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  4. 生産性低下問題を考える(前編)―アベノミクス6年間がもたらした「発見」―

生産性低下問題を考える(前編)―アベノミクス6年間がもたらした「発見」―

生産性低下問題を考える(前編)

―アベノミクス6年間がもたらした「発見」―

6年余にわたるアベノミクスの実験的経済政策は、日本経済に関する幾つかの「発見」をもたらした。その一つは、大胆な金融緩和でも物価が上がらなかったことで、物価が期待によってではなく歴史的に形成されるという事実を示している。もう一つは長期間の景気拡大に実感が伴わなかったことで、その背後には生産性上昇率の低下があった。日本経済長期低迷の真因は、デフレではなく生産性の低下だったのではないか。

2019年5月20日

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はじめに

アベノミクスが始まってから6年半近く、日銀が黒田総裁の下で「異次元緩和」と呼ばれた大胆な金融緩和をスタートさせてからも6年以上になる。効果について明確なコンセンサスのない実験的な経済政策を実行したことの是非には、もちろん賛否両論がある。筆者自身は、これまでも何度も論じてきたように(例えば拙著『金融政策の「誤解」:“壮大な実験”の成果と限界』)、アベノミクスの開始時点では実験的な政策を試みることに一定の合理性があったが、実験の結果に応じてもっと柔軟に政策を見直すべきだった(金融政策に関して言えばより速やかな量的緩和の修正、アベノミクス全体では短期的な需要刺激から財政の健全性や潜在成長率の強化といった中長期的な目標の重視)と考えている。

この筆者の理解は、「実験」は良きにつけ悪しきにつけ必ず何らの「発見」につながる筈であり、この発見から学ぶことが重要だという認識が前提となっている。この点、前掲の拙著を上梓してから既に3年近い月日が経過し、実験結果はより明確になってきた。本稿では、過去6年余の実験から得られた「発見」のうち、筆者がとくに重要だと考える2点、すなわち「物価の歴史依存性」と「生産性上昇率の急低下」について、やや詳しく述べてみたいと思う。

1. 物価の「歴史依存性」

(「物価は貨幣的現象」ではなかった)

アベノミクス、ないし「異次元緩和」が明らかにした最大の「発見」は、日銀が巨額の国債残高の半分近くを買い占め、マネタリーベースの量が当初目標の2倍を遥かに超えた3.6倍に増えるほどの大胆な量的金融緩和を行っても、現在に至るまで日銀が掲げた2%の物価目標が達成されることはなかったということだろう。「異次元緩和」から約6年後となる今年3月の消費者物価指数(除く生鮮食品)の前年比は+0.8%、基調的な物価の動きを示すとされるエネルギーを除いたベースでは僅か+0.4%だった(図表1)。常に楽観的なことで知られる日銀自身の見通しでも、現在からさらに2年後の2021年度の消費者物価上昇率は+1.6%に止まる(政策委員見通しの中央値、「経済・物価情勢の展望(2019年4月)」)のだから、2%の達成は未だ視野にさえ入っていない。リフレ派の論者たちの「物価は貨幣的現象」という主張の誤りが完膚なきまでに証明されたことになる。

【図表1】消費者物価前年比(除く生鮮・エネルギー)
(図表1)消費者物価前年比(除く生鮮・エネルギー)
(出所)日本銀行「経済・物価情勢の展望(2019年4月)」

(インフレ目標へのコミットメントの力?)

もっとも、短期金利がゼロ制約に達した後はマネタリーベースを増やしてもマネーストックが増えることはなく、したがって物価に影響を与えることもないのは経済理論的には常識であった(詳しくは前掲拙著を参照)。だから今回の実験結果は、常識が再確認されたに過ぎないとも言える。しかし、筆者が以前から指摘しているように、黒田総裁や彼を支える日銀のスタッフがリフレ派式の数量説を信じていたとは考えられない(注1)。黒田総裁自身については、恐らく「中央銀行がインフレ目標に対して強いコミットメントを示せば、民間のインフレ期待に大きな影響を及ぼすことができる」という考えにより重きを置いていたのではないかと思う。2013年4月の「異次元緩和」導入時、「2%、2年、2倍」と書いたパネルを使った黒田総裁の自信たっぷりな説明振り(仮にそれが「演技」であったとしても)は記憶に鮮明であり、その後もコミットメントの重要さを強調し続けてきたことからもこのことは理解できよう(注2)。

