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2016年の経済見通し:ぬるま湯続く日本経済

2016年1月13日(水曜日)

1. 期待外れだった昨年の日本経済

昨年の春頃まで、筆者を含めて多くの人が「2015年は日本経済にとって良い年になる」と考えていました。そして、それは経済予測にしては珍しく、2つのはっきりした根拠を持つものでした。その根拠の第1は、「反動の反動」です。2014年度の個人消費や住宅投資の水準は、消費増税前の駆け込み需要の反動から異例の低水準でした。2015年度は、それが正常化するだけで一定の成長が可能(筆者の試算では実質GDPを+0.7%押し上げる)だと考えられていたのです。

第2は、原油価格急落に伴う交易条件の改善です。これは、国民所得統計に「交易利得」として計上されているものをご覧いただくと(【図表1】、右端のマイナスが急に縮んでいる部分)、交易条件が2014年7~9月から2015年4~6月までの間に実質GDP対比で1.5%分、実額にして7.7兆円改善したことが分かります。この金額は消費税3%分の税収に匹敵しますから、2014年春に消費増税で奪われた購買力が丸々海外から帰って来たことを意味します(注1)。仮に、この購買力の半分程度が使われるとすれば、やはり実質GDPを+0.7~0.8%押し上げることになります。

【図表1】交易利得(2005年=0、実質GDP対比、%)
【図表1】交易利得(2005年=0、実質GDP対比、%)

こう考えれば、昨年春頃まで「2015年度の成長率は2%近くになる」とみられていたのも不思議はない筈です。しかし、実際の景気の動きは期待を大きく下回るものでした。一時期の4~6月、7~9月2四半期連続のマイナス成長(欧米では、2四半期連続のマイナス成長は「景気後退」と考えられます)は、7~9月の計数が上方改訂されたことで何とか消えましたが、昨年度上期は輸出、個人消費、設備投資ともに低調だった事実に変わりはありません。現時点では、2015年度の実質成長率は+1%程度と予想されています。

では、なぜ昨年の景気は期待外れだったのでしょうか? 個人消費の伸び悩みを指摘する意見もありますが、企業収益の割に賃金が上がらず、円安が物価を押し上げた結果、実質賃金がほとんど増えなかったのですから、個人消費が伸びなかったのは当たり前です。問題はむしろ、円安に伴う収益増加に原油安の神風まで加わって過去最高の収益を達成したにもかかわらず(【図表2】)、賃上げはごくわずかで、設備投資の増加も小幅に止めた(最近は、日銀短観などの設備投資計画は強気でも、実際の投資には慎重という傾向が強まっています)企業行動にあったとみるべきでしょう。筆者は、最近の企業を「まるでブラックホールのようだ」と評していますが(注2)、これでは経済の好循環につながらないとして、安倍首相を先頭に政府が経済界に賃上げや設備投資を促しているのは、読者もご存知のことと思います(注3)。

【図表2】企業収益と設備投資(兆円)
【図表2】企業収益と設備投資(兆円)
(資料)財務省「法人企業統計季報」

とはいえ、昨年の秋頃に一時懸念されたような景気後退に陥ることもありませんでした。元々企業収益は過去最高、労働市場は完全雇用でしたから、内需が自律的に弱まる理由はなかったのです。唯一の心配は外需で、もし中国経済が急激に悪化しているのなら、輸出の落ち込みから景気後退のリスクもあり得ましたが、昨秋以降のデータを見ると、輸出も生産も緩やかながら増加しています。中国経済の減速はあくまで連続的なもので、不連続な崩壊が起こっているわけではないことを示すものと考えられます。

2. 2016年度も緩やかな景気回復

足もとの実質賃金は、原油安の影響で消費者物価の上昇率が下がってきた結果、漸くプラスになって来ました。(【図表3】)個人消費も徐々に持ち直していくと見ています。設備投資についても、年度末にかけて強気の投資計画が一部は実行されるでしょう。こうして2015年度後半から景気は持ち直し、それが2016年度も続くことが期待できます。繰り返しになりますが、内需が弱くなると考える理由はありません。一方、海外経済については、(1)中国経済が引き続き連続的な減速の範囲内に止まり、(2)米国の利上げが大きな混乱をもたらさないと想定すれば、輸出が大きくは伸びないにしても、急激に落ち込むこともないと考えられるからです。

【図表3】実質賃金(前年比、%)
【図表3】実質賃金(前年比、%)

