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  4. パウエル議長の「総合判断」―FRBの政策思想の変化を考える―

パウエル議長の「総合判断」―FRBの政策思想の変化を考える―

パウエル議長の「総合判断」

―FRBの政策思想の変化を考える―

今年8月、恒例のジャクソンホール・コンファレンスにおいて、パウエル議長はFRBの政策思想が変化しつつあることを示唆するスピーチを行った。今後の米国の金融政策は、金融的不均衡のリスクをも考慮した形の「総合判断」に近づいて行く可能性が高い。

2018年11月26日

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毎年夏、ワイオミングの山中で開催されるジャクソンホール・コンファレンス(カンザスシティー連銀主催)ではFRB(連邦準備制度理事会)議長がスピーチを行うことが多く、世界の金融市場関係者の注目を集める。今年のパウエル議長のスピーチ(注1)への当初の反響はさほど大きくなかったが、筆者は極めて重要な内容を含んでいると考えたので、その趣旨を11月初に週刊東洋経済の「経済を見る眼」欄に寄稿した(注2)。大部分の市場関係者にとっては、「FRBの金融政策は従来に比べ『総合判断』の色彩を強めて行くので、先行きの利上げのスピード等について予断を持たない方が良い」という結論が最重要だろうが、筆者自身はこのスピーチがFRBの政策思想の大きな変化を示唆している点に注目している。そこで本稿では、議長スピーチの背後にある経済学的な論点にまで遡って、FRBの政策思想が変化しつつある可能性について考えることにしたい。

1. 議長スピーチの論点(1):星付き変数への懐疑

今年のパウエル議長スピーチの最大の特徴は、u*(自然失業率、ユー・スターと読む)やr*(自然利子率、アール・スター)といった星付きの変数の有用性に露骨な懐疑心を示したことだろう。多くの読者にとっては耳慣れない表現かも知れないが、実はu*やr*は現在の主流派マクロ経済学であるニューケインジアン経済学(注3)の中心概念であり、バーナンキ元議長、イエレン前議長らはこうした概念を使って経済の現状を理解し、金融市場に対して政策の考え方を説明してきた。だから、これらの有用性を否定することは、パウエル議長が従来のFRBの政策思想から距離を取ろうとしていることを意味するのである。

ここで言葉の使い方等について若干の説明が必要だろう。まず自然失業率u*とは、経済が不況でも過熱でもない均衡状態(需給ギャップ=ゼロ)における失業率を表し、自然利子率r*は完全雇用下で貯蓄と投資が一致する(したがって財市場の需給が均衡する)利子率を意味する。ニューケインジアンの一番簡単なモデルは、失業率の代わりに需給ギャップyを使って書くと(u*に対応するy*=0である)、

y=-α(r-r*)     ・・・(1)
π=β(y-y*)      ・・・(2)

という2本の式で表すことができる。(1)は実質利子率が自然利子率を上回る(下回る)と負の需給ギャップ=需要不足(正の需給ギャップ=超過需要)が生じることを意味し、通常のIS曲線に対応する。一方、(2)は需給ギャップがプラス(マイナス)の時にはインフレ率が上昇(低下)することを意味するので、通常の物価版フィリップス曲線を表している。もっとも、現在の経済状態はこの2本の式で表現できるが、これだけでは体系は閉じない。yやπに対してどのような政策金利で対応するかを示す、テーラー・ルール(注4)のような政策ルールが(3)式として与えられて、はじめて経済の先行きまでが分析可能となる。なお、自然利子率は実質概念なので、実際の政策を考える際には、これに目標インフレ率(π*、FRBの場合は2%)を加えた名目金利=中立金利という概念が使われることが多い。

