コロナの発生状況の国際比較:何が差をもたらしているのか?

新型コロナウイルス感染症は、2020年3月にはWHOが「パンデミックと言える」と述べる状況になり、感染が世界的に拡大している。日本を含む世界中の国々が新型コロナウイルス感染症の対策に取り組んでいるが、感染者・死亡者の発生状況には差が生じている。新型コロナウイルス感染症の発生状況の国による差の要因を明らかにすることは、将来に類似する感染症が発生する場合への教訓を検討するために必要であり、国内外で研究が始まっている。そこで、本稿では、新型コロナウイルス感染症の発生状況の国による差をもたらす要因について、3つの仮説を設定して検証することよって研究への貢献を目指す。

はじめに

新型コロナウイルス感染症は、2019年12月に武漢市(中国)で「原因不明のウイルス性肺炎」として確認された。その後、新型コロナウイルス感染症は世界的に拡大し、2020年3月には世界保健機構(World Health Organization:WHO)のテドロ事務局長が「パンデミックと言える」と述べるに至った。

新型コロナウイルス感染症への対応は、検査をして感染者を発見し、感染者を隔離して治療することであり、治療の段階で感染者の1%程度が死亡するとされている。新型コロナウイルス感染症の感染者・死亡者を抑えて終息させるためには、テレワークやオンライン教育、オンライン診療などデジタル技術を活用し、非接触の社会経済システムを実現して感染拡大を防止しながら、ワクチン接種を普及させて免疫を持つ人々が増える集団免疫を獲得することが必要である。

しかし、新型コロナウイルス感染症の集団免疫の獲得には時間がかかるため、当面は感染拡大を防止するため非接触の社会経済システムへの移行を進めるとともに、政府や地方自治体が不要不急の外出やイベント等の自粛を要請したり、世界的には都市封鎖を行ったりするなど社会経済活動を制限する対策が実施されている。このような新型コロナウイルス感染症の対策に伴う社会経済活動の制限による経済面の被害は深刻であり、2020年の世界の国内総生産(Gross Domestic Product:GDP)成長率は-3.3%と2019年から6.0ポイント低下し、2000年代後半に発生した世界的な金融危機よりも減少幅(5.6ポイント)が大きくなっている(図表1)。

図表1:GDP成長率の推移(2007~2021年)

資料:「World Economic Outlook Database, April 2021」(国際通貨基金(International Monetary Fund:IMF))より作成

現在、日本を含む世界中の国々が新型コロナウイルス感染症の対策に取り組んでいるが、感染者・死亡者の発生状況には差が生じている。新型コロナウイルス感染症の発生状況の国ごとの差の要因を明らかにすることは、将来に類似する感染症が発生する場合への教訓を検討するために必要である。内閣府経済社会総合研究所では、日本・諸外国の官民の有識者が集まる国際共同研究を立ち上げて弊社が支援しているなど、新型コロナウイルス感染症の発生状況の国ごとの差の要因の分析や教訓の検討等に関する研究が国内外で開始されている。そこで、本稿では、新型コロナウイルス感染症に関するこのような研究が更に進むよう、日本と諸外国の発生状況を比較して差を分析し、その差を生み出す要因について仮説を設けて検証する。

1.世界の新型コロナウイルス感染症の発生状況

WHOによると、2021年8月5日現在、新型コロナウイルス感染症の感染者数(累計)は2億17 万人、死亡者数(累計)は426万人となっている。世界の新型コロナウイルス感染症の新規の感染者数・死亡者数は増減を繰り返しており、現在は第5波の後半であると考えられる(図表2)。

