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「日銀レビュー」が語る不都合な真実

―「成長頼みの財政再建」の罪―

2015年6月16日(火曜日)

はじめに

日銀が量的・質的金融緩和(以下ではQQE)を開始して2年目に当たる今年4月のコアCPI(消費者物価指数、生鮮食品を除く総合)の前年比は、消費税の影響を除くと、ちょうどゼロでした。日銀自身はまだ「2年程度で2%」の旗を降ろしていませんが、常識的に考えればQQE開始時のインフレ目標に関する約束が実現されなかったのは明らかです(注1)。こうした中で、日銀は5月初めに『「量的・質的金融緩和」:2年間の効果の検証』というレポート(以下では、このレポートを「日銀レビュー」と呼びます)を公表して、「実際の経済・物価は、概ね『量的・質的金融緩和』が想定したメカニズムに沿って動いている」と、QQEの効果を改めて強調しました。

より具体的に見ると、日銀はQQE導入後の10年物国債の利回り低下と、各種データから推測される期待インフレ率の上昇を併せて、実質金利が0.8%低下させたと捉えた上で、この実質金利低下の効果をQ-JEMと呼ばれるマクロ経済モデルを使って試算し、これを実績と対比したのです(【図表1】)。日銀の結論は、(1)CPI前年比の上昇幅はモデルの試算では+0.6~1.0%である一方、実績は+1.0%だった、(2)需給ギャップの改善幅はモデルの試算が+1.1~3.0%に対し、実績は+2.0%だったというもので、これをもって「概ね想定通り」と評価しました(なお、モデルの試算値に幅があるのは、実際の為替円安の程度や株価上昇幅がモデルの予測を大きく上回ったため、モデルに忠実な【試算1】と、現実の為替や株価の動きを織り込んで計算した【試算2】の双方を示しているためです)。確かに、0.8%ポイントの実質金利低下はそれ自体極めて大きなものですし、(1)、(2)の結論にも間違いはありません。しかし、この試算は単に「想定通り」で片付けられるものではなく、日銀と日本経済にとっての「不都合な真実」を物語っていると筆者は考えています。以下では、この点について少し詳しく説明して行きたいと思います。

【図表1】QQEの波及効果の試算
【図表1】QQEの波及効果の試算
出所)日銀レビュー「『量的・質的金融緩和』:2年間の効果の検証」(2015年5月)

1. 「2年で2%」は元々無理だった

まず、極めて明白な事実から出発しましょう。「日銀レビュー」が示すとおり、13年1Qから14年4Qまでの間にコアCPIの前年比は+1.0%上昇しましたが、それは-0.3%から+0.7%へ上がったという意味です。コアCPIが13年半ばから1年半余りプラスで推移してきたことは、極めて大きな成果だと思いますが、「2年で2%」という目標を達成するという観点からは、+1.0%の上昇では到底足りなかったのです。しかも、モデルの試算については、予想以上に円安・株高が進んだことを織り込んだ【試算2】でもCPIの押し上げ効果は漸く+1.0%でした。現実の動きがモデルの試算と整合的という意味ならば、確かに「QQEは所期の効果を挙げている」とも言えますが、この「日銀レビュー」が示しているのは、「日銀の計量モデルによれば、『2年で2%』は元々無理だった」ということです。今回、日銀が元々達成できないような目標を掲げていたことを白日の下に曝してしまったことは、日銀にとって「不都合な真実」と言うほかありません(注2)。

(市場とのコミュニケーションの再建を)

しかし、この「不都合な真実」がどこまで深刻なものかは、少し考えてみる必要がありそうです。というのも、国民の多くは現在の日銀の政策に対して不満を感じていないように思うからです。実は、筆者は5月初めに言論NPOが主催するインターネットTVの番組に出演したのですが、その際に同NPOが行った有識者アンケートの結果を示されました。簡単に言うと、それは(1)有識者の多くはQQEを高く評価している。一方で、(2)近いうちに2%インフレが達成されると考える者はほとんどいないが、(3)追加緩和が必要と考えるのは圧倒的に少数派、ということでした(注3)。だから、「インフレ目標の達成時期を後ズレさせながらも、追加緩和は行わない」という4月末の日銀の決定は、単に「当然」と受け止められたのでしょう。また、「2年で2%」の目標が未達に終わったにもかかわらず、マスコミ等から日銀の責任を問う声がほとんど聞かれないのも、こうした世論が背景にあるからだと思います。

