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フォーカス「AIを活用した障がい者支援」

2018年6月11日(月曜日)

【フォーカス】シリーズでは、旬のテーマに取り組むコンサルタントを対談形式で紹介します。

AI技術の発展に伴い、障がい者支援といったヘルスケアの領域で、新たな発想をすることが可能になりました。これからどのような夢が生まれるのでしょうか?

本対談では、「AIを活用した障がい者支援」というテーマで、国立病院機構東京医療センター聴覚・平衡覚研究部の松永部長と、富士通総研(以下、FRI)の亀廼井シニアマネジングコンサルタント、田村コンサルタントに語っていただきました。進行役は沖原プリンシパルコンサルタントです。

1. AIを活用した障がい者支援への期待

【沖原】
ある調査会社によると、2015年のAI市場は約3.7兆円ですが、2030年には87兆円に膨れ上がると予測されています。また、平成28年の内閣府基本的統計によると、日本の身体的障がい者は393万人、知的精神障がい者を加えると900万人います。本日はAIと障がい者支援というキーワードの組み合わせでお話を伺います。松永先生は聴覚平衡覚障がいを専門に研究されていますが、医療の現場や研究の最前線から障がい者支援について、どのような想いをお持ちでしょうか? 長く携わって直面している問題やジレンマ、限界があれば、教えていただければと思います。

【松永】
障がい者のリハビリテーションは著しく進んでいますが、それは工学の技術、人間の体の仕組みに沿った人間の工学といった科学の進歩のためだと思うのです。ただ実際は根本的に治すことがほとんどできない状況です。やはり医師としては、リハビリテーションも大切ですが、できるなら根本的に治したいというのがありますね。完全に治せないまでも、少しでも障がいを軽くできれば、あるいは進行を止められればと思っているのですが、それもまだ現状ほとんどできません。そこが困難を感じている点です。ただそういう中で光明を見出しつつあるのは、こういう障がいが起きた場合でも、早く見つけて早く対応すれば、最終的にずっと残る障がいの影響を少なくできるのです。後から見つかって後から対応する場合、いくら頑張っても早期に見つけて早期に対応したものに追いつけないのです。「早期発見・早期介入」ということで、完全に治すことはできないものの、少しでも障がいを軽くすることはできる。そこが今、現実的に僕が取り組んでいることでもあるし、将来的にはさらに根本的に治すという夢はありますが、それはその先にあることという認識を持っています。そのような例として、現在、私はゲノム診断へのAI技術導入に関心を持っています。

【沖原】
「早期発見・早期治療」が重要ということですが、実際問題、今の医療の現場の実態として、早く見つけて早く対応するアクションは取りやすいのでしょうか?

【松永】
社会のシステムが整ってきたので、20年前と比べたら取り組みやすくなっていると思います。でも、現場にいる立場から言うと、まだ望むところの半分も行っていない感じです。昔のゼロに近い状態からは格段の進歩ですが、実際に目の前にいる患者さんで、そういう形に達することができる人は半分もいませんから、早く見つけたいのですが、まだまだというのが現状だと思います。

松永

松永 達雄(まつなが たつお)
国立病院機構東京医療センター 臨床研究センター 聴覚・平衡覚研究部長 臨床遺伝センター長/耳鼻咽喉科
難聴診療、特にゲノム解析を用いた遺伝性難聴の診療と研究が専門。
慶応義塾大学医学部卒、医学博士。耳鼻咽喉科専門医、補聴器適合判定医師。
慶応義塾大学病院耳鼻咽喉科(1988-1992)。川崎市立川崎病院耳鼻咽喉科 副医長(1992-1996)。
慶応義塾大学医学部耳鼻咽喉科 助手。ペンシルバニア大学医学部留学(1996-1999)。
国際医療福祉大学言語聴覚障害学科 助教授(1999-2001)。
国立病院機構東京医療センター耳鼻咽喉科(2001-)
慶応義塾大学医学部耳鼻咽喉科 非常勤講師 (2003-)

【沖原】
ということは、さらにブレークスルー、加速する部分が必要ということですね。そういう中で、早く見つけられなかった、対応を打てなかった方に対して、例えばAIが支援することへの期待というのは、医療の現場でもあるのでしょうか?

