Skip to main content

English

Japan

入力不要

日本式コールドチェーン物流サービス規格のASEANへの普及

東南アジア諸国連合(Association of Southeast Asian Nations:ASEAN)では、冷蔵・冷凍食品の需要が増加し、コールドチェーン物流サービスが拡大している。日系物流事業者のASEANにおけるコールドチェーン物流サービスへの参入を促進するため、国土交通省では筆者が支援して「日ASEANコールドチェーン物流ガイドライン」の策定に取り組み、2018年に日ASEAN交通大臣会合において承認されている。また、筆者は国土交通省が開催する「『ASEAN スマートコールドチェーン構想』検討会」を支援しており、同検討会の成果として、「ASEAN スマートコールドチェーン構想におけるビジョン及び戦略」を2019年3月に策定している。本稿では、ASEANにおける日本式コールドチェーン物流サービス規格の重要性と普及に向けた方向性を述べる。

2020年8月17日

opinion-c2020-8-1

はじめに

着実な経済成長を背景として、所得が向上する東南アジア諸国連合(Association of Southeast Asian Nations:ASEAN)では、都市化や女性の社会進出など人々のライフスタイルが変化しており、栄養価が高く、調理が簡単な食品への需要が増えるとともに、食の安全性に関する意識が高まっている。最近の新型コロナウィルスの世界的な感染拡大を受けて、マレーシアなどASEAN各国は感染防止に向けて人々の外出規制等を実施しており、巣ごもり消費が増えたことにより、食品の品質を確保したまま保存して、手軽に調理できる冷蔵・冷凍食品の需要が増加している。

冷蔵・冷凍食品は一般的な生鮮食品とは異なり、保管・輸送において温度管理を行う必要があるため、一般的な生鮮食品より価格が高い傾向がある。このため、世界的には所得が向上すると、冷蔵・冷凍食品の需要は増加する傾向がある(図表1)。日本において冷蔵・冷凍食品の普及は、科学技術庁資源調査会(当時)が「食生活の体系的改善に資する食料流通体系の近代化に関する勧告」(コールドチェーン勧告)を打ち出した1965年頃から始まっており、ASEANの中では人口が多いインドネシアやフィリピン、ベトナムは日本のコールドチェーンの普及の初期段階に近いことが分かる。ASEANなどアジア諸国は加工しない「生」の食材を好む文化があるほか、屋台など外食が盛んであること等により、冷蔵・冷凍食品の需要が欧米諸国より少ない傾向があるものの、インドネシアやフィリピン、ベトナム等では所得の向上に伴って、日本のように冷蔵・冷凍食品の需要が今後増加することが見込まれる。

図表1 所得(2015年)と冷蔵・冷凍食品の年間消費量(2013年)の関係
図表1 所得(2015年)と冷蔵・冷凍食品の年間消費量(2013年)の関係

資料:「World Economic Outlook Database, April 2018」(国際通貨基金(International Monetary Fund:IMF))・「拡大するアジアの低温/定温物流」(政策投資銀行/2015年)より作成

このようなASEANにおける冷蔵・冷凍食品の需要の増加を受けて、食品を温度管理して品質を確保したまま保管・輸送するコールドチェーン物流サービスが拡大している。日系物流事業者は冷蔵・冷凍食品の保管・輸送について国内で長い歴史を有して、優れた品質を実現しており、ASEANのコールドチェーン物流サービスへの参入を進めている。日系物流事業者のASEANなど東アジア諸国のコールドチェーン物流サービスへの参入はタイやベトナム等が盛んであり、人口が多くてコールドチェーンの市場が大きく、陸続きでトラック輸送しやすい国などが優先的に選ばれていると考えられる(図表2)。前述のベトナムについては、2019年12月に(株)海外交通・都市開発事業支援機構(Japan Overseas Infrastructure Investment Corporation for Transport & Urban Development:JOIN)が、SGホールディングスによる冷蔵・冷凍トラックを開発・製造・メンテナンスする事業への支援を打ち出しており、国土交通省は日系物流事業者のASEANのコールドチェーン物流サービスへの参入を支援している。コールドチェーン物流は冷蔵・冷凍トラック等を活用して、食品を生産地から冷蔵・冷凍倉庫、小売店等まで温度管理しながら輸送する一連のシステムであり、システムに一旦組み込まれた物流事業者を変えることは難しく、先行して参入した物流事業者がビジネスを有利に展開しやすい。このため、日系物流事業者はASEANのコールドチェーン物流では当面の利益よりも、将来的な利益を目指して参入していると考えられる。

図表2 日系物流事業者のASEANなど東アジア諸国のコールドチェーン物流への参入状況
図表2 日系物流事業者のASEANなど東アジア諸国のコールドチェーン物流への参入状況

