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ブレグジットというチャレンジとEU経済の見通し(後編)

2016年6月10日(金曜日)

6月23日、イギリスがEUを去るかどうかを決する国民投票が実施される(イギリスのEU離脱は、Britain(英国)とExit(退出する)を合わせてブレグジットBrexitと呼ばれている)。EUから離脱するという結論が出た場合、どのような影響があるのだろうか?

後編では、ブレグジットが金融業などのサービス業や製造業に与える影響を分析し、日本企業にとってのリスクも明らかにする。

1.ブレグジットの産業への影響

ブレグジット後、最も深刻な困難は金融において、特に銀行分野とロンドンのシティーに見られるだろう。金融規制とEUへの市場アクセスは、「同等性」と「相互性」の原則に基づくものであるので、ロンドンは原則として現状と同じように機能することができるだろう。ヘッジファンド、外国為替、デリバティブ取引については、すでに確立したロンドン市場の強みを理由にして、残留が図られるだろう。アセットマネジメントと保険もまたほとんど追加的な制約を受けることはないだろう。というのは、この分野はいずれにせよEUの地域的な規制を受けることが多いからである。だが、これらの産業のほとんどが、もはやEUの規制環境を形成する立場にはないにもかかわらず、EUの保護的な規制のターゲットになるかもしれないという長期的なリスクを負うことになる。

銀行は子会社を設立することなしにEU域内で営業できる「パスポート」の権利を失うこととなる。このことはロンドンに拠点を置くEU域外の第三国の銀行にとっては大問題である。例えば、あるチューリヒの銀行は、現在、EU市場への完全なアクセスを得るためにロンドンに子会社を置いている。ブレグジット後は、フランクフルトがよりコスト効率的な選択肢になるだろう。金融分野の困難は続いており、直接的な規制により、あるいは域内市場での経営に関するEUの規制による要請から、ユーロ圏の現行の規制がロンドンにとって不利になる可能性も高い。特に、EU市場を対象としているホールセール・バンキング(卸売銀行業務)は、再びEUの規制の傘の下に運営を移す強いインセンティブを持つだろう。

製造分野での投資はそれほどブレグジットの影響を受けないが、サプライチェーンには調整が必要かもしれない。特に自動車分野がブレグジットに脅かされることになろう。EUの関税は特に自動車と化学製品について高く、サプライチェーンにおけるイギリスのシェアは例外扱いが認められるほど大きくはない。イギリス製品の供給リスクと競争力の潜在的な低下が原因となって、需要者である企業がすべての製品のEU内の最終需要分を大陸諸国から調達するようになるかもしれない。特に、これらの分野における海外投資家は懸念を示しており、イギリスから脱出する選択肢を検討している。だが、リスクが過度に強調されるべきではない。例えば、ユーロ圏が初めて設立された際にも、同様の懸念が為替リスクについても示された。その際には、企業は、脱出ではなく、より高い付加価値部品に焦点を当て、アメリカやアジアのグローバル市場へと市場の範囲を拡大したのである。ブレグジットの結果としてEU戦略の全体を変更しなくても済むなら、同様のことで足りるかもしれない。

ビジネスサービスと情報通信技術(ICT)は、イギリスがEU圏外になったとしても、幸いなことに規制の変化の影響をそれほど受けないだろう。ICTに関する規制の傾向はグローバルなものとなっており、本国での決定に差異をもたらすほどの地域的な規制は現在でもEUにおいてそれほど導入されていない。「サービス連合」を設立し、共通の「デジタルアジェンダ」を構築するというEUのプロセスは、極めてゆっくりとした速度でしか進んでいない。【図表1】のMSCI(Morgan Stanley Capital International)株価指数は、EU全体の市場において、いかにイギリスの情報技術分野が優れているかを示している(イギリスの株式市場一般において同じことが言えるわけではない)。R&D投資においても、ITと自動車部品というイギリスの新規成長産業分野について、同様のことが言える。

