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中国のキャッシュレス・イノベーション ―普及要因の考察、プレーヤーの成長と信用社会の構築

中国のキャッシュレス・イノベーション

―普及要因の考察、プレーヤーの成長と信用社会の構築

2018年10月29日

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はじめに

2016年にハーバード大学のケネス・S・ロゴフ教授が著書『The Curse of Cash』(『現金の呪い』)の中で、脱税などの抑制や現金の発行・流通等にかかるコストの削減を目的に、現金の少ない「less-cash」(レスキャッシュ)社会への移行を主張し、話題を呼んだ(同書では、現金の使用を減らせばマイナス金利政策が容易になり、金融政策の幅が広がる可能性も指摘されている)。

「World Payments Report 2017」(世界決済レポート)によれば、2015年の世界電子決済取引の成長率は11.2%で、過去10年間で最高の成長率となった。今後しばらくは世界における非現金決済の取引数が年平均10%前後で増加していくと見込まれており、ICカードやQRコードなどを用いるような非接触型の決済がこれからの潮流になるとされている。

実際に近年、世界中で現金通貨を使わないキャッシュレス決済の進展が見られ、キャッシュレス決済を積極的に推し進める国々が増えている。例えば、キャッシュレス先進国の北欧では、スウェーデンやデンマークでデビットカードの普及やスマホアプリの導入を中心に、銀行主導のキャッシュレス化が進んでいる。一方、アジアでは金融センターであるシンガポールや、韓国などが政府主導でキャッシュレス決済へのシフトを図ろうとしているほか、インドは2016年に高額紙幣を廃止した。しかし、最も注目を集めているのは、中国において2014年頃からスマートフォン(スマホ)をQRコードにかざすだけで決済を完了できるモバイルペイメントが急速に拡大し、中国社会のキャッシュレス化が一気に加速していることであろう。

これまで日本は現金決済の割合が高くキャッシュレス化が遅れていたが、日本政府が「未来投資戦略2017」において、2027年までにキャッシュレス決済の比率を現在の2割程度から4割程度に倍増する目標を打ち出すなど、キャッシュレスを推進する機運が漸く高まろうとしている。本稿では、日本におけるキャッシュレス化の進展を考えるためにも、キャッシュレス化の進展が社会を大きく変えようとしている中国の現状を説明し、その普及要因を考察することとしたい。

1. キャッシュレス先進国に至っている中国

近年、キャッシュレス社会になりつつある中国の動向が注目されている。「キャッシュレス・ビジョン」によると、2015年の中国のキャッシュレス決済の比率は、比較的高く60%である。スマホアプリなどを活用した支払に関する統計は含まれていないため、この数字はほとんどデビットカードの利用による割合と理解できる。

振り返ってみると、中国におけるキャッシュレス社会の進展は、2002年に誕生したデビットカードの「銀聯カード」(UnionPay、中国銀行カード聯合)が最初のけん引役だった。2002年に、銀行間決済ネットワークの整備や銀行間取引における多額の手数料の問題を解決するために、中国国内の多くの金融機関が共同で銀聯カードをつくり、普及させた。その結果、2016年までに約62億枚超の銀聯カードが発行され、現在、約160の国と地域でサービスを提供している。

一方、2014年頃から中国ではスマホ決済を中心とするモバイルペイメントが普及し始めた。その取引規模が急速に拡大しており、2017年には約1,579兆円に達し、世界最大の取引規模になった(図表1)。

【図表1】中国におけるモバイルペイメントの取引規模(兆円)
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資料:iResearchの報告書を基に筆者作成(2018年、2019年は予測値)

現在、モバイルペイメントは消費の場面から交通や病院などの公共サービス分野まで、日常生活のあらゆるシーンに広がっている。その普及によって、中国では財布を持たない人が急増している。なぜ中国ではわずか数年間にモバイルペイメントが急速に拡大したのだろうか。その背景としては、現金への不信や銀行システムの不備、クレジットカードの普及の遅れといった中国の決済システムの未発達が指摘できる一方、スマホの普及を背景に、規制緩和や使用慣習の育成のための大規模なプロモーションキャンペーンが行われ、スマホ決済の使い易さが一気に高まっていったという、両面のファクターが挙げられる(一種のleap frog現象、図表2)。

【図表2】中国におけるモバイルペイメントの普及要因
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資料:筆者作成

