。また、曲を有料で販売したり、デジタル・クーポンを発行したりするにも、決済や認証などのECの仕組みが必要だ。それがリキッド・オーディオやAT&Tなどの技術ベンダーにとってのチャンスである。

現状では、採用するレコード会社の数でリキッド社が最もこの分野の技術スタンダードに近いポジションにいることは間違いないが、このビジネスはまだ始まったばかり、先のことはわからない。例えば、前述のAT&Tラブズも、優れた技術を保有している。

AT&Tラブズの取り組み
同社は自社の技術を「A2Bミュージック・プラットフォーム」と名付け、WWWサイト(http://www.a2bmusic.com)でテストしている。このプラットフォームは、圧縮、暗号化、配信、再生、著作権管理、決済など、必要とされる一連の機能のほとんどをカバーするうえ、個々の技術も決してリキッド社にひけをとらない*5。また、小額決済のダウンロード販売に必要なマイクロビリング*6や、柔軟性のある著作権ライセンス・オプション*7、ジョイント・マーケティング機能など、音楽ECのさまざまな局面への対応も視野に入れているのが特徴だ。
さらに、AT&Tラブズは、ダウンロードした音楽ファイルをフラッシュ・メモリー・カードに書き込み、持ち歩いて聞ける専用のポータブル・プレイヤーの開発にも着手するなど、なかなか奥深い構想を持って、このプラットフォームに取り組んでいる。

忍び寄るマイクロソフト
一方、リキッド・オーディオの場合は、高音質や著作権管理など音楽業界固有の課題のソリューションにおいては先行しているものの、WWWで音楽ECサイトを構築しようとすれば、同社の技術に決済やEC機能を補完する、ほかの技術ベンダーのソフトを組み合わせなければならない。
この事実と、リキッド社が音楽業界で技術スタンダードに最も近いポジションにいることを結び付け、いつもながらの計算高い行動に出たのがマイクロソフトである。同社はリキッド社に、技術スタンダードの共同推進と互いの製品のジョイント・プロモーションを主体とした提携を持ちかけた。
具体的な内容は以下の5点だ。

(1)協力してストリーミング*8と音楽ECの分野における技術スタンダード確立に取り組む。
(2)リキッド社はネットショウ・サーバーと、ストリーミングの技術仕様ASF(Advanced Streaming Format)をプラットフォームに採用。
(3)マイクロソフトはリキッド社の音楽再生ソフト(リキッド・ミュージック・プレイヤー)を自社WWWサイトで宣伝。
(4)リキッド・オーディオ・サーバーとマイクロソフト・コマース・サーバーを統合。
(5)リキッド社はIE、ウィンドウズNTほかを音楽WWWサイト構築のプラットフォームとして推奨。

つまり、マイクロソフトはリキッド社に足りないECプラットフォームを補完するなどのメリットを提供するかわりに、音楽分野におけるリキッド社の優位を利用し、自社の推進するストリーミング技術の標準化にはずみをつけるとともに、新たなデジタル音楽流通のスタンダード確立にも介入しようともくろんだのだ。

今回の提携には、まだ金銭的な契約関係が絡んでいないため、リキッド社の制約はさほど大きくない。しかし、マイクロソフトはこの夏、ストリーミングにおけるスタンダードを確保するため、主要企業2社を買収と資本提携という、金にモノをいわせる方法で従わせている*9。ベンチャー・キャピタルの後援を受ける私企業のリキッド社も、マイクロソフトにとって恰好の買収ターゲットであることは間違いない。

公に文章にするのは少々はばかられる目安だが、これまでの経験則からいえば、マイクロソフトがしゃしゃり出てくるようなら、デジタル音楽流通のビジネスも、間違いなく最終カーブを回って、発展のゴールへと続くホームストレッチに入ってきた証拠ともいえる。

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デジタル音楽流通は音楽業界にとって、既存の体制に新たなチャネルが一つ増えるだけにとどまらず、従来のビジネスの枠組みを取り払うイノベーションの可能性を秘めるものだ。双方向メディア、あるいはインターネットの登場をひきがねとするこうしたバーティカルな構造変化は、旅行や出版などさまざまな業界でも起きており、その中で業界全体が、誰の主導のもと、どのような方向に向かうのかが、一種普遍テーマとなっている。

