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IT弱者は若年層?
―「経済と社会の電子化」欧州第1位のデンマークにおける新たな課題と工夫―

2017年5月26日(金曜日)

本稿は、行政サービスを含む社会システムの電子化が高度に進むデンマークの現状に着目し、最近の動向およびデンマークの事例における課題とそれに対する対応について論じるものである。

1.電子化の背景

今年3月にEUの行政執行機関である欧州委員会が発表した経済と社会の電子化指標、The Digital Economy and Society Index (DESI)の2017年版において、デンマークは昨年に引き続き第1位を獲得した(【図表1】)。DESIを含め、デンマーク社会の電子化は国際的に高い評価を得ている(石黒, 2013)。

【図表1】経済と社会の電子化指標2017年版ランキング

(出所)European Commission website (https://ec.europa.eu/digital-single-market/en/desi)

デンマークでは電子化の第1段階がほぼ完了しており、様々な行政サービスのやり取りはオンライン上で行われる。次の段階として、2030年頃までにキャッシュレス社会への移行を目指しており、実際にATMの撤去が始まっている。

このような社会の電子化が促進される背景には、効率性・持続性の高い社会基盤を整え、豊かな暮らしを維持するという理念上の大きな目的があるが、実務的課題として、日本同様に高齢化による労働力減少への懸念が大きい。潜在的な労働力を考えるうえで、端的に言うと日本とデンマークの違いは女性および外国人の労働力にある。北欧諸国では「男女平等」が比較的高い程度で達成されていることがよく知られるように、女性の社会進出は1970、80年代に大幅に進んだ。現在の女性の就業率は72.8%であり、男性の75.8%とほぼ変わらない(注1)。このように「女性の活躍」はすでに高レベルで実践されているのである。また、デンマークでは日本に比べ移民の占める割合が高い。過去には移民の受け入れに対し比較的寛容な政策がとられていた時期があるが、現在国内では他の西欧諸国同様に移民増加に伴う社会問題が非常に熱く議論されている。その結果、EU諸国外からの移民受け入れは以前より厳格になっている。したがって、労働力を移民に頼るという方向の政策展開へ再び舵を切ることは、現段階では考えにくい(注2)。このような背景のもと、デンマーク政府は労働力不足を補う手段としてICTを活用したソリューションに非常に積極的であり、様々な施策を実行に移してきた。

2.個人番号制度と行政サービスの電子化

電子化政策の流れを簡単にみておくと、まず、その基盤として重要な役割を果たす個人番号制度が1968年に導入されており、約50年の歴史を持つ。【図表2】に示すように、個人番号に基づき、税務ポータル、電子私書箱、医療・保健ポータルが市民ポータルに準じて整備されており、行政サービスの提供は非常に効率化されている。2007年に導入されたこの市民ポータルBorger.dkは、上記のような生活に密着した様々な行政サービスを一元化している。また、2014年11月より、公的文書の受け取りは特別なケースを除き、すべて電子私書箱を通して行われることが義務付けられた。

行政サービス提供の効率化は公務員の業務の効率化に直結している。公的セクターが担う役割の大きいデンマークでは、全労働者に公務員の占める割合が高く、彼らの業務効率化によるコスト削減の意義は国にとって大きい。加えて、このような社会システムの電子化は職員だけでなく、ユーザーである市民にとっても個人番号と電子署名を用いて簡便に手続きができるようになっている点で非常に便利である(注3)。転居の際の手続きを例にとると、日本ではまず転出する自治体に出向き、転出届を提出し、さらに転入先の自治体へ出向き転入届を提出する必要があるが、デンマークではわざわざ役所へ出向く必要がなく、自宅のパソコンから市民ポータルを用いてオンライン上で転出・転入を登録するだけで済む。

【図表2】デンマーク電子政府のシステム構成

(出所)安岡&鈴木(2010)

3.電子化対策の盲点-若年層の社会的情報感度の低さ

社会システムの電子化においては、行政サービスのユーザーとして市民への影響が重要な論点の1つである。デンマークでも電子化によってアクセスや得られる情報に格差が広がらないよう対策が講じられてきた。情報リテラシー強化の面から政府が対策を重点化してきたのは「高齢者」や「外国人」などの、いわゆる「社会的弱者」とみなされがちなグループであった。高齢者に関して言えば、自治体の窓口の他にも高齢者の全国組織であるÆldre Sagen(エルダー・セイエン)のような市民団体からも協力を得て、多くの講習を無料で提供してきた。その甲斐もあり、シニアの電子化への対応は比較的円滑に進んでいる。上で触れた電子私書箱の使用が義務化されたことを受け、デジタル化庁が実施した調査によれば(Digitaliseringsstyrelsen, 2015)、記事掲載時から過去半年間で65~74歳の高齢者グループが電子私書箱で公文書等をチェックした頻度が他の世代と比べて最も高かったという報告があるほどである(注4)。