【松永】
それは大いにありますね。人間の体に起きる障がいの原因というのは非常に複雑なのです。人間が医師の頭で理解したり、記憶したりできる量を遥かに超えています。しかも、その知識や情報は日々すごい勢いで増えていますし、昔、正しいと思って学習した内容がしばらくすると間違っていたり変わっていたりして、変化が非常に激しいのです。なので、人間の得意とする新しいアイデアとか、発想とか、そういうところは生かすべきだと思うのですが、膨大な情報を分析して、その中から妥当なものを選んで、組み立てて、といったところはAIに助けてもらうと、その効能が非常に大きいと思います。例えば遺伝子の変化が難聴の原因かどうかを判断する時は、多様なデータを検討したり論文を読んだりして国際的に標準化されたルールに基づいて進めますが、この作業などにAIの活用が可能であると考えます。

【沖原】
田村さんは、視覚聴覚二重障がい者の支援を目的としてAI技術を活用した指点字(注1)マシンを開発したということですが、開発に至った経緯や、その装置の長所や評価について、説明いただけますか?

【田村】
私が開発した盲ろう者コミュニケーション支援機器は、「フィンガー・ブレイル・コンバーター」(Finger Braille Converter)(注2)と先生に名付けていただきました。元々私はこの病院に患者として来ていて、「音声認識を使った聴覚障がい者向けのアプリがあるけど、もう少し変われば、視覚聴覚二重障がい者でも使えるようになるのに」という先生方の話に基づいて作ってみたものです。松永先生にお見せしたところ、「面白い、一緒にやりましょう」と、お声かけいただきました。AIを使って、低コストに障がい者支援を実現可能とする点、に強く興味関心をお持ちいただきました。実際、視覚聴覚二重障がい者の方に使っていただき、簡単な単語でしたが、「わかります」と評価いただきました。従来は、支援者が1人ついて、視覚聴覚二重障がい者の指を点字タイプライターに見立てて指を重ねて、聞こえた言葉を叩いて単語を伝えていたのです。人が人に教えていたものを装置とAIで代替できないかという発想です。人手だと1時間数千円かかりますが、視覚聴覚二重障がい者が他人の手を借りずに自立できる可能性が見えてきたというのが、この指点字マシンの意義かと思っています。

フォーカス「AIを活用した障がい者支援」

【図1】Finger Braille Converter(AI支援)の特徴

【沖原】
実際に二重障がい者の方からはどのような反響がありましたか?

【田村】
知り合いの視覚聴覚二重障がいの方に、スマートフォンを使ったプロトタイプの指点字マシンを使っていただいて、支援者なしにコミュニケーションできるか試したところ、「私のこと分かりますか?」と言ったら、「わかりましたよ」と、返ってきました。まだ一言試したくらいですが、もしかしたら、目が見えない、耳も聞こえない人がラジオやテレビで、ニュースやドラマを楽しむことができるのではないかと思います。

【沖原】
聴覚障がい以外にも様々な障がいがありますが、どのようなニーズがあるのでしょう?

