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ブレグジットというチャレンジとEU経済の見通し(前編)

2016年6月10日(金曜日)

6月23日、イギリスがEUを去るかどうかを決する国民投票が実施される(イギリスのEU離脱は、Britain(英国)とExit(退出する)を合わせてブレグジットBrexitと呼ばれている)。EUから離脱するという結論が出た場合、どのような影響があるのだろうか?

前編では、ブレグジットの背景を明らかにし、ブレグジットが起きた場合のイギリス経済やEU全体に与えるインパクトについて分析する。

1.世論のセンチメント vs. ビジネスの関心

ブレグジットのリスクは高まっており、ある世論調査によれば「離脱派」が「残留派」と同数だと言う。そのような状況において、結論は浮動票を持つ有権者の大グループの動向次第となろう。彼らは安全性が高い現状維持、すなわちイギリスがEUに残留するという投票をする可能性が高い。だが、現状では、何らかのショックが加われば、状況が変わってしまう可能性もあるだろう。ポイントは、より良い機会を求めてEUを離脱しようというイギリス政府の熟慮に基づく戦略としてブレグジットがなされるのではなく、「ブラクシデント(Braccident、イギリスの不幸な事故)」として何かが起こってしまう可能性がありそうだという点である。

EUに対して否定的な世論のセンチメント(心情)とは対照的に、政府とほとんどの企業は、EU加盟国であることについて概して肯定的なままである。EU加盟国としての地位を維持することによって、結局のところ、世界最大の市場への無条件のアクセスが保障されるだけでなく、比較的小規模なイギリス経済と緊密なパートナーとを統合させることが可能となるからである。また、強力な発言力を通じてEUの将来の方向に影響を与えることができるし、同時に、必要ではあるが不人気な改革(すなわちグローバリゼーション関連の改革)を実施するにあたってEUを身代わりにすることもできる。総じて言えば、最もダイナミックでリベラルなEU加盟国としてのイギリスは、海外直接投資の流入に関する投資・イノベーションにおいて大きなメリットを得ている(UNCTADのデータによれば、海外直接投資の流入は1995年の対GDP比16%から今日の56%への伸びを見せている)。イギリス経済はロンドンがEUの金融センターとなっていることで莫大な利を得ており、また、輸出・投資・テクノロジーを推進するような、市場のトップを走るビジネスサービスを発展させてきた。他方で、イギリスの経済は、リベラルな市場規制とビジネスのしやすさに関するほとんどの指標でトップに位置しており、EUに加盟していることによって生じる追加的な規制から負担を受けるといったことは限られているようである(世界銀行のビジネスのしやすさに関する指標においてイギリスはアメリカより上位の6位であり、他のEU加盟国、例えばルクセンブルクは61位である)。

実際、1991年以降の一人当たりGDPについてイギリス、ドイツ、スイス、日本をEUの平均との比較でみると、【図表1】のように、ブレグジットをうまく説明することは難しいことがわかる。2008年の世界金融危機以前は、スイスの一人当たりの実質所得ですらイギリスをそれほど上回るものではない。他方で、この時期にアジアにおいて「栄光ある孤立」を維持していた日本は、国内の構造改革を進めたにもかかわらず、国外市場をそれほど拡大できなかったため、所得減に苦しむこととなった。イギリス経済の伸び悩みは概して世界金融危機以降に生じたものであり、この時期にスイスとドイツはEU平均に比べて一人当たりGDPを約4,000ドル増加させており、イギリスと日本は危機前の水準に止まっている。EUないしユーロ圏との対比において、各国の金融危機後の運命に違いが大きく出た原因は、明らかに経済構造と国家的な危機対応にあったと言える。

【図表1】 EUとの比較における一人当たりGDPの違い (1000国際ドル)
【図表1】 EUとの比較における一人当たりGDPの違い (1000国際ドル)
注: 国際通貨基金の国際ドル;購買力平価
出典:IMF-WEOデータベース(2015)

