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米中通商交渉の初歩的合意を読む

2017年5月25日(木曜日)

米中サミットで決められた米中経済問題に取り組む「100日行動計画」について、4月21日~5月12日早朝までの30回近くに及ぶ交渉の結果、「米中経済協力100日計画の最初の行動」(Initial Actions of the U.S.-China Economic Cooperation 100-Day Plan)という合意が発表された。10項目から成る合意内容は、農産品/エネルギー貿易、金融サービス/投資、米中経済政策の協調に及んでいる。この初歩的合意は、米中間に存在する過度な貿易不均衡問題の解決には程遠いが、話し合いによる通商問題解決に向けての糸口が多少見えてきた気がする。以下、合意の内容を検証してみる。

1. 農産品・エネルギー貿易:「牛肉 vs 熟製家禽」問題が解決へ

今回の「100日計画」における米中通商交渉においては、通商分野・製品ごとに3つのグループを分類して取り組んでいる( 注1 )。これは、1)今回発表された初歩的な合意ができる分野、2)100日の交渉を通じて合意の可能性のある分野、3)100日の交渉を通じて初歩的な成果が得られる分野の3つである。つまり、今回の発表は、最も合意されやすい分野に過ぎなかったのである。

モノの貿易に関する合意は以下の4項目であるが、すべてオバマ前政権を含む米中間で交渉を重ねてきた通商懸案である。

(1)2017年7月16日までに米国産牛肉の対中輸出再開

(2)2017年7月16日までに中国産の調理された家禽の対米輸出規則公布

(3)2017年5月末までに中国への輸出申請をした米国産バイオ製品(遺伝子組換え製品)に対する安全審査を行うこと

(4)長期契約を含む米国産天然ガスの対中輸出を米国との非自由貿易締約国と同じ条件で許可すること

特に、農産物とエネルギーは米国の競争力のある輸出品であり、中国にも輸入の必要性が高い分野である。したがって、これらは米中間で合意されやすい分野である。実際、米国産液化天然ガスの対中輸出は2016年8月にすでに開始されており( 注2 )、輸入量も次第に拡大し、中国企業は米国にある外資系サプライヤーと長期供給契約もすでに結んでいる( 注3 )ので、今回の合意は、米中両国政府が追認したとも言えよう。

また、中国は、国内で遺伝子組み換え作物の栽培は厳しく規制しているが、海外の約80の組み換え製品に対して安全許可を出して輸入を行っている( 注4 )。実際、中国はすでに遺伝子組み換えの成分を含んだ農産物の輸入大国(例:2016年に8,391万トンの大豆を輸入したが、ほとんどは遺伝子組み換え製品であると推測される( 注5 ))となっている。もちろん、中国では、遺伝子組み換え食品の管理規定や表示ルールは整備されている( 注6 )が、遺伝子組み換え食品に対する消費者の不安や地場農業関係者による輸入品への抵抗に遭遇した中国政府は、輸入品の安全審査を遅らせており、米国業者の不満を招いた。今回は期限付きで安全審査を行う義務を中国に負わせたのである。

中国が米国産牛肉を期限付きで輸入再開することを約束したことは、米中通商交渉の大きな前進と言えよう。2003年に米国で発生したBSE(牛海綿状脳症)問題で中国が米国産牛肉の輸入を禁止したのに対して、米国は中国産の‎調理された家禽の輸入禁止措置を取った( 注7 )。「牛肉 vs 熟製家禽」の貿易問題は、WTOでの紛争処理手続きを含め、米中間に横たわる長年の通商問題であったが、今回の合意によって期限付きで解決したことは米中双方が善意を見せた結果と評価される。

