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  4. IoT時代における中国のイノベーションの優位性と制約要素を考える

IoT時代における中国のイノベーションの優位性と制約要素を考える

IoT時代における中国のイノベーションの優位性と制約要素を考える

2018年10月22日

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今年に入って米中貿易紛争が激化し、経済成長のリスクとして世界中から関心を集めている。米中紛争の本質は、貿易不均衡よりも将来の産業/技術に関する主導権争いにあると世界の主要メディアや産業界は認識している。近年、中国のベンチャー活動が活発になり、イノベーションの力が急速に台頭してきているのは確かであるが、中国の技術力が米国の産業を脅かすまで強くなってきているかは、疑問が残る。

中国では「抓新放旧」(新しい産業をつかみ古い産業を手放す)という言葉をよく耳にする。市場経済移行期に言われた「抓大放小」(大企業をつかみ中小企業を手放す)というスローガンと、ニュアンス的に逆の方向にあるような語感がある。重厚長大産業を主体とする旧経済の整理統合と、「三新経済」(新技術、新産業、新業態)を柱とするニューエコノミーの台頭が際立ってきているのが、最近の中国経済の状況といえる。ミクロレベルでは、電子商取引やオンライン決済などを行うアリババやソーシャルメディアWeChatを運営しているテンセントなどのネット巨人や、中国版Uber「滴滴出行」、消費者向けドローン市場世界最大手のDJIなどのユニコーン企業(投資家評価額が10億ドル以上に達する未上場メガベンチャー)に関するニュースをよく目にする。

では、中国の活発なイノベーションにどのような優位性があるのか? これらのイノベーション活動の持続性にどのような制約要素が存在するのか? 本論ではそのような点について考えてみる。

(1)イノベーションシステムの改革に伴うベンチャー活動の活発化

1990年代後半以降、中国は2020年までにイノベーションをドライバーとする「革新国」作りに着手し、技術の自主開発を目指した「自主創新」戦略を推進してきた。しかし、当初の政府主導・国有企業主導の「挙国体制」イノベーションは「重厚長大」の分野に傾いており、民生分野は取り残されていた。中国人観光客による「爆買い」現象は、中国のいびつなイノベーション活動を物語っている。

その後、中国は、国立研究機関・大学を中心とするイノベーションシステムの非効率性や市場ニーズへの反応の鈍さ、技術開発と産業化の埋め切れないギャップといった課題および自国消費構造の高度化を踏まえて、企業をイノベーションの主体とし、産学連携を強化する改革を進めてきた。また、デジタル技術の急速な普及や世界中で生じている新しい産業革命の趨勢を見据え、米シリコンバレーモデルを参考しながら、ナショナル・イノベーションシステムのさらなる改革に乗り出した。中国における新たなイノベーションシステムは、図表1のようにまとめられる。これはピラミッド型イノベーションシステムと言えようが、主にインフラや基盤産業を対象とする政府主導のイノベーション・セクターがピラミッドの頂点に位置する一方で、量産分野・サービスなど既存産業のイノベーションは民間大企業で担う。そして、ピラミッドの底辺部分は、大量の草の根主体(個人やベンチャー)によって行われるイノベーションである。

図表1:新たなイノベーションシステムの構築
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(出所:筆者作成)

この新たなイノベーションシステムの下で、創業を目指す人と経営ノウハウや技術をもった人が集まり、ここから生み出されたイノベーションチームが、エンジェル、ベンチャーキャピタル(VC)やクラウドファンディングを利用して資金を調達し、一人前のベンチャー企業へと成長していくという米シリコンバレーのイメージが近年、中国においても再現されようとしている。アリババやテンセントなどの成功は、チャイナドリームを掴もうとするイノベーションチームに勇気を与え、創業を促す力となった。

中国政府の統計によると、2013年の新規企業登録数は月ベースで20.86万社であったが、2017年は50.6万社と2倍以上に拡大してきた。人口千人当たりの企業数は2013年の10社から2017年の22社に倍増した。統計データから単純計算すると、中国の開業率(年間新規設立企業数/前年末の企業総数)は2013年18.3%から2017年の約23.4%に高まった。もちろん、中国の新規設立企業はイノベーションの要素が薄いものも多いが、日本の開業率5%前後は言うまでもなく米国の開業率10%前後をもはるかに超えており、創業活動は非常に活発になっている。実際、国際的に比較可能なベンチャー活動(創業とイノベーションを融合した活動)を促進するために中国は、新規設立された小規模企業にイノベーションの要素を付け加える支援政策を実施している。