【図表1】 イギリスとEU(イギリスを除く)のMSCI株価指数 (2003年=100)
【図表1】 イギリスとEU(イギリスを除く)のMSCI株価指数 (2003年=100)
出典:ブルームバーグ

ビジネスサービスおよびIT関連企業はダイナミックなサービス市場と人材プールを有するイギリスで運営していることから生じる優位を享受するが、そのことは、海外投資が減少し、R&D環境が影響を受けた場合にのみ悪影響を受けるだろう。特に、イギリスの南東部(ロンドンを含む)は金融危機以前の投資ブームの時期にかなりの恩恵を受けている(これはアイルランドと同様である)。金融危機後にも、低い資本コストと政府によるインセンティブが効率的な長期の機会を模索していたため、ITや自動車、機械分野もまた成長を続けた(【図表2】)。大学、研究センター、そして関連する新規事業は、これらの機会を享受し、ロンドン、ケンブリッジ、オックスフォード近隣に新たなテクノロジーセンターが形成されたのである。

これらのテクノロジーセンターもまた、ブレグジットによって消滅したり、すぐさま困難に陥ったりするということはないだろう。経済が長期の構造改革モードに移行し、企業がコストカットを行い、政府がより内向きになって移民を制限し、海外投資がアジアのより可能性のある地域へと移るという場合にのみ、イノベーションのダイナミクスがこれらの重要なサービスセクターに重大な悪影響を及ぼすことになるだろう。

【図表2】イギリスにおけるR&D投資(100万イギリスポンド)
【図表2】イギリスにおけるR&D投資(100万イギリスポンド)
出典:イギリス国家統計局、CEIC

2.日本企業の立場からみたブレグジットのリスク

日本企業は、EUにおける国際的な投資主体として上位に位置づけられている。とりわけ、巨大なEU市場への入り口としての本部とサービス部門を置くイギリス、EU内の最大の市場でありテクノロジーセンターであるドイツにおいて、そのように言える。世界金融危機以降およびユーロ危機の間(2011-2016年)のEUをターゲットとする日本企業のM&Aは、それ以前のグローバルブーム(2003-2008年)に比べて倍増している。EUにおける生産は比較的小さいものであって、投資の重点は販売とサービスに置かれている。両分野はいずれもEU統合の成功に依存するものであって、EU統合がなければ異なる文化・言語・規制によって個別に細分化した市場分野である。過去20年間にわたり、英語圏であるロンドンは、本部機能、関連するサービス部門とR&Dを置くための最良のロケーションであり、ますますハーモナイゼーションが進む「EMEA(欧州、中東、アフリカ)」市場に対するサービスの拠点の機能を果たしてきた(【図表3】参照)。他方、ドイツや大陸の多くの他のロケーションでは、ほとんどの投資は製造、テクノロジー、販売サービスに向けられている。したがって、日本企業にとっては、ブレグジットにより、イギリスにおける現在の事業の展望が影響を受けるだけでなく、欧州における長期的な投資の計画・戦略が一般的に脅かされると言える。

【図表3】イギリス・ドイツにおける日本のM&A事例(2011-2016年)
【図表3】イギリス・ドイツにおける日本のM&A事例(2011-2016年)
出典:ブルームバーグ(2016年5月)

ブレグジットはサプライチェーンを分断し、EUにおける日本企業の組織構造全体に影響を及ぼすものの、その影響を少なくするためにイギリス市場から脱出して他のEU加盟国へと駆け込むことは、今すぐにとるべき選択肢ではない。というのは、地理的な利点のあるロンドンの代替は容易に見つけられないからである。長期的には、ブレグジット後のイギリスとEUの政治的ダイナミクス次第では、投資主体である企業が大規模な移転も含めたEU市場全体向けの新たなビジネス戦略を検討し始めるかもしれない。