だからと言って、問題がないわけではありません。市場参加者やエコノミストの多くは、日銀の説明に不満を募らせているからです。実際、日銀は(1)2%インフレの達成時期を「16年度前半頃」とQQE開始から3年以上先に延ばしながら、未だに「2年程度」の旗を降ろしていない、(2)「物価の基調に変化があれば、躊躇なく必要な調整を行う」と言いながら、CPIがゼロになっても何もしないのですから、普段日銀の説明や記者会見を丁寧に見聞きしている人達からは無責任、鉄面皮といった批判が出て来ても仕方ないように思います。もちろん、日銀が長期国債を毎月10兆円も買い続ける現状では、市場参加者の不満が直ちに市場の混乱に繋がるわけではありません。しかし、「出口」が近づいてきた時に重要となるのは、単に一般国民の理解ではなく、市場とのコミュニケーションです。これは、過去2年間にわたってFed(連邦準備制度)が(1)極めて丁寧な市場との対話を心掛け(議事要旨はどんどん長くなり、FOMC(Federal Open Market Committee)メンバーの先行き金利予想を示すdot chartなど、新たな手法も試みられています)、それでも(2)2年前のtaper tantrum(Bernanke前議長がtaperingを示唆したことで、市場に大きな動揺が起こった)のような混乱も時に見られる、といったことが示すとおりです。

ですから、もし日銀が本当に来年度前半にも「出口」が近づくと考えているなら、一刻も早く市場とのコミュニケーションの再建に努めることが求められます。それも、実はそんなに難しいことではないかもしれません。必要なのは、(1)2%インフレの達成が簡単ではないことを率直に認める一方で、(2)労働需給や賃金の動き等から見て、時間は掛かっても日本経済が着実に2%に向けて進みつつあることを丁寧に説明し、(3)その達成まで粘り強く金融緩和を続ける約束をすることに尽きるのだと思います。要は、一般国民の理解を市場にも共有してもらうだけです。日銀が面子を捨てて、強引なロジックを振り回すのを止めさえすれば、市場参加者は意外にあっさり納得してくれるのではないかと、筆者は思っています(注4)。

2. 潜在GDPの減少がデフレ脱却を促した

次の問題は、なぜ需給ギャップが改善したのかです。【図表1】を見ると、確かに需給ギャップは2.0%ポイント改善していますが、この間、実質GDPはほとんど増えていません。つまり、需給ギャップが改善したのは、QQEの効果で経済が成長したためではなく、むしろ潜在GDPが減った結果ということになります。だとすると、先のCPI上昇率が+1.0%ポイント上がったのも、生産性が低下して潜在GDPが減った結果という疑いが出て来ます。「潜在GDPが減った」などと言うと、多くの読者は「まさか」と思われるでしょうし、「最近、内閣府と日銀の需給ギャップが大きく乖離しているらしい」とご存知の事情通からは「日銀の需給ギャップの推計がおかしいのではないか」と疑われるかもしれません。

そういう時には、事実を見るのが一番です。【図表2】には、先の「日銀レビュー」と時期を合わせ、13/1Qと14/4Qの2時点について、各種労働需給や設備の過不足を示すデータを集めてみました。この表を見れば、この間に実質GDPはほとんど増えなかった一方、労働需給や設備の稼働率は大きく改善していることが一目瞭然でしょう。実は、日銀と内閣府の推計方法の違いは、(1)日銀が労働需給や設備の稼働状況から直接需給ギャップを推計している一方、(2)内閣府は、過去のデータから推計した潜在成長率(現在は0.6%)を所与として、現実の成長率がこれを下回れば、乖離分だけ需給ギャップが拡大したと見做す、という点にあるのですが、【図表2】を見る限り、「需給ギャップが拡大した」と考える内閣府の推計の方に無理があるように思えます(注5)。

【図表2】需給ギャップ関連指標
【図表2】需給ギャップ関連指標
資料)総務省「労働力調査」、厚生労働省「一般職業紹介状況」、
経済産業省「稼働率指数」、日本銀行「短観」、内閣府「国民経済計算」など

もちろん、日銀の推計方法が万能なわけではありません。例えば、基礎統計の問題等により、四半期毎のGDPの推計にはかなりの歪みがあることが知られていますが、その場合、日銀の需給ギャップを前提に、

潜在GDP=実質GDP/(1+需給ギャップ)