現在、多くの民間予測機関は2016年度の成長率について+1.5%程度を予想していますが(【図表4】)、筆者はやや期待が過大ではないかと思っています。というのも、まず来年の世界経済が目立って加速することはないでしょう(どこにも成長のリード役が見当たりません)。企業収益の高水準は間違いありませんが、2015年度が円安と原油安の恩恵をダブルで受けたのに比べると、2016年度の増益率は低下する筈です。また、後で述べるように賃金の上昇が小幅に止まる一方、原油安の影響が一巡することで物価上昇率は高まりますから、実質賃金もそれ程は上がりません。2017年4月に消費税率が10%に引き上げられる前に駆け込み需要が発生することで成長率は+1%台には乗ると思いますが、駆け込み需要を除いた実力は+1%未満というのが筆者の見方です。

【図表4】民間予測機関の経済見通し(前年度比、%)(注4
【図表4】民間予測機関の経済見通し(前年度比、%)

この点、アベノミクスがスタートしてからの3年間、経済予測がどのように変化して行ったかを確認しておくと(【図表5】)、当初の13年度こそ民間や日銀の予想を上回る経済成長が実現しましたが、2014年度、2015年度と2年連続で大きく下振れたことが分かります。おまけに、この間の10四半期のうち4四半期がマイナス成長でした(消費増税の後だけではありません)。2014年度は消費増税のせい、2015年度は中国ショックのせいなどと言われますが、日本経済の潜在成長率は0.5%に満たない以上(注5)、小さなショックでも簡単にマイナス成長になり得るというだけのことです。潜在成長率が低く、かつ完全雇用に達してしまっているのですから、実力1%足らずの成長が「日本の新常態」と考えるべきではないでしょうか。

【図表5】民間と日銀の成長率見通し
【図表5】民間と日銀の成長率見通し

3. なかなか上がらない賃金と物価

一方、物価の動きをみると、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比はこのところゼロ近傍となっています。もっとも、これには原油価格下落が大きく影響していて、エネルギー価格を除いてみると+1%超となっていますから、物価の基調はしっかりしているとみていいでしょう。円安の影響のほか、人手不足でパート・アルバイト等の時給が上がっていることが寄与しています。近いうちに前年比で見たエネルギー価格のマイナス幅は縮小しますから、除く生鮮食品の前年比も次第にプラスになって行く筈です。今年の夏頃には、消費者物価の上昇率は1%超になっているかもしれません(注6)。

それでは、日銀が掲げる2%のインフレ目標は「2016年度後半頃」(注7)にも達成されるのでしょうか? 筆者はこれまで、「日銀の予想よりは遅れるとしても、2%目標は早晩達成される。その時には長期金利が大幅に上昇するので、それまでに財政再建の目処を付けておくことが重要」と、異次元緩和からの「出口」のリスクに警鐘を鳴らしてきました(注8)。完全雇用の下で賃金上昇率は毎年少しずつ高まって行き(定昇部分を除いたベースアップ率は一昨年が+0.4%、昨年が+0.6%程度でした)、それが物価に反映されて行くと考えていたからです。

しかし、驚いたことに、史上最高の企業収益と人手不足の深刻化という絶好の環境にもかかわらず、労働組合(連合)が示した今春の賃上げ要求は「2%程度」と昨春の「2%以上」を下回ったのです(大手自動車・電機メーカーを含む金属労協の要求額は昨年の6千円に対し、今年は3千円と半分でした)。首相らの経団連への要請もあって、何とか昨年並みの賃上げは確保できるかもしれませんが、これでは2016年度中の2%目標の実現は到底無理だと思います。さらに2017年4月には消費税再増税が控えていることも考えれば、筆者が心配していた「長期悲観」のシナリオ、すなわち2%インフレの実現→日銀の国債買入れ縮小→長期金利急騰による市場の大混乱は、まだ暫く先の話になりそうです(ただし、「出口が遠いから安心」ではなく、異次元緩和が長引くほど出口の苦しみは増すことを忘れないで下さい)。

4. ぬるま湯から跳び出せ!

以上の予測が正しいとすると、今年の日本経済は昨年同様のぬるま湯状態が続くことになります。確かに、駆け込み需要を含めて+1%ちょっとの成長は決して自慢できるものではありません。しかし、企業収益は過去最高水準を維持する見込みです。低成長でも潜在成長率を上回っている限り、人手不足はさらに深刻になる筈です(企業は人材確保に苦労するでしょうが、雇用不安がないのは多くの人にとって幸福な状態です)。そして、消費者物価上昇率は+1%前後でデフレを心配する必要はない一方、賃上げが勢いを欠くために2%インフレにはまだ暫く届きそうにない点がミソです。そうなれば、日銀が大量の国債買入れを続けますから、政府は金利上昇を恐れることなく新「3本の矢」に沿った家計支援の財政支出を続けられるのです(注9)。まさに、誰にとっても心地良いぬるま湯状態と言えるでしょう。