筆者のようにニューケインジアンを丸ごと信じてはいない者でも(注5)、こうした枠組みでマクロ経済を分析することは有用だと思うし、この点はパウエル議長も同じに違いない。しかし、こうした枠組みが実際の政策運営にどこまで役立つかとなると、話は別である。と言うのも、これらの星付き変数は時間の推移に応じて変化するし、例えば自然失業率が今どれ位かをリアル・タイムで認識することは極めて難しいからである(議長はスピーチでshifting starsと呼んでいる)。さらに言えば、フィリップス曲線の傾き=βなども大きく変化しており、多くの国でかなりフラット化しているのは確かだとしても、正確な数値については経済学界にも定説は存在しない。パウエル議長は今年のスピーチで、1960年代後半から70年代後半の大インフレ期と、90年代後半のニュー・エコノミーの時期と、過去数年の3つのエピソードを挙げて、星付き変数に関する不確実性の大きさを強調している。ここでは、もう20年近く前にECBのコンファレンスで筆者自身が研究発表を聞き(注6)、強い印象を受けた大インフレ期の分析を例に取って説明しよう。

(図表1)はパウエル議長のスピーチで使われたグラフで、現実の失業率と自然失業率の乖離を示したものだが、上段が当時のリアル・タイム・データを用いて推計したもの、下段が現時点までのデータを用いて事後的に推計したものである。これを見ると、①1960年代後半から70年代初頭は、現在のデータでは現実の失業率が自然失業率を大幅に下回り経済が過熱状態にあったことを示している一方、当時のデータからはさほどの過熱は認識できないことが分かる。同様に②70年代後半については、当時のデータでは現実の失業率が自然失業率を大きく上回り強力な金融緩和の必要性を示すものであった一方、現在のデータではそれ程深刻な不況ではなかったと考えられる。こうした自然失業率の評価の誤りの結果、60年代後半から70年代初頭は金融引き締めが不十分となり、70年代後半には金融緩和が過剰となり、それが結果として当時の大インフレーションに繋がったというのである。

【図表1】自然失業率の推計値と現実の失業率の乖離
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(出所)https://www.federalreserve.gov/newsevents/speech/files/powell20180824a.pdf

星付きの変数の不確実性がこれほどに大きいのならば、事後的に経済の状況を説明するためには(1)、(2)式のような枠組みが有用であったとしても、リアル・タイムの政策決定においてどれほど役に立つかは疑問である。前身が経済学者であったバーナンキ、イエレンらには、常に現実をニューケインジアンの枠組みに当て嵌めて理解しようとする傾向が見られたが、もともと法律家=実務家であるパウエル議長がこれらに過度に依存すべきでないと考えるのは、健全なプラグマティズムではないだろうか。事実、やはり法律家の出身で、昨春まで金融規制の担当だったタルーロ元理事も同様の見解を示していたことを筆者は記憶している。

2. 議長スピーチの論点(2):金融的不均衡への警戒

今回のスピーチのもう一つの注目点は、パウエル議長が「過去2回のリセッションに至る過程では、経済の不安定化に繋がる過剰(excesses)はインフレではなく、主に金融市場に現れた」と述べたことである。米国における過去2回の景気後退のきっかけは2000年のITバブル崩壊と、2007~08年の住宅バブル崩壊からリーマン・ショックに至る過程と、いずれも資産バブルの時期だったから、多くの日本人には「過剰が主に金融市場に現れた」というのは単に当たり前のことを述べただけだと思われるだろう。だがこれは、バブルは事前には分からないから金融政策で対応すべきではない、07~08年の金融危機の責任は主に金融規制・監督が不十分だったことにある、とするFRBの伝統的見解からは大きな逸脱なのである(注7)。

この点については、少し解説が必要だろう。FRBでは以前から、①資産価格が上昇しても、それがバブルかどうかリアル・タイムには分からない、②仮にバブルだったとしても、金融政策でバブルを抑制しようとすると政策金利を大幅に引き上げる必要があり、実体経済に悪影響を及ぼす、③バブルが崩壊しても、その後に大胆な金融緩和を行えば、経済への悪影響を食い止めることができる、という3つの理由からバブルへの金融政策による積極的な対応は必要ないという考え方が支配的だった。バブル崩壊の影響の深刻さを身に滲みて体験している日本人には、③は簡単には受け入れ難いが、それは日銀の対応が不十分だったせいだというのがFRBと言うか、米国主流派経済学の見方だったのだ(注8)。そして、こうしたFed viewは、資産価格上昇(下落)時には金利の引き上げ(引き下げ)が必要(leaning against the wind)だとするBIS(国際決済銀行)のエコノミストらの見解(BIS view)と鋭く対立していたのである(注9)。

