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日銀の「総括的検証」を読み解く

2016年10月5日(水曜日)

はじめの半年や1年は随分と暴れてご覧に入れよう。然りながら2年、3年となれば全く確信は持てぬ。
(山本五十六)

(はじめに)

先月21日の金融政策決定会合後、日銀はこれまでの金融緩和策に関する「総括的な検証」を公表するとともに、新たな金融政策のフレームワークを示した(日本銀行[2016a、b、c])。新しい枠組みは、日銀当座預金(の一部)に付されるマイナス金利と長期金利ターゲットを組み合わせたものであり、日銀自身の説明は必ずしも明快ではないが、多くのメディアやエコノミストは「量から金利へのレジーム・チェンジ」と受け止めており、筆者も基本的に同じ理解である。実はこの枠組みは、量的緩和策の行き詰まりを踏まえて、筆者自身が以前から提唱していたものとほとんど同じであり(注1)、当然ながら筆者はこのレジーム・チェンジを歓迎している。

以下、本稿ではまず「イールドカーブ・コントロール」と呼ばれる金融緩和の枠組みの背景にある考え方について、私見を述べる。続いて、「総括的検証」に示された分析のいくつかにコメントしたうえで、今回決定のもう1つの柱である「オーバーシュート型コミットメント」は、基本的に従来からの方針の明確化であることを指摘する。なお、今回の決定に至る過程での注目すべき変化は、日銀がコミュニケーション戦略を変えようとしている点だ。これがサプライズ戦略への反省に基づくものであることを指摘した後、今後の課題と注目点に触れて締め括りとする。

1. イールドカーブ・コントロール:量から金利へのレジーム・チェンジ

9月の政策決定において、その中心となる「金融市場調節方針」は、短期金利について「日本銀行当座預金のうち政策金利残高に-0.1%の金利を適用する」、長期金利については「10年物国債金利が概ね現状程度(ゼロ%程度)で推移するよう、長期国債の買入れを行う」とあり、金利目標が設定された。7月までの「金融市場調節方針」は、「マネタリーベースが年間約80兆円に相当するペースで増加するよう金融市場調節を行う」と、マネタリーベースの目標が設定されており、明らかに量から金利へのレジーム・チェンジと理解すべきである。なお、長期金利について、将来の短期金利の(幾何)平均に等しいという「期待理論」が厳密に成立すれば、短期金利と別に長期金利の目標を持つことはできない。しかし、米国のQEや日本のQQEの経験は、中央銀行が大量に長期債を購入すれば、長期金利に少なからぬ影響を与え得ることを示すものだった(注2)。この結果、当然一定の限界はあろうが、2つの金利目標を持つことが可能となったのである。

【図1】イールドカーブ・コントロール
【図1】イールドカーブ・コントロール
出所)日本銀行[2016c]Open a new window

ではなぜ目標を量から金利に変更したのかと言えば、日銀は認めたがらないが、量の政策は持続可能ではなかったからだ。巨額の長期国債を買い続けるのはあくまで短期決戦の仕組みであり、本当に2年間で2%の物価目標を達成できたなら、大きな問題はなかっただろう。しかし、すでに長期国債残高の3分の1以上を日銀が吸収してしまった今、毎月10兆円もの国債をいつまでも買い続けられないのは自明である。筆者の表現で言えば、量から金利へのレジーム・チェンジは、日銀が持久戦への備えを固めたということにほかならない(注3)。

なお、今回決定では、長期国債の買入れ額について「概ね現状程度の買入れ額(保有残高の増加額年間約80兆円」を続ける旨が述べられているが、これはあくまで「めど」である。日銀決定直後にバーナンキ元FRB議長が書いたコラム(Bernanke[2016b])は、この量の目標を残したことをpuzzlingとしつつ、これは金融緩和の後退と市場から受け止められるのを日銀が懸念したためで、いずれ量の目標の重要性は下がっていくと予想している(注4)。実際にはリフレ派政策委員の立場への「配慮」の面もあると思われるが、概ね肯綮に中る見解と言えよう。日銀当座預金の増加を目標としながら、それにペナルティを課す「マイナス金利付きQQE」は矛盾した政策だが、日銀が大幅な損失を覚悟で国債を高値で買い続ければ、実行可能ではあった。しかし、長期金利にターゲットを設ければ、国債買入れの量は自ずと制限されるため、「長短金利操作付きQQE」は意味を成さない。