図表2:世界の新型コロナウイルス感染症の発生状況の推移

資料:WHOホームページより作成

新型コロナウイルス感染症の発生状況は国によって異なっており、「Sustainable Development Report 2020」(ケンブリッジ大学出版)は世界中の国々の発生状況を評価し、感染が世界的に拡大した当初の2020年7月に評価結果を公表している。「Sustainable Development Report 2020」によると、中国・韓国・ベトナム・オーストラリア・ニュージーランド等は新型コロナウイルス感染症の感染拡大を防止し、発生を減らして対策が当初成功した国として評価されている一方、米国・ブラジル・英国・フランス・ドイツ・インド・南アフリカ等は発生の死亡者数が増えて被害が当初深刻な国として評価されている。そこで、日本と新型コロナウイルス感染症の対策が当初成功した国、被害が当初深刻だった国について、全期間の人口10万人当たりの感染者数(累計)・死亡者数(累計)の偏差値を算出すると、日本は54.5・54.7、対策が当初成功した国の平均値は56.0・55.8、被害が当初深刻だった国の平均値はともに39.0となっている。全期間の人口10万人当たりの感染者数(累計)・死亡者数(累計)の偏差値は、対策が当初成功した国は被害が深刻だった国より17ポイント程度高いほか、日本は対策が当初成功した国の水準に近いことが分かる(図表3)。しかし、直近1週間(2021年7月30日~8月5日)では、新型コロナウイルス感染症の人口10万人当たりの感染者数(累計)・死亡者数(累計)の偏差値は、日本が49.1・56.1、対策が当初成功した国の平均値が54.2・53.7、被害が当初深刻だった国の平均値が40.5・45.6となっており、被害が当初深刻だった国では死亡者数(累計)の偏差値が全期間より7ポイント程度上昇して、最近では被害の深刻化を防いでいることが分かる。特に、米国・英国・フランス・ドイツでは、新型コロナウイルス感染症の人口10万人当たりの死亡者数(累計)の偏差値は、直近1週間が全期間より10ポイント以上高くなっており、最近では被害の深刻化を急速に防止できていると考えられる。また、日本では新型コロナウイルス感染症の人口10万人当たりの感染者数(累計)の偏差値は、直近1週間が全期間より6ポイント程度低くなっており、最近では感染が急速に拡大していることが分かる。

図表3:国別の新型コロナウイルス感染症の発生状況の偏差値

注1:新型コロナウイルス感染症の対策が当初成功した国、被害が当初深刻だった国は、「Sustainable Development Report 2020」(ケンブリッジ大学出版)より。
注2:直近1週間は、2021年7月30日~8月5日。
資料:WHOホームページより作成

2.世界の新型コロナウイルス感染症の対策

「Our World in Data」(オックスフォード大学)は、世界中の国々の新型コロナウイルス感染症の対策を取りまとめており、日本と対策が当初成功した国、被害が当初深刻だった国の対策の概要は、図表4のとおりである。新型コロナウイルス感染症の対策は、被害が当初深刻だった国では当初成功した国より厳しいという逆説的な傾向がある。また、図表3から、新型コロナウイルス感染症による被害の深刻化の防止が急速に進んでいる米国・英国・フランス・ドイツでは、ワクチン接種が普及していることが分かる。なお、日本の新型コロナウイルス感染症の対策の厳しさの程度は、中程度である。

図表4:日本と対策が当初成功した国、被害が当初深刻だった国の新型コロナウイルス感染症の対策の概要

注:色は対策の厳しさの程度を表し、赤色は非常に厳しい、黄色は中程度に厳しい、青色は緩いことを表す。
資料:「Our World in Data」(オックスフォード大学)より作成

3.新型コロナウイルス感染症の発生状況の差をもたらす要因

(1)仮説の設定

新型コロナウイルス感染症の対策は、被害が当初深刻だった国では当初成功した国より厳しいという逆説的な傾向が見られ、発生状況の国による差は様々な要因によってもたらされると考えられる。例えば、データサイエンティストのユーヤン・グー氏は、新型コロナウイルス感染症の死亡者数との相関関係が強い指標として、所得格差を表すジニ係数を挙げている。ジニ係数が高く、所得格差が大きい国ほど、人々の健康への配慮が不足して健康状態が悪かったり、労働者の権利が弱く、労働環境が劣悪であったりするほか、自主隔離やマスク着用といった社会のルール等を遵守する社会関係資本が少ないため、新型コロナウイルス感染症の被害が深刻化して、死亡者が増えやすかったりするなどが考えられるが、明確には検証されていない。

新型コロナウイルス感染症の発生状況の国による差をもたらす要因は、弊社が支援している内閣府経済社会総合研究所の国際共同研究等を通じて、今後明らかになることが期待される。ここでは、新型コロナウイルス感染症の国ごとの発生状況の差をもたらす要因として、関心が高い議論を中心に、次の3つの仮説を設定して検証する。

①新型コロナウイルス感染症の感染者は独裁制度では民主制度より少ないか?
②新型コロナウイルス感染症の死亡者は総合的な保健医療水準が高いと少ないか?
③新型コロナウイルス感染症からの回復はICTの活用が進んでいると回復が早いか?