という形で、潜在GDPを逆算すると、潜在GDPが大きく振れてしまいます(注6)。このため、日銀では、上記潜在GDPそのものの動きではなく、これにHPフィルターを掛けて平均したものを潜在成長率と捉えています。先に見たように、上記の期間中実質GDPがほぼ横這いの中、需給ギャップは2.0%ポイントも改善した以上、計算上の潜在GDPはかなり減少した筈です。それでも、日銀の潜在成長率がマイナスとはならず、0.2~0.3%(公式表現は「0%台前半から半ば」)となっているのは、このためです。ただし、昨年の白井日銀審議委員の講演で使われたチャートを見ると、足もとの潜在GDPの低下(全要素生産性 = TFPの低下と解釈される(注7))を反映して、日銀の推計による潜在成長率は下方修正を繰り返してきたことが分かります(【図表3】)(注8)。

【図表3】日銀の推計による潜在成長率
【図表3】日銀の推計による潜在成長率
出所)白井さゆり日銀審議委員講演「わが国経済・物価情勢と金融政策」(2014年11月)

(経済成長が必要な理由)

以上をまとめると、(1)日本の潜在成長率は内閣府の推計する0.6%より低い可能性があり、(2)アベノミクス始動後も潜在成長率は低下している蓋然性が高い、ということになるでしょう。もし、日銀の目標をデフレ脱却に絞るならば、潜在成長率の低下はCPIのプラス浮上を助けたと見られ、今後も2%を目指す上での支援材料を意味します。したがって、これは日銀にとっては必ずしも「不都合な真実」ではなく、日本経済全体にとっての「不都合な真実」と捉えるべきでしょう。

しかし、成長率の低下がなぜ「不都合」なのかは、よく考えてみる必要があります。途上国や戦後すぐの日本であれば、経済成長は絶対に必要な目標だったでしょう。しかし、多くの人が豊かになった現在の日本では、子供や若者の貧困など、格差の是正の方が大事だと考える人もいます。また、榊原英資氏の持論は「高齢社会で求められるものは健康と環境と安全だ」というものです。そう考えるなら、日本は健康寿命でも、空気や水のきれいさでも、都市の安全さでも、世界のトップ・クラスにあり、成熟社会の誇るべき条件を満たしていることが分かります(注9)。

しかし、1つはっきりしているのは、ある程度の経済成長なくして、日本の財政や社会保障は維持できないということです。昨年8月の本欄(「人手不足時代の到来(上) ~その背景とマクロ的帰結~」)でも指摘したように、現役世代の保険料で高齢者の年金や医療・介護を賄う賦課型の社会保障制度を持ち、巨額の政府債務を抱える日本では、これを支える現役世代の所得が増えていかない限り、現在の仕組みを維持することはできません。財政と社会保障が破綻すれば、格差の是正を進めることも、健康と環境と安全を守ることもできないのは明らかでしょう。

3.「成長頼みの財政再建」の罪

このように、潜在成長率の低下は日本が克服すべき最重要の課題の1つなのですが、まさに今、経済財政諮問会議では唖然とするような議論が展開されています。少し遡って事態を確認しておくと、始まりは昨秋の総選挙に先立って安倍首相が「来年夏までに、20年度の基礎的財政収支(プライマリー・バランス)黒字化計画を具体化する」と約束したことでした。これを受けて昨年12月の経済財政諮問会議では、民間議員が「潜在成長率並みの堅めの成長率を前提として」財政再建計画を策定することを求めました。これは従来の計画が前提としていた実質2%台、名目3%台の成長(「経済再生ケース」)が多くの経済学者、エコノミストから非現実的と批判されていたことに応えたものだと思います(注10)。このため、今年2月に内閣府が示した『中長期の経済財政に関する試算』(【図表4】)では、「経済再生ケース」(この場合、20年度の基礎的財政収支は9.4兆円の赤字)と並んで、潜在成長率並みを前提とした「ベースライン・ケース」(同16.4兆円の赤字)が提示されました。低成長を前提とすると財政健全化は難しくなるだけに、こうしたchallengingな課題に立ち向かおうとする姿勢について、筆者は大変心強く感じたものです。

【図表4】中長期の経済財政に関する試算
【図表4】中長期の経済財政に関する試算
出所)内閣府「中長期の経済財政に関する試算」(2015年2月)