このイールドカーブ・コントロールで注目すべき点は、長期金利の目標を短期金利より高めにすることで、イールドカーブを立てようとしていることである。実際、今回の「検証」では、イールドカーブの過度のフラット化が金融機関利鞘の圧迫や保険や年金運用利回り低下を通じて、広義の金融機能の持続性への懸念をもたらすとして、従来の長期金利低下=金融緩和の「効果」とする見方を修正している。この点に関しても、筆者の私見を述べておきたい。

マイナス金利政策導入後、筆者が改めて考え直したのは、平時の金融緩和では短期金利が下がる一方、長期金利はあまり下がらないため、イールドカーブの傾きは大きくなること、この結果、(1)短期金利の低下が投資需要を刺激する、(2)イールドカーブの傾きが立つことが、金融機関に信用供与へのインセンティブを高める、という2つのルートを通じて金融緩和効果が発揮されるという点だった。これに対し非伝統的金融緩和は、(3)長期金利を押し下げることで、さらなる需要喚起が期待できる一方、(4)イールドカーブをフラット化するため、金融機関の信用拡張インセンティブは殺がれるという、相反する効果を持つことになる。

そう考えると、金融仲介を考慮しない単純なnew Keynesianモデルでは(3)の効果のみが注目され、非伝統的金融緩和は有効ということになるが、日本や大陸ヨーロッパのように間接金融の重要性が高い地域では(4)の影響を軽視できないのではないかとの疑問が当然湧いてくるだろう(注5)。しかし、今や短期金利をマイナスにできることを踏まえると、短期金利をマイナスにし、長期金利にそれより少し高めの目標を設定するならば、平時の金融緩和のイールドカーブをそのまま下方シフトした形の金利が構成できて、かなり強力な金融緩和策になるはずだと考えられる。これが、冒頭に述べた「マイナス金利+長期金利ターゲット」案に筆者を導いた着想の基である(注6)。日銀は「検証」で均衡イールドカーブの推計(原型は今久保・小島・中島[2015])といった、より洗練された分析を用いているが、筆者自身は上記のような説明の方が分かりやすいのではないかと感じている。

2. 言い訳が目立つ「総括的検証」

以上のように、今回日銀が導入した新たな金融緩和の枠組みであるイールドカーブ・コントロールの下では、すでに近づいていた量的緩和の限界から逃れるとともに、必要な場合には、マイナス金利と長期金利目標の2つを使うことで、さらに金融緩和を強化することが可能となった。また、このスキームは金融機関の信用拡張インセンティブにも配慮しており、持久性、有効性の両面から高く評価することができる。マイナス金利を導入しながらマネタリーベース目標を残した「マイナス金利付きQQE」と比べても、操作目標を金利に一本化した点で、遥かにすっきりした枠組みになったと言える。

これに対し、今回の「総括的検証」の中身を見ると、前述の均衡イールドカーブの推計などの斬新な分析を示したほか、金融緩和が効果を発揮し難い理由として自然利子率の低下を明記したことは評価できる。しかし、従来の主張との整合性やリフレ派政策委員の意見に配慮した結果、全体として「言い訳がましい」との印象を拭い切れないものであった。

まず、QQEスタートから3年半経っても2%の物価目標が達成されていない点について、今回の検証では、原油価格の低下や消費増税後の需要の弱さなど、いくつかの外的要因のせいにしているが、これは「言い訳」と呼ぶほかない。「2年で2%」をコミットした以上、もともとは外的な逆風があっても強力な金融緩和で克服できると考えていたはずである。中でも、かつて「原油価格などはあくまで相対価格であって、物価全体はマネーで決まる」などと主張していたリフレ派委員らは、今回の検証に賛成票を投じたことで(「総括」という表現に倣って言えば)「自己批判」したことになろう。