(2)仮説の検証

①新型コロナウイルス感染症の感染者は独裁制度では民主制度より少ないか?

ある国の政治体制が独裁制度に近いほど、新型コロナウイルス感染症の検査や追跡等の対策が強力に推進されて、感染者が少なくなると考えられる。エコノミスト・インテリジェント・ユニットでは、世界中の国々の政治体制について民主制度の程度を0~10で評価する「民主化指数」を算出しており、民主化指数は国際的な指数として広く参照されている。そこで、民主化指数が低く、政治体制が独裁制度に近い国ほど、新型コロナウイルス感染症の感染者は少なくなるという仮説を設定する。

日本と新型コロナウイルス感染症の対策が当初成功した国、当初被害が深刻だった国を取り上げて、民主化指数と人口10万人当たりの感染者数(累計)の偏差値の関係を見ると、図表5のとおりである。仮説のとおり、民主化指数が下がると、新型コロナウイルス感染症の人口10万人当たりの感染者数(累計)の偏差値が上がり、政治体制が独裁制度に近い国ほど、感染者が少なくなる傾向があることが分かる。しかし、ニュージーランドやオーストラリア、韓国は民主化指数が高いものの、新型コロナウイルス感染症の人口10万人当たりの感染者数(累計)の偏差値が高く、仮説とは異なっており、発生状況の要因の更なる分析が必要である。

図表5:民主化指数と新型コロナウイルス感染症の人口10万人当たりの感染者数(累計)の偏差値の関係

注:「Sustainable Development Report 2020」(ケンブリッジ大学出版)より、青色は新型コロナウイルス感染症の対策が当初成功した国、赤色は被害が当初深刻であった国を表す。
資料:エコノミスト・インテリジェント・ユニット及びWHOホームページより作成

②新型コロナウイルス感染症の死亡者は総合的な保健医療水準が高いと少ないか?

ある国において、総合的な保健医療水準が高いと、新型コロナウイルス感染症の感染者は初期から急性期の保健医療サービスまで多様な治療を受けて、死亡者が少なくなると考えられる。WHOでは、世界中の国々の保健医療水準を予防と検査・報告、早期対応、国際基準への対応、環境のリスクに分けて0~100で評価する「世界保健安全指数(Global Health Security Index:GHSI)」を算出しており、GHSIはWHOが算出した国際的な指数として広く参照されている。そこで、GHSIが高い国ほど、総合的な保健医療水準が高く、新型コロナウイルス感染症の死亡者数は少なくなるという仮説を設定する。

日本と新型コロナウイルス感染症の対策が当初成功した国、当初被害が深刻だった国を取り上げて、GHSIと人口10万人当たりの死亡者数(累計)の偏差値の関係を見ると、図表6のとおりである。仮説とは異なって、GHSIが上がると、新型コロナウイルス感染症の人口10万人当たりの死亡者数(累計)の偏差値が下がり、総合的な保健医療水準が高い国ほど、死亡者が多くなるという逆説的な傾向が見られることが分かる。GHSIはある国の保健医療水準を総合的に捉えた指数であり、新型コロナウイルス感染症の感染者の治療に重要な急性期の保健医療サービスに注目するなど、仮説の見直しが必要であると考えられる。

図表6:GHSIと新型コロナウイルス感染症の人口10万人当たりの死亡者数(累計)の偏差値の関係

注:「Sustainable Development Report 2020」(ケンブリッジ大学出版)より、青色は新型コロナウイルス感染症の対策が当初成功した国、赤色は被害が当初深刻であった国を表す。
資料:WHOホームページより作成

③新型コロナウイルス感染症からの回復はICTの活用が進んでいると回復が早いか?