2. 主要プレーヤーの成長

中国におけるキャッシュレス社会の進展はデビットカードからモバイルペイメントにシフトしている。現在、アリペイ(支付宝、Alipay)とウィーチャットペイ(微信支付、WechatPay)はモバイルペイメントの9割以上のシェアを握っているが、両社ともモバイルペイメントから得られる手数料の拡大だけにとどまっていない。決済から他の様々なサービスへ誘導し、様々な分野でのデータ獲得と蓄積を一番重要視している。決済データをはじめ、様々なサービス利用のデータなど、膨大なデータが蓄積されており、それをもとに、企業や行政など向けに新たなサービスを展開し、ビジネスの収益源を確保していると考えられる。

2.1 金融エコシステムの拡充に注力するアリペイ

アリペイを運営している「螞蟻金服」(Ant Financial、アント・フィナンシャル)は、電子商取引大手アリババグループの一員として2014年に新たに設立された。アント・フィナンシャルは未上場であるが、金融分野の許可証(決済、銀行、保険、ファンド、信用評価)を一番多く取得し、企業価値が750億ドルに達している中国最大のユニコーン(未上場で、評価額が10億ドル以上のベンチャー)企業である。現在、様々な金融サービスを提供するプラットフォーマーとして金融エコシステムの構築に注力している。

アリペイは2004年に「あなたの支払いを保証する」という電子商取引の保証機能を持つ決済方法としてリリースされ、斬新なサービスとして注目を浴びた。オンラインの決済方法からモバイルペイメントまで、サービスの利用場面の拡大とともに、ユーザー数は順調に増え続けており、現在では国内外で約8億7,000万人のユーザーを擁する。アリペイの残高を資産運用に変えたいとの意図で、2013年には、アリペイに入金すれば金利が付く資産運用サービスである「余額宝」(Yu’ebao)がスタートした。アリペイと中国国内のファンドが協力し、銀行の預金金利より高金利でサービスを提供することによって、一気に人気を集めた。「余額宝」の高い人気がアリペイの知名度のさらなる向上に一役買っている。

さらに、アント・フィナンシャルは2014年にネット銀行である「網商銀行」(MYbank)を立ち上げた。2015年からは信用評価の「芝麻信用」(ZhiMaCredit、以下ゴマ信 用)や、クレジットカードのような後払い・分割払い機能を持つ「螞蟻花唄」(AntCheckLater)、保険ビジネスを展開する「螞蟻保険服務」(AntInsuranceService)、企業向けの金融サービスなどを相次いで打ち出した。

このように、アリペイを切り口に、アリペイのユーザーをほかの金融サービスの利用につなげようとしている。同時に、アント・フィナンシャルは金融サービスの拡充で金融エコシステムを構築し、アリペイのさらなる普及のための土台を固めている。

2.2 SNSの強みを活かしたウィーチャットペイ

アリペイを追いかけ、もう一つのモバイルペイメントの代表格になったのが、ICT(情報通信技術)大手のテンセントが開発した決済サービスのウィーチャットペイである。テンセントは、2011年に移動端末向けのSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)である「ウィーチャット」(微信、WeChat)の開発に成功した。ウィーチャットは自身が提供する通話やメッセージ送信などのサービス以外に、タクシーを呼ぶサービスやホテルの予約、中古品の売買など様々なサービスとの連携が充実しているため、今では月間アクティブユーザーが9億人超の国民的アプリとなっている。

ウィーチャットペイは、ウィーチャットの決済機能として2013年に追加された。ウィーチャットの巨大なユーザーベースを武器に、また、2015年の旧正月に行われた「お年玉大作戦」(ウィーチャットペイで友達や知り合いにお年玉をあげるキャンペーン)で、知名度は一気に上がった。さらに実店舗での普及に力を入れ、使用ユーザーを急速に拡大させた。

両社とも現在、海外市場にも積極的に進出しており、国内から海外まで激しいシェア争いを繰り広げている。海外では、中国企業の海外進出戦略の進展や中国人観光客の増加を背景に、これらの中国企業や観光客を相手にサービスを提供しながら、現地市場の開拓に力を入れている。また、今後、中国の決済市場のさらなる拡大が見込まれており、銀聯カードのモバイルペイメントサービス「クイックペイ」や外資のアップルペイなどが参入しており、決済分野の競争はしばらく続くと思われる。

3. 信用社会の構築へ踏み出す

これまで、中国社会やビジネス環境などにおいて、コネが一番重要といわれ、契約精神が欠けていると指摘されている。このような指摘の深層には中国の「人情社会」(コネを大切にする社会)というカルチャーが根強いものの、個人信用システムの整備が遅れ、個人信用に対する評価の不在が根本的な問題と考えられる。