ブレグジットの初期の調整(リスク、コスト、為替変動)後のイギリスにおける海外投資家(企業を含む)にとっての困難は、政府によってもたらされるだろう。政府は大幅な構造改革によって経済を安定化せねばならず、それは強い為替レートと輸出業者にとってはより困難な環境として表れるだろう(OECDはすでに2015年段階で購買力平価に基づき20%の過大評価だと推定している)。金融危機後、イギリスは製造拠点の構造改革と、効率性を通じたサービスの強化に焦点を当て、高くつくロンドン市場の競争力を維持しなければならなくなるだろう。基本的に、また歴史が参考になるのであれば、イギリスはスイスやドイツの制限的な通商と経常黒字を生み出すという長期戦略を真似ざるを得ず、さもなければこれまで以上に規模の大きなEU経済に支配されるおそれがある。そのような制限的なビジネス環境は、必要ではあるが、イギリスの世論が受け入れることはとても難しく、そのことによって反ビジネス的政策がとられ、初期のブレグジットの困難以上により高コストで不安定な状況が潜在的に生じるかもしれない。

他方で、ブレグジット後のユーロ圏の政策環境は、少なくとも困難なもののように考えられる。ユーロ圏では、銀行の債務危機はいまだそれほど解決されていないのだが、ブレグジットはユーロをさらに弱体化させるだろう。ブレグジット後の最初の数年間、ユーロ圏はEUにおける遠心力が高まり、ユーロ圏の高まる厳格な義務と規制フレームワークから離脱しよう、あるいは例外扱いを求める交渉をしようとする国や地域が出てくるかもしれない。そのようなシナリオはユーロ圏にとっては破滅的である。というのは、通貨連合の機能は、相互に機能しようとする緊密な統合を要するからである。

ユーロの将来についての期待を安定化させるためには、労働・サービス市場の統合だけでなく、各種機関の役割や、ガバナンスプロセス、構造改革の役割も含めたユーロ圏の将来に関するより明確なビジョンが必要不可欠である。このことは、ユーロ圏において政策上の困難さに新たな側面を追加するものとなる。なぜならば、現在の調整プロセスは、どの国も離脱することはなく、「どうにか切り抜ける」過程と漸次の調整を通じて解決策が見つかるという前提で機能しているからである。ブレグジット後により厳しい選択がなされねばならなくなったときに、EU政府、そして特にドイツ政府は、より強くなりつつある自らのヘゲモニー(主導権)を示すことなく、さらなる構造改革あるいは各種機関の強化に向けて、相互の成長と安定化を実現するシナリオを受け入れられる形で構築することがより困難になっていることに気づくだろう。企業等の海外投資家の立場からは、困難な調整過程にある時期にイギリスを離れてEU市場に移ることは、(同様に悪影響を受ける)イギリス市場に残留すること以上に難しい選択となるだろう。

3.良い面を考えてみる:ブレグジットの議論が効果的な構造改革への扉を開く可能性

最終的には、EUのリベラルな加盟国であるイギリスが離脱することにより、EUの統合と繁栄の未来にとっての最大のリスクが生じる。ブレグジットの提案者が恐れるように、ユーロ圏という中核の機能を守るために、EUが結束して「これまでにない緊密な連合」へと思い切って力強く進むかもしれない。イギリスがいなくなると、EUの投票権を速やかに調整することが必要となるが、これによりそれほど改革の意識を持たない国が相対的に重みを持つようになり、またリベラルな投票グループのためのブロッキングマイノリティー(法案等の通過を阻止するために必要な最低限な票数)を確保しようとするドイツとの摩擦が高まるだろう。いずれの場合にも、EUにおける改革のダイナミクスは低下し、成長と統合が損なわれるだろう。そのようなネガティブな結果は、イギリスにとっても害となり、アメリカやアジアとの新たな通商交渉や投資関係によっても帳消しにはならないだろう。

