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AOL、ワールドコム、コンピュサーブの3点取引の真相とAOLの戦略

9月8日、通信会社のワールドコム(WorldCom Inc./Jackson, MS)がAOLと手を組み、12億ドルでコンピュサーブを買収することを発表した。米インターネット/オンラインサービス業界の今年最大の出来事となるのは間違いないこの買収について、詳しい事実関係と経緯のほか、表面からはわかりにくいAOLの動機や戦略までを含む、分析レポートの決定版をお届けする。(倉持 真理 富士通総研 1997年9月25日)

「3点取引」の骨子

コンピュサーブ買収の取引は、実質的には同社株の80%を所有するH&Rブロック(H&R Block Inc./Kansas City, MO)および残り20%分の一般株主と、ワールドコムとの間の株式交換でおこなわれる。ところがこれとは別に、あらかじめワールドコムとAOLが水面下で進めていた協議が、ワールドコムとH&Rの取引成立によって浮上したため、傍目には一見不可解な「3点取引」となったわけである。結局、この取引に関連して発生する資産のやりとりと副次契約は以下の通りだ。

(A) ワールドコムがコンピュサーブ株をH&Rと他の株主から引き取る。取引はコンピュサーブ株1に対しワールドコム株約0.4の割合での交換となり、金額にして12億ドル相当。

(B) ワールドコムは、コンピュサーブの事業のうち加入者とコンテンツを含む双方向サービス部門をAOLのネットワーク事業部門「ANSコミュニケーションズ」と交換。ワールドコムは、1億7500万ドルの差額を現金でAOLに支払う。

(C) ANSを手放したAOLは、五年契約でワールドコムに自社のオンラインサービス事業用のネットワーク基盤をアウトソースする。

(D) AOLと欧州で提携関係にあるベルテルスマン(Bertelsmann AG/GERMANY)は、コンピュサーブの欧州におけるオンラインサービス事業を共同運営するにあたり、AOLに対して7500万ドルを支払う。

3社にとっての取引の意味

今回の取引が、3社にとって持つ意味は次の通りだ。

[H&Rブロック]
税務関係のサービスと税金申告用ソフトを扱う同社は、コンピュサーブを多角化の一環として所有。昨年4月に20%の株式を市場に公開し、いずれは残りも同じ形で処分する意向だったが、競争激化によりコンピュサーブが経営不振に陥ったためにこれを断念し、一括して有利な条件で買い取ってくれる相手を探していた。そして、半年以上かかって今回やっと、処分することができた。

[ワールドコム]
同社は、長距離通話サービスとネットワーク事業を手掛ける会社。企業やISP向けにネットワーク基盤を提供する業界大手のUUNETテクノロジーズ社を傘下に持つ。インターネットに対する需要の高まりから、ネットワーク基盤の分野が有望視される中、今回の取引では、優良法人顧客1200社あまりを抱え、コンピュサーブで唯一利益のあがるネットワーク事業部門を手元に残し、ANSまで入手。市場シェアを拡大した。なお、オンラインサービス市場でAOLの最大のライバルとなったMSNもUUNETのネットワークに依存する顧客であり、双方にサービスを提供することで、利害の抵触が起きると勘繰る向きもある。

[AOL]
いわずと知れた世界最大の商業オンラインサービス会社AOLは、9月2日に全世界における加入者数が900万人を超えたことを発表したばかり。今回、世界に260万人の加入者を持つコンピュサーブを手にすることで、市場でのリードをさらに大きく広げる。また、欧州においても、コンピュサーブの85万人と、AOL/ベルテルスマンの70万人を合わせ、155万人の加入者ベースを獲得。ドイツ・テレコムが運営する最大サービス「T-オンライン」と肩を並べる規模となる。

3点取引の経緯と動機

以上、みんながそれぞれにハッピーな今回の取引だが、すべてを仕組んだのは誰かといえば、どう考えてもAOLである。AOLには、4月に一度コンピュサーブの買収を試み、取引成立直前までいきながら果たせなかった経緯があるからだ*1

理由はちょうどその時期に、企業買収に伴う課税法が改正されたためだった。詳細まではわかりかねるが、要するに、それまでは買収しても税金がかからない抜け道があったのが、改正によってなくなってしまった。このため、買収に予定外の出費が発生することになり、やむなくあきらめたのである。

AOLはそれ以来、懸命に知恵を絞ってこの課税問題を回避する方法を考えたのに違いない。そして、同じくコンピュサーブ買収にメリットのあるワールドコムを仲間に引き入れ、「3点取引」にすればよいことに思い至った。9月8日のニュース・コム(http://www.news.com)の報道でも、この3点取引が税金対策上最も効率的な方法であるという税務専門家のコメントを載せている。