資料:「コールドチェーン物流のASEAN地域への展開」(国土交通省/2017年)

1.「ビジョン及び戦略」と日本式コールドチェーン物流サービスの規格化の位置付け

ASEANにおけるコールドチェーン物流サービスの拡大を受けて、日系物流事業者の参入を促進するため、国土交通省は2019年3月に今後5年間に亘る「ASEAN スマートコールドチェーン構想におけるビジョン及び戦略」(以下、「ビジョン・戦略」という。)を筆者が支援して策定している。コールドチェーン物流サービスにおいて食品を切れ目なく温度管理するためには、食品の生産から保管・輸送、販売に至る様々な産業が連携する必要がある。そこで、国土交通省はビジョン・戦略の策定に当たっては、ASEANのコールドチェーン物流サービスにかかる有識者のほか、農林水産省や環境省、経済産業省など関係省庁や関係機関、物流事業者等からなる「『ASEAN スマートコールドチェーン構想』検討会」(以下、「検討会」という。)を2018年から筆者が支援して開催している。現在、検討会では、ビジョン・戦略の実施状況を確認し、日系物流事業者の参入の更なる促進に向けた取組等について協議している。

同検討会では、インドネシア、タイ、フィリピン、ベトナム及びマレーシアを重点国として位置付け、ビジョン・戦略において次の4つのビジョンを打ち出して、それぞれのビジョンについて関係省庁や関係機関等の取組を示している。

 (Ⅰ)ASEAN におけるコールドチェーン物流を必要とする高付加価値な貨物需要の創出を促す
 (Ⅱ)ASEAN におけるコールドチェーン市場において、我が国事業者の優位性を確立するための基盤整備を促進する
 (Ⅲ)ASEAN における我が国事業者の新たなコールドチェーンビジネスの創出を支援する
 (Ⅳ)新技術等を活用したASEAN におけるコールドチェーン物流の構築を支援する

日系物流事業者のASEANにおけるコールドチェーン物流サービスへの参入を促進するためには、国土交通省など関係省庁は相手国政府への働きかけ等を通じて、日系物流事業者がビジネスを有利に展開できる環境を整える(Ⅱ)基盤整備が特に重要であると考えられる。(Ⅱ)基盤整備については、ビジョン・戦略では「我が国物流事業者の強みを反映したコールドチェーン物流サービスに関する規格、基準等の導入を図る」とあり、これを実現するためには、優れた品質のコールドチェーン物流サービスを実現している日系物流事業者のノウハウを規格として取りまとめて、日本式コールドチェーン物流サービスとしてASEAN各国に提案していくことが有効である。

日本式コールドチェーン物流サービスのASEANへの提案としては、日本とASEANとの交通分野の連携を図る「日ASEAN交通連携」の枠組みにおいて、国土交通省が、筆者支援により日本式コールドチェーン物流サービスを参考とした「日ASEANコールドチェーン物流ガイドライン」の策定に取り組み、2018年に日ASEAN交通大臣会合において承認されている。ASEANではコールドチェーン物流サービスが拡大しているものの、電子商取引(Electronic Commerce:EC)など、食品を消費者まで直接運ぶ宅配便の普及は始まったばかりである。このため、日ASEANコールドチェーン物流ガイドラインは冷蔵・冷凍食品の保管・輸送を取り上げて、事業者間(Business to Business:BtoB)に注目して、現地の物流事業者向けて温度管理に関する注意点等を示している。なお、事業者と消費者(Business to Consumer:BtoC)の日本式コールドチェーン物流サービスに関する規格としては、小口保冷配送サービスに関する国際規格が英国規格協会(British Standards Institution:BSI)から2017年にPAS1018として発行し、国際標準化機構(International Organization for Standardization:ISO)から2020年5月にISO23412として発行している。

日本規格協会は、国土交通省とともに日ASEANコールドチェーン物流ガイドラインを参考として、「コールドチェーン物流サービス-低温保管サービス及び低温輸送サービスに関する要求事項」を開発して、2020年6月にJSA-S1004として発行している。筆者は「JSA-S1004規格作成委員会」の委員を務めており、JSA-S1004の開発を支援している。今後、国土交通省はASEAN スマートコールドチェーン検討会を通じて有識者や関係省庁、関係機関、物流事業者等と連携しながら、ASEAN各国にJSA-S1004や日ASEANコールドチェーン物流ガイドライン等の日本式コールドチェーン物流サービスを参考とした規格・基準の策定を促し、日系物流事業者の優れたノウハウが評価されビジネスを有利に展開できる環境を整備していくことが求められる。