ある国の社会において、情報通信技術(Information Communication Technologies:ICT)の活用が進んでいるほど、デジタル技術が普及して非接触の社会経済システムに移行しやすく、新型コロナウイルス感染症の発生を早く抑えて回復できると考えられる。非接触の社会経済システムでは、ICTを活用したデジタル技術によって社会課題の解決を図ることが重要であり、ファーウェイ社は世界的な社会課題を取りまとめたである持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals:SDGs)に注目して、世界中の国々のSDGsの達成に向けたICTの活用状況を0~100で評価する「ICT-SDGs指数」を算出している。ICT-SDGs指数はSDGsとICTの関係を分析した国際的な指数として、広く参照されている。そこで、ICT-SDGs指数が高い国ほど、新型コロナウイルス感染症の発生状況が改善するという仮説を設定する。

日本と新型コロナウイルス感染症の対策が当初成功した国、当初被害が深刻だった国を取り上げて、ICT-SDGs指数と、新型コロナウイルス感染症の発生状況の改善の程度を測る指標の関係を分析する。新型コロナウイルス感染症の発生状況の改善の程度を測る指標としては、人口10万人当たりの感染者数(累計)・死亡者数(累計)の偏差値の平均値を求めて、直近1週間から全期間を差し引いて上昇分を算出する(図表7)。仮説のとおり、ICT-SDGs指数が高い国ほど、新型コロナウイルス感染症の発生状況が改善する傾向があることが分かる。

図表7:ICT-SDGs指数と新型コロナウイルス感染症の人口10万人当たりの感染者(累計)・死亡者数(累計)の偏差値の上昇分の関係

注:「Sustainable Development Report 2020」(ケンブリッジ大学出版)より、青色は新型コロナウイルス感染症の対策が当初成功した国、赤色は被害が当初深刻であった国を表す。
資料:「ICT Sustainable Development Goals Benchmark 2019」(ファーウェイ)及びWHOホームページより作成

まとめ

新型コロナウイルス感染症の発生状況の国による差をもたらす要因として設定した3つの仮説のうち、「①新型コロナウイルス感染症の感染者は独裁制度では民主制度より少ないか?」と、「③新型コロナウイルス感染症からの回復はICTの活用が進んでいると回復が早いか?」については、仮説のとおりの傾向が見られることが分かった。「①新型コロナウイルス感染症の感染者は独裁制度では民主制度より少ないか?」については、日本は民主制度であり、ニュージーランドやオーストラリア、韓国など同じ民主制度であるが、新型コロナウイルス感染症の感染者が少ない国の対策を参考にすることが重要である。

一方、「②新型コロナウイルス感染症の死亡者は総合的な保健医療水準が高いと少ないか?」については、仮説とは異なる傾向が見られることが分かった。新型コロナウイルス感染症の治療に必要な急性期の保健医療サービスに絞るなど仮説の見直しが必要である。

ユーヤン・グー氏が指摘しているとおり、新型コロナウイルス感染症の発生状況の国による差をもたらす要因には本稿で設定した3つなど様々な仮説が考えられて、国内外で研究されており、弊社が支援している内閣府経済社会総合研究所の国際共同研究等を通じて明らかにすることが期待される。ここで、諸外国の新型コロナウイルス感染症の発生状況に関する統計データについては、信頼性を含めて検討することが求められる。

参考資料

  • 「Sustainable Development Report 2020」(ケンブリッジ大学出版)
  • 「ICT Sustainable Development Goals Benchmark 2019」(ファーウェイ)
  • WHOホームページhttps://covid19.who.int/
  • エコノミスト・インテリジェント・ユニットhttps://www.eiu.com/n/campaigns/democracy-index-2020/
  • 「Why Have Some Places Suffered more Covid-19 Deaths than Others?」(The Economist/2021年7月31日)」

坂野 成俊(さかの なるとし)

Sakano, Narutoshi

コンサルティング本部 行政経営グループ
マネジングコンサルタント
(兼)公共政策研究センター主任研究員

専門分野

  • 日本企業の海外展開戦略
  • 環境・経済分析
  • 自治体経営

1999年慶応義塾大学経済学部卒業、2001年一橋大学経済学研究科修了、同年富士通総研入社。主にICT・交通分野など日本企業の海外展開の促進に関する政策や経済動向、環境政策等に関する調査研究業務のほか、地方自治体の各種計画策定等に関するコンサルティング業務に従事。

『Smart City Emergence 1st Edition』(Elsevier/2019年7月)で「The Smart City of Nara, Japan」や、『運輸と経済(2019年10月)』(交通経済研究所)で「民間力を活用したメンテナンスについて~英国からの教訓~」等を執筆。「スマートシティ関連データ連携標準タスクフォース」委員(経済産業省/2021年6月~)等を務める。

お客様総合窓口

当社はセキュリティ保護の観点からSSL技術を使用しております。