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異次元緩和「勝ち逃げ」のすすめ:詳説(上)

2014年11月6日(木曜日)

筆者は先月来、幾つかの機会に現在の日銀の金融政策、いわゆる異次元緩和(正式には量的・質的金融緩和、以下では英語の略称であるQQE<quantitative and qualitative monetary easing>と呼ぶ)に関して、そろそろデフレ脱却の勝利宣言をして手仕舞いを始めた方が良いのではないかという、いわば「勝ち逃げ」のすすめを話したり、書いたりしてきた。しかし、紙数の制限などもあって、言葉足らずだったせいか、必ずしも読者の十分な理解を得られなかったように感じている。

一方、日銀は先月末の金融政策決定会合において、QQEの大幅な拡大を決定した。原油価格の下落などで当面の物価が日銀の想定より下振れることに対応した措置と見られるが、結果として筆者の考えとは逆方向に動いたことになる。本稿では、こうした追加緩和の危険性も含めて、テクニカルな面に立ち入ることも厭わず、「勝ち逃げ」論の意図をもう少し詳しく説明したい。

QQEの前提はマネタリズムではない

まず、筆者は初期からQQEは社会的実験、ないしギャンブルの性格を持つと指摘してきたのだが(例えば昨年6月の本欄)、そもそも何故それが実験、ないしギャンブルなのか、よく理解されていないようだ。そこには、QQEが「インフレもデフレも貨幣的現象なのだから、マネーを増やせばデフレは止まる」という単純なマネタリストのロジックに基づくものだとの誤解が大きく影響しているのだろう。恐らく、安倍首相が野党党首の時代に「輪転機をグルグル廻してお札を刷る」と述べたことや、日本の代表的なマネタリストと目されてきた岩田規久男氏が日銀副総裁に就任したこと、さらには日銀がQQEでマネタリーベースを調節目標に据えたことなどが影響したのだと思われる。マネタリズムが想定するのは極めて分かりやすい機械的メカニズムだから、そこに実験やギャンブルの要素が入り込む余地のないのは事実だ。

しかし、驚く人が少なくないかもしれないが、QQEは単純なマネタリストの論理を前提としたものではない。というのも、いったんゼロ金利に達してしまうと、マネタリーベースを増やしてもマネーが自動的に増えるわけでないことは以前からよく知られていた(*1)。また、長期債などの資産を購入する非伝統的金融緩和(unconventional monetary easing)の効果の分析はもう少し難しくなるが、この点も少なくともニューケインジアン(new Keynesian)と呼ばれる現在のマクロ金融理論の標準的な枠組みの中では、それ自体は効果を持たないということで決着済みだったからだ(*2)。実際、日銀の公式文書を丁寧に読めば、インフレ期待の役割が強調される一方、マネタリーベースの増加が直接、あるいは広義のマネーストックを通じて物価に影響するルートは言及されていないことが分かるし、今年6月の黒田総裁の講演では、「単に量的緩和の目標額を拡大したり、買い入れる資産を多様化したりするだけで効果をあげることはできない」とまで明確に述べられている(*3)

つまり、現在の経済理論によれば、ゼロ金利制約の下での望ましい金融政策は、「明確な物価目標を掲げて、それと整合的な金利政策を行うことにコミットする」以外にはなく、バランスシートの拡大自体は無意味なのである。問題はしかし、その物価目標をどうしたら信じてもらえるのかという点にある。そういう意味で、2000年前後にクルーグマンが日銀に大胆な金融緩和を呼び掛けた頃から事態はほとんど変わっていないとも言えよう。事実、クルーグマンは当初量的緩和をデフレ脱却策として主張したのだが、その後、量的緩和だけでは効果を持たないと認めた上で、「重要なのはインフレ目標であり、問題はそれをどう信じてもらうかだ」とのポジションに転じている(*4)

QQE導入の理由

しかし、もし非伝統的金融緩和の効果に理論的根拠がないのなら、何故日銀はQQEに踏み切ったのかという疑問が当然に湧いて来るだろう。それには、恐らく2つの理由があったと考えられる。その1つは、単純に他に手段が無かったからだ。ここで重要なのは、デフレの長期化により、単にフィリップス曲線が下方にシフトしただけでなく、著しくフラット化してしまったことである。フィリップス曲線がフラット化すると、好景気が続いてもなかなか物価は上がって来ず、「デフレ均衡」とも言うべき状態に陥ってしまう。事実、2000年代央には、世界的な金融バブルを背景に、戦後最長の景気拡大が実現し、GDPギャップもかなりプラスになったが、それでもインフレ率は1%にも達しなかった。このようなチャンスはそう簡単には巡って来ないと考えるなら、ゼロ金利などの通常の金融緩和だけでデフレから脱却する展望は、極めて暗いと言わざるを得ない。

