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  4. 社会保障改革の核心(下)―団塊世代「里帰り」のすすめ―

社会保障改革の核心(下)―団塊世代「里帰り」のすすめ―

2015年5月18日(月曜日)

1. 介護分野はICT化と混合介護で

次に、介護分野に視点を移そう。筆者は、介護分野においてもICTの活用余地は大きいと考えている。先に「地域連携医療」という言葉を掲げたが、高齢化に伴って在宅医療・介護が拡大して行けば、必要となるのは医療・介護の分野をまたがった地域連携であろう。例えば、訪問看護師・介護士にタブレットを携帯させ、必要なデータを入力した上で(介護の場合、医療以上に画像・動画の重要性が高いだろう)、関係する医療・介護機関が共有することができれば、スケジュール調整から始まって、治療・介護方針の策定などに大きな効果を発揮すると期待される。周知のように、看護師、介護士ともに人手不足が深刻なことを踏まえると(【図表1】)、ICTの活用による効率化は不可欠である。また、体温や血圧など測定の容易なデータについては、患者・要介護者自らに入力を求めることも考えられる。

【図表1】職業別の有効求人倍率(倍)
【図表1】職業別の有効求人倍率(倍)
資料)厚生労働省「一般職業紹介」

こうしてデータの蓄積が進めば、医療と同様に意味でEBN(Evidence-based Nursing Care)の推進にも繋がると考えられる。超高齢化社会=日本におけるEBNの成果は、今後高齢化を迎える多くの国々(特に東アジア諸国)にも歓迎されるだろう。さらに、介護・介助は今後ロボットの活用が最も期待されている分野の1つである。もちろん、介護には掃除や洗濯などの生活援助も含まれるため、現在でも直ちにロボットの活用は可能だが、今後想定されるのは、お掃除ロボットやロボット・スーツのような力仕事の支援だけでなく、実用化はやや先になるかも知れないが、AI(人工知能)を備えた介護ロボットである。AIの能力を高めて行く機械学習には、大量のデータが必要となることを考えると、介護のネットワーク化によるデータ蓄積はその前提ともなろう(注1)。

現在、介護分野が抱える最大の問題は言うまでもなく人手不足である。そして、介護分野が人手不足となる理由は、仕事の厳しさの割に賃金水準が低いためだと言われている(注2)。実際には、雇用形態など(正規・非正規、常勤・非常勤、年齢、学歴、性別、勤続年数ほか)の違いを考えると、業種を越えて賃金水準を比較するのは容易でないが、先に見たように介護職の求人倍率は一貫して高いことを踏まえれば、「仕事の厳しさの割に賃金水準が低い」という理解に大きな誤りはないだろう(注3)。であれば、最も簡単な解決法は介護スタッフの賃金を引き上げることだ。しかし、問題は介護産業の収入のほとんどが介護保険からの給付(介護報酬)に依存しているという点にある。介護スタッフの賃金を上げるには、介護報酬を上げる必要があるが、保険料か利用者の自己負担を増やさない限り、介護報酬の引き上げは財政赤字の拡大に繋がってしまう。

このジレンマを抜け出すには、混合介護を積極的に認めて行くことが必要だと考える。医療と違って介護分野では、混合介護は法的に禁止されているわけではない。現に、「横出し」(介護保険で認められている回数以上のサービスを受けること)、「上乗せ」(介護保険で認められている以外のサービスを提供すること)などは、実際に自己負担で行われている。しかし、通常より質の高いサービスを提供することで、介護報酬を上回る料金を得る(超過分は自己負担)という意味での混合介護は実質的に禁止されている。先に筆者は、混合診療について「広く国民の理解を得るには簡単でない」と述べた。しかし、医療と介護は大きく異なる。混合診療が「命の値段」の議論を呼びかねない一方、介護はあくまでサービスであることを誰もが理解している(前述のように、掃除・洗濯も介護に入る)からである。サービスであれば、良質なサービスに高い値段を払うのは当たり前である。その結果、良質なサービスを提供する機関が高い収入を得られるようになれば、高度の技能を持つ介護スタッフはより高い賃金を得られるだろう。同時に「質の競争」を通じて、介護サービス全般の質的向上・効率化が期待される。