次に、日銀は「インフレ期待の形成において適合的な期待のウェイトが大きいことが分かった」としているが、この主張は信じ難い。日本でインフレ期待がbackward lookingなのは、専門家の間では以前から常識だった。この検証では、日本のみが特異だとの印象を与える分析を示しているが、これも変数の選択などに依存しており、欧米でもbackward lookingな期待が重要との研究も少なくない(注7)。ここは、「強いコミットメントさえ示せば、期待はforward lookingに変えられると思ったが、そうはならなかった」と正直に認めるべきではないか。

それにも増して、マネタリーベースがインフレ期待との間に「短期的というよりも長期的な関係を持つ」と断言しているのは、全くの意味不明である。おそらく、昨年5月の「検証」(日本銀行企画局[2015])がマネタリ-ベースに全く触れていなかったことを指摘されていたため、何らかの言及が避けられないと考えたのであろう(注8)。しかし、この「断言」には何の根拠も分析も示されていない。本当を言えば、筆者らがこれまでも繰り返し指摘してきたように(例えば14年11月の本欄「異次元緩和「勝ち逃げ」のすすめ:詳説(上)」)、マネタリーベースの増加はソロス・チャートを使って取引を行う為替市場参加者達の誤解に働き掛けることを通じて、インフレ期待を短期的に高めることはあったと思われる。しかし、「検証」が掲げる下図が雄弁に物語るように、日本のマネタリーベースが長期にわたって他国比突出して増加する中で、インフレ期待は過去2年あまり低下しており、「長期的関係はない」ということだろう。

【図2】マネタリーベースの対名目GDP比
【図表2】マネタリーベースの対名目GDP比

【図3】予想物価上昇率の動向
【図表3】予想物価上昇率の動向
出所)図表2、図表3ともに日本銀行[2016c]Open a new window

今回の「検証」では、本来検証の対象とされるべき重要な論点のいくつかが言及を逃れており、この結果「検証」はcomprehensivenessを欠くものに止まっている。その1つが、国債買入れの「限界論」である。今回の「検証」は論点をコスト/ベネフィットにすり替えているが、金融機関の貸出利鞘縮小など、日銀が指摘するコストだけなら、このタイミングで政策の枠組みを転換することが不可欠になるとは思えない。一方、この問題に関しては、すでにArsnalp-Botman[2015]、左三川ほか[2015]などの試算が示されており、市場参加者の間でも現在のペースでの買入れはあと1~2年が限界との見方が多い。日銀が本当に「限界はない」と考えているなら、これらに正面から反論すべきであった。

「検証」が採り上げなかったもう1つの問題は、QQEの「財政コスト」だ。つまり、長期国債を高値で大量に買い入れ、「出口」では安値で売却する、ないしは保有国債の利回りを上回る金利を超過準備に払うことで、日銀が巨額の損失を蒙る(=最終的には国民負担となる)という問題である。この点に関しては、以前から研究者らによっていくつかの試算が行われているが、QQEが長引いて日銀の国債保有額が累増しているうえ、買入れ利回りは低下(=価格は上昇)しているため、その損失額は年間5兆円超といった水準まで膨らんできている(藤木・戸村[2015]、深尾[2016])。しかも、以前はこの問題は「出口」の問題と考えられてきたが、マイナス金利導入後はオーバーパーでの買入れが増えているため、償却原価法により足もとから損失が増加し始めている(岩田ほか[2016])。おそらく、量から金利へのレジーム・チェンジには、この問題も少なからず影響していると思われるのだが、「検証」で正面から論じられることはなかった(注9)。

3. オーバーシュート型コミットメント:既定方針の再確認と「配慮」

今回決定された新しい政策フレームワークにおいて、イールドカーブ・コントロールとともにもう1つの大きな柱とされたのが「オーバーシュート型コミットメント」である。これは、「物価上昇率の実績値が安定的に2%を超えるまで、マネタリーベースの拡大方針を継続する」というものであり、「総括的検証」の書き振りやその後の黒田総裁の講演(黒田[2016b])では、イールドカーブ・コントロール以上に重要性が強調されている印象を受ける。