中東やウクライナでの市民革命は、(いずれもロシアとの摩擦が関係していることもあって)EUの結束力のある対応が求められた。いずれの紛争においても、外交政策の専門家、様々な外交関係、そして軍備の面において、EUにおけるイギリスのプレゼンスが真に必要とされた。もちろん欧州の安全保障において(NATOのメンバーとしても)イギリスが重要な役割を果たしていくことに変わりはない。しかし、紛争におけるイギリス単独の地位は高まりはしないが、同国がEUから離脱することよりEUの地位は低下することになる。EUの基本的な考えは、不安定な世界において、中小規模の国の利害を調整して単独での対応に比べてより強い力へと統合させることを通じて、EUが中心的な役割を演ずるというものである。

全体として、欧州市場はブレグジットによって悪影響を受けることが予想されている。すでに市場が不調である現状において、これは明らかに歓迎されざる事態である。戦略的には、EU市場における成長と収益のポテンシャルのうち、いくつかの有力な事項までも困難に陥るだろう。大規模でありながら、成長が遅く、いまだ強い不況にある市場において、うまくいくビジネス戦略は個別の市場に依存するものではなく、国境を超えた投資戦略によるものとなろう。その例としては、イギリスでの極めて効率的なサービス、ドイツでの販売、そして東欧での生産を結びつけることにより、統合による利益を増加させるような戦略である。そのように成功する投資戦略は、しっかりした銀行連合に基礎を置き、リベラルな動きにより推進されるイギリスを含めたEUの統合プロセスの継続を必要とするものである。したがって、そのような統合の見込みが薄くなるブレグジットがなされた場合には、EU規模のビジネス戦略の大幅な見直しが必要となろう。

他方で、キャメロン首相が現在の「嵐」を産み出した当初の考えであったようにブレグジットが回避される場合には、EU改革への道はより明確なものにならざるを得ないだろう。というのは、現状は満足のいくものではなく、それはイギリスにとってだけではないからである。EU、そして特にユーロ圏の加盟国は、EUのガバナンスの未来像がどのようなものになるのか明確にしなければならないだろう。これは、現在のユーロ危機の管理に対する「どうにか切り抜ける」というやり方や、(ほとんど)後ろ向きの政府の財政改革を超えるものとなる。

ブレグジットの議論の間、市場統合を通じて、欧州における平和を構築し、生活水準を向上させるというEUの重要な役割が、多数回にわたって取り上げられてきた。しかし、そのような歴史的な成果はEUの将来についての広範な世論の支持を喚起するには十分ではなかったようである。さらに、ブレグジット前になされたイギリスとEU政府間での構造改革交渉の間、改革に関する提案は微調整的な改革プロセスに重点を置くだけで、EUの最大の困難である離脱策や、将来のビジョンに関する問題はほとんど取り上げられなかった。現在のブレグジット危機の結果、これが変わるかもしれない。そして、EU全域の市場改革や、欧州全体での若年層の流動性、教育に関するイニシアティブ、技術革新、デジタル化などを基礎とする、EU統合に関する新たな議論が生まれるかもしれない。

EUとその加盟国は、長年にわたり、これらの差し迫った問題に取り組んでおり、過去には斬新なアイデアを生み出す能力があることを証明してきた。ブレグジットの議論による注意喚起によって、成長と持続可能な統合に向けた新たな道筋について合意し、それを実施することが再び課題リストの上位に置かれることが期待される。

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【調査・研究】


Martin Schulz(マルティン・シュルツ)
株式会社富士通総研 経済研究所 上席主任研究員
1989年 ベルリン自由大で政治学修士、1990年 経済学修士を取得、1996年 同大学で博士号(経済学)を取得。1998年まで同大の政治経済研究所助教授。1996年以降、英国バース大学、イタリアのバリ大学、ポーランドのシュテティン大学、ベルリン社会科学学術センターにて勤務。1991年~1993年 東京大学社会科学研究所研究員。1997年 立教大学経済学部奨励研究員。1998年~2000年 東京大学社会科学研究所研究員および同大学経済学部研究員。一方、1998年~1999年には日本銀行金融研究所に滞在。2000年7月 富士通総研経済研究所入社。
専門:国際経済、企業戦略、対外投資など。
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