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  4. 生産性低下問題を考える(後編)―生産性上昇率急低下の原因は何か?―

生産性低下問題を考える(2)―生産性上昇率急低下の原因は何か?―

生産性低下問題を考える(後編)

―生産性上昇率急低下の原因は何か?―

生産性低下の原因に関する仮説の一つは、日本がオープン・イノベーションの時代に乗り遅れているというものだ。企業特殊的熟練に特化したメンバーシップ型雇用を前提とする日本企業は、企業の壁を超えた革新に対応できていない。もう一つは、民主党政権から第二次安倍政権まで10年近くポピュリスト的経済政策が続いているという見方である。弱者に優しい政策は「取り残された人々」を生まない代わり、生産性向上にもつながりにくい。

2019年5月29日

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3. 企業・産業から見た生産性低下

(若干の準備)

本稿(前編)では、アベノミクス6年間の実験がもたらした最大の「発見」として、物価の歴史依存性と生産性上昇率の急低下の2点を指摘した。そして、日本経済の長期低迷の真因はデフレではなく、生産性の低下ではないかと述べた。今回(後編)の課題は、何故近年生産性が急低下しているのか、その原因について考えることである。ただし、生産性の問題を本格的に取り上げるには、それに先立って生産性に関する若干の準備をしておくのが便利だろう。ここで生産物(付加価値ベース)をY、資本の投入をK、労働投入をLとして、生産関数が

(数式1)

と書けるとしよう。αは生産関数のパラメータだが、上記のようにCobb-Douglas型の生産関数の場合、これは労働分配率(1-αが資本の分配率)に等しくなる。そうすると、Aは資本や労働の投入を所与としてどれだけの生産が可能になるのか、すなわち生産性を示す。本稿(前編)で述べた全要素生産性(TFP)である。このAはしばしば技術進歩を示すものと解釈されるが、一定の設備や雇用からどれだけの付加価値を生み出せるかは経営者の腕前次第だから、これを経営力と考えることもできる(注1)。

この式を時間に関して対数微分すると、

(数式2)

となるが、これは経済成長率を生産性上昇率Aと資本や労働の増加の寄与に分解するものであり、成長会計(growth accounting)の式になる。これを

(数式3)

と書き直せば、Aは生産物の増加から資本の寄与と労働の寄与を取り除いた残差を意味するから、近代経済成長論の父でありノーベル経済学賞の受賞者でもあるロバート・ソローの名を取って、TFPはソロー残差(Solow residual)と呼ばれることもある。しかし、この式をもう少し書き直せば

(数式4)

となって、Aが資本の生産性上昇率と労働生産性上昇率の加重平均だということが分かる。これは生産要素の数が2つの場合だけではなく、もっと多い場合でも成り立つから全要素生産性(total factor productivity)、海外では多要素生産性(multi-factor productivity、MFP)などと呼ばれる。本稿(前編)でTFPを「経済全体としての生産性」としたのはこのためである。

ただし、上記の式に基づいて単純に計算すると、生産性が景気循環によって大きく影響されてしまうという問題がある。例えば、リーマン・ショック時のようにGDPが大きく落ち込んでも(2009暦年の実質成長率は-5.4%だった)、資本ストックは直ちに調整できないし、とくに日本では雇用調整もあまり行われない。結果として、資本の生産性も労働生産性も(したがってTFPも)大きく落ち込むことになるが、これは実際には生産性が低下したのではなく、需要の減少を反映したものだ。逆に景気回復の初期には計算上生産性が大きく上昇するが、これも景気循環の反映に過ぎない(注2)。だから、生産性のデータから景気循環の影響をできるだけ取り除くことが重要なのだが、これは決して簡単ではない。製造業の設備稼働率は分かっても非製造業の稼働率に関する統計は限られているし、レストランの従業員の労働時間は同じでも、仕事の密度はどれだけ来客があるか次第といった面がある。本稿(前編)では内閣府や日銀の推計を使用したが、それは内閣府や日銀が丁寧にこうした調整を行っているためである(注3)。

(過去2回の生産性鈍化)

さて、戦後日本の生産性の分析については、これまでにも多くの研究の蓄積がある。中でも特筆すべきは、深尾京司一橋大学教授(現在はアジア経済研究所所長でもある)や宮川努学習院大学教授らがデータの整備も含めて積み重ねてきた研究であろう。教授らの研究は、宮川努『日本経済の生産性革新』、日本経済新聞社2005年、深尾京司・宮川努(編)『生産性と日本の経済成長:JIPデータベースによる産業・企業レベルの実証分析』、東京大学出版会2008年、深尾京司『「失われた20年」と日本経済』、日本経済新聞出版社2012年などにまとめられている。また、研究の基礎をなすデータが経済産業研究所のホームページにJIPデータベースhttps://www.rieti.go.jp/jp/database/jip.htmlとして公表され、誰でも利用できるようになっている。