ある程度、技術ベンダー主導になるのも仕方ないことかもしれないが、技術にふりまわされることなく、本質を見極め、消費者の声に耳を傾けながら、発展への道を辿ってほしいものである。

*1 Jupitar Communications, LLC. (New York, NY)

*2 Liquid Audio, Inc. (Redwood City, CA)

*3 97年11月6日号(Vol.3,No.66)16頁参照。

*4 曲のダウンロードは、A2Bミュージック(http://www.a2bmusic.com)とヴァーヴ・パイプの公式サイト(http://www.thevervepipe.com)、BMGのロック音楽サイト(http://www.bugjuice.com)の3カ所から。クーポンは公式サイトへのリンクでダウンロード可能。指定小売店のほか、有名音楽サイトのミュージック・ブルヴァード(http://www.musicboulverd.com)でも利用できる。

*5 たとえば音楽ファイルの圧縮技術で比較すると、3分間の曲を28.8Kbpsモデムでダウンロードした場合、リキッド社の技術では12分かかるのに対し、AT&Tラブズは9分。

*6 1回1~2ドル程度の小額の決済を数回分まとめてクレジットカードに請求したり、AT&Tならではだが、月々の電話料金と一緒に請求する方法。

*7 著作権ライセンスは、音楽ファイルのダウンロード一回につき、一人のユーザーが個人的に再生して楽しむ権利を与えるのが基本となるが、ダウンロードしたファイルをコピーし、他のユーザーにプレゼントする場合など、コピー分の料金まで請求できる仕組みがあれば、ライセンス・オプションの柔軟性があるといえる。

*8 ビデオやオーディオ・ファイルをインターネットで配信すること。

*9 リアルネットワークス社に20%の資本参加(8月)、Vエクストリーム社を買収(8月)。それ以前にVDOネット社にも資本参加しており、ストリーミング技術の主要企業すべてと資本関係を結んだことになる。

COLUMN 音楽ダウンロード販売--これまでの主要な動き

97年6月

世界初。1曲ずつの音楽ダウンロード販売ショップが登場
グローバル・ミュージック・アウトレット、通称GMO (http://www.globalmusic.com) が、音楽を1曲99セントでダウンロード販売するビジネスを開始。販売する曲は先進的アーティストとインディーズ系レーベルのものだが、著作権付き音楽のダウンロード販売としては、これが業界初の試みとなった。
ユーザーはまずWWWサイトでメンバー登録し、パスワードや支払い方法を指定する。登録料10ドルをクレジットカードで支払うと、好きな音楽を10曲までダウンロードできる。11曲め以降は各99セント。専用再生ソフトもダウンロードし、PCで再生する仕組み。再生時にはPC画面に歌詞やアートワーク、関連情報を表示させることもできる。
GMOは、AT&Tラブズの開発したA2Bミュージック・プラットフォームの初期バージョンをベースに構築されている。

97年7月

N2K、ダウンロード販売に乗り出す
WWWの音楽情報サイト展開、インターネット対応型CD専門のレコード・レーベル設立など、音楽業界で先駆的な役割を果たすN2Kが、ミュージック・ブルヴァード (http://www.musicboulverd.com) で、ダウンロード販売を開始。ブレイク・モーガンの特別ライブ録音のシングル曲をはじめ、パティ・オースティン、ジョナサン・バトラーなど有名アーティストの15曲あまりを各99セントで売り出した。これらの曲はN2Kの関連レコード会社が所有するもの。同サイトはリキッド・オーディオの技術を採用している。

97年9月

キャピトル・レコーズ、大手レコード会社初のダウンロード販売挑戦
キャピトル・レコーズが大手レコード会社として初めて、ダウンロード販売に挑戦した。対象となった曲は、デュラン・デュランのシングル「エレクトリック・バーバレラ」で、99セント。同社のWWWサイト (http://www.hollywoodandvine.com/dulandulan/)や有名音楽サイト数カ所からダウンロードできる。リキッド・オーディオの技術を採用。


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