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ヨーロッパの「産業AI」戦略

ヨーロッパの「産業AI」戦略

発行日:2020年1月31日

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要旨

  • ヨーロッパは、AIの開発と応用の面で立ち後れつつある。その遅れを取り戻すため、2019年、EU諸国政府の大半は、国家のAI戦略の公表または見直しを行った。
  • これらの戦略は、米国/中国のインターネット大手企業と競合している機械学習に留まらず、さらにその先を見越したものとなっている。
  • 新たなAI戦略では、フランスの「学術」研究とドイツのAI「産業」応用戦略を幅広いAIモデルと効果的に組み合わせ、ますます多くの従来型ビジネス分野に応用しようとしている。

機械学習以降のAI戦略

前回のニューズレター「ビッグデータおよび機械学習以降のAI戦略:欧米中の比較からわかること」(2020年1月10日発行)では、米国や中国のイノベーションリーダーが台頭する中、EUが効果的なAI開発の方法を見出そうと悪戦苦闘していることについて述べた。機械学習の進歩には、大規模なデータセットの可用性とモデルのトレーニングへの多額の投資が欠かせないが、この分野における現在の成功の多くは、米国と中国のインターネット大手企業による莫大な投資と実験によってもたらされたものである。それに対し、ヨーロッパ市場はまだ国ごとに分断されており、EUのインターネット・プラットフォーム企業は小さすぎ、データへのアクセスもまた、AIエコシステムの繁栄を実現するには、規制が厳しすぎる。ただし、AIアプリケーションの将来的な成功は、機械学習研究の現在の成功に完全に依存するわけではないことも指摘されている。

むしろ、学術面において、より多様なAI技術に焦点を当てながら、それらを機械学習の進歩や様々なビジネス分野のニーズへと結び付けるAI戦略の方が、はるかに有益であるように思われる。また、コンピューター・ビジョン、自然言語処理、制御方法などの重要なAI機能の応用について言えば、医療から輸送、セキュリティや文書管理までの様々なビジネス分野において、多数の小規模な、特定の専門分野に特化したAI企業からなるAIエコシステムを広く支援する方が、機械学習の進歩の時間短縮を図るよりも有用と考えられる。

AI特許出願に関する図表1は、プラットフォーム企業であるAlphabet / Googleと産業サービスであるSiemensという2つの企業を比較し、機械学習開発における類似性と、AIアプリケーションにおける大きな相違性を示している。基本的な「AIテクニック」の研究は、両社ともに機械学習に重点を置いていることを示している。「AI機能」アプリケーションも同様に、コンピューター・ビジョンと言語処理に集中していることがわかる。

ただし、「AIフィールド」のビジネスアプリケーションのターゲットには、大きな違いがある。AlphabetのAIは、スマートデバイス(Android / Google Home)から位置情報サービスまで、プラットフォームビジネスをサポートしている。一方、シーメンスは、病院から自動車製造までのサービス/産業用途に焦点を当てている。「トランスポートAI(輸送関連AI)」などいくつかのAIアプリケーションでは両社は強力な競争相手になり、セキュリティ用のAIなど他の分野では相互に有益なアプリケーションを開発している。ただし、競争相手になりそうな自動運転のアプリケーションであっても、両社がお互いに相手の土俵に乗ることはほとんどない。なぜなら、シーメンスはセンサー制御のためのAIに焦点を当て、Googleは空間ナビゲーションのためのAIに焦点を当てているからである。

(図表1)アルファベット(グーグル)とシーメンスのAI特許の比較

(図表1)アルファベット(グーグル)とシーメンスのAI特許の比較

出典:世界知的所有権機関(WIPO、2019年)特許データ。
注:円の大きさは特許数に比例している。

フランス政府が再生させたEUのAI研究

AI研究における欧州の強みを伸ばしながら、ビジネスへの応用を拡充するために、新しいフランス政府は、フィールズ賞を受賞しながらもマクロン政権のもとで政治家に転向した類いまれな数学者、セドリック・ヴィラニを中心とするチームにレポート(Villani 2018)の作成を委託した。同レポートは、フランスの学術的能力を基盤として、野心的かつ的を絞った方法でAI開発に取り組むための土台を築いた。レポートの提言に沿って、フランス政府は、研究資金の大幅な増額(約15億ユーロ)と、AI開発のための学際的ネットワークの核となる4つのデジタル研究機関の設立に向けて取り組むこととなった。