07~08年の金融危機の結果、③の誤りが明確になった以上、Fed viewも大きく変わるだろうと筆者らは思っていたのだが、意外にもFRBはその考えを基本的には改めなかった。そこには、ニューケインジアン経済学の弱点が反映されている可能性があるように思う。よく指摘されるのは、(a)銀行部門を明示的にモデルに取り入れていない(注10)、(b)均衡廻りを線形近似するモデルであるため、大きな不均衡を扱えないといった問題だが、やはり(c)バブルを正面から扱えない点が最大の弱点だと筆者は考えている(注11)。悪く言えば、理論的にきちんと考えられない問題を規制・監督に押し付けているのではないか(注12)。この点、近年はマクロプルーデンス政策が強調されることが多いが、「一般論としての同政策の重要性は誰も否定できない一方、具体的に一体どういう政策が有効なのかとなると極めて心許無い」というのが、関連の国際会議に出席した際の筆者の偽らざる実感だった。

さらに①、②を理由に、バブルの疑いがあっても金融政策上放置するのは不適切だと考える。資産価格上昇を放置する一方で、バブル崩壊の際には積極的な金融緩和を行う(効果は小さくとも行わざるを得ない)なら、金融政策の資産価格への対処は非対称になる。だからグリーンスパン・プット、バーナンキ・プットなどと呼ばれたのだ(これに対しleaning against the windは対称的である)。しかしこれは、大規模金融機関がリスクを取って成功した場合は自社の利益になる一方、リスク・テイクに失敗して経営危機に陥っても、他への波及を恐れて公的当局はその金融機関を救済するという、too big to failと全く同じインセンティブ構造ではないか。Too big to failが過度のリスク・テイクというモラル・ハザードを促すならば、Fed viewは資産バブルの頻発というモラル・ハザードに繋がる筈である。

だからこそ、過去20年足らずの間に米国はITバブルと住宅バブルという2つの巨大なバブルを生み、イェール大学のロバート・シラー教授(ノーベル経済学賞受賞者)が強調するように、今も株式バブルに近づいているのではないか。シラー教授が計算する長期的に見た株価収益率(PER)は過去140年余りで2番目の高さにあり、1929年の世界大恐慌直前さえ上回っている(図表2)(注13)。筆者が知る限り、米国の経済学者の間では「米国の株価は高過ぎ」との見方が多数派である(イエレン前議長が述べたように、多分FRBも同様に考えているのだろう)。今年のスピーチでパウエル議長が金融的不均衡に言及した背景には、恐らく株価バブルへの警戒感があり、これは主流派経済学の固定観念に縛られない実務家の「常識」を示したものだと思う。

【図表2】Shiller教授の長期的な株価/収益率(CAPE)
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(出所)http://www.multpl.com/shiller-pe/

3. ウィリアムズ総裁の「転向」

加えて、1.で論じた星付き変数への懐疑に関しては、さらに興味深いエピソードがある。それは、今年9月末の講演でニューヨーク連銀のウィリアムズ総裁がパウエル発言を追うように、「r*はあまりにも注目を集め過ぎた」、「かつては光り輝く明星だったものが、今では薄ぼやけて霞んで見える」などと自然利子率の重要性をしきりにプレイダウンする発言をしたことである(注14)。ここで注意すべきは、ウィリアムズ総裁はもともとサンフランシスコ連銀のエコノミストでイエレン議長の跡に同連銀総裁に就き、今年6月に米金融政策の実行部隊を束ねるニューヨーク連銀総裁に就任しただけでなく、自然利子率の推計方法に関するLaubach-Williams論文を書いて(注15)、星付きの変数を使って金融政策を論じるスタイルの確立に貢献した人物だということである。つまり、自然利子率-中立金利アプローチの本家本元が「転向」したことを意味する。さらに、ニューヨーク連銀のホームページに掲載されている米国の自然利子率の最新の推計値をみると、かつてはマイナスもあり得るとされていた値が今はかなり上昇して、直近では1%近くになっていることが示されている(図表3)。