2. 「厚生省型ビジネス・モデル」の問題点

なお、介護産業全体を見渡して常々感じるのは、特別養護老人ホーム(以下、特養)への保護が行き過ぎではないかという疑問である。特養の中には、高級老人ホームかと見紛うばかりの施設も珍しくないが、そこで継続的に介護を受けつつ、入居者の自己負担は住居費も含めて5万円程度と言われる。かつての食費も住居費もタダという状態は、さすがに05年の制度改正で改められたし、今後は要介護度の人だけに入居を絞るとされている。それでも他の老人保健施設や在宅介護(家族の負担は極めて重いが、介護報酬は払われない)と比べて著しく恵まれた環境であることは否定できない。だからこそ、入所希望者が後を絶たず、昨年の厚生労働省の調査によれば、特養への待機者は52万人にも上るのだ。当然のことながら、特養の経営は巨額の補助金や税制上の優遇によって支えられている(注4)。特養の介護報酬引き下げ、ないし入居者の自己負担を増やす一方、他の介護事業の報酬に回すべきではないか。

やや本題から外れるが、「極めて高い設置基準を設け、それを満たす施設に多額の補助金を交付する。そうした優遇施設には、当然利用希望者が殺到するが、全員は受け入れられないのでrationingが発生し、利用できた人とできなかった人との間に不公平が生じる」というのは、特養に限らず、幅広く見られる「(旧)厚生省型ビジネス・モデル」とも呼ぶべきものだ。分かりやすい例が、認可保育所だろう。認可保育所には、乳幼児に対し十分な保育士の数を確保し、屋外遊技場なども含め十分な施設の面積を備えることを求めており、父母には安心して子供を預けられる施設だ。だが、その結果、多額の運営費用が掛かるため、市区町村は財政的制約から多数の認可保育所を設けることはできない。この結果、保育所数は常に不足し、多数の待機児童が生まれるというわけである(注5)。これが、上記の特養と全く同じ構図であることは直ちに理解できよう。

3. 大都市圏の高齢化と医療・介護施設不足

医療・介護との関連でもう1つ大きな問題だと思うのは、今後大都市圏で急激な高齢化が進むと、医療・介護施設の不足が深刻になると懸念されることである。現在は、地方での医師不足が問題にされることが多いため、誤解されているが、国際医療福祉大学の高橋泰教授らが警鐘を鳴らすように(注6)、10年後、20年後に深刻な医療・介護施設の不足に直面するのは大都市圏の方だ。団塊世代をはじめ高度成長期に地方から出てきた人達が一斉に高齢化して行くのだから、当然と言えよう。実際、2010年~2030年の人口動態予測を地域別にみると(【図表2】)、(1)人口の大幅な減少に直面するのは、確かに地方の過疎地などだが、(2)大都市圏(特に埼玉、千葉などの東京周辺部)では、15~64歳の生産年齢人口が大幅に減る一方で、75歳以上の後期高齢者が急増することが分かる(注7)。先に述べたように、75歳を超えると医療・介護需要が急増するため、大都市圏で医療・介護施設が不足するわけである。

【図表2】地域別にみた総人口の増減率と年齢層毎の寄与度(%)
【図表2】地域別にみた総人口の増減率と年齢層毎の寄与度(%)
資料)国立社会保障・人口問題研究所『日本の将来人口推計』(2012年1月推計)

しかし、少し考えてみると、高度成長期に都会へ移住してきた人々が高齢期を迎えた後も大都市圏に止まるのはやや不思議な話である。元々大都市の生計費は地方に比べてかなり高い。総務省統計局によれば、13年の消費者物価地域差指数の最高は横浜市で106.0(東京都区部は105.9)で、最低は宮崎市の97.1で、その差は9%余りである。ただ、この指数は都道府県庁所在地のみの比較となるため、よりカヴァレッジの広いものとして(やや旧いデータになるが)07年の全国物価統計調査で地域差を見ると(【図表3】)、都道府県別では最高の東京都(108.5)と最低の沖縄県(91.9)の差は15%以上となる(注8)。また、人口100万人以上の「大都市」と「町村」の差も大きい。

【図表3】物価水準の地域差(全国=100)
【図表3】物価水準の地域差(全国=100)
資料)総務省統計局「全国物価統計調査」(2007年)