また、同レポートは、フランスが特に強みとする、一握りの産業に資源を集中するよう勧告している。政府の戦略では、最終的に、わずかふたつの産業における研究と支援を重視する予定である。そのひとつ、医療・健康セクターは、強力なAIデータセンターを必要とする。もう一方の輸送・モビリティセクターは、自動運転の開発のために、法制度、インフラストラクチャーの面で強力な支援が必要である。また、各所に分散した民間・政府のデータソースへの幅広いアクセスが必要であることも、フランス政府は認識している。そのため、戦略では、EU委員会(EUC)に対して、ヨーロッパのデータへの広範かつ自由なアクセスの確立を求めるとともに、他国政府との連携のもとで賛同できる倫理規定を提供し、AI開発に対する一般の人々の受容を支援するよう呼び掛けている。

同戦略は、ヨーロッパにおけるAI関連企業の取り組みに、直ちに効果を現した。「国際的な活躍がみられるAI企業は、市場での存在感を高め、研究拠点設立および協力センターの開設を行っている。ヨーロッパで強い存在感を誇る日本の大手ICTサービス企業である富士通は、2018年3月、同社の主要AIハブのひとつであるAIセンターを、パリ・サクレー地区に開設した。2019年2月、EU委員会も呼び掛けに応えて『AIに関する協調的計画(Coordinated Plan on AI)』(注1)を承認した。また、さらなる取り組みを推進するため、人工知能に関するハイレベルエキスパートグループ(High-Level Expert Group on Artificial Intelligence)のメンバーに任命された。同グループは、2019年4月に『信頼できるAIのための倫理ガイドライン(Ethics Guidelines for Trustworthy AI)』(注2)と題する文書を発表した。EUの研究プログラム「ホライズン2020(Horizon 2020)」も、同プログラムで既に決定されていた26億ユーロに、15億ユーロを上乗せした。それに続く次期プログラム「ホライズン・ヨーロッパ(Horizon Europe)」では、2030年までの間に、最大200億ユーロの投資が計画されている。さらに、2021~2027年に92億ユーロを投じる「デジタル・ヨーロッパ(Digital Europe)」プログラムは、経済全体でのAI技術の利用促進に大きく重点を置く予定である。

しかし、現実に影響を及ぼすためには、倫理プラットフォームと研究資金の増額だけでは不十分である。そのため、EUCは、加盟国に対して、可能な限り早期にAIに関する国家戦略を策定するよう呼び掛け、その結果、大半の加盟国の政府が2019年中に戦略を策定した。策定されたこれらの戦略は、概して、応用研究能力の向上を図ろうとするフランスの「学術的な」試みと、より広範な産業戦略の一環としてAI開発を活用することに重点を置くドイツの「産業的」取り組みとの中間に位置付けられる。

産業AIのスロースタート

フランスからの警鐘とEUによる国家戦略の後押しに続いて、ドイツ政府も遅れじと、急速に取り組みを進めている。ただし、フランスと比較すると、産業用アプリケーションに依然として重点が置かれている。当初からドイツのAI戦略は、長年にわたる「Industry 4.0」デジタル化プロジェクトの一環として進化した。

政府が特に懸念しているのは、AIをめぐる様々な機会に対するドイツの中小企業の反応が遅いことである。図表2は、生産と物流における中小企業と大手企業のAIアプリケーションとの間に特に大きなギャップがあることを示している。これら2つのセクターはドイツの産業ビジネスモデルにとって不可欠であるため、AI開発にはこれらのビジネス分野での特別なサポートが必要である。