【図1】中国の牛肉輸入と米国の牛肉輸出の国別シェア

【図1】中国の牛肉輸入と米国の牛肉輸出の国別シェア

出所 : 左図 China and Global Beef Markets

http://www.cattlenetwork.com/news/markets/china-and-global-beef-markets

右図 Leading Markets for U.S. Beef Exports

http://www.usmef.org/downloads/statistics/2016-12-beef-exports.pdf

特に、対中牛肉輸出再開を確約させたことは、米国にとっての朗報となった。中国は、米国、ブラジル、EUに次ぐ第四の牛肉生産大国(2016年は約690万トンを生産)であるが、2012年頃まで自給自足の状況であった。国民所得の向上や生活スタイルの西洋化に伴い、国内生産が需要の急拡大に追い付かず輸入で賄うようになった。2016年の輸入量は82.5万トン(前年比11%増)で、日本を超えて米国に次ぐ輸入大国となり、2017年は約15%増の95万トンが見込まれている( 注8 )。しかし、図表が示すように、中国の牛肉輸入市場に米国の姿は見られなかった。逆に、米国は牛肉輸出国(2016年は112万トンを輸出)ではあるが、ブラジル、オーストラリアなどの牛肉輸出大国に負けている。また、近年米国では生産過剰から牛肉価格が低迷しており、牛肉農家の収入を圧迫しているので、対中輸出再開は渡りに船となる。他方、中国では公式輸入が禁止されても、闇のルート(香港やベトナム経由)で密輸されており、今回の輸入解禁は密輸の撲滅や米国に恩を売るメリットがあり、今回の合意に対して中国社会には抵抗の雰囲気は見られなかった。

2.電子決済サービス:伝統的なクレジットカード(米国) vs Fintech(中国)

金融サービス・投資関連では、米国金融サービス企業に対して、2017年7月16日までに以下が規定されている。

(1) 外資単独資本による格付けサービスの市場参入を可能にすること

(2) 米国企業単独資本の電子支払いサービスの完全な市場参入を可能にすること

(3) 米国の2社適格金融機関に銀行間債権の引受・決済業務の免許を与えること

(1)の格付けサービス市場の開放に関して中国国内では長年の議論が行われてきた。中国では1980年代の市場経済改革において格付け業務が必要となり、自国格付け企業の成長を待たずに、外資系(主に米系)格付け機関の経営ノウハウや技術の導入を図り、地場企業とのジョイントベンチャーや合作(ムーディーズ、S&P、フィッチのグローバル格付け大手3社はいずれも中国参入を果たした)を許可した。この「市場と技術の交換」戦略は自動車や銀行サービス等における外資政策も取られた。結果的には、合弁会社の出資マジョリティや経営幹部の就任で、会社経営はグローバル大手に握られ、国家金融セキュリティという政治的な議論が生じたので、外資単独資本の市場参入は難しくなってきた(注9)。しかし、レーティングの技術やノウハウの欠如した地場格付け会社は、重要性が増してきた債券市場で信頼性を勝ち取ることはできなかった。最近では、外資格付け会社への市場開放の必要性が再認識されたようで(注10)今回の合意につながったのではないかと考えられる。

(2)の中国の電子支払いサービス市場開放については長年の通商問題懸案として米中間で交渉してきた。2012年7月にWTO紛争処理委員会は米国の訴えを一部認め、中国の電子支払いサービス市場における独占構造を認め、外資に国内企業と同等の市場参入機会を認めるべき裁定を下した(注11)。ただし、同裁定は中国による電子支払いサービス市場の漸次的な開放プロセスは認めている。この数年間、中国地場のブランド「銀聯」(China UnionPay)は加入者数や業務スケールでMasterCardやVISAカードと肩を並べるくらい、大きな成長を遂げており、また中国国内ではFintechが発達し、従来の電子支払いサービスよりアリババのアリペイ(Alipay)やテンセントのWeChatペイ(WeChat Pay)のオンラインペイメントシステムが主流になり、伝統的なクレジットカードの意味は薄れつつある。他方、中国のFintech企業は米国への市場参入を狙っており、中国はクレジットカード分野の開放を引き換えに、自国のFintech企業の対米進出を図るなどの事情を踏まえて米国に譲歩したのではないかと推測される。