その一方、認識されていなかった問題点として浮かび上がってきたのが、若年層へのアプローチである。上述の調査から、15~24歳の若年層のうち約11%は電子私書箱に何らかの連絡を受け取ったにもかかわらず、ログインすらしていないことが分かった。また、ある世論調査においては、市民サービスセンターや図書館で電子私書箱およびデジタル市民サービスのサポートを受けることができると知っているかどうかについての設問で、60~69歳の86%が認識していると回答したのに対し、15歳~29歳の若年層は58%にとどまっているという実情もある(KL, 2014)。病院からの連絡やデンマークで学生に支給される給付型の奨学金に関する手続き等、重要な情報が見逃されてしまうリスクを政府は深刻に捉えている。これらの問題の背景には、IT利用そのものに対してではなく、その動機となる情報に対する若年層の理解の低さがある。南デンマーク大学で行政・市民サービスの電子化に関する研究を行っていたSøren Skaarup氏は、このような若年層特有の問題に対しサポートを提供する必要性を指摘している。

4.デンマークの例が与える示唆

デンマークの議論では、年齢層の高いグループに比べ行政サービスを使用した経験が少ないことにより、若年層には自律的にシステムを活用するための知識が欠如している点が指摘されている。そこで「Digital citizens’ duties(デジタル市民の義務)」と題して、社会システムの電子化を前提とした市民としての心得を明確にし、教育に浸透させていく方向にある。この流れを受けて、教育機関におけるカリキュラムの中で「電子化」を扱う授業は重要な位置を占めるようになっている。自治体職員やソーシャルワーカーを養成する、比較的若年の生徒が多い専門教育機関では、「共創」をキーワードに、テクノロジーとどのように共存・協働していくかの授業を展開している(注5)。自治体職員養成コースではdigitalisationの科目が開講されており、電子化、デジタル化のもたらすメリット・デメリットの両面や、利用者の抵抗について、週に1日約5時間の授業を行っている(注6)。

デンマークにおける社会システムの電子化は世界的にみても先進的な事例であり、そこで浮き上がっている課題は、日本を含め、諸外国が直面する可能性の高いものであると言える。1990年代生まれの若年層は日本同様にデンマーク社会でもDigital Native世代として、電子化に際し技術的には「心配のない世代」と捉えられてきた節がある。しかし、行政サービスの電子化においては、ツールとしてのテクノロジーに慣れ親しんでいることが自動的に「心配がない」ことにつながるわけではない。行政サービスの電子化が示すように、様々な選択が個人レベルで簡単にできるようになっている現代社会で、その選択がどのような意味を持つのかを理解することがこれまで以上に求められている。

参考文献

  • Digitaliseringsstyrelsen. (2015). Ældre slår unge i Digital Post.
    参照先: https://www.digst.dk/Servicemenu/Nyheder/Nyhedsarkiv/Digitaliseringsstyrelsen/2015/Aeldre-slaar-unge-i-Digital-Post
  • KL. (2014). 97 pct. af danskerne kender til Digital Post.
    参照先: http://www.kl.dk/Menu---fallback/97-pct-af-danskere-kender-til-Digital-Post-id165803/
  • 安岡美佳, 鈴木優美. (2010). デンマーク電子政府の試み-社会保障制度における財源徴収と情報管理-. 海外社会保障研究, 172号, 17-30.
  • 石黒暢. (2013). デンマークの電子政府戦略-行政の効率化とサービス向上の試み-. IDUN―北欧研究―, 第20号, 119-134.

注釈

(注1) : デンマーク統計局(Danmarks Statistik)統計データより。

(注2) : 全国民に占める移民の割合は8.4%であり、以前より減少傾向にある(デンマーク統計局)。

(注3) : 参考文献に挙げた石黒氏の2013年の論稿に詳しい。

(注4) : 調査時点で、このグループの8割が電子私書箱を開設している。残りの2割は様々な理由により開設を免除されている。

(注5) : デンマーク、オーフス市にある専門教育機関VIA collegeの職員にインタビュー調査を実施した。

(注6) : その5時間はもちろん、すべてが受動的な講義形式ではない。グループワークのような生徒の能動的参加を促すスタイルで実施している。

関連サービス

【調査・研究】



森田 麻記子(もりた まきこ)
株式会社富士通総研 経済研究所 上級研究員
2012年~2015年 デンマーク、オールボー大学、比較福祉研究所(Centre for Comparative Welfare Studies)に4年間在籍し、2016年 富士通総研入社。
専門領域は社会政策学、高齢者福祉、ライフコース研究。
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