この黒田総裁の理解は、リフレ派の数量説とは違って、ニューケインジアンなど欧米の主流派経済学の考え方そのものである。現在の主流派経済学では、均衡概念として合理的期待均衡が用いられており、その場合、「経済の基調的なインフレ率が中央銀行のインフレ目標と一致する」ことが均衡の必要条件になる。ならば、民間の期待もこれに一致するのが合理的である。そういう意味で、この考え方は理論的には全く正統的なのだが、実践的、実証的に考えると、そこには幾つかの危うさも残っていることが分かる。まず第1に、経済の基調的なインフレ率がインフレ目標に一致するのは、現実のインフレ率が目標から乖離すれば中央銀行が政策対応するからである。このうち、現実のインフレ率が目標を上回る場合は、中央銀行が金利を上げてインフレ率を抑制するのだから、これは分かり易い。しかし現実のインフレ率が目標を下回る場合は、中央銀行が金利を引き下げると言っても、ゼロ制約に突き当たればそれ以上の利下げはできない。つまり具体的・実践的なメカニズムは明らかでないまま、理論上の均衡条件としてこの一致を要請しているに過ぎないのだ。また、インフレ目標政策に関しては海外で多数の成功例があるとされるが、これらはいずれもインフレ抑制に成功したものであり、インフレ目標がインフレ率の引き上げに有効かどうかは明らかでない。ゼロ金利状態からインフレ目標によりデフレ脱却を目指すという日銀の試みは真に「実験的」だったのである。

第2に、理論的には物価形成において将来のインフレ期待が重要とされる一方、実証的には物価には慣性が強く働く(=歴史依存性が強い)ということが以前から知られていた。例えば、標準的なニューケインジアン・モデルで使われるフィリップス曲線は、理論的には需給ギャップ(厳密には限界費用のproxy)以外は先行きのインフレ予想だけに依存する筈であるが、実証的には過去のインフレ率を含めたハイブリッド型で推計される場合が多かった。それは、そうでないとデータとの当て嵌まりが悪かったためである(データとのフィットだけを重視すると、過去のウェイトが高くなり過ぎるため、ウェイトを先験的に1:1などに制約する場合もある)。だから、日銀モデルも含めて主要中央銀行のマクロ計量モデルでは、フィリップス曲線はハイブリッド型の定式とするのが一般的である。日銀は2016年9月の「総括的検証」においてインフレ予想には「適合的期待の影響が大きい」として物価に働く慣性の強さを認めたが、その際に「そんなことは最初から分かっていた」と筆者がコメントしたのは、こうした事情があったからである(注3)。

そして、「異次元緩和」の実験が行われた結果は、先の(図表1)が示すとおり現実の物価上昇率は目標の2%に遠く及ばなかったということであり、当然ながらインフレ期待も大きく高まることはなかった。実際、物価連動国債の利回りから計算される予想インフレ率(BEI)は、ここ3年余りほぼ一貫して0.5%未満である。このように、インフレ目標へのコミットメントが期待に与える影響を重視した黒田総裁の作戦は空振りに終わってしまったのだが、それは経済主体の合理性を強く仮定する経済理論を重視する一方、現実の物価には歴史依存性が強く働くという事実を見逃してしまった結果だと考えられる(注4)。

(物価の「歴史依存性」)

ただし、日銀の判断の誤りだけを指摘するのはフェアではないだろう。筆者自身も、ここまで物価が上がらないとは予想していなかったからだ。筆者自身は、もちろんリフレ派の主張など信じていなかったし、インフレ目標へのコミットメントの力についても懐疑的に見ていた。だから、「異次元緩和」直後の円安に伴う企業収益改善が大幅な賃金上昇につながらなかったことを確認した後は、2%目標の実現にはかなりの時間が掛かるだろうと考えていた。それでも筆者は、現在の人手不足が生産年齢人口の減少を背景とした構造的なものである以上、いずれ賃金主導の物価上昇が始まり、アベノミクス景気の間に2%に達するだろうと判断していた(3年前の拙著で金融緩和の「出口」の困難に多くのページを割いたのはそのためだ)。だが今や、景気動向指数の基調判断は「悪化」となり、アベノミクス景気は後退に向かい始めた可能性がある(注5)。仮に今回景気後退が認定されなかったとしても、景気が大きく減速したことは明らかだから、2%到達はまだ暫く先になるだろう。結局、筆者自身も物価の歴史依存性の強さを過少評価していたことになる。