詳細については上記の書物などを参照して欲しいが、戦後の日本経済を振り返ると、過去2回の潜在成長率低下、および生産性上昇率の低下があったと考えられている。具体的には、まず1950~60年代の高度成長期が終わり、中成長期に入った1970年代であり、次は日本が長期停滞局面に入ったとされる1990年代である。(図表6)には、JIPデータベースによる日本の成長会計が1970年代から示されているが、1990年代に成長率もTFP上昇率も明確に低下したことが確認できる。ただし、これは(本稿(前編)図表4)に示したような潜在成長率の分解ではなく、現実の成長率の成長会計であるため、前述の景気循環の影響が含まれている点を指摘しておこう。例えば、2000年までの成長率・生産性の低下には1997~98年の金融危機に伴う深刻な不況が影響する一方、2000年以降にはそこからのリバウンドが反映されているものとみられる。

【図表6】JIPデータベースを用いた成長会計(%)
(図表6)JIPデータベースを用いた成長会計
(データ出所)宮川努『生産性とは何か』、ちくま新書、2018年

このうち、1970年代の成長鈍化は極めて分かり易い。高度成長期の日本はいわゆるキャッチアップの時代にあり、最近までの中国と同様に、欧米の先進技術を自国に取り入れることで生産性の向上を図ってきた。それが1970年頃には日本が先進国へのキャッチアップを概ね終了し、自前の技術開発が必要となったため、生産性上昇率が鈍化したのである。加えて、日本最大の人口規模を誇る「団塊の世代」が1960年代末までには成年に達した結果、労働力人口の伸びも大きく鈍化したことが成長率の低下につながった。とは言え、この頃の日本企業はソニーのウォークマンに代表される家電製品の高機能化、小型乗用車の低燃費化、さらにはコンピュータや半導体といった先進分野でも自前の技術開発力を実証し、5%前後の中成長を維持できたのである。以前にも指摘したことだが、この頃の技術進歩のスピードは現在のデジタル技術などと比べると遥かにゆっくりしたものだったため、チームワーク重視で着実に改善を積み上げる日本企業がその優位性を発揮することができたのだ。こうしてキャッチアップが終了した後も欧米対比で高い生産性上昇を実現した結果、1980年代にはジャパン・アズ・ナンバーワンと讃えられる一方で、米国からは激しいジャパン・バッシングを受けることとなった。現在50代以上の人たちの眼には、筆者と同様今の中国の姿が当時の日本と重なって映っている筈である。

これに対し、1990年代からの生産性鈍化の原因はもう少し複雑である。まず成長鈍化に関しては、(図表6)に見るように労働投入の伸びが大きく鈍化した影響が大きい。これは基本的には少子・高齢化の結果であり、事実、日本の生産年齢人口がピークに達したのは1995年のことであった。加えて、週休2日制の完全実施などを通じて「時短」が進められた影響も無視できない(バブル期の「24時間働けますか」は非常識とされ、今で言う「働き方改革」が進められたのだ)(注4)。他方、生産性の鈍化に関しては、日本企業の技術開発力が他国比で衰え始めたことに原因が求められよう。電機にしても自動車にしても1970~80年代の米国企業は日本企業に追い上げられるばかりであったが、IT革命の先陣を切ることで巻き返しに転じた。いわゆるWintelの時代である。同時に、冷戦後の第二次グローバル化を背景に、韓国、中国を先頭に新興国の挑戦を受けるようになったのもこの時代の特徴である(日本は戦後初めてキャッチアップを受ける立場になった(注5))。パソコン、DRAM、携帯電話、液晶パネルと、次々日本企業が優位性を失って行ったのは記憶に新しい。ジャパン・アズ・ナンバーワンの時代は終わったのである(注6)。

