社員の心理的側面から見た働き方改革―ハラスメントやコンプライアンス問題を指摘できる雰囲気づくりを―
要旨
- デジタル・ヘルスの現状と今後を議論する国際会議、WHINN (Week of Health and Innovation)が2018年10月にデンマークで開催された。
- ヘルスケア領域におけるテクノロジーの導入が進んでいる一方で、実装プロセスの加速化が各国共通の問題意識として浮かび上がっている。
- 本稿では、国際会議での議論を中心に、デジタル・ヘルスの議論の動向として実装の加速化についての論点に焦点をあてる。
ヘルスケア領域におけるデジタル・イノベーションの議論の場
- WHINN(Week of Health and Innovation(注1) というヘルスケア領域におけるデジタル・イノベーションをテーマにした国際会議がデンマークで2018年10月に開催された。会議場内で様々な機器の展示も行われており、欧州を中心としたデジタル・ヘルスの現状をアピールすると同時に、世界各国のヘルスケアビジネスに携わるプレイヤーが共に様々な新しいアイデアを考案する機会を提供することも意図した会合でもある。
- 開催地であるオーデンセ市は、ヘルステック(Health Tech)産業で国際的に知られる場所である(注2) 。デンマークの首都、コペンハーゲンのあるシェラン島およびドイツと地続きであるユトランド半島に挟まれたフュン島という島に位置している(図1)。市はヘルステック産業に注目し、10年ほど前からその発展に注力してきた。南デンマーク・ヘルスイノベーションセンター(Health Innovation Centre of Southern Denmark)(注3) という国際的によく知られるリビングラボがあり、行政、企業、病院等、多様な主体による共創が取り組まれている。
図表1:オーデンセ市の所在地
(画像出所:国土交通省(注4) )
- 今回の国際会議では論点が多くあったものの(注5) 、デンマークだけでなく参加していた多くの国(主に欧州、北米)が共有していた問題意識はデジタル・ヘルスの社会実装を進めていくうえでの様々な課題であった。ヘルスケア領域にテクノロジーが導入されることは前提となっており、そこに対してなぜ必要かという議論はほぼなかったが、関わる人々の間に益がもたらされる形での実装をいかに実現していくのかが重要な論点となっていた。
デジタル・ヘルスの社会実装
- 慢性疾患、精神障害、認知症、がん治療など、ヘルステックの活用領域は多岐に渡っている。このトレンドのなかで課題として捉えられているのは、社会実装にかかる時間の長さである。これは、そもそも「社会実装」とは何を指すのかという問いに大きく関わるが、WHINNの議論のなかでは、導入の準備から技術もしくはそれに基づくサービスが日常に定着するまでを指していた。
- その定着にとって重要だとされていたのが、病院や自治体、民間事業者など技術を実際に導入しサービスを提供していく組織内のマネジメント体制を既存のものからテクノロジーをうまく活用できるものへとどう転換していくべきなのかという視点である。
- 上述の南デンマーク・ヘルスイノベーションセンターは、実装にかかる労力を分けて考えるとすると、テクノロジーそのものに対する理解が全体の20%、残りの80%は組織化にかかる労力であるという見解を示しており、各国の実践者たちも肌感覚として類似の認識を共有していた(注6) 。
- この組織化に多大なエネルギーと時間がかかり、プロジェクトがやっと軌道に乗ったころには、採用しようとしていたテクノロジー自体がもう古いものとなってしまっていることもあるとの指摘もあった。ある事例では、定着までに17年を要したことが言及されている(注7) 。それは、実証実験の期間も含め、現場のスタッフとマネジメントサイドが幾度も試行錯誤を繰り返し、やり方を変えながら安定した方法へ辿りつくまでに要した時間である。初期のプロジェクトでは試行錯誤を繰り返しながら進めるため、全期間としてこのように非常に長い時間がかかったという面がある。したがって、その後に続くプロジェクトでは短期化が見込まれるが、総じて、ある特定の技術、製品やサービスを採用し、実際に使用し成果を出すまでのプロセスの加速化が課題となっている点が各国共通で認識されている。
求められる加速化に必要とされる知見とは
- このような課題に対し、社会実装についての知見を収集し、それに基づいた効果的な方法を検討するにはどのような視点が重要だろうか。図2に示したのは、英国で様々な「実装」の理論化を研究しているFinchによる整理で、実装の段階を3つに分け、それぞれのフェーズでどういった変化が期待されるのかをモデルにした概念図である。
- このモデルでは、第1段階をImplementation(実装、実施)とし、ある実践を実行に移すことを組織化するという意味をもつ。第2段階はEmbedding(組み込み、埋め込み)として個人もしくは団体の日々の仕事のなかに実践が組み込まれる過程を表している。そして、最終段階として組織のなかに根付く基盤や土台のなかで実践の形態が再生産されるようになり維持されることをIntegration(統合)と呼んでいる。
図表2:実装の段階概念図
(出所:Finchの発表(2018)(注8) を基に富士通総研作成 )
- このように実装にかかるそれぞれの段階をマクロな視点で抽象化する視点を精緻化していく作業が重要な一方で、その各段階において様々なデジタルサービスの定着を阻害している(もしくは促進を助ける)要因を特定していくことも加速化を進めるうえで重要な知見である。ただし、その特定は非常に難しくもあり、体系的な知見の蓄積へ向けて様々な研究が積み重ねられているところでもある(注9) 。