この点に関連して、物価の歴史依存性の強さをビジュアルに示したものとして、東大の渡辺努教授らによる品目別の価格変化率をヒストグラムの形で示した研究がある。(図表2)は、前回の消費増税直前の2014年3月における品目別の価格変化率を日米で比較したものだが、これを見ると、米国ではインフレ目標に近い2%台の価格上昇を示す品目が比較的多い(これは英国やカナダでも同じである)一方、日本では事実上「価格不変」の品目が際立って多いことが分かる(注6)。この分析は5年前のデータを使った分析だが、渡辺教授によれば「±0%前後に多くの品目が集中する姿は最新のデータでも変わりない」と言う。さらに教授は、①安値で知られていた外食チェーンが僅かな値上げで売上げを大幅に落とした事例(逆に宅配便の値上げの際には、値上げの必要性を訴える周到なコミュニケーション戦略が取られた)や、②原材料コストや物流費が上がっても値上げを行うのではなく、中味を減らすことで実質値上げを狙うケースが近年増加していることなどを指摘し、長く続いたデフレの間に価格を上げないことが一種のノルム=規範として定着してしまったのではないかと述べている(注7)。渡辺教授は、政府・日銀がデフレを長期間放置した結果としているが、筆者自身は(図表3)に見るように、この変化が1995年と1999年の間で不連続に生じていることから、単にデフレが長期化した結果ではなく、この間に起こった特定の出来事、すなわち日本の金融危機とその後に毎春のベース・アップの慣習が崩壊したことが賃金・価格の設定行動に不可逆的な影響を与えたのではないかと疑っている(注8)。

【図表2】日米の品目別価格変化の分布
(図表2)日米の品目別価格変化の分布
(出所)研究論文「デフレ期における価格の硬直化:原因と含意」、日興フィナンシャル・インテリジェンス、2015年

【図表3】1990年代における品目別分布の変遷
(図表3)1990年代における品目別分布の変遷
(出所)研究論文「デフレ期における価格の硬直化:原因と含意」、日興フィナンシャル・インテリジェンス、2015年

このような物価の歴史依存性を踏まえるなら、2%目標の達成時期を特定することには無理があり、闇雲に国債を買ってマネタリーベースを増やしても、政策の持続性を損なうだけである。筆者からすれば遅過ぎたと言わざるを得ないが、日銀は2016年9月のイールドカーブ・コントロール(YCC)導入を機に、短期決戦から持久戦への転換を覚悟したものと思われる(注9)。実際、昨年4月には「展望レポート」から2%目標の達成時期に関する記述をも削除した。実質的には2%を中長期目標と位置付けつつ、金融緩和を粘り強く続けて行くということだが、筆者の見るところ、経済学者・エコノミストの大勢もこれ以外に方策はないと受け止めているようである。

2. 生産性上昇率の急低下

(潜在成長率の驚くべき内訳)

アベノミクスの実験6年間がもたらしたもう一つの大きな「発見」は、成長率および生産性に関するものである。「デフレこそが日本経済長期停滞の原因」としていたリフレ派論者には、大胆な金融緩和でデフレ脱却さえ実現すれば、日本経済には高成長が甦ってくる(そうなれば増税なしで財政再建も実現する)といった楽観的な見方があったが、現実はそうはならなかった。アベノミクス開始以来6年余りの平均成長率は僅か+1.2%だったからだ。これでは「戦後最長」、ないしそれに近い景気拡大にもかかわらず実感に乏しかったのは、むしろ当然と言えよう(同じく実感に乏しいと言われた2002~07年に掛けての「いざなみ景気」でも平均成長率は+1.6%だったから、それよりもはっきり低い)。日本の潜在成長率が+1%足らず(内閣府推計では+1.0%、日銀推計に至っては+0.7%弱)であることを踏まえれば、低成長に止まったことに何の驚きもない。もともと強力な第3の矢=成長戦略の推進なしに金融財政政策だけでは潜在成長率は高まらないというのが、経済学者・エコノミスト多数派の見解であった(注10)。

だが、実際の潜在成長率の内訳を内閣府の推計によって見ると(図表4)、驚くべきことが起こったのが分かる。私たちが潜在成長率は高まらないと考えていた最大の理由は、人口高齢化によって生産年齢人口が減って行くため、労働投入量の減少が避けられないと予測していたからである。しかし、現実にはアベノミクス期間に入って労働投入量はむしろ増加してきたのだ(注11)。これは、女性と高齢者を中心に労働参加率が上昇を見たためである(図表5)。その一方で、成長戦略などが一定の効果を発揮することで生産性は多少高まると期待されていたのだが、実際にはこれが大きく低下してしまっている。経済全体の生産性(労働と資本の2要素の場合、労働生産性と資本生産性の加重平均)を示す全要素生産性(total factor productivity, TFP)は、内閣府推計でも日銀推計でも10年程前には1.0%程度あったものが、最近は0.1~0.2%まで低下している。好景気の実感が乏しいいま一つの理由は賃金が上がらなかったことにあるが、これにも生産性低迷が大きく影響しているとみられる。