それ以外にも、幾つかの要因を挙げることができる。まずIT革命の影響については、電機や通信などのIT生産者(供給者)の生産性が上昇したのは、日米欧いずれも同じだったが、米国では金融や流通など主に非製造業からなるITユーザー産業の生産性が大きく高まった一方、欧州や日本では非製造業の生産性があまり高まらなかったとされる。これは、ITを使って生産性を高めるには組織を柔軟に組み替えることが不可欠だが、雇用システムの硬直性が高い欧州や日本ではそれが難しかったためだろう(注7)。この点は、前掲の宮川教授、深尾教授の書物が揃って強調するポイントである。もう一つ、バブル崩壊で金融機関が不良債権問題を抱えた結果、金融仲介機能が低下したことも無視できない。当初、この問題は「貸し渋り」が設備投資などの需要面に与える影響が注目されたが、金融仲介機能が低下すれば企業の新陳代謝が阻害され、生産性にも負の影響を与える。また、さらに後にはゾンビ企業への「追い貸し」が資源配分に与える悪影響が注目されるようになった(注8)。

(近年における生産性上昇率のさらなる低下)

そして、いよいよ本題の近年における生産性上昇率のさらなる低下だが、1990年代に始まった日本企業の技術開発力・国際競争力の衰えが一段と深刻化した結果だと筆者は考えている。事実、10年ほど前まではデジタル家電のシャープ「亀山モデル」や省エネ車のプリウスなど、世界に誇ることのできる日本製品があったが、今そうしたものがあるかと問えば、多くの人が「ない」と答えざるを得ないのではないか。なぜそうなってしまったのかと言えば、筆者が以前から論じているように、世界の技術=ビジネスのパラダイムがオープン・イノベーションへと変化したのに、日本企業がそれに対応できていないからだろう。思えば、「亀山モデル」やプリウスは、自社で製品開発し、自社で量産するというビジネス・モデルの最後の成功例だったのだ。

それ自体はモノでありながら、巨大なプラットフォームでもあるi-Phoneが登場した2007年頃が転機だったと思うが、世界はAIにしてもIoTにしても、フィンテックやシェアリング・エコノミーにしても、企業や国境の壁を超えてイノベーションが進む時代になった。しかし、自前主義の強い日本企業はこうした時代の流れに適応できていないのである。しかも、それは既存の大企業だけではなく、スタートアップ企業を見ても同じだ。実際、創業10年以内で企業価値が10億ドルを超える非上場のテクノロジー企業と定義されるユニコーン企業の数をCB インサイト社の資料で見ると、米国や中国とは比較にならず、インドやASEAN諸国の背中を追っているのが日本の実情である(図表7、この地図の後、ASEAN諸国のユニコーン企業はさらに増加している)。

【図表7】ユニコーン企業の世界地図(米国以外)
(図表7)ユニコーン企業の世界地図(米国以外)
(出所)CBINSIGHTS

東京大学の柳川範之教授は、デジタル画像や3Dプリンターなどを使って個人が簡単にアイデアを具体化することができ、ネットを通じて仲間集めや資金集めも容易になった今、「長年一つの組織に所属して出世の階段を上り、ようやく自分にやりたいことが多少やれる時代」は終わり、企業の枠を超えて経営資源の組み換えが進んで行くだろうと論じている(注9)。しかし、ここで描かれている個人の姿は、日本企業がメンバーシップ型雇用の下で育てて来た、企業特殊的な熟練に特化する一方、汎用性を持った専門知識を欠く従来型の人材とは正反対だろう。新しい環境に適応するには、日本の雇用をメンバーシップ型からジョブ型に転換していく必要があるというのが、筆者を含めた多くの経済学者・エコノミストの見方だが(注10)、現実の日本企業は驚くほど変わっていないのが実情である。実際、最近も慶應大学の鶴光太郎教授が日本企業の特徴の変化をサーヴェイしているが、「賃金カーブのフラット化は進んだものの、長期雇用は頑健であり、遅い昇進という特徴もむしろ強まっている」と結論付けている(注11)。

健康寿命の延伸によって職業人生が長くなることと、技術革新のスピードが速まって企業のビジネス・モデルが短期化していくことの挟間の矛盾が集中するのが、人的資本の形成であろう。ジョブ型雇用の社会であれば、職に就く前に一定の専門性を身に着けている筈であり、その後も必要があれば、休業なり退職なりして再度教育の機会を得ることができる(注12)。北欧やドイツであれば、こうしたリカレント教育に対する公的支援も充実している。だがメンバーシップ型雇用の日本企業では、若者が就業前に専門知識を身に着けることは前提とされず(だから大学がレジャーランド化したのだ)、新卒一括採用の後に企業内のOJTでその企業特有の色の付いた専門性が育成されることになっていた。正直な話、このAIやロボティクスの時代に、多くの企業がOJTだけで専門性を育てられているとは到底思えない(そもそも非正規雇用にはOJTの機会さえ殆どない)。それでも、日本企業には未だにOff-JT教育を重視する習慣はない。この結果、宮川教授らの研究によれば、日本の人材投資のGDP比率は諸外国と比べて驚くほど低い水準になっている(Off-JTのみが対象、図表8)。バブル崩壊後の日本企業の得意技であるコスト・カットの対象となってしまったのだろう。残念ながら、この人材投資の低下が生産性にどれだけの影響を与えているかについて、まだ信頼できる定量的研究はないようだ。しかし、今こそ人材投資の重要性が高まっていると考えているのは筆者だけではあるまい。人的資本形成の衰えが近年の生産性低下に大きな悪影響を及ぼしている可能性はかなり高いと思う。この働き方を変えることなく70歳まで定年を延長しても、生産性を低下させるだけであり、多くの企業はこの負担を負うことを望まないだろう。むしろ日本型雇用を変えるために、柳川教授が提唱した「40歳定年制」の可能性を真剣に考えてみるべきではないか。