(3)の銀行間債権市場での引受けや決済業務への市場参入についても、中国の銀行間債市場の対外開放の流れに沿ったものである。中国では、2010年から次第に外資に対して銀行間債券市場の開放政策を取ってきた。2016年2月には海外の適格機関であれば中国の銀行間債券市場に自由に参入することができた(注12)。

以上のような中国側の市場開放措置とともに、米中合意では、(4)2017年7月16日までに中国側(上海清算所:Shanghai Clearing House)にノンアクション救済(no-action relief)の6ヵ月間延長を与えるとともに、3年間延長を与えることも可能としていること、(5)米国における中国銀行業金融機関の活動に対する規制は他の海外金融機関に同等な基準を適用することとしている。これは米国側の実質的な市場開放のコミットを意味しないが、投資環境の改善につながると中国側は理解しているのではないかと推測される。

3.米中経済政策の協調:「一帯一路」政策に対する歩み寄り

今回の米中合意は中国北京で開催される「一帯一路」構想のハイレベルフォーラム(5月14日~15日)の直前の5月12日昼頃に公表された。中国側の説明によると、米中交渉は12日早朝まで続いた。合意文書には、「米国は中国の『一帯一路』構想の重要性を認識し、関連会議に政府代表団を送る」というように第10項目として書かれた。

この項目について、米中間の通商交渉とは直接関係がないが、合意文書のテーマに「米中経済協力」を入れて、世界に米中協調の姿勢を見せたかったのではないかと考えられる。「内向き」と見られることを嫌っていることや「一帯一路」のビジネスチャンスを逃したくない米国の意識と、米国の協力をもらいたい中国の思いが一致したと言えよう。

4.総括:相手への配慮、「拡大均衡」志向、実質市場アクセス確保

以上で見てきたように、市場開放の意味では、中国が競争優位にある農産品やエネルギー製品、サービスに対して自国市場開放を約束する内容が多かったので、中国がある程度米国に譲歩したと評価できよう。

(1)相手への配慮

ただ、米国が中国の提起した「一帯一路」の重要性を認め、ハイレベルフォーラムに代表団を派遣すると表明したのは、中国に恩を売ったものと考える。したがって、中国国内では今回の米中合意を高く評価している。米中双方は、異なる実利を取って合意に達したと言えよう。

首脳会談での信頼関係醸成や北朝鮮問題への共同対応の必要性、米国内政問題の山積等の背景もあろうが、米中サミットから1か月余りで一部合意を見たのは、トランプ政権が早急に通商分野で実績を作りたがっている思惑に中国が協力したと言える一方、合意文書で貿易赤字解消のための「100日プラン」ではなく、米中経済協力の「100日プラン」をタイトルにしたのは、米国から中国への配慮と考え、米中通商関係は険悪なムードからは解放されたと言える。

(2)「拡大均衡」志向

また、今回の米中合意の内容を見る限りは驚くほどではないが、トランプ新政権にとって外国と結ばれた初めての通商合意であり、NAFTA再交渉や日本等との二国間の通商交渉に、ある程度米国のスタンスがうかがえる。これまでのトランプ政権の通商政策は「保護主義的」と一般的に見られているが、今回の合意は米国市場への輸入制限に伴う「縮小均衡」志向よりも米国からの輸出拡大に伴う「拡大均衡」を追求するように見える。実際、中国の通商政策も「拡大均衡」志向(パイを大きくする)であり、したがって、米中の通商政策方針は一致していると言える。

(3)高い基準・ルールの交渉よりも実質的な市場アクセスに重点

米国は高い基準・ルールの設定のための通商交渉よりも期限付きで実質的な市場アクセス成果を上げることを通商政策として優先している。今後、日米通商交渉などにおいても、通商交渉のスピード感や生産性が重視されるだろう。