中国では個人に対する信用評価の歴史が比較的短く、2006年に設立された中国人民銀行(中央銀行)の「征信中心」(個人に対する信用評価センター)に遡る。「征信中心」は住宅ローンやクレジットカードなどの返済履歴から個人に対する信用評価を行っている。しかし、融資実績のある約3.7億人(全人口の26%)が対象で、多くの人たちに対して、信用評価ができていない状況である。そのため、中国では個人に対する信用評価システムの構築を急いでおり、2015年から中央銀行が「個人の信用評価業務に関する通知」を公布し、個人の信用評価における民間企業の参入が認められた。前述したアント・フィナンシャルのゴマ信用サービスをはじめ、テンセント征信(テンセントの信用評価プラットフォーム)や前海征信(平安保険グループの子会社)など民間8社が信用調査業務の準備に関する許可を得られた。これらの民間企業の場合、返済履歴以外に、様々な決済データやサービス利用の記録などのビッグデータを基に個人や企業の信用状況を分析しているため、モバイルペイメントの進展がもたらしている膨大なデータ蓄積が信用評価の基礎にもなっている。

例を挙げると、ゴマ信用の場合、アリババが所有するデータや政府関係部門からのデータを基に、主に個人特定(身分特徴、学歴情報など)、信用記録(返済、公共料金の支払、交通違反などの記録)、返済能力(財産状況、アリペイの残高など)、消費嗜好や消費慣習、人脈関係という五つの側面から評価し、その結果をスコアにしている。「征信中心」と異なり、返済履歴以外の様々なファクターを用いる分析が信用評価の新たな試みである。

中国が信用社会の構築を求める背景には、中国自身が直面している色々な不祥事や課題からの共通認識がある。例えば、食品安全や医薬品安全など生活に密着しているところの事件や、ビジネスにおける契約精神の欠如などの問題を解決できるテクノロジーに対するニーズが高まっている。一方、テクノロジーがある程度信用を担保できると思われるが、真の信用社会へのファーストステップにすぎない。だが、繰り返しになるが、中国がテクノロジーによって、個人信用システムの整備に向けて、さらに信用社会の構築へ重要な一歩を踏み出したと考えられる。

近年、中国が国家としてデジタルトランスフォーメーションに積極的に取り組んでいる。モバイルペイメントの普及は、デジタル社会の進展における重要な一環であり、中国人のライフスタイルに大きな変化をもたらしながら、社会全体の利便性と効率性の向上に貢献し、社会を大きく変えようとしている。モバイルペイメントの普及をはじめ、消費分野におけるデジタル化の加速が行政や企業などのセクターのデジタル化を後押しする起爆剤になることに期待が寄せられている。

最後に、11月26日の午後に経団連会館において、「加速する中国のデジタルイノベーション」をテーマにする富士通総研特別企画コンファレンスを開催する予定で、詳細は関連コンテンツのリンクを参照されたい。

参考文献

  1. ロゴフ,ケネス(2017)『現金の呪い―紙幣をいつ廃止するか?』(村井章子訳)日経BP社
  2. 「World Payments Report 2017」(2017、Capgemini, BNP Paribas)
  3. 「キャッシュレス・ビジョン」(2018、経済産業省)
  4. 「未来投資戦略2017」(2017、内閣府)
  5. Ma, Winston(2016) China's Mobile Economy: Opportunities in the Largest and Fastest Information Consumption Boom, Wiley
  6. 趙偉琳(2018)「キャッシュレスが進む中国―主要プレーヤーの成長と課題」『月刊金融ジャーナル』2018年5月号
  7. 趙偉琳(2017)「加速する中国のスマホ決済-消費シーンのイノベーションを喚起」『デジタル・アジア5.0-イノベーションが変える勢力図』日本経済研究センター
  8. 趙偉琳(2017)「変貌する中国企業の「走出去」戦略」,SankeiBiz
    http://www.sankeibiz.jp/business/news/170922/bsg1709220500002-n1.htm
趙 瑋琳

本記事の執筆者

経済研究所
上級研究員

趙 瑋琳(チョウ イーリン)

 

中国遼寧省出身、2002年に来日。2008年東工大院社会理工学研究科修了、イノベーションの制度論、技術経済学にて博士号取得。早大商学学術院総合研究所を経て2012年より現職。中国経済、産業集積とイノベーション政策、デジタルイノベーション、ソーシャルイノベーションなどに関する研究を行っている。論文・執筆・講演多数。日刊工業新聞電子版「中国イノベーション事情」にて連載執筆(2017年)。現在、SankeiBiz「高論卓説」に定期的に寄稿。

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