【図表8】人材投資/GDP比率(%)
(図表8)人材投資/GDP比率
(データ出所)宮川努『生産性とは何か』、ちくま新書、2018年

実は、筆者が一般向けの講演などで「日本企業の生産性が低下している」と話すと、怪訝そうな顔をする人が少なくない。今回の景気拡大局面で多くの企業が史上最高益を更新し、株価も日経平均で2万円を回復したことで、日本企業の競争力が回復したと誤解しているのかも知れない。だが、それはかなりの程度円安に伴う企業収益の水膨れ(円安になると、企業の海外事業の稼ぎが円ベースで膨らむ)の結果に過ぎない。株式市場も産業界も相変わらず円高恐怖症なのはそのせいだろう。しかし逆に、人口1人当たりの名目GDP(ドル・ベース)の世界ランキングを見ると、円安の結果、日本の位置はアベノミクス前2012年の第15位から昨年は第26位まで急低下してしまった。近年のインバウンド観光の盛り上がりも、こうして日本人が相対的に貧しくなり、日本のモノやサービスが割安になった結果という面があるのだ。

4. ポピュリズム経済政策と生産性低下

(小泉構造改革の成果と「痛み」)

このように筆者は、近年の生産性低下の基本的な原因は日本企業が高度成長期(ないし1970~80年代)の成功モデルから脱し切れず、オープン・イノベーションの時代に対応できていない点に求められると考えるが、経済政策のあり方も当然に影響している。このことは、(本稿(前編)図表4)のTFP上昇率が小泉構造改革の後2010年頃に掛けて上昇して行き、それが再度低下してきたことからも推察できる。構造改革や成長戦略の効果は時間を掛けてゆっくりと現れるものだからだ(これには、内閣府や日銀がデータの平滑化を行っている結果という面もある)。数量的に検証することはできないが、小泉構造改革は以下のようなルートで生産性の向上に寄与した可能性が高いと筆者は考えている。

まず第1に、不良債権の最終処理を進めたことである。先に見たように、バブル崩壊後に金融機関が多額の不良債権を抱え込んできたことは、「貸し渋り」、「追い貸し」の両面から金融仲介の資源配分機能を歪め、生産性の低下を招いた。もちろん、いわゆる「竹中プラン」の進め方には強引な面もあり、金融市場の動揺を招いた時期もあったが、結果的には日本の金融機関の不良債権比率は大幅に低下し(主要行の不良債権比率は2002年3月期の8.4%から2008年3月期の1.4%まで低下した)、金融仲介機能も回復した。また、この過程で大口債権先に対して厳しいリストラを迫ったことも、長い眼で見て生産性向上に寄与したと考えられる(建設や鉄鋼など、当時の「問題企業」が立派に再生を果たした事例は少なくない)。リーマン・ショックの際も日本の金融システムは欧米に比べて安定を保つことができたが、これはその前に不良債権処理が終わっていたこと(と国内バブルで大きな痛手を負った後遺症から、日本の金融機関が高リスクの投資に慎重であったこと)の結果である。リーマン・ショックで日本経済が大きな打撃を受けたのは、海外景気の影響を受け易い資本財や自動車を集中的に輸出する貿易構造の下での輸出急減の結果であり、金融システムが動揺したためではない。