また、このグラフは、中小企業による外部のAIプロバイダーの使用率が低いことも示しており、これはAIスキルのギャップを解消するための足かせとなる。したがって、産業におけるAIパートナーシップに対する政府の支援は、特に重要と見なされている。

(図表2)ドイツの中小企業と大手企業における既存のAIアプリケーション(回答率%)

(図表2)ドイツの中小企業と大手企業における既存のAIアプリケーション(回答率%)

出典: IIT (2019)。注: 企業調査データ。

経済エネルギー省、教育研究省、労働社会省が協力し、短期間で組織した委員会は、6か月も経たないうちに、AI戦略を取りまとめた(注3)。2019年11月現在、同戦略は「ドイツとヨーロッパをAI技術の開発・利用におけるグローバルリーダーとする」ことを目指している。そのため、当初より、フランス政府の戦略を二倍増しにした思い切った取り組みを計画した。30億ユーロ(2025年まで)の資金を投じるとともに、100のAI関連の教授ポストの新設(フランスは40)が提案され、12か所の中核的AI研究開発センターの設立が計画された。これらの研究開発センターを、独仏共同の研究開発ネットワークと結び付けることにより、ヨーロッパのイノベーションクラスターを創出する。フランス政府と同様、同戦略は、EUCに対して、ヨーロッパ全域でデータを安全に共有する環境を整備することを求めている。また、既存の中小企業研究開発センター(SME Center of Excellence)(ドイツの「インダストリー4.0(Industry 4.0)」戦略の一環としてこれまでに設立)には「AIトレーナー」を配置、年間1,000社以上の企業との連絡・サポートに当たる。さらに、スタートアップ企業は、AIベンチャーキャピタルのための「テック・グロース・ファンド(Tech Growth Fund)」イニシアティブにより、新たな資金調達の機会が得られるようになる。

しかしながら、AI戦略の導入から1年が過ぎ、それに対する批判も強まるとともに広範囲に広がっている。批判の要点は、30億ユーロの公的資金が提案されたにも関わらず、実質的には未だに何も投入されていないという点である。既存の資金は限られたままで、以前の研究資金計画に基づいて支払われる約5億ユーロに留まると思われる。計画されている新たな教授ポストのうち、公示されたのは30に留まり、現在交渉中のものとなると、わずか3ポストに過ぎない。また、新たなAIセンターもまだ一切設立されておらず、既存のセンターへの資金供給は潤沢とは言えない状況にある。既存の技能センターに新たに配置された「AIコーチ」も、22名のみである。年金基金等の大口投資家によるAI技術投資を促すはずであった「デジタルファンド」の創設に関しても、まだ計画段階にすら達していない。フランスやEUとの国際協力は合意に達しているが、具体的なプロジェクトはほぼゼロである。その代わりに、計画に携わっている3つの省庁から、一連の小規模なイニシアティブ(約100件)に対して出資が行われているが、その多くは、AI価格競争プロジェクトや事業支援プロジェクトへの追加資金として供給されている。

ヨーロッパのデータ市場を統合する

ドイツ政府は、そのような批判に対する対応として、研究予算に割り当てる資金を増やすとともに、戦略の実施に関してほとんどのレベルでフォローアップを行っている。また、ドイツAI研究センター(German Research Center for AI、DFKI)に代表される既存のAIセンターへの財政支援を2022年までに倍増する予定である。大学におけるAIポストの新設も加速している。国際協力に関しては、現在、データ・クラウド・イニシアティブ「ガイア・エックス(Gaia-X)」(BMWi 2019)を重点的に進めている。このデータインフラの開発は、当初は、ドイツ政府とパートナー企業(ドイツテレコム(Deutsche Telekom)、ドイツ銀行(Deutsche Bank)、シーメンス(Siemens)、ボッシュ(Bosch))が行う予定である。