【図表4】潜在成長率とその内訳(内閣府推計)
(図表5)潜在成長率とその内訳(内閣府推計)
(資料)内閣府ホームページ(https://www5.cao.go.jp/keizai3/getsurei/getsurei-index.html

【図表5】労働参加率
(図表5)労働参加率
(出所)日本銀行「経済・物価情勢の展望(2019年4月)」

(潜在成長率はさらに低下する?)

このように、現在の日本経済はTFP上昇率の大幅な低下を労働参加率の上昇で補うことで何とか1%程度の潜在成長率を維持しているのが実情(言わば「労働動員型」の成長(注12))だが、(図表5)に見る労働参加率の上昇が如何に驚異的かは強調に値する。労働参加率とは、15歳以上人口に占める労働力人口(=就業希望者数)の比率だから、日本のように15歳以上人口に占める高齢者の割合が継続的に上昇する国では、以前のように低下トレンドを辿るのが普通である。それがアベノミクスの開始頃から急上昇に転じたのは、女性と高齢者の労働意欲に高まりを反映したものだ。女性に関しては、安倍首相が「女性が輝く社会」を唱える中で女性自身の意識が変わったことと、人手不足を反映して主婦パートへの需要が高まったことの双方が影響したのだろう(注13)。また高齢者については、健康寿命の延伸や高齢者雇用安定法などの制度の整備が影響したと考えられる。さらに「人生100年時代」と言われる中で、老後を年金だけには頼れないという意識が高まった面もあるかも知れない。だがいずれにしても、現在のような労働参加率の急上昇はあくまで一時的なものであり、いずれは限界に達する筈である。経済発展論では、賃金の上昇を伴うことなく労働供給が弾力的に増える局面から、労働供給が鈍り賃金が上昇する局面への転換点があると考えられており、これを「ルイスの転換点」と呼ぶ。東京大学の川口大司教授らは、これに倣って日本の現状は女性や高齢者の弾力的な労働供給局面にあるが、早晩「ルイスの転換点」を越えて労働供給の伸びは鈍化するだろうと予想した(注14)。女性の労働参加率に見られるU字カーブのくぼみが殆ど消えたことや、団塊世代が後期高齢者に差し掛かりつつあることを踏まえると、転換点もそう遠くはないと考えるべきだろう。

「ルイスの転換点」に達して女性や高齢者の労働参加率上昇が止まった時、人口高齢化を勘案すればマクロの労働参加率は横這いが精一杯だから、潜在成長率に対する労働投入の寄与はほぼ無くなると考えるのが自然である。もちろん、人手不足を設備の増強によって補う試みは続けられるだろうが、資本/労働比率が大きく上昇すれば資本の収益率にマイナスに働くため、そこにも限界はある。結局、「ルイスの転換点」に達する前にTFP上昇率が大きく反転上昇しない限り、日本の潜在成長率は現在の1%弱からさらに大きく低下する可能性が高いのだ(政府が「中長期の経済・財政の試算」などで先行き2%台のTFP上昇率を前提としているのは、全く非常識・無責任と言う他ない)。なお、この観察はアジア危機の前にクルーグマンが「アジアの高成長は旧ソ連の成長と同じく、TFPの上昇ではなく生産要素(資本・労働)の投入増加に支えられたものだから、持続可能でない」として、アジアの成長を「まぼろし」と呼んだものと全く同じである(注15)。「東アジアの奇跡」とまで言われた1990年代前半の東アジアと違って、アベノミクス下の日本の成長率は僅か1%強なのだが、それすらも「まぼろし」だったということになってしまう。

(日本経済長期低迷の真因は生産性の低下だった)