【図表3】ニューヨーク連銀推計による米国の自然利子率
2018-11-2-3
(出所)https://www.newyorkfed.org/research/policy/rstar

しかし、彼らの自然利子率の推計法を考えれば、この結果は驚くべきことではない。と言うのも、Laubach-Williams推計は前述の(1)、(2)式と自然利子率とトレンド成長率は正の相関にあるという3つの関係を利用して、もっともらしいr*などを誘導形で求めるものだからである。このうち最も重要と考えられる(1)式に即してみれば、つい2~3年までのように実質利子率が極めて低いのに成長率が高まらなければ、それはr*が低いからだと解釈される。他方、ここ1~2年のようにFRBの利上げで実質利子率が上昇しているにもかかわらず(トランプ減税に支えられて)高い経済成長が続けば、r*が上がったと解釈されるのである(なお、推計値にはスムージングが施されているため、足もとのr*が上がれば過去のr*も上方修正される)。

こう考えると、一時広く聞かれた「自然失業率が低いから低成長=長期停滞が続くのだ」といった説明は厳密に言えば誤りであり、Laubach-Williams式の自然利子率とは、低成長が続けば自然利子率が低位に止まり、成長率が上がれば自然利子率も上がるという性質のものなのである(注16)。ただいずれにしても、r*の推計値がこのように簡単に変わるのであれば、パウエル議長が言うとおり、実際の政策運営において自然利子率などを過度に重視するのは無理があると考えるべきだろう。

4. FRBの政策運営は「総合判断」の方向に

以上にみたように、パウエル議長はジャクソンホール・スピーチでFRBの政策思想の大きな変化、筆者の理解では主流派マクロ経済学の固定観念から実務家の常識への転換を示唆したのだが、冒頭に述べたとおり当初の市場の反応は鈍かった。実際、米国の金融政策を決定するFOMC(公開市場操作委員会)で9月に利上げが実施された直後には、市場参加者の多くが今次利上げ局面の政策金利は中立金利とされる3%程度を大きく上回らないと考える中で、FOMCメンバーの先行きの金利予測を示すドット・チャートで(注17)2年先の金利水準が3%台前半だったため、「利上げのピークは近い」との解釈が拡がり、その後の一時的株高などに繋がった。これは、当時は市場がパウエル議長の真意を理解せずに、r*の確かな値が分かっているかのような文脈の中でFOMCの結果を解釈したためだと思われる。

また、ジャクソンホール・スピーチでパウエル議長が1990年代後半のリスク管理アプローチを賞賛したことが誤解の一因となったのではないかと筆者は疑っている。と言うのも、90年代後半のニュー・エコノミーの時期にグリーンスパン議長は、IT革命で潜在成長率が上昇している可能性を考慮して、高成長が続いても単純に需給逼迫→物価上昇と決め付けずに、データを見ながら政策を判断して行くアプローチをリスク管理アプローチと呼んだ。そして、この時は本当に潜在成長率が上昇していたため、結果的に高成長でも物価はあまり上がらず、金利引き上げペースはゆっくりしたものとなった。このため、市場は今回も「高成長でも金利はあまり上げない」と短絡的に解釈した可能性がある。しかし、パウエル議長が言いたかったことは、r*の水準などはよく分からないので、先行きの政策のパスを決め付けずにデータを見ながら判断して行くということだったのだろう。最近の市場の反応をみると、そうしたFRBの考え方を漸く理解し始めたように思える。

このように考えると、今後のFRBの政策運営はよりjudgemental、直訳は難しいが、以前日本で使われた表現で言えば「総合判断」の方向に進むのではないか。しかも、総合判断の材料として金融的不均衡まで考慮に入れるとなると、その判断は相当複雑なものになり得る。現に、市場参加者からは「金融政策の先行きが読みにくくなった」との嘆きが聞こえる。しかし、完全雇用の下での大減税や貿易摩擦の激化など、トランプ大統領が持ち込む不確実性の大きさまで考慮すれば、パウエル議長のような実務家が「事前に政策のシナリオを準備するのは無理」だと判断するのは当然だろう。思えば、基調的なインフレ率が2%を下回る状況が続く中で金融緩和の出口を探る欧州中央銀行(ECB)の姿勢は既に総合判断に近い。また、物価目標の達成が見通せない中で、先に金融緩和の副作用を意識して長期金利の上昇容認を決めた日銀の政策も総合判断の領域に近づいている。新しい時代の金融政策のグローバル・スタンダードは、「総合判断」への回帰なのかも知れない(注18)。