もし、EUがイギリス経済に対して総じて正の影響を与えてきたのであるならば、イギリス世論の気運がEU共同体プロジェクトに強く反対の立場をとることになったのはなぜだろうか? 2008年の世界金融危機により経済成長が落ち込み、EUが銀行を救済しつつ欧州中央銀行を中心として規制強化した銀行業務の連携を図ろうとした後、EUというプロジェクトがユーロとユーロ圏の信念と絡み合ったものになったようにイギリスからは見え、これが世論のEU離れを招いたのである。そしてこの2年にわたる移民・難民危機によって、このヒビはさらに深くなってしまった。というのは、(移民ではなくEU市民の移動として捉えられるものではあるが)EU単一市場プロジェクトの核心である移民に対しても、世論の気運が批判的になってしまったためである。皮肉なことに、外国人労働者は力強い成長には欠かせないと考えられた金融危機以前には、イギリスは東欧からの移民を最も声高に指示していた国の1つだったのだが、そのことは今回の助けにはならなかった。

さらに、EUは協力という非経済的な利益も実現させることができていないようである。中小規模加盟国が単独でいるよりも、EUとして結束することで、より強力なグローバルプレーヤーになることができるはずではなかっただろうか。だが、中東とウクライナでの危機において、EUは約束を果たすことができず、シリア難民危機によって域内での協調と負担共有には限界があることを露呈してしまった。そして、テロや安全への脅威に対するEUの対応に混乱があったことで、EUは独立し決然とした国民国家と比べて安全ではなくなってしまったのである。これらの様々な脅威が総じて、EU統合の未来に対する完璧な嵐となったのである。

他方で、企業の立場からは、世界的な資産管理企業BlackRockが投資家へのレポートにおいて「ブレグジットにより見返りがほとんどないリスクが生じる」と述べている(注1)。意外でもないのだが、ブレグジットについての国民投票が6月23日に実施されるという報道後、イギリスポンドは対ユーロで2%以上、対ドルで3%以上も下落している。2015年の高水準と比較すると、ポンドは対ユーロでも10%も下落しており、対ドルでもおよそ同じである。ブレグジット後には、通貨だけではなく、国債やおそらくはロンドンの不動産を含めた他の資産の価値も下落することが見込まれる。

2.ブレグジットのコストと市場のダイナミクス

ブレグジットがもたらすイギリス経済へのコストを検討する際には、EU域内だけでなく、世界全体との関係における、高関税や通商の崩壊によって生じる通商コストに焦点が当てられてきた。結局のところ、イギリスは国際通商協定のほとんどを再交渉しなければならなくなるだろう。そのような通商関連のコストとベネフィットを推計する一般的なモデルは包括的GTAP(Global Trade Analysis Project)通商モデルとデータベースである。(注2

EUの改革を批判的に検討し、優れた分析を行っているシンクタンクであるオープンヨーロッパ(Open Europe)は、広く用いられているGTAPモデルに基づき、イギリスにとってのブレグジットのコストを試算している。その分析によると、EUとの関係が不利なものとなる場合、イギリス経済にとってのコストはおよそGDPがマイナス0.8%になるという。最も楽観的なシナリオでは、イギリスがブレグジットのショックをさらなる規制緩和の機会へと転じて、アメリカと中国との通商の自由化を推し進めるのであれば、ブレグジットは2030年まで恒常的にGDPがプラス0.6%になるという(注3)。

だが、後者のような好ましい結果はかなりあり得ないものである。というのは、ブレグジットの支持者のほとんどがグローバリゼーションの水準がより低くなることを望んでいて、より高くなることは望んでいないからである。それゆえ、ほとんどのエコノミストは、潜在的な経済の長期的ダイナミクスを考慮すると、ブレグジット後にはかなりの損失が生じると分析している。