ところが、財政再建計画の公表が今月末に迫ってくると、議論の流れはすっかり変わってしまいました。まず5月中旬の諮問会議では、ほとんど説得的な議論もないままに「経済再生ケース」が前提とされ、これで歳入が7兆円嵩上げされました。その上に、民間議員からは残る9.4兆円の赤字に対して「歳出面で5~6兆円以上の抑制、一方、歳入面で4~5兆円程度の改善を目指していくべき」との考えが示されたのです(注11)。非現実的な高成長を前提とした上で、どこからさらに4~5兆円もの歳入が出て来るのでしょうか? 我が眼を疑いたくなる発言でした(おそらく税収の所得弾力性を高めにすることなどが想定されているのでしょうが、それが不適切であることは「補論」で説明します)。さらに、日本経済新聞の報道等によれば、今回、具体的な歳出削減目標は示されないとの見方まで出て来ました。6月初めの諮問会議提出資料では、足もとの経済状況を「四半世紀ぶりの良好な経済パフォーマンス」として、アベノミクス礼賛が4ページにわたって展開されるのですが、なぜそんなに経済が好調なのに、増税も歳出削減も進められないのでしょうか? この国は、実現性に乏しい「成長頼みの財政再建」に向かっていると考えるほかありません。

(「根拠なき楽観」への罰)

では、仮に今月末、信頼性を欠いた財政再建計画が公表されたら、金融市場では何が起こるのでしょうか? 答えは「何も起こらない」です。これは、首相が消費再増税先送りを決めた後で、一部の海外格付け機関が日本国債の格下げを行った時も同じでした。先に述べたとおり、日銀が長期国債を毎月10兆円も買い続けている限り、これに売り向かって勝てる投資家はいないからです。逆に言えば、QQEは市場の機能を殺してしまう政策だからこそ、専門家が市場に代わって財政規律の弛緩に歯止めを掛けることが求められるのです。その時に、経済財政諮問会議の民間議員たちがその役割を放棄してしまっていることが最大の問題なのです。

悲劇は、日銀が2%インフレの目標を達成した時に起こります。すでに何度も指摘してきた点ですが、2%インフレが実現する時点で市場が財政の持続可能性を信じていなければ、日銀が国債大量購入を止めても(→国債価格が急落する)、続けても(→超円安、インフレ加速のスパイラルに陥る)、市場の大混乱が避けられないからです(これは、日銀の黒田総裁自身が繰り返し警告しています)(注12)。この点、改めて確認すべきは、QQEが13年1月の「政府・日銀共同声明」を前提に進められているという事実です。そこでは、日銀が2%のインフレ目標を受け入れる一方で、政府は「財政運営に対する信認を確保する観点から、持続可能な財政構造を確立するための取り組みを着実に推進する」と謳われています。「根拠なき楽観」によって、この前提が損なわれるなら、QQEの先に待っているのは、年率0.3%程度の緩やかなデフレの持続(=ジリ貧)よりも大きな不幸(=ドカ貧)かもしれません。

幸か不幸か、実際に2%インフレが実現するのは、日銀が考える16年度前半より少し遅いのではないかと筆者は考えています。もう今月末の財政再建計画、および「骨太の方針」には間に合わないと思いますが、政府および諮問会議には、一刻も早く「根拠なき楽観」を改め、より信頼できる経済再建計画の策定に取り組んでいただきたいと強く願います(注13)。

(補論:税収の所得弾性値について)

税収の所得弾力性を高めに見積もれば、確かに「成長率は低くても、税収は大きく伸びる」というストーリーが描けます。リフレ派の中には、「税収の名目GDPに対する弾力性は3~4」などといったトンデモ論を展開する人もいますが、ここで重要なことは、長期の弾力性と短期の弾力性を区別することです。

日本の場合、長期の弾性値は1.0~1.1程度と、ほぼ先験的に考えることができます。国税の約3分の2を占める消費税と法人税は一定の税率が課されるflat taxですから、当然所得弾力性は1です。一方、個人所得税は累進課税となっており、弾性値は1を超えますが、(1)所得税は税収全体の3割未満であり、(2)過去の減税などで累進度が大幅に引き下げられているため、全体の税収弾性値を大きく押し上げるには至らないからです。

