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「和諧社会」と市場経済にとって欠かせない信用の確立

発行日 2007年4月13日

上席主任研究員 柯 隆

 

「和諧社会」と市場経済にとって欠かせない信用の確立

  • 胡錦濤・温家宝政権は「和諧社会」(調和の取れた社会)の構築を宣言している。しかし、共産党は政権を手に入れてから60年も経過するが、未だ調和さえ取れていない。なぜだろうか。
  • 財政部長(財務大臣)金人慶は「和諧社会」について次のように解釈している。「和」は「禾」に「口」なので、食が満足することである。「諧」は「言」に「皆」なので、言論の自由を認めるということである。すなわち、貧困を脱出し、言論の自由が認められる社会は「和諧社会」というのである。ごもっともの解釈だ。

衣食足りても礼節知らず

  • 「改革・開放」政策は30年になり、家計の実質可処分所得は6倍に拡大した。エンゲル係数を1978年と2005年で比べると、農村は67.7%から45.5%へ、都市は57.5%から36.7%へとそれぞれ低下した。同期間の一人当たりの居住面積は農村では8.1m2から29.7m2へ、都市では6.7m2から25.0m2へと拡大した。衣食住の面からみれば、国民生活レベルが確かに向上したといえる。
  • 一般的に、経済成長とともに、国民のモラルもレベルアップしていけば、間違いなく調和の取れた社会になると思われる。問題は、経済だけが成長を続けているが、モラルレベルがむしろ低下しているようにみえることにある。このような社会は犯罪が多発し、暴力的になる可能性が高い。古典では「衣食足りて礼節知る」というが、足りるかどうかは各個人がどう判断するかによる。
  • 中国社会は計画経済から市場経済へと移行しているが、価値観や制度はあまりにも急速に変化している。そのなかで、市場経済にとって欠かせない社会インフラとして信用秩序の確立があげられる。日々の商取引は社会の信用確立に成り立っている。しかし、中国社会を見渡すかぎり、詐欺、偽物、腐敗、不正などの犯罪事件は枚挙に暇がないほど多発している。中国にとって市場経済構築の最大のハードルはほかではなく、信用秩序の未確立なのである。
  • なぜ、中国社会で信用秩序が確立しないのだろうか。
  • 結論を先取りすれば、それは現在の中国人にとり信ずるものがないからなのかもしれない。すなわち、心の拠り所を失った中国人は何も信用できないという結果になっている。60年前の中国では、人々は儒教や道教などの宗教に安らぎを求めていた。社会主義中国になってから、古い文化が根こそぎに革命され、その代わりに、共産主義の教義が信じられていた。ところが、「改革・開放」政策以降、共産主義の教義が事実上否定された。無神論者になった無数の民を再び「改造」することは決して簡単なことではない。
  • しかも、長い間、極度の貧困に見舞われたせいで、一刻も早く豊かになろうとする物欲が何よりも優先されてしまう。無神論者にとって来世が存在しないため、現世で利益を最大化しようとする物欲はモラルの低下をもたらしているのである。

人権の尊重と法整備の徹底

  • モラルは人々が自律的に守る秩序のことと置き換えることができる。他人のことを思いやり、人の権利を侵害しないことは道徳心の基本である。しかし、信用が確立せず、モラルが低下する社会においては、こうした自律的な秩序が守られない。
  • しかし、信用を回復するには時間がかかるが、不可能なことではない。第1に、人権を尊重することである。いかなることがあっても、憲法に保障されている基本的人権を侵害してはならない。第2に、社会の秩序を担保するために、法整備を強化し、法の執行を徹底する。法の絶対的存在を保障するために、その独立性を確認し、行政や政治による司法への干渉を断ち切ることが重要である。そのためには、人類の普遍的価値である三権分立を宣言することが必要である。
  • 3月上旬に開かれた全国人民代表大会では、個人財産権を保障する「物権法」が採択された。人々に個人財産の所有権を認めれば、勝手に法を犯さなくなる(北京大学張維迎教授)。確かに、個人財産を持たない者にとって失うものがないため、法を犯す傾向が強いかもしれない。しかし、個人財産を所有しその所有権が法的に保障されても、法を犯さない保障はどこにもない。要するに、個人財産権の保護は重要なことだが、信用秩序を回復するには、それだけでは不十分なのである。
  • 中国にとって法の絶対的な存在を確立しなければならない。政治は時と場所によってそのあり方が変わる。法の基本的精神は永遠で不変である。人々の心のなかで法に対する信頼が確立しなければ、社会の信用秩序も確立しないだろう。結論をいえば、法を凌駕するいかなる政治勢力も法の下層に位置させ法の裁きを受けるようにしなければならないということである。