しかし、このコミットメントに関する筆者の理解は、「規定方針の再確認」だというものである。というのも、もともとQQEは物価上昇率の実績にコミットするものだったため、物価目標達成後は一時的に2%からオーバーシュートするのが当然と、識者の間では受け止められていたからだ。実際、14年11月の本欄「異次元緩和「勝ち逃げ」のすすめ:詳説(下)」で筆者は、「ゼロ金利制約を考慮した場合の望ましい金融政策ルールは、利上げのタイミングを遅くすることを求めている」としたうえで、「少なくとも一時的にインフレ率が2%を超えてオーバーシュートする」と明言している。

これは、「最適金融政策ルール」や「歴史依存性」などといった難しい議論を持ち出さなくても、通常の制御理論(control theory)で、次のように説明できるだろう。まず2%の実績値にコミットしているので、それが実現するまでは金融緩和のアクセルを踏み込む必要がある。その場合、2%に達する時点ではかなりの加速度がついているはずなので、2%を超えないようにするにはその直後から急ブレーキを掛ける必要がある。自動車でもこんな運転は危険だが、金融政策は市場を相手にするものだから、これでは大混乱を招くおそれがある。それを避けるには、(制御理論的にはコントロールの強さに制約を課すことで)2%手前からアクセルの踏み込みを弱める一方、2%を超えても急ブレーキは掛けず、一時的なオーバーシュートを容認することが必要だというわけである(注10)。

では、なぜ規定路線の再確認を新たなコミットメントであるかのように演出したのかと言えば、まず第1に市場への「配慮」があったと思われる。日銀自身は、今回の枠組み変更は、「限界に近づいていた量的緩和の制約から逃れ、必要な場合には長短金利を使って追加緩和を行う余地を作り出した」と理解しているだろう。しかし、今回マイナス金利を拡大したわけではなく、10年債金利は従来実績よりやや高めの目標を設定したのだから、むしろ金融引締めと誤解されるリスクがあった。これを防ぐために、(一般には必ずしも認識されていなかった)オーバーシュートを明言することで、金融緩和の「強化」という印象を与えようとしたものと考えられる。

第2に、ここで突然「マネタリーベース」という言葉が挿入されているのは、おそらくリフレ派政策委員への「配慮」の結果だろう。しかし、「あと1年強で、マネタリーベースの対名目GDP比率は100%を超える」と書かれているのは、あくまで「見込み」に過ぎず、コミットしているのはマネタリーベースの拡大方針だけである。ある程度の国債買入れを続ける限り、マネタリーベースは自然に拡大していくので、この約束はBernanke[2016b]の表現を借りればredundantである。

4. コミュニケーション戦略再構築への模索

なお、今回の「検証」では、それが公表される過程において、重要な変化がみられた点が注目される。それは、検証に先立つ講演で黒田総裁、中曾副総裁がマイナス金利の効果を強調しつつも、金融仲介機能への副作用なども指摘し、検証の方向性を示唆したことだ(黒田[2016a]、中曾[2016])。さらに、検証公表の1週間前の9月14日には、新たな枠組みの内容を概ね正しく予見する報道が多くの新聞紙上などに並んだ(注11)。これは、従来のサプライズを狙った戦略とは大きく違ったアプローチである。

日銀は明言こそしないが、その背後にはサプライズ戦略への反省があったのは明らかだと思う。特に、今年1月に突如としてマイナス金利導入を決定したことで、高齢者を中心に消費者心理の悪化につながり、金融機関の強烈な反発を招いたことは、かなり堪えたようだ(この点に関しては、今年4月の本欄「量的・質的金融緩和(QQE)からマイナス金利へ -実験的金融政策の評価と課題-」を参照)。また、非現実的に強気な物価見通しを繰り返す(しかも、「必要ならば躊躇なく追加緩和を行う」と言う)ため、「展望レポート」で下方修正が予想されるたびに追加緩和期待(=円売り、株買い)が盛り上がり、実際の政策変更がなければ失望売りが拡がる。この結果、自ら市場に不必要なボラティリティを呼び込んでいたことにも辟易していたに違いない。

本来のフォワード・ガイダンスとは、政策決定会合の公表文とその後の記者会見を通じて行うものであり、今回のメディアを通じた情報発信などは決して正統的なものとは言えない。しかし、日銀がコミュニケーション戦略の再構築に向けて動き出したのだと考えるならば、これは望ましい変化だと評価できる。実際、今回の「検証」直後の市場の反応は総じて冷静であり、若干の株高で迎えられたことは、市場もこうした変化を好意的に受け止めていることを示唆するものと言えよう。