注釈

  • (注1)
    Jerome Powell, “Monetary Policy in a Changing Economy”, https://www.federalreserve.gov/newsevents/speech/files/powell20180824a.pdf
  • (注2)
    「金融政策は『総合判断』へと回帰」、https://premium.toyokeizai.net/articles/-/19135
  • (注3)
    ニューケインジアン経済学の基本文献はM. Woodford, Interest and Prices, Princeton University Press 2003であり、自然利子率はWoodfordが20世紀初頭のスウェーデンの経済学者ヴィクセルの概念を復興したものである。金融政策との関連は、C. Walsh, Monetary Theory and Policy, MIT Press 2014が分かりやすい。
    邦語の教科書で最初にニューケインジアン経済学を取り上げたのは、斎藤・大田・岩本・柴田『マクロ経済学』、有斐閣 2010年である。
  • (注4)
    詳しい説明は避けるが、テーラー・ルールとは、インフレ率が目標インフレ率を上回れば政策金利を引き上げ、負の需給ギャップ=需要不足の時には政策金利を引き下げるといった中央銀行の通常の政策対応を定式化したものである。スタンフォード大学のTaylor教授が望ましい(かつ以前のFRBの実際の政策運営をうまく描写する)政策ルールとして提唱したため、テーラー・ルールと呼ばれる。
  • (注5)
    ニューケインジアンを丸ごと信じるなら、経済の趨勢的インフレ率は必ず中央銀行の目標インフレ率と一致する。合理的期待均衡では趨勢的インフレ率=目標インフレ率が均衡の必要条件となるからだ。しかし、周知のように黒田総裁の下で日銀が2%インフレに強くコミットしても、インフレ率が趨勢的に高まることはなかった。これは、現実の日本経済が合理的期待均衡ではうまく描写できていないことを示唆している。
    実を言うと、これはそれ程不思議な話ではない。合理的期待均衡のコロラリーである効率的市場仮説がファイナンスの分野で徹底的に反証されていること(だから、ファイナンスの分野では行動経済学の一種である行動ファイナンスが盛んなのだ)が示すように、合理的期待均衡の正しさは実証的に確かめられたものではない。マクロ経済学で合理的期待均衡が使われるのは、他に適当な均衡概念が見つかっていないからである(要は、現実を的確に描写しているからではなく、分析者側の都合から仮定されているに過ぎない)。
    因みに、ノーベル経済学賞を昨年受賞したThaler教授は、その著書『行動経済学の逆襲』、早川書房2016年の中で、行動経済学の考え方が最も浸透していない分野としてマクロ経済学を挙げている。
  • (注6)
    この研究は、その後A. Orphanides,“Monetary-Policy Rules and the Great Inflation”, American Economic Review 2002として公表された。著者のOrphanidesは当時FRBのエコノミストで、その後母国キプロス中央銀行の総裁を務めた後、現在はMITの教授である。
  • (注7)
    ここには、経済の不均衡は基本的に物価に現れるとの主流派経済学の思い込みが反映している。ニューケインジアンの最も基本的なモデルは、新古典派の均衡モデルに独占的競争と価格の硬直性だけを加えたものである。もちろん、実際には基本モデルに様々なfrictionを加えたモデルが開発されているが、多くの場合、非効率の源泉は価格の硬直性に伴う資源配分の歪みであり、それはインフレ率によって測ることができる。
    このモデルは、物価安定に関して初めてきちんとしたミクロ(厚生経済学)的基礎を与えたことで、経済学界だけでなく中央銀行のリサーチ部門にも広く普及したが、逆に「物価だけが重要」という固定観念の基にもなっている。
  • (注8)
    こうしたFRBの見方は、Ahearne et. al.“Preventing Deflation : Lessons from Japan’s Experience in the 1990s”, International Finance Section Discussion Paper Series 2002にまとめられている。
  • (注9)
    この2つの考え方については、翁邦雄『ポストマネタリズムの金融政策』、日本経済新聞出版社2011年の第6章が詳しい。
  • (注10)