無数のスタートアップ企業の一部は、市場競争を勝ち抜いてユニコーン企業へ成長していく。米国の調査会社CB Insightsによると、2018年10月5日現在、中国のユニコーン企業数は80社で3年前の4倍近くとなり、米国の139社には及ばないが、世界全体の278社の3割近くを占めている(図表2)。かつてのユニコーン企業であったアリババやテンセントは数億人単位のユーザーを持ち、時価総額は4,000億ドル超(約45兆円)で米国のアマゾンなどのネット大手を追っている。

図表2:世界各国のユニコーン数
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(出所:CB Insightsにより筆者作成)

しかし、日本のように長年にわたって築き上げられてきた産業先進国の国々にとって、中国のベンチャー活動が活発になり、新産業が急速に台頭してきているのは理解しづらい側面もあり、その持続性に疑問が出るのも不思議ではない。

(2)IoT時代における中国のイノベーションの優位性

なぜ、近年になってこれらのネット巨人が急成長し、数多くのユニコーン企業が生まれたのか。その背景には、ネット時代に中国が持ついくつかの優位性がある。

第1には市場規模の優位性が挙げられる。個々の消費者平均で見た購買力(消費支出額)は日本の3割程度だが、元々人口が多い点に加えて情報通信技術が発達し、広範囲な市場・大きな購買力がネットによって形成されるようになった。特に、デジタルネイティブ(幼い頃からインターネットやパソコンがある環境で育った世代)の割合が約40%(米国は約26%、EUは31%)と高く、電子商取引のようなデジタル技術を生かした市場は急成長しやすい。企業の立場から見れば、購買力の集積効果によってビジネスの収益均衡点が早く達成される。

第2に、人材の優位性がある。ノーベル賞の受賞者が少ないことからも分かるように世界トップレベルの人材は少ないが、中間レベルの人材は非常に豊富である。OECDの統計によると、2015年の中国の理工系の研究者は約162万人で、米国の約135万人、日本の66万人を超え、EU28ヶ国全体の約180万人に匹敵する。また、毎年の理工系卒業者数(4年制大卒)は170万人以上で、理工系大学院修了者(修士・博士)も30数万人いる。因みに、日本は毎年10数万人しかいないので、日中間の差は大きい。これら人材の伝統的な産業における経験は薄いが、デジタルネイティブとしてニューエコノミー(ネットビジネスをコアとする新経済)分野では平均的に日米欧など先進国と比べ、人材の質でもハングリー精神でも大差はないと現場の調査が示している。

ネット経済を中心とするニューエコノミーにおいては起業コストが大幅に低減されたので、起業家が生まれやすい環境にある。

第3に資金の優位性がある。これまで中国の金融ビジネスは国有金融大手が独占していたので、ベンチャー企業などに供給するリスクマネーも欠けていた。しかし、近年では民間資本の蓄積が進み、いわゆるシード/エンジェルファンド、それにVC、PE(プライベートエクイティ)、銀行融資などの様々な経路を通じて大量の資金が新産業になだれこんできている。日本とは異なって中国では富裕層や起業に成功した者は、年齢が比較的に若く、エンジェルとして初期段階の投資に力を入れることが多い。因みに、2017年の中国のVC投資総額は400億ドルに達し、米国の830億ドルには及ばないが、日本の20億ドル弱やインドの約35億ドルは言うまでもなく、EU全体の190億ドルをもはるかに超えている。

また、中国では、フィンテックが発達しており、シリコンバレーとのネットワークも充実し、特にスタートアップや中小ビジネスの成長には渡りに船となっている。

第4に技術のオープンソース化やプラットフォーム経営の世界的な潮流に乗っている。日本・ドイツなどに比べて既存技術の蓄積が浅く、「過去」を守る必要もない中国社会は、技術、製品・サービスのオープンソース化意識が強く、ネットビジネスとの「相性」が合っている。特に、オープンソース化の進展は開発コストの低下をもたらし、新規参入がしやすくなる。近年、中国でベンチャーブームが生じているのは、技術や部品、情報のオープンソース化に負うところが大きいと考えられる。

第5にニューエコノミーに対する規制の寛容さもある。もともと、中国は、外資への資本規制は取られたものの、国内資本に対しては政治的にセンシティブな分野を除き、経済的に規制はしない一方、政策的な支援やインセンティブも与えないまま、「自由放任」の状態にあった。近年になって、経済成長の新たな原動力を模索する中国政府は、規制の隙間をくぐり抜けて強い成長力を見せているネット経済を中心とするニューエコノミーの可能性に政策のプライオリティーを置き、政治的なセンシビリティーに注意しながら、ネット企業の活力を活用する方向に転換し、「先放後管」(先に自由放任、後でルール化)、「包容審慎」(寛容で慎重:accommodating and prudent)という規制方針を取っている。「包容審慎」規制原則の下で「電子商取引、電子決済、シェア自転車などは急速な発展を遂げた」と李克強首相も自慢するほどである。