川口教授らが指摘するように、「ルイスの転換点」に達して労働供給の増加が止まれば、まずは既に前年比+2%台で上昇しているパートやアルバイトの賃金上昇率がさらに高まり、やがて正規雇用の賃金にも波及して行くだろう(もともと川口教授らの論文は、「なぜ賃金が上がらないのか」という疑問に答えるためだった)。そうなればデフレ脱却、ひいては日銀の2%物価目標にも近づいて行く可能性がある。だが、その前に生産性が上昇していなければ、デフレ脱却によって成長率が高まるのではなく、成長率が一段と低迷する中での賃金・物価の上昇ということになってしまう。3年前の拙著では、「潜在成長率が低下したために需給ギャップが縮小し、デフレ脱却が可能になった」と皮肉交じりに述べたのだが、現実には女性や高齢者の予想を超えた労働参加が潜在成長率を下支えした結果、賃金・物価の上昇は不十分に止まり、2%目標達成には至らなかった。「ルイスの転換点」を越えた後で、初めて2%達成の可能性が開けるという話である。ここまで考えて来れば、日本経済が長期にわたって低迷を続けてきた真の原因がデフレではなく、生産性の低下にあったことは最早明らかではないか。

結局、アベノミクスは「3本の矢」が全て揃わないと所期の目的を達することはできないのだ。何時までも金融緩和と財政出動に頼っていては、生産性が上がらないのは誰もが知るとおりである。今や遅きに失した感はあるが、安倍政権には働き方改革であれ生産性革命であれ、潜在成長率を高めるような成長戦略の推進が強く求められる。他方、昨秋に宮川努学習院大学教授、森川正之経済産業研究所副所長が生産性に関する著書を相次いで出版されたこと(注16)を機に、経済学界では生産性への注目が高まっている。だが、足もとの生産性上昇率低下の原因は未だ明らかになったとは言えず、この解明が経済学者・エコノミストの重要な責務となっている。恐らくその原因は多岐にわたるものであり、筆者自身まだ確たる答えを得るに至っていないが、本稿の(後編)では、現時点で考えられる仮説を提示することとしたい。

