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ICT分野の日本企業の海外展開を促進する官民連携の方向性
(総務省海外展開行動計画2020に関する議論の紹介②:デジタル官民協議会)

2020年5月に総務省は「総務省海外展開行動計画2020」を公表している。筆者は総務省海外展開行動計画2020の策定を支援しており、総務省海外展開アドバイザリーボードなど様々な機会の議論に参加してきた。総務省海外展開行動計画2020への理解が深まるよう、第1回(2020年6月10日付のオピニオン)では、情報通信技術(Information and Communication Technology:ICT)ICT分野の日本企業は官民連携で海外展開に取り組む必要性について述べた。総務省海外展開行動計画2020は、ICT分野の日本企業は官民連携による海外展開の取組を促進するため、「デジタル海外展開官民協議会」(仮称)の設立等を打ち出しており、第2回の本稿では他の官民協議会の事例を整理して、デジタル海外展開官民協議(仮称)のあるべき方向性について述べる。

2020年10月16日

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はじめに

2001年に中国が世界貿易機関(World Trade Organization:WTO)に加盟すると、貿易を増やしながら世界的な経済成長をけん引し、東南アジア諸国連合(Association of Southeast Asian Nations:ASEAN)など他の開発途上国にも経済成長が広がり、旺盛な社会経済活動を支えるためのインフラを整備するニーズが開発途上国を中心に増加して、2030年には4.2兆ドル(約462兆円)に達すると見込まれている。日本はインフラニーズが増える開発途上国に対して、日本企業によるインフラの機器だけではなく、設計や建設、維持管理等もシステムとして合わせて提供する海外展開に取り組んでおり、2013年には「インフラシステム輸出戦略」(経協インフラ会議)を策定し、改訂してきている。

第1回(2020年6月10日付のオピニオン)で述べた通り、ICT分野など日本企業は官民連携で海外展開に取り組む必要があり、開発途上国のインフラニーズが注目を集めた2000年代中頃から日本企業の海外展開を図る様々な官民協議会が設立されている。総務省海外展開行動計画2020では、ICT分野の日本企業の海外展開の取組に関する計画の策定やフォローアップ、情報共有、人材育成等を目的として、デジタル海外展開官民協議(会仮称)(以下、「デジタル官民協議会」という。)の設立を打ち出しており、デジタル官民協議会も日本企業の海外展開を図る官民協議会の1つとして位置付けられる。

日本企業の海外展開を図る官民協議会には、日本企業が既存のソリューションを持ち寄って開発し、政府の支援ツールを活用して開発途上国に提供する「売り手起点」と、ソリューションを提供する開発途上国の地域・企業等をあらかじめ特定し、その地域・企業等に関心のある日本企業が集まり、政府の支援ツールを活用しながら、ソリューションを開発・提供する「買い手視点」のパターンに大きく分類できる。筆者は日本企業の海外展開を図る官民協議会の事務局を務めた経験があり、以降ではそれぞれのパターンの事例を整理して、デジタル官民協議会のあるべき方向性を検討する。

1.日本企業の海外展開を図る官民協議会のパターン:売り手起点と買い手起点

(1)売り手起点のA協議会

売り手起点の日本企業の海外展開を図る官民協議会としては、筆者が事務局を務めたA協議会がある。A協議会は2000年代中頃に設立され、ASEANなどアジアへの海外展開を目指す40社程度の日本企業が会員として参加し、関係府省が後援している。A協議会はインフラの分野に応じて分科会が設置されて会員は関心のある分科会に参加し、それぞれの分科会において会員は関係府省の委託調査等を活用しながら情報を収集・共有して、ソリューションを開発して開発途上国への提供を目指している(図表1)

【図表1】A協議会のスキームと3つの問題点
【図表1】A協議会のスキームと3つの問題点

A協議会は分科会において関係府省の委託調査等を活用して様々な取組をこれまで行っているが、必ずしも会員の海外展開には直接結びついていない状況である。これは、A協議会の分科会では開発途上国の地域・企業等を特定していないため、関係府省が開発途上国を支援するコミットメントが弱くなり、会員はソリューションの開発から提供にかかる中長期的な関係を築いて信頼を獲得することが難しいほか、ニーズや予算等が不明確であり、具体的なソリューションの開発が進みにくいことが原因である。また、A協議会では分科会で収集する情報は共有されるため、会員が把握する開発途上国の地域・企業等のニーズや予算等の詳細な情報や人脈、中国・韓国など競合国の動向などビジネス上重要な情報は、競合他社と共有されることを懸念して、分科会には報告されにくいこと等も原因として挙げられる。



(2)買い手起点のJASCA

一方、買い手起点の日本企業の海外展開を図る官民協議会としては、日ASEANスマートシティ・ネットワーク官民協議会(Japan Association for Smart Cities in ASEAN:JASCA)がある。経済成長が続くASEANでは、都市部を中心に社会経済活動が活発であり、都市部ではインフラの整備が遅れて、交通渋滞や環境汚染など都市問題が深刻化している。ASEANはICTを活用して都市問題の解決を図るスマートシティを推進し、2018年にはASEANスマートシティ・ネットワーク(ASEAN Smart Cities Network:ASCN)を設立して、26都市においてパイロット・プロジェクトを実施している。JASCAはスマートシティの分野での日本企業のASEANへの海外展開を促進して、ASCNへの協力を推進するために2019年に設立された官民協議会であり、国土交通省など関係府省が事務局を務めて、日本企業など214団体が会員として参加している(2019年10月2日現在)。