- 今後こういった段階毎の要因の特定が進み、実際にテクノロジーを利用・活用する際の医療・介護現場での人材配置やどういったタスクをどう切り分けるのか等、業務の内容やプロセスの変化がどう呼応するかというより実践に近いミクロな視点を併せ、円滑な実装プロセスへ繋げることが期待される。
- また、定着の阻害および促進要因の特定は、実践の成果をいかにして測定し評価や振り返りに活用するのかという視点にとっても重要である。現状では、こういったヘルスケア分野へのテクノロジーの導入と活用に関する成果評価はまだまだこれからであるという認識が共通ではあったが、図3に示すように、実装・実施、サービス、クライアントの3視点から総合的に評価を進めていく必要性が指摘されている。
図表3:成果(アウトカム)の評価視点
(出所:WHINN, Track 7(注10) での議論より )
- 今回の議論ではあまり触れられなかったが、実装のプロセスにおいては、現場の専門職や自治体の職員だけではなく、サービスや技術を開発する側のプロジェクトへの関わり方もまた重要な論点である。
- 今回の会議の議論から浮彫りになったのは、各国がデジタル・ヘルスの社会実装に取り組むなかで直面している課題の共通性である。
- 国によってヘルスケアの体制には違いがあり、実施主体や財政的な体制等により、実装のプロセスで重要になってくる側面にも違いがある。その前提に立ちながらも、それぞれの定着のプロセスからどういった要素を抽出し、より一般的に応用できるのかという視点から分析と考察を継続していくことが求められている。
注釈
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(注1)マイクロソフト、フィリップス、ソニー、アクセンチュア等、7つの企業および団体がスポンサーとして名を連ねる。デンマーク第3の都市、オーデンセ市で開催され、オーデンセ市(自治体)、オーデンセ市が所在する南デンマーク地域(広域自治体)、オーデンセ大学病院、Welfare Techと呼ばれるデンマークのヘルスケアとイノベーションのハブ組織(民間企業、公共セクター、研究機関がメンバー)、南デンマーク大学、Healthcare Denmarkという厚生省を中心としたデンマークの省庁と民間企業が共同設立しているヘルスケアのPR団体の6団体が会議の運営を担う。
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(注2)童話作家アンデルセンの生まれた町として有名であることに加え、海運最大手のデンマーク企業、マースク(Mærsk)を支えてきた造船業を中心に発展した都市でもある。
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(注3)
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(注4)国土交通省国土政策局 各国の国土政策の概要
http://www.mlit.go.jp/kokudokeikaku/international/spw/general/denmark/index.html -
(注5)パーソナル・ヘルスの活用や専門職の雇用、医療用大麻などのテーマが取り上げられていた。
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(注6)デンマーク、英国、スコットランド、ドイツのそれぞれの自治体職員、医療従事者、ヘルスケアテクノロジーのコンサルタント、大学教授がパネルディスカッションを行うセッションで示されたもの。
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(注7)アムステルダム自由大学Chiritiann Vis氏の報告より。
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(注8)Finch, T. (2018) “How do we know when something is implemented?”, presentation at WHINN – Week of Health and Innovation, October 2018 in Odense, Denmark
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(注9)今回の国際会議にも出席していたオランダ、英国、デンマークの研究グループは、今年発表した論文のなかで精神障害患者向けのデジタルサービスに関して要因の特定を試みている; Vis et al. (2018) Improving implementation of eMental health for mood disorders in routine practice: systematic review of barriers and facilitating factors. JMIR Mental Health, 5(1): e20.
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(注10)Implementing eHealthと題し、10月10日に開催されたセッション。

本記事の執筆者
上級研究員
株式会社富士通総研 経済研究所 上級研究員
2012年~2015年 デンマーク、オールボー大学、比較福祉研究所(Centre for Comparative Welfare Studies)に4年間在籍し、2016年 富士通総研入社。 専門領域は社会政策学、高齢者福祉、ライフコース研究。
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