5. 今後の課題と注目点

さて、以上のように日銀は新たな金融政策の枠組みを決定したが、正直に言って課題は山積である。まず第1に、長期金利のコントロールは容易ではないだろう。例えば、10年物金利が「ゼロ近傍」とした場合、0%からプラス・マイナスどの程度のアローワンスが認められるかが早速注目されている。長期金利ターゲットは、他国にも経験のないものだけに、指値オペなども活用しながら試行錯誤を繰り返して、日銀、市場双方が徐々に学んでいくほかないと思われる(注12)。なお、長期金利ペッグは財政ファイナンスを加速させるとの議論もあるが、日本銀行[2016d]にも述べられているように、長期金利ターゲットはペッグではなく、2%目標が近づいてくればターゲットを徐々に徐々に引き上げていくものと理解している。この点も、あらかじめ明らかにしておくべきだと思う。

第2に、長期金利ターゲットの下では、いずれ長期国債の購入額を減らしていくことが必要となるが、これをどの程度のスピードで進めるかは、大きな問題となり得る。今回の「検証」の分析にもあったように(日本銀行[2016b]、補論5)、日銀の国債保有割合が高まれば、長期金利低下圧力が働く(=ストック効果)と考えるのが常識的だ。その場合、長期金利の安定には現在の80兆円ペースから大幅な減額が必要となる(注13)。しかし、あまりに急速な減額はリフレ派委員の反対だけでなく、金融緩和後退との見方から大幅な円高につながるおそれがある。実際には、日銀はできるだけゆっくり減額するよう努力するに違いない。とはいえ、単に問題を先送りするのではやがて身動きが取れなくなるだろう。そう考えると、もともとゼロ金利の下ではソロス・チャートに何の意味もなく、一時見られた見せ掛けの相関も、下図のように今や完全に崩壊していることを積極的に示していくべきではないだろうか。

【図4】ソロス・チャート
【図表4】ソロス・チャート
資料)日本銀行ホームページ、セントルイス連銀ホームページ

第3に、市場とのコミュニケーションの再建をさらに進める必要がある。そのためには、次回の「展望レポート」において、物価見通しを思い切って下方修正すべきだと思う。実際、(1)日銀版コアCPIの前年比が昨年末の+1.3%から足もと+0.4%まで低下して、17年度のCPI上昇率+1.7%、17年度中に2%目標達成というシナリオはますます現実味を失っている一方、(2)「検証」で「2年間」に拘らない姿勢を見せたのだから、今回こそ大胆な見通し修正のチャンスだと言える。もちろん、日銀の見通しが民間見通しに一致する必要は全くないが、大きな経済・物価像を共有したうえで、見方の違う点については率直に意見を交わしていくことが、正常なフォワード・ガイダンスの前提である。

(おわりに)

以上、本稿では随分厳しい言葉を連ねてきたが、今回の政策フレームワークの変更は、限界に近づいていた量的緩和から、必要ならさらなる金融緩和も可能な金利中心の枠組みにしただけでなく、現在および将来の財政コストを緩和するうえでも、大きな一歩を踏み出したものと評価することができる。また、「検証」の中身は決して分かりやすいとも包括的とも言えないが、従来のサプライズ戦略を転換し、コミュニケーション戦略の再構築に動き出したことも重要な変化である。政策委員会の多数決という制約の中、おそらくギリギリの妥協によって今回の成果へと辿り着いた関係者の労を多としたい。

これで日銀は持久戦の備えを固めたわけだが、金利のマイナス幅拡大の限界をも踏まえれば、金融緩和のみで日本経済の再生が実現しないことはもはや明らかである。ここは13年1月の政府・日銀の「共同声明」に立ち返って、政府が自然利子率を高めるような構造改革を進めることが必要だ(注14)。具体的には、今年9月の本欄「物価はなぜ上がらないのか(3)-持続的な物価上昇に向けての政策対応-」で筆者が論じたように、「新産業革命」を梃子に潜在成長力を高めると同時に、より短期的には逆所得政策を通じた賃金・物価の押し上げを進めていくことが求められる。後者については、日銀も協力を惜しまないだろう。