【田村】
障がい者をはじめ情報の取得に制約がある人が外に出て公共交通機関の旅客施設等を利用することを想定して、バリアフリー設備の現状調査を行いました。障がい者だけでなく、高齢者や日本を訪れる外国人も含めて、文字がわからない、アナウンスが分からないことで情報が入ってこないという情報の面もあれば、階段を下りるのが大変だとか、段差があって動きにくい、電車とホームの隙間が危ないという行動の面もあります。様々なニーズが生まれてきますが、これを1つの策で解消することは無理で、様々な装置や機械や解決策を組み合わせてようやくできるわけです。これを実現するには、様々なニーズを叶える情報提供の手段としてAIが組み込まれたアプリ等が活用できると思いました。

【亀廼井】
多岐にわたるニーズに応えていくことが、AI技術を社会に役立つ形で発展させていくことにつながると考えています。人間の五感のうち視覚と聴覚におけるAIの活用はかなり進んでいて、田村さんが開発した盲ろう者コミュニケーション支援機器でも、AI技術の活用で様々な人の声をより正確に認識できるようになった音声認識技術を使っています。このような要素技術を目的に合わせてどこまで進化させるのか、どう組み合わせていくのか、という点でニーズの明確化が大切だと思っています。

2.障がい者支援で得られる効果は広がっていく(希少疾患から一般的疾患へ)

【沖原】
ここまでは障がいを持った当事者をAIが支援する話でしたが、その効果が生活を支える家族や知人友人まで広がっていくことは期待できるでしょうか?

【田村】
私自身が聴覚障がい者ということで、このように仕事ができることだけでも親にとっては負担が軽くなったと思います。私の知人で全く耳の聞こえない人がいますが、かつては周りの人が支援して筆談や手話を工夫して、やっと仕事ができる状態でしたが、音声認識を使ったアプリを活用したことで、周りの人の負担も減らしつつ、かつ自分の能力も最大限に発揮して仕事ができるようになったという例もあります。

田村

田村 怜(たむら りょう)
株式会社富士通総研 ビジネスサイエンスグループ コンサルタント
2014年 株式会社富士通総研に入社。入社以来、データ分析・数理最適化を用いたコンサルティングに従事。また、近年はバリアフリー・ウェルフェア領域のリサーチ、コンサルティングを実施。

【沖原】
松永先生はRare Disease(希少疾患)(注3)の研究をされていますが、その研究成果は高齢者の緑内障や白内障、難聴といった一般的な病気に対しても適用できるのでしょうか?

【松永】
僕は期待できると思います。しかも大きく期待できます。そういうCommon Disease(一般的疾患)は、その方々を対象として研究することは最初のアプローチですが、例えば目が見えない、耳が聞こえないといっても、原因は様々なのです。いろいろな人の集まりなので、共通点では研究しやすくても、少し踏み込んで元の原因となると、いろいろなものが雑多に集まっていて、わからないのです。一方、希少疾患というのは、それぞれの原因ごとに病気が1つずつあるわけなので、メカニズムが明確です。1つ1つが近いのです。だから、そういう病気を研究することによって、より深くものが見えてきます。なぜこうなるのか、それに対してどういった治療が効果を表すのか、1つのメカニズムに対して明確な答えが得られるのです。集まっているもの全部を見ていたら何もわからないけど、それを1つ1つの要素に分解して見ているのが希少疾患の研究ですから、逆に言えば、全部ではないのです。でもそういう1つ1つを分解してわかってきたものを集めることによって、つまり全体を集めた後にはもうわからない、それを分解したもの1つ1つを研究することによって、それを集めることで、全体に対してより良いアプローチが考案できるということがあるのです。

【沖原】
希少疾患の研究が裾野を広くして高齢者の病気の治療にもつながるということですね。1つ1つ研究した成果をまとめ上げていく過程にAIを活用することで、集合知として幅広い分野で転用することができるかもしれません。一方、1つの成果が他にも転用でき、技術の適用範囲が広がっていく事例はありますか?