第2は、自民党が長年掲げてきた「国土の均衡ある発展」という理念をぶち壊したことである。その象徴は公共事業に大鉈を振るったことだろう。GDPベースの公共投資は1995年度の48兆円弱から2006年度の26兆円余りまで累計45%近くも削減された。1990年代の公共事業は、殆ど人の入らない市民ホールや飛行機が着陸できる農道など、その非効率性が批判されていたが、当時の日銀内部の分析では、①県民1人当たり所得の低い地方ほど公共投資/県内総生産の比率が高い(公共事業が所得再分配政策として使われていたことを意味する)、②公共事業関連の産業は他の産業に比べ労働生産性が低い(水準、上昇率とも)、③このため、公共投資依存度の高い地方ほど所得の伸びが低い、という悪循環が確認されていた(筆者はこれを「公共事業の罠」と呼んでいた)。社会資本の生産性効果は都市部の方が地方より高いことも知られている(注13)。公共事業の大幅な削減により、こうした悪循環を絶ったことは短期的に地方経済に打撃を与えたとしても、長い眼でみれば生産性向上に寄与したと思われる。また、この関連では1960年前後に制定された工場等制限法を2002年に撤廃したことも大きな変化だった。読者の中には1970年代頃から都心の大学が次々に郊外へ移転していったことを記憶している方も多いと思うが、これは同法が都市部での大学の新増設をも制限していたためである。同法の撤廃に機に、大学の都心回帰が加速することとなった(ただし、工場が大都市に回帰することはあまりなかった(注14))。

第3は、様々な規制緩和が図られたことだ。このうち、製造業への労働者派遣を認めたことは、リーマン・ショック後の「派遣切り」で批判を浴びることとなったが、労働市場の流動化そのものは生産性向上に寄与した筈である。問題は、規制緩和が十分なセーフティーネットの整備なしに進められたことだろう。一方、大きな効果を発揮したのは、都市再開発の際などに容積率規制を緩和する特例制度が設けられたことだと思う。現在の高層ビル建設ラッシュは、この規制緩和に端を発したものである。また、地方自治体が自らの地域の活性化のために規制緩和を求める「構造改革特区」が導入されたことも、総論賛成・各論反対を排して「取り敢えずやってみる」仕組みの導入として重要だった。

このほか、経済財政諮問会議の活用によって、政策決定の過程を「見える化」したこと(中長期の財政の展望なども定期的に行われるようになった)や、2004年に約20年振りの大きな年金改革が実現するなど、社会保障改革を進めたことも大きな成果だと筆者は思うが、これらは生産性とはあまり関係ない。他方、政治的に最大のイシューとなったのは、言うまでもなく郵政民営化だった。これは、非効率に資金が使われ、国会のチェックも十分に受けないなど問題の多かった財政投融資の資金の入り口を絶つことが狙いだったと思われる。だが、財投の出口に当たる財投機関の改革は橋本政権の時代にかなり進められていたため、改めて「入り口を絶つ」ことの意味は大きくなかった(しかも、その後民営化は大きく後退して現在に至っている)。

このように、小泉構造改革は日本経済の生産性向上に一定の役割を果たしたと筆者は評価しているが、その政治的コストは決して小さくなかった。まず、小泉政権当時から「地方切捨て」という批判が強く聞かれた。実際、当時の日銀短観で地域別の業況判断DIを見ると(注15)、関東甲信越、東海、近畿といった都市部が好況だった一方、前述の公共事業の抑制などを背景に北海道、東北、四国などの景況感はかなり悪く、地域間の格差が拡がっていたことが分かる。当時筆者は日銀の調査統計局長を務めていて、日本経済の現状評価は当然マクロ統計を基に行っていた。いわゆる「いざなみ景気」の時期だったから、景気判断は上方修正が多かったのだが、支店長会議の際には毎回のように、支店長たちから「地方の景気は良くなっていない」という強い反発を受けたことを鮮明に記憶している。もう一つは、いわゆる格差批判である。この批判は小泉政権時にも聞かれたが、とりわけリーマン・ショック後の「派遣切り」を機に全国に燃え拡がって行った。そして小泉元首相退陣から3年後、自民党は政権を失うことになった。もちろん、これにはその後の政権運営の不安定やリーマン・ショックなどの影響もあったと思われるが、小泉改革がもたらした「痛み」に対する国民の反発も少なからず作用したのではないだろうか。

【図表9】地域別に見た日銀短観の業況判断DI
(図表9)地域別に見た日銀短観の業況判断DI
(資料)日本銀行「さくらレポート」

(「痛み」を避けたアベノミクス)