「ガイア・エックス」は、オープンでセキュリティが確保されたエコシステムの中での政府と民間のデータの照合・共有を可能にするEU全体の「AIクラウド」として、AIの研究者や企業のアプリケーション開発者の利用に供される予定である。AmazonやGoogle、Microsoftといった企業が提供する現在のクラウド・プラットフォームとは異なり、EU政府のデータへのアクセスが追加される一方で、米国や中国など、外国の非協力的な政府によるアクセスは制限されることになる。この新たなクラウド・プラットフォームの開発のため、ドイツの同イニシアティブは、2020年初旬から(EUの)パートナー国および企業に開放される予定である。このイニシアティブにより、ドイツ政府は、支配的な米国の民間クラウド・プロバイダーから「データ主権」を取り戻すだけでなく、米国政府が、その所在場所を問わず、米国系テクノロジー企業のサーバーのデータを要求できるようにする米国CLOUD法(CLOUD:Clarifying Lawful Overseas Use of Data )に対抗する意図もある。同プラットフォームは、政府・企業データのEU全体での一元管理・統合を図ることにより、米国および中国のインターネット・プラットフォーム上でのデータ統合に代わる方策を提供することが期待されている。

「産業AI」戦略の出現

上記のようなドイツのAI戦略の追加・修正により、新たな方向性が見えてくる。つまり、ドイツ政府は、学術的なAI研究における強みと、拡大を続ける同国のデジタル化プラットフォーム「インダストリー4.0」とを統合しようとしているのだ。「ガイア・エックス」クラウドに基づいて、EUのデータは統合・共有されることになる。さらに、研究センターはフランスとドイツが強力にリードする中、各国政府の支援を受けるとともに、多額の追加資金を提供するEUの「ホライズン」研究プログラムのもと、欧州ネットワークの一部として協力する。

以上の結果、新たな戦略では、既存のAI研究とともに、「インダストリー4.0」の一環として、AIの応用の可能性がある分野に重点を置く。これは、新技術を開発したり、新市場を開拓したりするのではなく、むしろ、新技術を従来型セクターに応用することに重点を置くヨーロッパの取り組みを強化するものである。能力開発についても、同じことが当てはまる。米国や中国において現在推進されているような新たなAIスキルやビジネスモデルの構築に取り組むのではなく、既存の技術や(工学的)スキルのアップグレードを図り、新たに登場するAIの応用分野に統合する。

ヨーロッパのAI戦略の主たる目標は、米国の民間のGAFAプラットフォームや、中国政府が支援する寡占的なEコマース企業に代わるものとして、政府主導型の効果的なAIガバナンスモデルを構築することにある。そのためには、超国家的な倫理の枠組みを整備し、官民データの自由な流通の実現を目指して、各国の国家戦略の調整を図ることは、正しい方向への重要な第一歩であると思われる。しかしながら、フランスの「学術」研究とドイツのAIの「産業」応用の組み合わせが大きな進展をもたらすか否か、その成功のカギを握るのは、AI応用技術の活気あるエコシステムを育成できるかどうかにかかっている。そうした点を踏まえ、次回のニューズレターでは、AIスタートアップ企業の新興市場について分析し、フォローアップを行う。

参考文献

schulz

本記事の執筆者

経済研究所
上席主任研究員

Martin Schulz(マルティン・シュルツ)

専門:国際経済、企業戦略、対外投資など

1989年 ベルリン自由大で政治学修士、1990年 経済学修士を取得、1996年 同大学で博士号(経済学)を取得。1998年まで同大の政治経済研究所助教授。1996年以降、英国バース大学、イタリアのバリ大学、ポーランドのシュテティン大学、ベルリン社会科学学術センターにて勤務。1991年~1993年 東京大学社会科学研究所研究員。1997年 立教大学経済学部奨励研究員。1998年~2000年 東京大学社会科学研究所研究員および同大学経済学部研究員。一方、1998年~1999年には日本銀行金融研究所に滞在。2000年7月 富士通総研経済研究所入社。

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