【亀廼井】
例えば、震災の時、自動車メーカーが収集する車両走行実績データを地図上に表現することで、「この道は今ここまで通れる」「ここは通行止め」という情報が被災地支援に役立ちました。同じ発想で車いすの移動実績データを収集・分析したらどうでしょうか。より安全でバリアフリーな車いすでエレベーターに行ける道を示すことができます。車いすを希少疾患と考えれば、お年寄りやベビーカーを一般的疾患と考えられます。車いすだけでなく、お年寄りで階段の上り下りが辛い方にも、ベビーカーを押すお母さんにも使えるので、かなり転用先が広がっていくと思います。また、画像認識技術を用いて、信号を自動検知して電動車いすを止める等につなげていければ、さらに安全で安心になりますし、白杖を持った歩行者にも白杖を通じて周囲の情報を伝えられたら、より暮らしやすくなるのではないかと考えています。

3.社会的包摂への展望

【沖原】
これまで障がい者と健常者を区別する前提で話してきましたが、「社会的包摂」(Social Inclusion)(注4)という考え方があります。障がい者か健常者かの区別なく、皆が平等で生きていける社会を構築しようという概念です。この区別をなくした「社会的包摂」という概念を目指すとき、AI技術でどのような対応を打てるのか、今このタイミングで考えておく必要があると思います。AI技術によってできることは障がい者の社会的参加や雇用促進の実現かと思います。ガートナーがAIの音声認識等の環境整備によって障がい者の社会参加が増えていくと発表していますし、国際労働機関の想定データでも、10年間に3億5千万人の障がい者が雇用され、これによって医療費が1年間で190億ドル削減できるとされています。AIと就労について、どのように考えればよいでしょうか?

【亀廼井】
AIで職を奪われるというセンセーショナルな記事もありますが、むしろ障がい者の就労にプラスに働くと思います。例えば音声認識のテキスト表示によって通訳者なしでもリアルタイムで情報がわかって単独で仕事できる環境が整えば、障がい者の雇用は進むし、企業も受け入れやすいのです。今の音声認識の技術自体は多言語で進んでいて、日本語以外の音声認識ができると、それを翻訳する技術が別にあるので、音声認識をして翻訳をして外国の方とも連携して仕事ができるインフラが整うことにもつながると思います。

亀廼井

亀廼井 千鶴子(かめのい ちづこ)
株式会社富士通総研 ビジネスサイエンスグループ シニアマネジングコンサルタント
1990年 富士通株式会社入社。株式会社富士通総研へ出向。入社以来、データ分析を用いたお客様の課題解決コンサルティングに従事。2011年からは富士通の「キュレーションサービス」の立ち上げに参画した後、富士通総研にてビッグデータ分析、AIを活用したコンサルティングに従事。

【松永】
やはり障がい者が社会で活躍していくということは、その人本人のプラスでもありますが、地球全体で考えれば全体のプラスになるわけで、つまり、社会としてのプラスにもなりますよね。だから、障がい者以外の人にとっても、障がい者が活躍できるということはプラスになると思うので、「自分とは関係ない」ではなくて、「自分にも関係ある」ということを、強く認識できるといいと思います。

【沖原】
以前、松永先生から、希少疾患に悩む方は日本全国におられますが、情報が東京に集中して、地方の方は誰にどう相談していいかわからない孤独感・疎外感を持っておられるとお聞きしました。こうした十分な情報を得ることができない方々を包摂していくのにAIが役に立つでしょうか?

【松永】
距離が離れている、周りに人がいない、情報が乏しいといったことで地方の方は不便だったわけですが、AIなりICTなりで情報を提供したり、あるいは情報を集めたり、集めた情報を解析して、その方にとって最も役に立つ情報を提供したりといった、かつては物理的に難しかったことが、今はそういう技術の発展で、かなり実現性が高くなってきていると思いますね。