    この問題に関しては、金融危機後様々な改善の試みが進められている。例えば、M. Gertler and N. Kiyotaki,“Banking Liquidity, and Bank Runs in an Infinite Horizon Economy”, American Economic Review 2015、M. Brunnermeier et. al.“Macroeconomics with Financial Frictions : A Survey”, NBER Working Paper 18102, 2012などを参照。
  • (注11)
    この点も、(注5)で述べた合理的期待均衡の問題と関連する。実は合理的バブルもあり得るのだが、これを認めると均衡が無数にあることとなって不都合なため、通常は長期的な合理性を意味する横断性条件(transversality condition)を課してバブルを排除するのである。筆者は、貯蓄や投資のような個別主体の計画問題は当然横断性条件を満たすべきだが、市場均衡に横断性条件を課す根拠はないと思う(ここでも分析者側の都合で仮定が置かれている)。
    同様の問題意識を示す論考として、小林慶一郎「『危機』が変えた経済モデル」、日本経済新聞2018年10月10日付け「経済教室」欄を参照。
  • (注12)
    中央銀行の歴史をたどると、当初「発券銀行」ないし「政府の銀行」として設立されたものが19世紀の金融恐慌を経て「銀行の銀行」=lender of the last resortの機能を加えて行った。中央銀行が現代的な意味で金融政策を担うようになったのは20世紀に入った後だから、金融システムの安定を第二義的と捉えるのは中央銀行の伝統ではなく、最近の米国流主流派経済学の考え方である。
  • (注13)
    この点に関するシラー教授の最近の発言としては、9月24日付けのProject Syndicateに掲載されたコラム、“Do Spectacular Earnings Justify Spectacular US Stock Prices?”がある。https://www.project-syndicate.org/commentary/is-the-us-stock-market-a-bubble-by-robert-j--shiller-2018-09
    なお、米国のPERを押し上げているテック株の評価に関しては、拙稿「デジタル革新とマクロ経済(3)」http://www.fujitsu.com/jp/group/fri/column/opinion/2018/2018-7-4.htmlを参照。
  • (注14)
    J. Williams,“Normal Monetary Policy in Words and Deeds”, https://www.newyorkfed.org/newsevents/speeches/2018/wil180928
  • (注15)
    T. Laubach and J. Williams,“Measuring the Natural Rate of Interest”, Review of Economics and Statistics 2003
  • (注16)
    もちろん、Laubach-Williamsのような誘導形ではなく、貯蓄・投資の構造推計を行えば、この問題は免れる。だが、自然利子率の構造推計は結果が不安定であったり、もっともらしくない場合が多い。この点に関しては、須藤・岡崎・瀧塚『わが国の自然利子率の決定要因-DSGEモデルとOGモデルによる接近』、日銀リサーチ・ラボ、2018年6月を参照。
  • (注17)
    最近はドット・プロットと呼ばれることも多い。これは、市場参加者がドット・チャートを恰も政策金利の先行きに関する筋書きのように受け取っていたことを示している。
  • (注18)
    「総合判断」と言っても、金融政策運営が30年前のスタイルに戻ってしまう訳ではない。米国の例で言えば、FOMCの開催スケジュールが事前に決められているだけでなく、毎回記者会見が行われるようになったし、前述のドット・チャートという形で、FOMC参加メンバーの政策金利見通しさえ公表されるようになっている。近年のあまりにも分かり易い(その代わりに思い込みも多い)政策運営のスタイルがやや複雑に、しかしより柔軟になるということだろう。
早川 英男

本記事の執筆者

経済研究所
エグゼクティブ・フェロー

早川 英男(はやかわ ひでお)

 

1954年愛知県生まれ。1977年東京大学経済学部卒、日本銀行入行。1983~1985年米国プリンストン大学大学院(経済学専攻)留学(MA取得)。調査統計局長、名古屋支店長などを経て2009年日本銀行理事。日本銀行在職期間の大部分をリサーチ部門で過ごした後、2013年4月より現職。

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