(4)米中合意による市場開放の効果は日系企業にも意味がある

米中ともWTO加盟国であるため、「最恵国待遇」のルールによる市場開放の効果は日本企業を含むWTOのメンバーにも適用されるはずである。もし、中国が米国企業に優先的に市場開放を行おうと考える場合は、米中間でFTAのような枠組みを結ぶか、米国企業が明らかに競争優位な分野を選んで行うはずだ。今回の合意で決められた中国の格付けサービスや電子決済サービスの市場開放措置は、日本の格付け機関やクレジットカード会社にも適用されると解されよう。したがって、日本企業は、米中通商交渉の動向を注視していく必要がある。

(5)これからはさらに厳しい交渉になる

以上で見てきたように、今回の合意はこれまで長年積み重ねられてきた議論を期限付きで決着させたものが多かったが、米国の巨額な対中貿易赤字の解消にはあまり寄与しないと考える。むしろ、前述した2)100日の交渉を通じて合意の可能性のある分野、3)100日の交渉を通じて初歩的な成果が得られる分野に含まれると考えられる中国の自動車市場開放、デジタル・ネット市場の開放、鉄鋼などの過剰生産能力の整理、米国に対するインフラ投資などが真剣勝負となろう。

こうした意味で、「100日プラン」に関して残された2か月間の米中交渉から目を離すことはできない。

注釈

(注1) : 中国側による米中通商交渉記者会見
http://www.scio.gov.cn/xwfbh/xwbfbh/wqfbh/35861/36703/index.htm

(注2) : http://www.cnenergy.org/yq/trq/201608/t20160823_361214.html

(注3) : https://www.bloomberg.com/politics/articles/2017-05-12/u-s-reaches-deal-to-allow-exports-of-natural-gas-beef-to-china

(注4) : http://m.ftchinese.com/story/001071265

(注5) : 农业部又批准三种转基因大豆进口
(農業部がまた3種類の遺伝子組み換え大豆輸入を許可)
http://www.qikan.com/article/3D3FBC1F-CB00-400E-BD7E-AE164C54080B

(注6) : 中国转基因食品的管理模式及政策法规
(中国の遺伝子組換え食品の管理モデルおよび政策法規)
http://www.agrogene.cn/info-106.shtml

(注7) : https://cn.nytimes.com/business/20130902/c02chicken/

(注8) : World Beef Imports: Ranking Of Countries
http://beef2live.com/story-world-beef-imports-ranking-countries-0-106900

(注9) : 美国控制我2/3信用评级市场严重威胁国家金融主权和经济安全
(米国がわが国の2/3格付けサービス市場をコントロールし、国家金融主権と経済安全を脅かしている)。
http://world.people.com.cn/GB/11339083.html

(注10) : 官方立场 2017债券市场稳健发展的“三项基本动作”
(政府のスタンス:2017年債権市場安定発展の「三つの基本したンス」)
https://m.sohu.com/n/481223115/

(注11) : ELECTRONIC PAYMENT SERVICES. Report of the Panel
https://www.wto.org/english/tratop_e/dispu_e/413r_e.pdf

(注12) : 银行间债市全面向境外投资机构开放
(銀行間債券市場を海外投資機関に全面開放)
http://www.chinabond.com.cn/Info/22962272

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【調査・研究】


金 堅敏

金 堅敏 (Jin Jianmin)
株式会社富士通総研 経済研究所 主席研究員
【略歴】
中国杭州生まれ。1985年 中国浙江大学大学院修了、97年 横浜国立大学国際開発研究科修了、博士。専門は中国経済、企業戦略論。1998年1月富士通総研入社。
【著書】
『自由貿易と環境保護』、『図解でわかる中国有力企業と主要業界』(日本実業出版社)、『中国世紀 日本の戦略 米中緊密化の狭間で』、『華人エコノミストの見た中国の実力』(共著)、日本経済新聞「中国のミドル市場開拓戦略」(「経済教室」)他。
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