その後の党内対立と東日本大震災・福島原発事故への対応を巡る混乱に終始した民主党政権の3年間を振り返る必要はあるまい。問題は、現在まで6年半に及ぶアベノミクスの評価である。もともとアベノミクス「3本の矢」は、短期的な景気刺激を目指す第1、第2の矢と、長期的な構造改革を目指すとみられた第3の矢の組み合わせであったため、当初は様々な解釈があり得た。筆者自身は「金融財政政策で成長戦略が実を結ぶまでの時間を稼ぐ」という、経済学者・エコノミストの標準的な解釈を採っていたが、現在に至るまで金融緩和、財政拡張への依存が続いていることを踏まえると、最早この解釈を維持することはできない。結論から言えば、民主党政権と安倍政権は憲法や安保政策の違いが注目されがちだが、経済政策に限って言えば大きな違いはないということだ。民主党政権から第二次安倍政権へと10年近くにわたって敗者を生まないポピュリズム的な経済政策が続いていることが生産性低下のもう一つの原因だと考えられる。このポピュリズム経済政策は、安倍首相が小泉政権、およびその後継と位置付けられた第一次安倍政権の失敗から、「痛みを避ける」ことの重要性を学んだからではないだろうか。

狭義の金融財政政策以外のアベノミクスの特徴としては、第1に「国土の均衡ある発展」を実質的に復活させたことが挙げられる。今年1~3月期のGDPベース公共投資額は、リーマン・ショック後の大規模財政出動時のピークを1.5%上回っている。完全雇用にあり、建設部門に至っては外国人労働者の受け入れが必要なほどの人手不足なのに、「国土強靭化」などを名目に財政出動が繰り返されているからだ。また、地方創生の謳い文句の下、東京一極集中を食い止めて人口を地方に分散させる方針が採られているが、これに対しては①経済的な集積のメリットに反する、②東京都の出生率が低いのは、東京で出会ったカップルも子どもが生まれると隣県に移り住んで子育てを行う結果に過ぎない、といった批判が聞かれている。ごく最近は、都内の大学の定員抑制が打ち出されているが、これは工場等制限法撤廃と正反対の動きである。

第2は、国民負担の抑制である。この点、消費増税が2度までも先送りされたことは周知の通りであり、今年10月には予定通り引上げが行われるとしても、増収分を上回る規模の「対策」が行われる。社会保障給付面では、小泉時代の機械的な給付抑制が強い批判を浴びた反省から、薬価などを中心にした限定的な抑制に止めている。一方、「天引き」で負担感を抱きにくい社会保険料は継続的に上昇して家計消費を抑制している(注16)。以上は直接生産性につながらないが、社会保障には供給面もある。近年就業者が最も増えているのは介護分野だが、介護は給与水準も生産性上昇率も極めて低い。このため、介護分野が拡大すると、経済全体の生産性を低下させる効果を持つのだ(これをBaumol効果と呼ぶ)。だから、マクロの生産性を上げるには、他の分野でこれを補って余りある生産性上昇が必要になる。実は医療のIT化、混合介護の推進など、医療・介護自身がその生産性上昇を大いに期待できる領域なのだが、業界団体の抵抗もあってなかなか改革が進んでいないのが現状である(大きなpolitical capitalを有する安倍首相にこそ、こうした改革を期待したいのだが・・・)。

第3は、成長戦略等に関する「やってる感」(注17)の重視である。最初の「3本の矢」は、一応体系的に考えられた政策パッケージだったが、その後は地方創生、「新3本の矢」、一億総活躍、働き方改革、第四次産業革命、生産性革命、人生100年時代など、次から次へと息つく暇なく新たな標語が示され、数値目標が設定されていった。中には「希望出生率1.8」や「介護離職ゼロ」など達成手段を殆ど思い付かないような目標まで掲げられた。これは実際に目標を達成することより、政府と首相が頑張っている姿=「やってる感」を演出することが重要だったからだろう。これでは、成長戦略と言っても、実際の生産性が上がらないのは無理もない(注18)。

第4は、格差批判への対応である。今次景気拡大局面では企業収益が大きく改善したが、賃金がなかなか上がらず労働者が取り残された感があった。このため、安倍政権は「官製春闘」と批判されても一貫して賃上げを主導してきたし、最低賃金引き上げにも熱心に取り組んでいる。また、働き方改革も結果的には時間外労働の抑制が中心になるなど、安倍政権が格差批判にかなり神経質になっていることが分かる。

(「茹でガエル」になった日本)