それにもかかわらず多くの人が大都市に出てきたのは、都会には生計費の差以上に高い収入を得る機会があると考えたためだ(実際、収入の地域差は物価以上に大きい)。だが、そうだとすると、すでに職業生活からリタイアした高齢者が都会に住み続ける理由は乏しいのではないか。もちろん、芸術鑑賞(歌舞伎、オペラ、コンサートetc.)や高級料理など、都会でしか得られない消費機会も少なくないのは事実だ。それらを不可欠だと考える富裕層には、都会に止まってせっせとおカネを使ってもらえばいい。しかし、普通の高齢者はそんなに頻繁に高級レストランに行けるわけではない。住み慣れた場所を離れたくないという気持ちは誰しもあろうが、自然環境にも恵まれた地方で暮らす方が遥かに合理的だと思う。

4. 団塊世代「里帰り」のすすめ

もちろん、夫婦の出身地は違う場合も多いから、高齢者が地方へ移住するとしても、移住先は生まれ故郷でなくてもいい(雪降ろしの負担が重い雪国は、高齢者には辛い土地かもしれない)。地方には空き家急増に悩む自治体が多いのだから(注9)、家賃は当然安く、地方暮らしで生計費は大幅に下がるだろう。それ以上に重要なのは、将来都会で介護難民になってしまうリスクが低下することである(ここでも、富裕層には高級な有料老人ホームに入居する選択肢があるが、普通の高齢者は早めに都会を脱出するのが望ましい)。一方、年金を背負った高齢者がやって来て、消費を拡大してくれれば地方は大歓迎である。いずれは医療・介護需要が増えることで、地方が強く望む雇用機会の創出に繋がる(注10)。また大都市の方では、将来の医療・介護分野の人手不足の緩和を期待できる。土地代まで考えれば、介護施設の費用は地方の方が圧倒的に低く、財政負担も軽減できよう。まさに、地方創生策にも人手不足対策にも歳出削減策にもなる一石三鳥の妙案ではないか。

このため、ある意味当然ではあるが、政府でも地方創生の流れの中で高齢者の地方移住の議論が始まっている。実際に、まち・ひと・しごと本部で議論されているのは、日本版CCRC(Continuing Care Retirement Community)創設というアイデアのようだ。CCRCとは、「高齢者が移り住み、健康時から介護・医療が必要な時期まで継続的なケアや生活支援サービス等を受けながら、生涯学習や社会活動等に参加するような共同体」を指すと言う。文字通りに実現すれば大変結構な案に感じられるが、筆者は幾つかの疑念を禁じ得ない。まず、先進的とされるアメリカにおいても、CCRCは基本的に富裕層を対象とした施設が中心だと理解している。そうであれば、有料老人ホーム同様に民間主体で運営すれば済む話だろう。一方、普通の高齢者にも入居できるように政府が介入するとなれば、多額の補助金投入が不可欠であり、またしても幸運な人だけが入所できる「厚生省型ビジネス・モデル」になってしまう恐れがある。日本の地方には空き家が有り余って、入居者が無ければ廃屋化が進むことが心配されている。そうした中で、新たに立派な箱物を作るより、地方自治体が主体となって既存の建物への移住を促す方が遥かに自然だと思う。

ただし、高齢者の地方移住に大きなネックとなるのが、公的な医療・介護保険の運営主体が地方自治体(現状では、国民健康保険、介護保険の運営主体は市区町村、ただし都道府県への広域化が検討されている)となっている点である。現行制度では、移住してきた高齢者が医療・介護サービスを活発に利用し始めると、体力に乏しい自治体の地方財政はたちまちパンクしてしまうだろう。移住元の大都市がその費用を負担できるような制度的仕組みを早急に検討することが求められる(注11)。東京の特別区など、現在は財政的な余裕があるものの、将来の医療・介護施設の不足、およびその財源難を心配する自治体には、そうした負担に応じるインセンティブもあるのではないだろうか(注12)。

もう1つのネックは、都会に住む高齢者が将来の医療・介護施設の不足問題を十分に認識していない点にある。確かに、内閣府が昨年8月に実施した『人口、経済社会等の将来像に関する世論調査』では、都市の住民に「地方に移住してもよいと思うか」を聞いたところ、全体の4割近くが「思う」ないし「どちらかと言えば思う」と答えており、地方移住への関心は意外に高いことが分かる。しかし、より詳しく見ると、地方移住に積極的なのはむしろ20代、30代の若者であり、肝心の50代、60代の関心は相対的に低い。将来の医療・介護問題への懸念よりも、漠然たる田舎暮らしへの憧れを示したものではなかろうか(注13)。すでに、要介護の高齢者が地方の介護施設に入居するケースなどが増えているが(注14)、できれば地方移住=施設入居ではなく、高齢者にとっても地方にとっても、健康が衰える前の移住が望ましい。団塊世代がまだ元気な今のうちに「里帰り」の啓蒙活動を始める必要があろう。