注釈

  • (注1)
    この点は、黒田東彦「非伝統的金融政策の理論と実践」、国際経済学会の第17回総会における講演(2014年)、および雨宮正佳「量的・質的金融緩和の成果と課題」、日本証券経済研究所『証券レビュー』所収、2015年などで確認できる。
  • (注2)
    2016年9月の「総括的検証」以降は、日銀もコミットメントの効果に疑問を抱くようになっている。2015年6月の日銀国際コンファレンスで黒田総裁がピーターパンの物語を引いて「飛べるかどうか疑った瞬間に永遠に飛べなくなってしまう、大切なことは前向きの姿勢と確信」だと述べた時(「異次元緩和」から既に2年超、「2年で2%」の破綻が明らかになりつつあった時期)、それは自らを鼓舞するための発言だったのだろうか。
  • (注3)
    2016年10月のオピニオン「日銀の『総括的検証』を読み解く」。なお、日銀はしばしば海外のインフレ期待は2%程度にアンカーされているのに、日本ではアンカーされていないといった説明をするが、これもミスリーディングである。米国等では2%インフレが長期間続いてきたために、リーマン・ショック後に一時的にインフレ率が下がった時にもインフレ期待は2%程度で安定していたのである。それを言うなら、日本のインフレ期待も0~1%程度にアンカーされており、いずれも歴史依存性の強さを反映している。
  • (注4)
    米国式の主流派経済学では、forward-lookingな期待ばかりが重視されがちだが、これは現実の市場の制度的な特性を無視する結果ではないかと感じられる。実際の価格形成においてforward-lookingな期待が圧倒的に重要なのは金融市場や、原油・穀物などの商品市場だけだろう。フィリップス曲線が対象とする労働市場では、賃金は主として交渉で決まる。そして以前から論じているように、賃金交渉で重要なのはインフレ予想ではなく(予想についてなら企業も労働組合も勝手なcheap talkができるが、それは交渉結果に影響を与えない)、交渉当事者双方が確認できる実現インフレ率である。
  • (注5)
    景気動向指数の基調判断はルールに従って機械的に決められるが、「悪化」は「景気後退の可能性が高い」ことを示すものである。ただし、実際に景気後退が認定されるかどうかは、事後的に景気動向指数研究会で総合的に判断される。
  • (注6)
    渡辺努・渡辺広太「デフレ期における価格の硬直化:原因と含意」、CARFワーキングペーパーJ102、2015年。なお、「異次元緩和」前の2012年12月と2014年3月の間にコアCPIの前年比は-0.2%から+1.3%に上昇しているが、このヒストグラムを見ると、多くの品目の価格が平均的に上昇したのではなく、少数の品目が1割以上上昇した結果(恐らく円安の伴う輸入品の価格上昇)であることが分かる。
  • (注7)
    これは、2015年11月に行われた東京大学金融教育研究センター・日本銀行調査統計局共催コンファレンスで渡辺教授が用いた表現であり、その場で多くの参加者の賛意を得た。
  • (注8)
    1990年代前半までは一般世論が物価引下げを求めていただけでなく、政府・日銀にもデフレに対する警戒感が薄かったのは、小峰隆夫『平成の経済』、日本経済新聞出版社、2019年が指摘するとおりである。ただし、(図表3)は日銀が実質的にゼロ金利に直面し、金融政策がかなりの程度影響力を失った後の1990年代後半に価格形成の構造変化が起こったことを示している。筆者は以前から1997~98年の金融危機こそ日本の経済・社会の転換点であり、デフレはその原因と言うより病状の一つだと考えている。
  • (注9)
    この点に関しては、2018年4月のオピニオン「日銀新体制の課題:2つの『出口』を巡って」を参照。もっとも、西野智彦『平成金融史』、中公新書、2019年の記述を信じるならば、これに先立つ2014~15年頃から日銀のスタッフたちは持久戦への転換を模索し始めていたようである。
  • (注10)
    実は、長期停滞論を唱えたサマーズ元米国財務長官は、1980年代のヨーロッパの高失業を扱った自らの論文(O. Blanchard and L. Summers,“Hysteresis and the European Unemployment Problem” in NBER Macroeconomic Annual 1986、高失業が労働者のスキルを失わせることで、更なる高失業につながると論じた)のロジックを逆転させる形で、金融財政政策により経済活動を高水準に保てば潜在成長率を引き上げ得るという「高圧経済論」を唱えた。2016年10月にイエレン前FRB議長が講演で取り上げたほか、日銀も一時同様の主張をしていたため、市場関係者の注目を集めた時期もあったが、最近は関心が薄れているようだ。金融政策による高圧経済は資産バブルにつながり易く、資産バブルは大規模な資源のミスアロケーションをもたらすため、潜在成長率をむしろ押し下げる可能性があるからだろう。財政政策の場合については、本稿の後編で論じる予定である。
  • (注11)
    日銀の潜在成長率を見ると、労働投入の増加が内閣府推計よりかなり小さいことが分かる。これは、労働参加率に関するフィルターの掛け方(労働参加率上昇をどれだけトレンドと看做すか、または一時的増加と看做すか)の違いによるものだろう。内閣府推計は労働参加率の上昇をかなりの程度トレンドと解釈しているため潜在成長率が高く、日銀は労働参加率上昇を一時的と解釈しているため潜在成長率が低いということである。その他の部分、例えばTFP上昇率については両者に大きな差はない。
  • (注12)
    この点については、拙稿「『労働動員型』成長の限界」、週刊東洋経済2018年9月15日号「経済を見る眼」欄をも参照。
  • (注13)
    この意識の変化は、例えば「男女共同参画に関する世論調査」などで一時期高まった「男は外で働き、女は家庭を守るべき」という意見に賛成する人の割合がアベノミクス後再び大きく低下したことから確認できる。もっとも、20代、30代の女性は人数自体が減少しているため、就業者数の増加に対しては彼女らフルタイム就業より、中高年の主婦パート増加の寄与の方が大きい。
  • (注14)
    川口大司・原ひろみ「人手不足と賃金停滞の並存は経済理論で説明できる」、玄田有史編『人手不足なのになぜ賃金が上がらないのか』、慶應義塾大学出版会、2017年所収。
  • (注15)
    1995年にクルーグマンはForeign Affairs誌に寄稿した“The Myth of Asia’s Miracle” の中でこうした議論を展開して、アジア危機を予言したと言われた(なおクルーグマンの論考は、主に若手研究者Irwin Youngの分析、例えば"The Tyranny of Numbers: Confronting the Statistical Realities of the East Asian Growth Experience," NBER Working Paper No. 4680, 1994などに拠るものだった)。
  • (注16)
    宮川努『生産性とは何か』、ちくま新書、2018年。森川正之『生産性:誤解と真実』、日本経済新聞出版社、2018年。
早川 英男

本記事の執筆者

経済研究所
エグゼクティブ・フェロー

早川 英男(はやかわ ひでお)

 

1954年愛知県生まれ。1977年東京大学経済学部卒、日本銀行入行。1983~1985年米国プリンストン大学大学院(経済学専攻)留学(MA取得)。調査統計局長、名古屋支店長などを経て2009年日本銀行理事。日本銀行在職期間の大部分をリサーチ部門で過ごした後、2013年4月より現職。

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