2.重点国におけるBtoBのコールドチェーン物流サービス規格の策定

重点国のうち、タイやマレーシア、ベトナムにおいては日系物流事業者が宅配便のサービスを開始しており、冷蔵・冷凍食品の宅配の需要が増えるなど、コールドチェーン物流サービスが特に拡大していると考えられる。タイでは運輸省陸運局がトラック事業者のサービスの品質を認証するQマーク制度があり、陸運局では日ASEANコールドチェーン物流ガイドライン等を参考に、Qマークの一環として、トラック輸送に関する農産物及び食料品等の温度管理に関する規格(以下、「Qマークコールドチェーン規格」という。)発行している。2018年に開催された陸運局によるQマークコールドチェーン規格のワークショップに筆者は有識者として参加し、日ASEANコールドチェーン物流ガイドラインの策定の際のノウハウ等を提供している。

前述のとおり、日系物流事業者のASEANにおけるコールドチェーン物流サービスへの参入の促進に向けては、国土交通省など日本の関係省庁はASEANの各国に日本式コールドチェーン物流サービスを参考にした規格の策定を働きかけることが重要であり、重点国が主な対象となる。ここで、重点国で宅配便は始まったばかりであり、BtoCのコールドチェーン物流サービスの普及状況にはバラつきがあるため、まず重点国が参考とすべき日本式コールドチェーン物流サービスとしては、BtoBのJSA-S1004や日ASEANコールドチェーン物流ガイドライン等が挙げられる。

重点国ではBtoBのコールドチェーン物流サービスが一定程度普及しているものの、低品質なサービスも多く見受けられ、コールドチェーン物流サービスに係る荷主のコスト削減と物流事業者のサービスの品質確保のためにBtoBのコールドチェーン物流サービス規格を策定する必要性は高いと考えられる。特に、重点国の現地物流事業者は、BtoBのコールドチェーン物流サービス規格を積極的に取得することによって他の物流事業者との差別化を図り、日本など外国の荷主に物流サービスの品質をアピールしてビジネスの拡大に取り組むことも可能になると考えられる。

そこで、重点国におけるBtoBコールドチェーン物流サービス規格の策定の促進に向けては、最初に国土交通省はASEAN スマートコールドチェーン検討会を通じて、有識者や関係省庁、関係機関、物流事業者等と協力しながら、(Ⅰ)相手国の物流担当省のほか標準化団体等と連携し、現地の荷主・物流事業者に対して規格の重要性に関する意識啓発を図ること(意識啓発)が重要である。次に、(Ⅱ)物流担当省等と連携して、JSA-S1004や日ASEANコールドチェーン物流ガイドライン等を参考にしながら、標準化団体におけるBtoBのコールドチェーン物流サービスの規格化を支援(規格の策定支援)することが重要である。続いて、(Ⅲ)規格の発行を見据えて、日系物流事業者等と連携して現地の物流事業者が規格を遵守できるよう、実務面の支援に取り組むこと(実務面の支援)が重要である。なお、BtoBのコールドチェーン物流サービスの認証の仕組みについては、想定される認証機関等と連携しながら、物流担当省や標準化団体等と認証の仕組みを検討することも重要である。

図表3 重点国におけるBtoBのコールドチェーン物流サービス規格の策定
図表3 重点国におけるBtoBのコールドチェーン物流サービス規格の策定

おわりに

本稿では、日本式コールドチェーン物流サービス規格に焦点を当てて、日系物流事業者のASEANにおけるコールドチェーン物流サービスへの参入の促進に向けた取組を紹介した。本稿はタイにおけるコールドチェーン物流サービス規格の動向を紹介し、重点国におけるBtoBのコールドチェーン物流サービス規格の策定について方向性を述べた。今後はASEAN スマートコールドチェーン検討会等を通じて、重点国にJSA-S1004や日ASEANコールドチェーン物流ガイドライン等を紹介しながら、BtoBのコールドチェーン物流サービス規格の策定を実際に働きかけていくことが求められる。

参考資料

坂野 成俊

本記事の執筆者

コンサルティング本部 行政経営グループ
マネジングコンサルタント
(兼)公共政策研究センター主任研究員

坂野成俊(さかの なるとし)

  • 1999年慶応義塾大学経済学部卒業、2001年一橋大学経済学研究科修了、同年富士通総研入社。主にICT・交通分野など日本企業の海外展開の促進に関する政策や経済動向、環境政策等に関する調査研究業務のほか、地方自治体の各種計画策定等に関するコンサルティング業務に従事。
  • 『Smart City Emergence 1st Edition』(Elsevier/2019年7月)で「The Smart City of Nara, Japan」や、『運輸と経済(2019年10月)』(交通経済研究所)で「民間力を活用したメンテナンスについて~英国からの教訓~」等を執筆。日本規格協会で「日ASEANコールドチェーン物流ガイドラインのJSA-S化(2019年度)」の委員等も務める。

お客様総合窓口

入力フォーム

当社はセキュリティ保護の観点からSSL技術を使用しております。