【田村】
実は私は医療とAIの力で今コンサルタントとして仕事ができています。聴覚障がいで周りの音は全く聞こえないというのが私の本来の聴力ですが、周囲の音に応じて聴覚神経への刺激を調節する、AI技術とも言える仕組みを活用した人工内耳によって、昔ならば聴覚障がい者には難しいと思われていた仕事ができているということに、私は感動しています。でも、一番嬉しいのは私の親かと思います。私は中途失聴で6歳頃に聞こえなくなり始め、18歳で人工内耳を入れるまで難聴が進行していましたが、私自身は記憶がなくて、一番落ち込んだのは母だったと聞いています。病気になった当人はもちろん周りの人も、深い悲しみや恐怖、これからどうなるのかと不安に襲われることがあると思います。こういう苦しみや恐怖からAIや医療の進歩によって解放される時代が来るのではないかと思います。Social Inclusionは私のような障がい者の社会的参加だけでなく、人種や宗教、信条、性別、社会的身分、障がい、性的指向といった区別を超えて1つの調和した社会を作ることを目指すものなので、高齢者や重大な疾患にかかった人、妊婦や育児中の人すべてが社会に関われる状態を維持していくのが望ましいと考えています。そのためには解決しなければならない課題がたくさんあるので、それら1つ1つに対して障がい者の当事者としてコンサルタントとして、AIや医療のパワーを借りながら解決していきます。

【沖原】
日頃、お客様の業務をいかに効率化するか、売上を上げていくか、コストを下げるかという数字重視でコンサルティングをしていますが、AIの技術が人間の根源的な部分に貢献できる発展性が期待できるというのは重要だと思います。

沖原

沖原 由幸(おきはら よしゆき)
株式会社富士通総研 ビジネスサイエンスグループ プリンシパルコンサルタント
総合電機メーカー人事部に入社。採用・教育の業務に従事。2004年 富士通株式会社に入社。2007年 株式会社富士通総研へ出向。人材育成にかかわるコンサルティングおよびロジスティクス全般に関わるコンサルティングを実施。

4.医療研究のさらなるブレークスルーの可能性

【沖原】
聴覚障がいだけでなく広く医療分野の課題で、解決できていないこと、もしかしたらICTでブレークスルーの可能性があると思われるようなことはありますか?

【松永】
これだけコンピュータの能力が高くなってくると、例えば細胞の中のいろいろなタンパク質や遺伝子の動きのような生物のシミュレーションまでできるのではないかと思います。そうすると、実際僕らは実験してメカニズムを解明し、例えば薬を作ったり治療法を考えたりするわけですが、実験するということは、ある程度、当たりをつけて、仮説を立てて、それを証明しようとするのです。だけど、その仮説を立てるところは、ある意味、勘なのです。経験から来る勘というか。でも、そこにより多くデータが入って、単なる勘ではなくサイエンスに支えられた勘が使えれば、より効果の高い実験ができます。その実験にしても、全部手作業でやるのではなく、コンピュータで「このたんぱく質はこう動く」とか「この遺伝子はこう働く」といったことを打ち込んでおけば、実際に生き物を飼って実験しなくても、コンピュータでそれを再現してくれて、「こういう実験をすれば、きっとこうなる」とできる。細胞だったらコンピュータはやりやすいと思いますが、薬を与えたらネズミの動きがどうなるかというのは、さすがに何十万、何百万という細胞の集まりだから、コンピュータではやりきれなくなると思うので、そういうところを実験する。原始的で根源的なところはコンピュータで再現できたら、もっと科学も今の進歩とは違う速さで、違う次元で進んで、よい発見が出るのではないかと思います。

【田村】
もし臓器の動きを全部コンピュータ上で細胞の1つ1つの動きまで完璧にシミュレーションできるとしたら、どんなブレークスルーがあると思われますか?

【松永】
動物実験をせずに、この薬を与えたら、どういう効果が出るかがわかってしまいます。それは動物の命を救うことにもつながりますね。

【亀廼井】
動物であれば、実際の動く時間は変えられませんが、コンピュータ上のシミュレーションであれば、速く進めることで、実際は1か月1年経たないと効果がわからないものが、短時間でサイクルを回せるかもしれません。そういう意味では、いろいろな治療法や薬の開発にかかる時間が短くなる可能性があるということですよね。

【松永】
実際、高価な薬を使わなくても効果が予測できるわけですから、コストパフォーマンスが上がりますよね。

【田村】
診断や予防医療といった面からは、どのように変わるのでしょうか?