ASCNへの協力を推進するJASCAは、ASCNにおいてパイロット・プロジェクトを実施している26都市の中から、日本企業の活動状況等を考慮しながら重点的に海外展開を図る都市を特定し、スマートシティの分野での支援をコミットして、プロジェクト・チームを設置している。JASCAでは会員からプロジェクト・チームへの参加を募り、プロジェクト・チームの会員は関係府省の委託調査等を活用し、対象都市のニーズや予算等を明らかにして、それらに合致したソリューションの開発に取り組んでいる。2020年1月にはASCNにおいてパイロット・プロジェクトを実施しているインドネシアのマカッサルを対象都市として特定して、プロジェクト・チームが設置されており、2020年2月にはプロジェクト・チームの会員とマカッサル政府との会合が開催されている。ここで、JASCAでは日本企業は提供するソリューションの開発ではなく、対象都市を特定してニーズや予算等の把握を優先していることがA協議会との大きな違いである。

【図表2】JASCAのスキームと2つの課題
【図表2】JASCAのスキームと2つの課題

JASCAの取組は新しく、プロジェクト・チームの会員のスマートシティの分野でのASEANへの海外展開にはまだ結びついていないと見込まれる。しかし、JASCAはASCNにおいてパイロット・プロジェクトを実施している都市の中から、現在はマカッサルを対象都市として特定してプロジェクト・チームを設置し、国土交通省など関係府省がコミットした上で、会員は信頼を獲得しながらニーズや予算等を明らかにして、ソリューションを開発している。また、JASCAのプロジェクト・チームは対象都市ごとに設置されるため、会員は他の会員との競合をあらかじめ回避することが可能であり、ビジネス上重要な情報を共有しやすい環境が整っている。このようなJASCAではプロジェクト・チームを通じて、会員はスマートシティの分野でのASEANへの海外展開を近い将来に実現することが期待される。

このようなJASCAのプロジェクト・チームには、次の2つの課題が挙げられる。第1の課題は、プロジェクト・チームに参加している会員と、参加していない会員との間での情報の共有のあり方の検討である。JASCAでプロジェクト・チームに参加している会員は、対象都市のビジネス上重要な情報を共有できるが、プロジェクト・チームに参加していない会員には、競合他社と共有されることを懸念して、報告されにくい状況にあると考えられる。現在、JASCAは国土交通省など関係府省が事務局として運営しており、会員には一定の公平性が確保される必要性があるため、プロジェクト・チームに参加している会員と参加していない会員との間では、共有するビジネス上重要な情報の範囲等を検討することが必要である。第2の課題は、対象都市の特定方法の検討である。現在、JASCAはASCNにおいてパイロット・プロジェクトを実施している26都市の中から、日本企業の活動状況等を考慮してマカッサルを対象都市として特定しているが、インドネシアでは首都のジャカルタ特別州などより大規模な都市も含まれている。日本企業がスマートシティの分野でのASEANへの海外展開を拡大するためには、大規模な都市を取り上げるなど効果的な対象都市を特定する方法を検討することが必要である。

2.デジタル官民協議会のあるべき方向性

1. から、日本企業の海外展開を図る官民協議会のパターンの評価は、図表3のとおりである。デジタル官民協議会は、JASCAを参考に買い手起点として、開発途上国の地域・企業等のニーズや予算等に基づいてソリューションを開発していくことが求められる。ここで、買い手起点とするデジタル官民協議会では、JASCAのプロジェクト・チームと同様に、会員間での情報共有のあり方の検討や、対象とする開発途上国の地域・企業等の特定方法の検討が課題になる。更に、インターネット・オブ・シングス(Internet of Things:IoT)向けの通信サービスを世界的に提供するソラコムなど、ICT分野では独自のソリューションを活かして海外展開を推進するスタートアップ企業も存在している。デジタル官民協議会では既存の大手ICT企業だけではなく、スタートアップ企業も巻き込んで活力を取り込むことも課題である。

【図表3】売り手起点のA協議会と買い手起点のJASCAの評価】
【図表3】 売り手起点のA協議会と買い手起点のJASCAの評価
注:評価で、〇は十分に機能、△は障害があり、機能していない場合があることを示す

おわりに

これまで2回に渡って、総務省海外展開行動計画2020に関する議論を紹介し、第1回(2020年6月10日付のオピニオン)ではICT分野における日本企業の海外展開の促進に向けた官民連携の必要性を説明し、本稿では官民連携の場となるデジタル官民協議会のあるべき姿について述べた。今後、買い手起点のデジタル官民協議会が設立されて、ICT分野における日本企業の海外展開が具体的に進むことが期待される。

参考資料

坂野 成俊

本記事の執筆者

コンサルティング本部 行政経営グループ
マネジングコンサルタント
(兼)公共政策研究センター主任研究員

坂野成俊(さかの なるとし)

  • 1999年慶応義塾大学経済学部卒業、2001年一橋大学経済学研究科修了、同年富士通総研入社。主にICT・交通分野など日本企業の海外展開の促進に関する政策や経済動向、環境政策等に関する調査研究業務のほか、地方自治体の各種計画策定等に関するコンサルティング業務に従事。
  • 『Smart City Emergence 1st Edition』(Elsevier/2019年7月)で「The Smart City of Nara, Japan」や、『運輸と経済(2019年10月)』(交通経済研究所)で「民間力を活用したメンテナンスについて~英国からの教訓~」等を執筆。日本規格協会で「日ASEANコールドチェーン物流ガイドラインのJSA-S化(2019年度)」の委員等も務める。

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