参考文献

  • 今久保圭・小島治樹・中島上智[2015]:「均衡イールドカーブの概念と計測」、日本銀行ワーキングペーパーNo. 15-J4
  • 岩田一政・左三川郁子・日本経済研究センター(編著)[2016]:『マイナス金利政策』、日本経済新聞出版社
  • 黒田東彦[2016a]:「金融緩和政策の『総括的な検証』:考え方とアプローチ」、きさらぎ会講演
  • ―― [2016b]:「金融緩和の『総括的な検証』と『長短金利操作付き量的・質的金融緩和』」、大阪経済4団体懇談会挨拶
  • 左三川郁子ほか[2015]:「異次元緩和の限界と出口に向けた課題」、日本経済研究センター『金融研究報告』
  • 内閣府・財務省・日本銀行[2013]:「デフレ脱却と持続的な経済成長の実現のための政府・日本銀行の政策連携について(共同声明)」、内閣府ホームページなど
  • 中曾宏[2016]:「金融緩和政策の『総括的な検証』に向けて」、在日米国商工会議所主催講演会
  • 日本銀行[2016a]:「金融緩和強化のための新しい枠組み:『長短金利操作付き量的・質的金融緩和』」、日本銀行ホームページ
  • ―― [2016b]:「『量的・質的金融緩和』導入以降の経済・物価動向と政策効果についての総括的な検証:【背景説明】」、同上
  • ―― [2016c]:「目で見る金融緩和の『総括的な検証』と『長短金利操作付き量的・質的金融緩和』」、同上
  • ―― [2016d]:「金融政策決定会合における主な意見(2016年9月20、21日開催分)」、同上
  • 日本銀行企画局[2015]:「『量的・質的金融緩和』:2年間の効果の検証」、日銀レビューシリーズJ-7
  • 早川英男[2015]:「持久戦に入った異次元緩和」、週刊東洋経済12月26日号、「経済を見る眼」欄
  • ―― [2016]:『金融政策の「誤解」』、慶應義塾大学出版会
  • 深尾光洋[2016]:「量的・質的緩和のコスト負担:日銀赤字の処理方法」、RIETIディスカッションペーパー
  • 藤木裕・戸村肇[2015]:「『量的・質的金融緩和』からの出口における財政負担」、TCER Working Paper Series J-13
  • Arsnalp,Serkan and Dennis Botman[2015]:“Portfolio Rebalance in Japan : Constraints and Implications for Quantitative Easing”, IMF Working Paper No.12
  • Bernanke, Ben[2016a]:“What Tools does the Fed Have left? : Part 1-3”, Ben Bernanke Blob, Brookings Institution
  • ―― [2016b]:“The Latest from the Bank of Japan”, 同上

注釈

(注1) : この点、最も明確なものは、「マイナス金利深掘りと長期金利目標の組み合わせ」による「利回り曲線の引き上げ」を提唱した8月初旬のロイターによる筆者へのインタビュー記事Open a new windowだろう。正直に言って、今回の決定を知ったとき、あまりにも「注文どおり」の内容に筆者は大いに驚いたものである。

(注2) : この点については、早川[2016]第3章を参照。

(注3) : 筆者は、マイナス金利導入以前から日銀に対し持久可能な枠組みを準備するよう求めていた(早川[2015])。

(注4) : ちなみに、バーナンキは今年3~4月に仮にFedがもう一度非伝統的金融緩和を迫られた場合どんな手段があり得るかについてコラムを書いており(Bernanke[2016a])、ここで中心に据えられていたのは、巷間騒がれているヘリコプター・マネーではなく、まさにマイナス金利と長期金利ターゲット(QEの再実施にはどちらがと言えば否定的)だった。

(注5) : 本当はきちんとした実証分析で答えるべき問題だが、かつて中小企業の設備投資関数を推計した際、しばしば借入金利などより、短観の資金繰り判断DIや金融機関の貸出態度判断DIの説明力の方が高かったことを記憶している。これは、(4)の重要性を示唆するものと言えよう。