こうして見て来ると、今では当初の「デフレ脱却」とは違う形で日銀の金融緩和がアベノミクスを支えていることが分かる。まず第1に、消費増税を先送りし公共事業を増やしても、日銀が国債を大量に買い入れ続ける限り国債消化に心配はないし、10年物の金利がほぼゼロだから金利負担を気にする必要もない。第2に、長期間にわたって円安が維持されていることだ。購買力平価に見合う相場は1ドル=90円台後半と言われているから、現状でもかなりの円安である。そして先にも述べたように、この円安が株価上昇や企業収益の好調を通じて、多くの人たちに「日本経済はうまく行っている」という印象を与えている。さらに言えば、これらは日銀が本来目指した2%の物価目標をなかなか達成できずに、金融緩和の長期化を余儀なくされているから可能になっているものだ。だから、今では政権は2%目標の早期達成などより、金融緩和が何時までも続くことの方を望んでいるのではないか。幼時教育無償化や携帯通話料金の引き下げなど、物価の押し下げに熱心になっているのがその証拠のように思える。生産性の低下にも政府債務の積み上がりにも眼を瞑って、ぬるま湯に浸かり続ける、これこそまさに「危機感なき茹でガエル日本」(注19)の姿に他ならない。

もちろん、こうした弱者に優しい政策の結果、先の(図表9)を見ても、今では小泉時代のような都市と地方の格差は窺われない(むしろ大規模財政出動したアベノミクス初期には地方の景況感の方が良かった)。また、非正規雇用が増えていると言っても、それは高齢者や主婦パート中心で若者では増えていない(結果として、不本意非正規雇用はむしろ減少している)。こうして、日本には「取り残された人々」が少ないから、欧米のような極端なポピュリズムが生まれないのかも知れない。しかし、その反面で日本は生産性の低迷という大きなコストを払っていることも忘れてはならない。