一方、日本には短期の税収弾性値がかなり高いという特徴があります。これは、(1)日本的雇用慣行の下では、景気の回復局面で労働分配率が下がるが、所得税と法人税の平均税率は後者の方がずっと高いので、法人税収増により名目GDP以上に税収が増える、(2)景気回復局面では、株価上昇や不動産取引の活発化が起こりやすいが、これらがGDPには計上されないキャピタル・ゲインからの税収をもたらすためです。逆に、景気後退期には上記の逆が働くため、税収はGDPより大きく落ち込みます。結果、両者を均すと長期の弾性値1.0~1.1になるというわけです(注14)。

なお、この他円安局面でも、(1)労働分配率が下がることに加え、(2)海外子会社等からのロイヤルティーや配当が(一部)課税されることで、GDP以上に税収が増えます。最近は、税収の実績が財務省の見通しを上回っていることが強調されますが、これは過去の景気回復・円安局面でも見られた普通の現象に過ぎません。こうした時には、先行きも高めの税収弾力性が続くと考えるのではなく、足もとの税収/名目GDP比率がかなり高まっていることを踏まえて、先行きには低めの税収弾性値を想定すべきなのです。

なお、経済財政諮問会議で指摘されているのは、「安定成長期(1980年代)の税収弾力性が1.2~1.3だった」ということですから、リフレ派のトンデモ論よりは遥かに穏当と言えます。しかし、それでも当時の税制を現在と比較すると、(1)消費税導入(1989年度)前は、税収に占める個人所得税の比率が遥かに高く、(2)個人所得税の累進性(所得区分や最高税率)が高かった(注15)わけですから、当時の数値が今も成り立つかのように主張するのは、やはりmisleadingだと思います。

注釈

(注1) : 正確に言うと、コアCPIの前年比は+0.3%でした。昨年の消費増税時に公共料金など一部の値上げが5月に遅れたため、4月の前年比には増税の影響が+0.3%残っており、これを除くとちょうどゼロということです。以下、本稿ではCPIに言及する際、常に消費税引き上げの影響を除外して考えることにします。
なお、日銀は予想通り物価が上がらなかったことを説明する際、常に原油価格下落の影響を強調しますが、食料とエネルギーを除いた所謂コアコアCPIで見ても、4月の前年比は+0.2%でした。「原油安さえなければ、インフレ目標を達成できた」と考えるのは、とても無理です。

(注2) : もちろん、実質金利の低下幅が0.8%より大きければ、もっと物価は押し上げられたという議論は可能です。しかし、モデル整合的な【試算1】では、0.8%の実質金利低下でCPIの押し上げは+0.6%でしたから、モデルが概ね線形であることを考えると、CPIが-0.3%から+2%に上がるには実質金利が3%程度下がるという非現実的な想定を必要とします(これには、期待インフレ率がインフレ目標の2%を上回ることが必要)。
一方、この「日銀レビュー」からはモデルのラグ構造は分かりませんが、通常物価は需給ギャップからかなりのラグを持って動く筈です。したがって、期限を2年に限らなければ、より低い期待インフレ率でも2%インフレに達する可能性は十分にあります。

(注3) : より詳しい内容については、言論NPOのサイトhttp://www.genron-npo.net/politics/genre/economics/post-503.htmlをご覧下さい。

(注4) : 実は、問題は日銀の政策ではなく、日銀の説明の方(一般国民と市場参加者の違いは、日銀の説明を読んでいるか否)だと筆者は考えています。市場では今でも追加緩和の思惑が消えませんが、積極的追加緩和論者が市場の多数派ではありません(むしろ、「日銀がいくら緩和を行っても、2%インフレには到達できない」との見方の方が支配的です)。にもかかわらず、日銀が硬直的な説明を繰り返すために、多くの市場参加者やエコノミストは「そのロジックで行けば、いずれは物価見通しの下方修正を余儀なくされ、追加緩和に追い込まれる」と考えてしまうのです。

(注5) : なお、リーマン・ショック後のように、需要が大きく落ち込んでも、直ちに雇用を減らせないため、企業が過剰雇用を抱え込むようなケースでは、日銀の推計方法は需要不足を過小評価してしまう可能性があります。確かに、昨年も消費増税後実質GDPは減少しましたが、この間も就業者数は増え、企業が人手不足を訴えていたことを踏まえると、(個別企業はともかく)経済全体で過剰雇用を抱えていたと考えるのは、無理がありそうです。

(注6) : 【図表1】に見るように、13/1Qから14/4Qの間も、実質GDPがほとんど増えていないのに、企業収益や雇用者所得が大きく増えていることは、GDPの推計に何らかの歪みがあったことを示唆しています。本当の成長率はもう少し高かった可能性があります。