そのような経済的・政治的ダイナミクスの影響の評価は不可能に近いが、Global Counselはブレグジットの過程でビジネス環境に生じる潜在的な変化について、優れた質的分析を行っている(注4)。明らかに、企業にとって最も重大なチャレンジは、不確実性が生じる最初の時期に見られ、その期間は新たな規制枠組みが形作られる複数年にわたるものになるかもしれない。また、イギリスの成長・生産性・イノベーションに非常に重要な役割を果たす海外直接投資(FDI)が不調となる場合には、さらに大きな長期の悪影響が生じる可能性がある。イギリス市場や欧州市場が海外投資家からの信頼を失うと、長期の成長はほぼ確実にかなり悪化するだろう。ドイツのIfo Instituteとベルテルスマン財団はイギリス・EU間の通商の減少が競争を低下させるものであり、投資、イノベーションの生産性が長期的に減少するという仮説に基づいて、ブレグジットの潜在的な長期的影響を評価しようとした。この分析により、将来の通商におけるイギリスの孤立の程度によるのではあるが、イギリスの一人当たりGDPが2-14%低下する可能性があることが明らかにされている。

最後に、複数レベルでの検討を行い異なるモデルの結論を取りまとめているブレグジットの影響についての最も包括的な調査において、イギリス政府は、EUとの有利ではない現実的な通商条件を想定すると、EU域外に置かれたイギリスの2030年のGDPは6.2%低くなると推測している。通商体制に大きな変更がない場合、すなわちイギリスがEUから離脱するものの、欧州経済地域(EEA、すなわち、アイスランド、リヒテンシュタイン、ノルウェイ)というFTAに参加するというシナリオであっても、イギリスのGDPは3.8%低くなると考えられている。

企業や投資家にとって重要なのは、これらの経済分析の基本的な結論やモデルに基づく検討の結果からは、取引費用の上昇、市場フレームワークの潜在的な悪化、欧州市場のダイナミクスの低下から生じる、マクロ経済的にかなりのコストが予想されるということである。しかし、個別の企業の立場からは、これらの一般的なコストはビジネスモデル、戦略、欧州市場へのアクセスに比べれば、取るに足りないもののように受け止められるだろう。これらの困難は、いくつかの段階に分けて慎重に評価されるべきブレグジットの過程とEU市場の将来におけるビジネス関連のダイナミクスに伴って生じるだろう。

3.6月23日以降のブレグジットのプロセス

ブレグジットはビジネス全体に対して明らかに悪影響をもたらしそうではあるものの、詳細な分析によると、ブレグジット時におけるビジネス上のリスクやコストは、しばしば懸念されているよりは低いものになりそうだという。長期的な予想をすることは困難であるが、ブレグジット後については、企業が即時かつ持続的なビジネス環境の広範な変化に直面する可能性は低いということができる。イギリスのEUからの離脱は、現状を踏まえた、ゆっくりとした段階的なプロセスとしてなされるのであって、EUの大規模な市場と規制枠組みからイギリス経済が即座に追い出されるということにはならないだろう。

もし、ブレグジットが6月23日に実現する場合には、そのプロセスは以下のように進められる可能性が高い。イギリス政府は、EU条約50条の離脱手続きを開始する前に(ちなみに、これは2017年より前にはなされそうにない)、EUの諸パートナーと協調して出口戦略を練らねばならないだろう。この間は、市場はあまり変化を見ないだろう。イギリスはEUとの包括的なFTAが策定されるまでは、その一部にとどまるだろう。離脱の条件交渉だけでも2年はかかりそうであり、これは市場アクセスの新たな条件に関する交渉と密接なものとなるだろう。FTA交渉(より複雑ではなくより緊急性が低いものだが)に関する経験則からは、このプロセスには約10年はかかると見られる。この期間、イギリスは一般的な欧州経済地域(EEA)に基づく中間的な体制に落ち着かざるを得ないだろう。すなわち、完全な市場アクセスはあるが、独立性も影響力ももたない、という状況である。そうなったとしても、政治的関係がストレスで満ちるだろうこと以外には、ビジネスの観点からは状況は驚くほどほとんど変わらないだろう。