注釈

  • (注1)
    筆者は暫く前から「TFPは経営力である」と主張していたのだが、最近ではeconomics of managementという分野が成立していて、様々な経営手法が生産性等にどのように影響を及ぼしているかについての実証研究が進められているようだ。例えば、Nicholas Bloom et al.“The New Empirical Economics of Management”, NBER Working Paper 20102, 2014といった文献がある。この点は、学習院大学の宮川努教授にご教示頂いた。宮川努『生産性とは何か』、ちくま新書、2018年の第4章には、economics of managementに基づく研究の幾つかが紹介されている。
    なお、生産性に関する内外の実証研究は膨大な数に達するが、経済産業研究所・森川正之副所長の『生産性:誤解と真実』、日本経済新聞出版社2018年のレファレンスには、極めて多数の文献が収録されており、大変有益である。
  • (注2)
    この問題は万国共通であるが、前述の雇用調整の違いもあって日本においてより深刻である。労働生産性の国際比較などを行う場合、大きな景気循環の前後の時期については、数年程度の平均値であっても注意が必要である。
  • (注3)
    内閣府や日銀では景気循環の影響を取り除くため、多くのデータにフィルターを掛けて平滑化を行っている。ただし、この方法ではデータの蓄積に連れて過去の計測値まで遡って改定されることが多い。筆者がこれまで生産性上昇率の低下をあまり重視していなかったのは、例えばアベノミクスの成長戦略の効果が現れるには時間が掛かるといった理由で、生産性上昇率の低下はタイム・ラグのせいである可能性を考えて来たためだ。しかし、ここ10年近くTFP上昇率が一貫して低下している事実を踏まえると、本当に深刻な問題が起こっているのではないかと判断するに至った。
  • (注4)
    1990年代の日本の成長鈍化には生産性上昇率の低下に加えて「時短」が大きく影響していることを指摘したのが、有名なHayashi-Prescott,“The 1990s in Japan : A Lost Decade”, Review of Economic Dynamics, 2002であった。
  • (注5)
    こうした「追われる国」が抱える経済的な困難は、リチャード・クー氏の新著『「追われる国」の経済学』、東洋経済新報社2019年で印象的に描かれている。
    なお、第二次グローバル化の原因としてリチャード・ボールドウィン『世界経済:大いなる収斂』、日本経済新聞出版社2018年は、IT化によって情報の移動コストが低下したことを強調しているが、本当に情報の移動コストが急低下したのはインターネットの大容量化が進んだ2000年以降だろう。筆者は、冷戦が終わって新興国での社会主義革命→企業の国有化リスクが無くなったことで、新興国への直接投資が急拡大した点を重視している。1990年代以降、多くの日本企業が中国や東南アジア諸国に進出したが、そこで行われたのはITによる情報の移動ではなく、日本人社員による現地従業員への手取り足取りの技術指導であった。
  • (注6)
    新興国のキャッチアップによって自国製品がコモディティー化すれば、企業の「価格決定力」の低下を通じて交易条件の悪化、ひいてはデフレの一因にもなって行く。筆者は、こうした認識を2016年8月のオピニオン「物価はなぜ上がらないのか(1)」で示している。
    なお、深尾教授の前掲書は企業ベースの生産性データを使って、国内のサービス業より生産性の高い製造業が、新興国のより低いコストを求めて海外移転したことが、日本全体の生産性を押し下げる結果になったことを示している。
  • (注7)
    ドイツでは2000年代にシュレーダー改革(ないしハルツ改革)と呼ばれる労働市場改革が行われ、その後にIT活用が大きく進んだと言われる。現在インダストリー4.0の試みなどによって、ドイツがいわゆる第四次産業革命の先頭集団の一翼を担っていられるのは、その成果である。
  • (注8)
    この点で著名なのは、ゾンビ企業という言葉を使ったCaballero-Hoshi-Kashyap,“Zombie Lending and Depressed Restructuring in Japan”, American Economic Review, 2008だが、これに先立って小林慶一郎・才田友美・関根敏隆「いわゆる『追い貸し』について」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ2002年、といった研究も行われていた。
  • (注9)
    「企業組織の境界が消える日」、日本経済新聞2019年3月11日付「経済教室」。これは荒削りながら、デジタル技術革新の含意に関する秀逸な論考である。
  • (注10)
    筆者自身の見解は、2015年8月のオピニオン「今こそ『日本的雇用』を変えよう(1)~(3)」、2017年11月のオピニオン「正社員の働き方を変える:『働き方改革』の核心」などに示している。
    もちろん、メンバーシップ型雇用を転換する必要があるのは、企業の生産性向上・競争力強化のためだけではない。小峰隆夫氏は新著『平成の経済』、日本経済新聞社2019年、の末尾近くで「少子化問題、格差問題、男女共同参画など多くの問題を突き詰めていくと、従来型の長時間、無限定、職能給的な働き方に行き着くことが多い」と書いているが、筆者も全く同感である。
  • (注11)
    「日本の雇用システムの再構築:総論」、RIETI ポリシー・ディスカッション・ペーパー2019年。
  • (注12)
    今では休業、退職しなくても、mooc(massive open online course)と呼ばれるオンライン大学講座を受講すれば、世界最先端の教育を受けられるようになった。しかし、日本ではmoocを活用している人も少ないようである。
  • (注13)
    宮川努・川崎一泰・枝村一磨「社会資本の生産性効果の再検討」、RIETI ディスカッション・ペーパー2013年
  • (注14)
    大阪湾岸には大型パネル工場が建設されたが、残念ながらこれは成功例とは言えなかった。
  • (注15)
    (図表9)では、いざなみ景気のDIピーク時ということで2006年12月のデータを示している。厳密に言えば、これは第一次安倍政権の時期になるが、基本的には小泉政権期の景況感を表していると考えてよいだろう。
  • (注16)
    この点は、2017年7月のオピニオン「『賃金税』としての社会保険料」を参照。
  • (注17)
    御厨貴、芹川洋一両氏の対談本『政治が危ない』、日本経済新聞出版社、2016年の中に安倍首相自身が実際に何かを実現するより、「『やってる感』が大事だ」と意識して行動しているとの記述があり、一部識者の注目を集めた。筆者自身、2017年2月の中日新聞/東京新聞夕刊の「紙つぶて」欄で取り上げた経緯がある。
  • (注18)
    もちろん、筆者も安倍政権の成長戦略の全てが「やってる感」ばかりだと考えている訳ではなく、通商政策などは高く評価している。TPPが何とか合意にまで漕ぎ着けたことには日本のリーダーシップが大きかったし、トランプ大統領がTPPに関して「ちゃぶ台返し」をすると、速やかに日欧EPAをまとめ、TPP11の枠組みを作ったことで、日本は自由貿易を守る旗手の地位を確保することができた。ただ、トランプ大統領の独善によって、通商分野はどうしても成果より混乱が目立ってしまうのは、大変残念なことである。
  • (注19)
    これは、経済同友会著、小林喜光監修『危機感なき茹でガエル日本:過去の延長線上に未来はない』、中央公論新社2019年の表題である。因みに筆者も、2016年1月のオピニオン「2016年の経済見通し:ぬるま湯続く日本経済」で、日本経済、日本企業を茹でガエルとして描いている。
早川 英男

本記事の執筆者

経済研究所
エグゼクティブ・フェロー

早川 英男(はやかわ ひでお)

 

1954年愛知県生まれ。1977年東京大学経済学部卒、日本銀行入行。1983~1985年米国プリンストン大学大学院(経済学専攻)留学(MA取得)。調査統計局長、名古屋支店長などを経て2009年日本銀行理事。日本銀行在職期間の大部分をリサーチ部門で過ごした後、2013年4月より現職。

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