(注7) : 昨年3月の本欄(「潜在成長率はさらに低下した?~エレクトロニクス凋落の3つの帰結~」)では、TFP上昇率が低下している背景として、(1)これまでTFP上昇を牽引してきたエレクトロニクス産業の凋落と(2)低生産性の公共事業拡大を指摘しました。この他にも、潜在成長率低下の要因はいくつか考えられますが、ここでの深入りは避けます。

(注8) : もっとも、直近の「展望レポート」を見ると、この下方修正も漸く底を打ったようです。これは多分、これまでの生産性低下を反映してTFPが下がり続けている一方、最近の女性や高齢者の労働参加率上昇がトレンドと認識されて、潜在成長率を押し上げ始めたためだと思われます。
もちろん、女性や高齢者の労働参加が高まるのは大変望ましいことです。ただし、現在の潜在成長率が既に労働参加率上昇を織り込んでいると考えると、今後労働参加率が上昇を続けても、そのスピードが加速しない限り、更なる潜在成長率押上げは期待できないことになります。

(注9) : 余談になりますが、だからこそ筆者はオリンピックに向けてインフラ投資拡大を目論む動きに強い違和感を覚えるのです。今度のオリンピックで示すべきは成熟社会の品位と美意識であり、それこそ日本を追って高齢化して行く国々へのモデルになる筈だと思います。

(注10) : 例えば、生産年齢人口が減って行く中で実質2%以上の成長を確保するため、バブル期並みのTFP上昇率を仮定している点が「非現実的」と批判されました。もちろん、
潜在成長率=α×労働供給の伸び率+(1-α)×資本ストックの伸び率+TFP上昇率
という定義式(αは労働分配率)に即して考えれば、設備投資の活発化等で資本ストックの伸びを高めることで潜在成長率を高めることは一応可能です。
ただし、日銀の「展望レポート」に限らず、多くの経済分析では「資本ストック循環」の考えが採り入れられています。これは、資本ストックの伸びが中長期的な期待成長率に規定されるというもので、中長期的な期待成長率=潜在成長率と仮定すると、資本ストックは内生変数になります。数式は省略しますが、結局、潜在成長率を決めるのは、労働供給とTFPということになるのです。

(注11) : この辺は極めて重要ですから、昨年12月22日の諮問会議提出資料と今年5月19日の同議事要旨のURLを掲げておきましょう。
http://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/minutes/2014/1222/shiryo_01.pdf
http://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/minutes/2015/0512/gijiyoushi.pdf

(注12) : 例えば、本年3月の日本経済新聞「経済教室」欄(「緩和『出口』へ信認確保を」(PDF))や、拙稿「アベノミクス成功に求められるもの」(『地銀協月報』2015年4月号)などを参照。

(注13) : ごく最近、元官僚として長い間日本経済を見つめて来られた野口悠紀雄早大教授、小峰隆夫法大教授が相次いで新著を上梓されました。前者は回顧(『戦後経済史』、東洋経済新報社、2015年4月)、後者は現状と展望(『日本経済に明日はあるのか』、日本評論社、2015年4月)と、分析の方向は異なりますが、両者に共通するのは、アベノミクス以降、拡がりつつある「根拠なき楽観」への強い違和感と危機感だと感じました。

(注14) : 景気後退期には名目成長率がマイナスになることもあるため、税収弾性値は「マイナス÷マイナス」で形式上大きなプラスになることもあります。リフレ派の異常に高い弾性値は、こうした異常値も含めた短期の弾性値の平均を計算した結果(長期の弾性値とは異なる)です。

(注15) : 1984~1986年度の個人所得税の税率区分は15段階で、最高税率は70%でした。一方、これまでは6段階、最高税率40%でした(今年から7段階、最高45%)。なお、税率区分が細かいほど、所得が増えて、より高い限界税率が適用されるbracket creepが起こりやすくなるため、税収の所得弾性値が高くなります。

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【調査・研究】


早川 英男(はやかわ ひでお)
経済研究所エグゼクティブ・フェロー
1954年愛知県生まれ。1977年東京大学経済学部卒、日本銀行入行。1983~1985年米国プリンストン大学大学院(経済学専攻)留学(MA取得)。調査統計局長、名古屋支店長などを経て2009年日本銀行理事。日本銀行在職期間の大部分をリサーチ部門で過ごした後、2013年4月より現職。
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