第6に新技術の受け入れに対する中国人消費者の積極的な態度が存在する。現地での調査や体験で分かるように、中国人消費者は、老若男女を問わず、新技術に群れやすく、「リスク」よりも効用を重んじる国民性があるように思われる。例えば、ネット決済にはリスクがあるにもかかわらずスマホ決済を好んで行うことは言うまでもなく、「自動運転」に対する国民の態度に関しても、中国の消費者は欧米より積極的であるという調査結果がある。

(3)イノベーション活動の持続性に制約要素も

このように、中国におけるニューエコノミーが日欧より早く台頭し、米国と並んで世界の先頭に立つことができたのは、前述したいくつかの優位性があったからである。しかし、新経済におけるイノベーション循環のメカニズムが市場の力によって完成するまでには、いくつかの制約や挑戦が存在する。

まず、ニューエコノミーに入り過ぎた産業政策のフェーズアウトが必要である。アリババやテンセントなどのネット企業を中心とするデジタル産業の隆起は、産業政策ではなくハングリー精神にあふれたベンチャー企業家が海外の技術や民間資金を取り入れ、ビジネスを通じて消費者のニーズを満たして成長してきたのである。(金 堅敏(2015)「中国のネットビジネス革新と課題」を参考されたい)一方、図表3が示すように、近年中国で生じているベンチャーブームは、政府の政策支援や政府出資のあるベンチャー資金の潤沢な供給で依存している側面も否めない。政府資金の導入は、ベンチャービジネスにおいて市場リスクの判断を歪める可能性が高い。実際、太陽光パネル分野では、政府の過剰介入で生産過剰になってしまった苦い経験があり、電気自動車分野では市場ニーズを大幅に超える生産能力が生じている。シリコンバレーにおけるイノベーションの持続性は市場メカニズムによって保障されていることを中国も理解すべきである。

図表3:新たなイノベーションシステムの構築
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(出所:清科集団、Forbes)

次に、海外情報に対する過剰な統制の問題がある。筆者は政治学者ではないので政治的にセンシティブな問題を議論する学識は持ち合わせていないが、海外情報のシャットアウトはイノベーションに欠かせない知識や技術情報の伝播も阻害する可能性があり、中国のイノベーションの活力が損なわれる可能性も高い。筆者は度々、シリコンバレーのベンチャー活動調査に訪れているが、シリコンバレーの成功経験は、自由闊達な思想文化や少数派・移民への寛容さがあってはじめて成し遂げられたのである。

さらに、中国の在来産業のデジタルトランスフォーメーションは、日米欧と比べ、大きく遅れている。中国のニューエコノミー分野は先進諸国と引けを取らないと評価できるが、在来産業では大きく後塵を拝している。中国のニューエコノミーの成長力が在来産業と融合し、在来産業が収益性や革新力に富む産業として生まれ変われるのかは課題として残る。

中国では、スマホ決済による在来金融サービス(銀行業、保険業、資産運用業など)の変革、フィンテックを活用した電車やバスなどの交通インフラのスマート化、シェアバイクの勃興による在来自転車産業の変身、IoTやAI技術による物流システムの近代化、メディカルモールの創設など、ニューエコノミーサイドからオールドエコノミーへの「領空侵犯」が生じるケースが数多くみられる。在来産業において、家電メーカーのハイアールが社内部門をイノベーションユニットに分解してHOPE(Haier Open Partnership Ecosystem)を構築するなどの取組みも見られたが、全体として、特に製造業のデジタル化への対応で評価しうるような成功事例はまだ少なく、今後の経過を見て判断する必要がある。

このように、中国における創新駆動の経済成長への転換が成功するためには、ニューエコノミー分野に限らず、在来産業をも含む経済産業全体が革新的な体質に変化していく必要がある。進展は見られるが、様々な挑戦も待ち受けている。

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本記事の執筆者

経済研究所
主席研究員

金 堅敏(Jin Jianmin)

専門は、通商政策、中国経済・産業、ニューエコノミーとIoT時代のイノベーション政策/活動。中国浙江大学大学院/横浜国立大学国際開発研究科修了。博士。

主な著作に『図解でわかる中国有力企業と主要業界』(日本実業出版社)、『華人エコノミストの見た中国の実力』(共著、日経新聞出版社)、『中国 創造大国への道 ビジネス最前線に迫る』(共著、文眞堂)、『自由貿易と環境保護:NAFTAは調整のモデルになるのか』(風行社)、“The Changing Currents of Transpacific Integration: China, the TPP,and Beyond”(共著、Lynne Rienner Publishuers)、ほか

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