ところで、読者の皆さんは「茹でガエル実験」の話をご存知ですか? 「2匹のカエルを用意し、一方は熱湯に入れ、もう一方は冷水に入れて緩やかに温度を上げる。そうすると、前者は驚いて跳び出し生き残るのに、後者は温度の上昇に気付かずに茹で上がってしまう」という話です。本当に実験をすると、後者もお湯から跳び出すとのことで、あくまでもっともらしい作り話に過ぎないのですが、巨額の財政赤字を抱えながら低成長・低インフレに安住する今の日本は、この「茹でガエル」にそっくりだと筆者には思えてなりません。この心地良いぬるま湯に浸って、財政健全化の努力も潜在成長力引き上げの試みも怠るならば、遠くない将来に日本経済は茹で上がってしまうでしょう。また企業にしても、現在の高収益は過度の円安(注10)による「追い風参考記録」ですから、今のうちに本当の競争力を磨くことが必要です(AIやIoT、フィンテックやシェアリング・エコノミーなど、時代の波は大きく動き出しましたが、多くの場合、その先頭を切っているのは日本企業ではありません)。日本の国にも、それぞれの企業にも、このぬるま湯から跳び出す勇気が求められるのが2016年という年だと思います。

注釈

(注1) : この点について詳しくは、2014年12月にオピニオン欄に掲載した「円安vs原油安の経済学:鍵は『交易条件』」をご覧下さい。

(注2) : ちなみに、ブラックホールの定義は「すべてを吸収し、何も放出しないもの」です。麻生財務相は、企業のことを「守銭奴」と批判されましたが、それよりは多少お上品な表現だと思っています。

(注3) : こうした政府による賃金への介入は正統派の経済学者・エコノミストからは不評ですが、2年近く前のオピニオン欄(春闘に望む)にも書いたように、筆者自身は「デフレ均衡」から抜け出すには必要な努力だと考えています。ただし、賃上げ要請と設備投資実行の要請は区別して考えるべきでしょう。賃金ならば、すべての企業が2%賃上げを行い、物価も2%上げるならば、日銀は喜んで容認(accommodate)する筈ですから、何の問題もありません(資源配分に中立的)。一方、設備投資は各企業が一律に投資を増やすことはできませんし、無理に投資を行えば後に大きな禍根を残す恐れがあります。

(注4) : ここでは、日本経済研究センターが取りまとめたESPフォーキャスト調査の昨年12月時点の平均値を掲載しています。7~9月の2次QE公表前の数字ですから、2015年度成長率はやや低めになっています。なお、2014年度の消費者物価は消費税率引き上げの影響を除いたものを示しました。

(注5) : 潜在成長率の推計値は内閣府が0.5%、日銀が0.2~0.3%(公式見解は「0%台前半から半ば」ですが、グラフから読み取れます)となっています。以前は両者に乖離がありましたが、内閣府の数字が3年前の0.8%から0.5%まで下がったため、もはや0.5%以下と言っていいと思います。

(注6) : ただし、ここでは原油価格を1バーレル50ドル程度で考えていますから、これが大きく下がると、消費者物価の上昇率は+1%を下回る可能性があります。

(注7) : 「2016年度後半頃」は、現時点で日銀が2%インフレが達成されると考えている時期です。もっとも、2016年度後半は2017年3月まで含まれますから、異次元緩和がスタートした13年4月から約4年、当初の約束の2年が2倍に延びたことになります。

(注8) : この点については、例えば2015年3月に日経新聞「経済教室」に寄稿した「緩和『出口』に信認確保を(PDF)」をご参照下さい。

(注9) : 安倍首相が2015年9月に打ち出したアベノミクスの新「3本の矢」が家計重視を鮮明にしたものであり、第2、第3の矢の実現には多額の財政支出が必要なことは、オピニオン(アベノミクス新「3本の矢」:その背景と意味)に書きました。

(注10) : 購買力平価(PPP)に見合った為替レートは、推計の方法で異なりますが、円ドルでみて1ドル=100円前後というのが標準的な見方です。

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早川 英男(はやかわ ひでお)
経済研究所エグゼクティブ・フェロー
1954年愛知県生まれ。1977年東京大学経済学部卒、日本銀行入行。1983~1985年米国プリンストン大学大学院(経済学専攻)留学(MA取得)。調査統計局長、名古屋支店長などを経て2009年日本銀行理事。日本銀行在職期間の大部分をリサーチ部門で過ごした後、2013年4月より現職。
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