不可解な3点取引の真相は、コンピュサーブの加入者獲得という目的を達するにあたり、AOLが仕組んだ「税金対策」にあった。しかしまだ、AOLがなぜそれほどまでにしてコンピュサーブを手に入れたいのかという根本的な動機の解明が残っている。

AOL/コンピュサーブ2ブランド両立体制の意義

AOLはリリースの中で、コンピュサーブ獲得のもたらす主な効果として、(1)国際市場および中小企業と個人ビジネスユース分野の強化、(2)大規模な顧客ベースによる加入料以外の収入の確保、(3)ANSの切り離しによる本業への経営資源集中、(4)UUNETとの契約によるネットワーク基盤の安定、(5)コンピュサーブが現在開発中の次世代ソフトによるサービス向上--などを挙げている。つまり、しばらくはAOLとコンピュサーブのサービスを別々に、2ブランド両立体制で運営していくということだ。これ自体はプラットフォーム統合に必要な技術と時間と費用の問題を抜きにしても、それほど驚くには当たらない。

しっかりしたネットワーク基盤とビジネス・コンテンツに強みを持ち、加入者も個人で仕事をするビジネスマンの多いコンピュサーブと、幅広い層に合わせた大衆向けのAOLは、もとから全く別な客層を想定した異質なサービスといってよい。また、今年の初頭以来AOLには、いつも混雑してつながらないという悪いイメージが定着している。この状況では、UUNETがバックボーンを提供するという事実はどうあれ、コンピュサーブを不可欠なビジネスツールとして使っている加入者が不安に思うのは当然だ。ましてや、コンピュサーブとAOLのサービスを統合し、いずれAOLブランドに吸収するとでも発表しようものなら、その時点でコンピュサーブ加入者の大半は逃げてしまうだろう。

2つを個別に運営する理由はそれとしても、コンピュサーブの双方向サービス部門は、そもそも同社が経営不振に陥った元凶であった。AOL自身も昨年末の料金体系変更以来、収入構造の抜本的な変化の過渡期にある状態だ。そんな赤字事業を2つも保有し、どのように収益につなげるつもりなのか。

答えは、前述のAOLのリリースからの引用にある。(2)の「大規模な顧客ベースによる加入料以外の収入の確保」に注目してほしい。これこそ、この数カ月間にAOLが奔走してきたことである。自身の加入者ベースを武器に、いくつものオンラインショッピング業者などに対し、巨額の契約金と販売コミッションを取る条件で、サービス内への独占出店権やホームページとのリンク権などを与えている*2。AOLはこの方法で加入料以外の収入を増やす戦略に賭けているのであり、それを押し進めるためならば、実際に手段を選ばないというところまでも垣間見せている*3

AOLのコンピュサーブ獲得の戦略上の意義は、概念的にいえば「クリティカル・マスの追求」であり、具体的にいえば900万人プラス260万人の加入者ベースをダシに、さらに同じような方法で収益を確保していくことにほかならない。コンピュサーブ加入者への売り込みを狙う複数の業者とのさまざまな販売コミッション契約が発表されるのも、さほど遠いことではないと予想しておく。

一方、コンピュサーブのネットワーク事業部門とANSを手放したことについては、将来吉と出るのか凶と出るのか、まだはっきりとは見極められない。ストレートに考えれば、定評のあるコンピュサーブのネットワークを資産に組み入れて自前の設備を強化し、アクセスの混雑問題を解決すると同時に、法人顧客からの利益を得るのが得策ともいえるのだが、今回、結局は税金対策を優先したために、UUNETにアウトソースする形となった。

契約の5年間は、ある程度有利な条件でサービスを受けることができるにしても、それ以降となると、原価償却する自前の設備とアウトソーシングのどちらが得かは判断しにくいところである。

いずれにせよ、全体的に見てAOLのコンピュサーブ獲得は、同社に短期的な利益をもたらすというより、「努力次第では中期的な発展も望めるかもしれない」程度の、いくぶんリスクをはらんだ決断であったといってよい。

なお、この手の取引につきものの、司法省による反トラスト法違反嫌疑による調査も、始まる見込みだ。AOLは、調査の手が入っても取引完了までの期間が数カ月遅れるくらいで、最終的にはクリアできると踏んでいるようだ。今回の取引でAOLは、市場の4割近くを握ることになるといわれている。司法省の調査はクリアしても、本当に恐れるべきなのは、独占企業に厳しい消費者の目であるということをAOLは肝に命じておく必要がある。

*1 97年4月23日号(Vol.3, No.53)9頁参照。

*2 97年7月24日号(Vol.3, No.59)12頁参照。

*3 97年8月6日号(Vol.3, No.60)9頁参照。

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