(注6) : こうした考えから、筆者は年央頃からマイナス金利を当座預金ではなく貸出支援基金に適用するアイデアを提唱している。この案に対し、銀行等は貸出金利が低下し、収益圧迫要因になるとして、反対が強いと聞く。確かに、貸出金利が低下すれば、平均利鞘が圧縮されて銀行収益にはマイナスに働くかもしれない。しかし、マイナス金利で調達すれば、貸出増加部分の限界利鞘は改善するため、銀行のリスクテイクは刺激されるはずだというのが筆者の理解である。
以上のアイデアのほか、後述する「財政コスト」の問題や市場とのコミュニケーション再建など、本稿で採り上げた論点について、筆者は9月初のブルームバーグとのインタビューOpen a new windowの中で答えている。

(注7) : 早川[2016]の第4章で述べたように、物価の基調に大きく影響する賃金は交渉によって決まる。交渉で重要なのは、来年のインフレ率が○%くらいだと思う「期待」ではなく、去年のインフレ率が×%だったという「事実」、ないしこれまで普通は△%くらいだったという社会通念としての「ノルム」である。

(注8) : ちなみに、筆者自身も(注1)に挙げたインタビューの中で、マネタリーベースの「量」の役割について検証することを強く求めている。

(注9) : この問題に関しては、早川[2016]の第1章、および第4章の【コラム】を参照。

(注10) : なお、今回の決定の中の「『物価安定の目標』の実現とは、物価上昇率が、景気の変動などを均してみて、平均的に2%となることを意味する」といった表現から、オーバーシュート型コミットメントとは「物価水準目標」(インフレ率が目標を下回った場合、後にオーバーシュートすることで下振れ分を取り戻すという考え方)だとの解釈もあり得るかもしれない。これは理論的には大変興味深い解釈であり、黒田[2016b]の熱の入った説明などを読むと、筆者もそうした誘惑を感じないではないが、やはりbackward lookingな期待の強調とは整合的でないと思う。
コミットメントで期待を変えると言っても、QQEの下の大幅な円安で実際に物価が上がっても期待は十分変わらなかったことを踏まえれば、約束だけで期待がforward lookingに変わると考えるのはあまりに幻想的である。また、backward lookingな期待の下でインフレ率が一定期間以上オーバーシュートすれば、インフレ期待は2%を大きく超えることになるが、それを元に戻すには厳しい金融引締めが必要になってしまう。

(注11) : 例えば、同日付け日本経済新聞朝刊の1面トップの表題は「日銀、マイナス金利を軸に」となっている。また、「総括検証の主なポイント」には「国債購入では長短の金利差拡大を促す」と述べられており、イールドカーブ・コントロールの枠組みを概ね正しく予見するものとなっている。また、他のメディアの報道もほとんど同様の内容であった。

(注12) : 1951年の「アコード」以前の米国における長期金利ペッグの経験を参照する議論もあるが、早川[2016]第5章の【コラム】で指摘したように、戦時下やブレトンウッズ体制下で資本移動が厳しく規制されていた時代とは環境が大きく異なる。

(注13) : 現在の日銀の保有割合は30%台だから、年間30兆円台の新規国債発行のうち日銀が純増ベースで20兆円も買えば保有割合はさらに高まることになる。

(注14) : 内閣府・財務省・日本銀行[2013]には、日銀が2%の物価目標を目指すことに加え、「政府は、…経済構造の改革を図るなど、日本経済の競争力と成長力の強化に向けた取組みを具体化し、これを強力に推進する」と政府の義務も謳われている。なお、「政府は、日本銀行との連携強化にあたり、財政運営に対する信認を確保する観点から、持続可能な財政構造を確立するための取組みを着実に推進する」とコミットしていることも忘れてはならない。

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早川 英男(はやかわ ひでお)
経済研究所エグゼクティブ・フェロー
1954年愛知県生まれ。1977年東京大学経済学部卒、日本銀行入行。1983~1985年米国プリンストン大学大学院(経済学専攻)留学(MA取得)。調査統計局長、名古屋支店長などを経て2009年日本銀行理事。日本銀行在職期間の大部分をリサーチ部門で過ごした後、2013年4月より現職。
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