注釈

(注1): AIの基礎知識については、小林雅一氏の著書、『クラウドからAIへ』(2013年、朝日新書)、『AIの衝撃』(2015年、講談社現代新書)から教示を得た。

(注2): 例えば、本年3月10日付日本経済新聞の「エコノ探偵団」によれば、「福祉施設の介護員の月給は全国平均で21万9700円、訪問介護員(ホームヘルパー)は22万700円。全産業平均の32万9600円より約11万円低い」と述べられている。

(注3): この点は、鈴木亘「介護産業が成長産業となるための条件」(八代・鈴木編前掲書所収)が独自のデータを用いた実証研究で確認している。

(注4): しかも、特養を運営する社会福祉法人は、本来非営利であるにもかかわらず、13年度の介護保険事業者の経営実態調査(厚生労働省調べ)によれば、特養の収支差率(企業の利益率に近いもの)は8.7%に上り、他の介護事業者に比べ高かった。

(注5): これに不満を持った東京都や横浜市では、国を下回る基準で保育所の設立を認め(東京では「認証保育所」)、待機児童の削減に努めている。

(注6): 社会保障制度国民会議に高橋教授が提出した資料『人口減少社会に向かう日本の医療福祉の現状、将来予測、戦略』(2014年10月)など。

(注7): ちなみに、この20年間に埼玉県では75歳以上人口が約65万人増える(人口の多い東京では約80万人)。一方、秋田、青森、高知等でも30年までは75歳以上人口が増えるが、これら地域では30年代に入ると75歳以上人口も減少に転じると予想されている。

(注8): 大分類ごとに見た地域差が最も大きいのはやはり住居費であり、東京都の住居費は沖縄県の2.2倍であるが、実感からすれば格差はもっと大きいのではないか。このことは、実態の格差は上記の指数が示すもの以上である可能性を示唆する。

(注9): この点に関しては、米山秀隆『空き家急増の真実』(2012年、日本経済新聞出版社)を参照。

(注10): 医療・介護分野は、現在でも地方では有力な雇用機会となっているが、先に述べたように、過疎地では30年代には後期高齢者の人口も減り始める。都市からの移住を促さないと、医療・介護の雇用機会さえ、いずれは失われてしまうのである。

(注11): これは、今年の日本経済新聞「経済教室」欄で、医療・介護全般に八田達夫アジア成長研究所所長(2月6日付「地方創生策を問う(下):移住の障壁撤廃こそ先決」)が、介護について鈴木亘学習院大学教授(4月6日付「社会保障改革の視点(上):『混合介護』で労働力確保を」)が提起した問題である。

(注12): 現在でも「住所地特例」と言って、介護施設などに入居するために住所を変更した場合には、入所前の市区町村の被保険者とする仕組みがある。しかし、これでは健康な高齢者が地方に移り住む場合には適用できない。より抜本的な制度が必要だろう。

(注13): もう1つ気になるのは、男性(半分弱)に比べ女性(3割強)の関心が低いことだ。これは男性の人間関係が職場に集中し、地域社会との交流が乏しい一方、女性は(専業主婦でなくても)地域での人的ネットワークを築いている場合が多いことを反映したものと見られる。

(注14): この点で最近注目を集めたのは、杉並区が静岡県南伊豆町に特養を設けることを昨年12月に決定したことであろう。上記の「住所地特例」を利用した試みである。

シリーズ

社会保障改革の核心(上)―家庭医の導入とICT化を柱とする医療改革―

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早川 英男(はやかわ ひでお)
経済研究所エグゼクティブ・フェロー
1954年愛知県生まれ。1977年東京大学経済学部卒、日本銀行入行。1983~1985年米国プリンストン大学大学院(経済学専攻)留学(MA取得)。調査統計局長、名古屋支店長などを経て2009年日本銀行理事。日本銀行在職期間の大部分をリサーチ部門で過ごした後、2013年4月より現職。
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