ブレグジット中およびブレグジット後において、イギリスサイドは、予想される国内における政治的緊張状態の中で、国際通商と規制戦略を再検討しなければならないだろう。多くのアナリストが、ブレグジット後に現政権が崩壊することを予想しており、これにより秩序ある交渉プロセスを開始することがさらに困難になる。他方、EUサイドでは、産業界ができる限り(ビジネス関連の)現状を維持しようと要請しながらも、そうしようとする政治的動きはほとんどないことが予想される。したがって、イギリスは、これまでアイスランド、リヒテンシュタイン、ノルウェイがそうであったように、一般的な欧州経済地域(EEA)に押し込まれるという可能性が極めて高い。ほとんどすべての単一市場規制がEEAにも適用されるので、企業はそのような帰結を歓迎するだろうが、イギリス政府と離脱派にとっては、そのことはEUと世界との通商関係を形成する上での発言権をほぼ失うこととなるので、失望をもたらすだろう。

そのため、ポスト・ブレグジット政権は、アメリカ・アジアの非EU諸国との新しい通商・投資関係の再構築へと動かねばならず、また同時にEUから(さらに)独立できる程度にまで国内市場を自由化せねばならない。そのうちに、イギリス経済を強化する好循環により、イギリスはより良い交渉ポジションを得ることができるだろうし、さらにはイギリスとの競争の激化を通じてEUが規制の自由化を迫られることになるかもしれない。だが、より可能性が高いのは、リベラルなEU加盟国であるイギリスが離脱することによって、EUのダイナミズムが失われるというシナリオである。グローバリゼーションという概念が、困難なブレグジットの間にすでに悪評を高めているので、これはイギリス経済を弱める方向に働くだろう。イギリス政府の政策がより内向きで保守的になることは、EU市場の分裂と相まって、イギリス経済と欧州の投資家にとって最大のリスクとなるだろう。

ブレグジットプロセスにおける最も重大な判断は、移民に関する政府の立場であろう。イギリスは欧州からの移民に対して最も強力で開かれた受入国だったのだが、金融危機以前にはそのことが経済パフォーマンスにかなりの貢献を果たしていた。多くの西側ヨーロッパ諸国とは異なり、イギリスは東欧のEU加盟が開始された時期から東欧からの移民を受け入れてきたのである。皮肉なことに、今では、移民コントロールは離脱派が最もよく取り上げる問題となってしまっている。南欧において若年層が経済再建と高失業率の犠牲となってしまったため、EU域内での移動は将来の成長のために最も重要な要素となるだろう。もし、イギリスがブレグジットの結果として反移民の態度をとることになった場合には、イギリスの将来の成長の原動力として自由化を用いるというアイデアが実現する可能性は極めて疑わしくなる。巨大な連合内のリベラルな加盟国として成長してきたイギリス市場は、リベラルでなくなり、孤立し、経済は高いコストを支払わなければならなくなってしまうかもしれない。

注釈

(注1) : https://www.blackrock.com/institutions/en-us/literature/whitepaper/bii-brexit-2016.pdf

(注2) : https://www.gtap.agecon.purdue.edu/Open a new window

(注3) : http://openeurope.org.uk/intelligence/britain-and-the-eu/what-if-there-were-a-brexit/Open a new window

(注4) : http://www.global-counsel.co.uk/system/files/publications/Global_Counsel_Impact_of_Brexit_June_2015.pdf

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Martin Schulz(マルティン・シュルツ)
株式会社富士通総研 経済研究所 上席主任研究員
1989年 ベルリン自由大で政治学修士、1990年 経済学修士を取得、1996年 同大学で博士号(経済学)を取得。1998年まで同大の政治経済研究所助教授。1996年以降、英国バース大学、イタリアのバリ大学、ポーランドのシュテティン大学、ベルリン社会科学学術センターにて勤務。1991年~1993年 東京大学社会科学研究所研究員。1997年 立教大学経済学部奨励研究員。1998年~2000年 東京大学社会科学研究所研究員および同大学経済学部研究員。一方、1998年~1999年には日本銀行金融研究所に滞在。2000年7月 富士通総研経済研究所入社。
専門:国際経済、企業戦略、対外投資など。
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