【松永】
診断というのは複雑なのです。いろいろな要素をそれぞれ重みづけしてグレードをつけて診断するわけですが、1つ1つの情報を集めるのも手間がかかるし、そういうのを全部コンピュータがやってくれて、人間はその流れを確認するだけでできれば、ずっと速くなるし、正確になるでしょうね。

【亀廼井】
そこが進んでいくと、「早期発見・早期治療」にもつながっていくということですね。Rare Diseaseのように、この疾患でこの原因というところもわかってきますね。

【松永】
そうすると、「この人が将来こういう病気になる」というのがわかってきますから、事前に生活習慣を整えたり、薬で発症を遅らせたりという予防にもつながります。

【田村】
私は以前、松永先生に遺伝子検査をしていただいたのですが、遺伝子検査とAIが組み合わされたら、どのような医療になるのでしょうか?

【松永】
人間は遺伝子を25000くらい持っていて、それぞれの遺伝子の何百という変化が病気と関係するわけです。それを全部調べることはできないので、AIでそういった1つ1つの変化の意味をチェックして、検査を受けた人の実際の症状と関連性を見てもらえれば、診断率はずっと高くなるでしょう。できる治療法も見つけられると思いますし、その人に一番合った治療や予防もできるでしょう。でも、25000という数は僕らからすると驚くほど少ないのです。実際にはその25000遺伝子の機能をいろいろな形で調節しながら複雑に組み合わさって作用しているので、単に25000遺伝子がそれぞれ作用しているか、していないかということではないのです。

【田村】
私は山形出身で近くに大きな病院がなかったので、東京に出てくるまで優れた医療を受けられなかったのですが、離島だろうと山奥だろうと、ICTやAIを活用して最高の医療を受けられる環境ができるのではないかと考えています。僻地の診療所でも松永先生のような最高のドクターにかかることができる時代になるということですね。

【沖原】
松永先生と田村さんのような出会いを実現できる可能性は大きな希望ですね。今日は貴重なお話をありがとうございました。

(対談日:2018年5月11日)

集合

対談者(敬称略 左から)

  • 株式会社富士通総研 ビジネスサイエンスグループ プリンシパルコンサルタント 沖原 由幸
  • 株式会社富士通総研 ビジネスサイエンスグループ コンサルタント 田村 怜
  • 国立病院機構東京医療センター 臨床研究センター聴覚・平衡覚研究部長 松永 達雄
  • 株式会社富士通総研 ビジネスサイエンスグループ シニアマネジングコンサルタント 亀廼井 千鶴子

注釈

(注1)指点字 : 目も耳も不自由な人とのコミュニケーションのために点字タイプライターのキー配置をそのまま人の指に当てはめ、手と手で直接行う会話法。6点で構成される点字の組み合わせを、左右の「人差し指・中指・薬指」で相手の指を叩き伝える。

(注2)フィンガー・ブレイル・コンバーター(Finger Braille Converter):プロトタイプ開発した指点字マシン。名称は点字開発者のLouis Brailleに由来する。

(注3)Rare Disease(希少疾患): 患者数の少ない疾患の総称。希少難病、稀少疾患。成人病や感染症の多くを含む普通の病気の対義であり、Common Diseaseが一般人口を対象とするのに対し、人口10万人に対して患者が何人という単位で罹患率を表す。

(注4)社会的包摂(social inclusion) : 社会的に弱い立場にある人々も含め市民1人1人、排除や摩擦、孤独や孤立から援護し、社会の一員として取り込み、支え合う考え方。

関連サービス

【AI活用・ビジネスアナリティクス】

【ヘルスケア】