もう1つは、理論的にはともかく、現実には非伝統的金融緩和が効果を持つ可能性があったことだ。実際、米国が行ったQE2、QE3といった量的緩和策(*5)は長期金利の低下やドル安、株価上昇などの効果を持ったとされる。とくに為替トレーダー達は、ソロス・チャートと呼ばれる各国のマネタリーベースの動きから為替相場を予想する手法(マネタリーベースの増加率の高い国の通貨は減価すると考える)を使うことが多いと言われている。かつてケインズが美人投票に例えたように、市場参加者にとっては、何が理論的に正しいかが問題ではなく、皆が信じていることを自分も信じることが合理的なのだ。だとすれば、マネタリーベースを増やせば為替レートを円安に導く可能性はあり、その効果は、為替の景気や物価への影響が大きい(と考えられてきた)日本では特に重要だということになる。確かに、それは偽薬効果(placebo effect)かもしれないが、筆者自身も以前に指摘したように、本当に効果があるなら、それを上手に使うのが医者の腕だとも言える(*6)

実験、ギャンブルとしてのQQE

ここまで説明すれば、もうQQEの実験性、ギャンブル性は明らかだろう。他にデフレ脱却のための有力な手立てがない中で、理論的には有効性が保証されていないものの、現実には効果があるかもしれない手法があった。「デフレ均衡」から抜け出すため、その可能性に賭けたということだ。周知のように、日銀が昨年4月4日に導入したQQEの枠組みは、以下のようなものであった。(*7)

  1. 望ましいインフレ率を2%とする物価目標を掲げる
  2. その目標を達成する時期を2年程度先に設定する
  3. 上記目標達成のため、マネタリーベースを大幅に増やす。特に長期国債を毎月7兆円程度買い入れる

このうち、経済理論的に意味があるのは 1. のみであり、2. と 3. は、1. を信じてもらうという期待の管理(expectation management)のためのコミュニケーション戦術と位置づけである。

正直な話、2%のインフレ目標は十分予想されていたが、2. と 3. の大胆さに驚いたのは筆者ばかりではあるまい。「黒田バズーカ」などと呼ばれた所以だが、デフレ心理が根深ければ根深いほど、QQEの有効性が不確かであれば不確かであるほど、「現実に効果を期待するには、人々にショックを与えて期待を動かす大胆さが求められる」と日銀が考えたとしても不思議はない。ただ、ここまでの大胆さが必要なのはインフレ期待への点火(ignition)段階だけであり、いったんデフレ脱却が実現してしまえば、むしろその弊害ばかりが目立ってくるというのが「期待の管理」の難しいところだ(*8)。しかし、その説明を始めるのはまだ早過ぎる。まずはQQEの成果を確認するところから始めよう。

QQEの成果

結論から言えば、QQEは大方の予想を上回る大きな成果をあげたと評価できよう(*9)。まず何よりも、大幅な円安・株高の進行である。この円安・株高は金融緩和を先取りする形で一昨年秋からスタートしている。普通は予め市場に織り込まれてしまうと新たなサプライズをもたらすのは難しいのだが、QQEの内容は市場の予想を遥かに上回り、さらなる円安・株高を促すこととなった(*10)。また、長期金利については、QQE導入直後に一時乱高下が見られたものの、その後、市場・日銀双方に学習効果が働いた結果、昨年央の米欧で長期金利が大きく上がった時期も含めて、低位安定で推移している。日銀の大量買入れにより市場の流動性が低下したという弊害は否めないが、懸念されていた国債価格の急落といった事態は招いていない。

それ以上に重要な成果は、何と言ってもデフレ脱却が実現したことだろう。今年に入って、消費者物価の前年比は、消費税率引き上げの影響を除いて1%台で推移している。昨年前半までの円安の影響は徐々に薄れつつあり、足もとでは原油価格下落の影響もあって、物価上昇率は下がり気味となっているため、QQE導入から2年後の来年春までに日銀が目標とする2%インフレが実現するとは思えない。しかし、賃金が上昇に転じてきたことや、この秋口から再び円安傾向となってきたことなども踏まえると、物価下落に逆戻りするとも考えにくい(*11)。デフレが「持続的な物価下落」を意味するとの定義に照らせば、すでにデフレが終わったことは明らかだろう。日本経済は、過去15年あまり続いた宿痾から漸く抜け出したことになる。QQEをギャンブルに例えるなら、これまでのところ、賭けに「勝っている」のは間違いない。

注釈

(*1) : この点に関しては、池尾和人『連続講義・デフレと経済政策』(日経BP社、2013年)の説明が最も丁寧で分かりやすい。

(*2) : 代表的な文献は、Gauti Eggartson and Michael Woodford, “The Zero Bound on Interest Rates and Optimal Monetary Policy”, Brookings Paper on Economic Activity, 2003 No1である。ただし、ウッドフォードらのモデルで想定していないような市場の不完全性があれば、マネタリーベースの増加と違って、例えば長期債の購入は長期金利に影響を与える場合がある。

(*3) : 「非伝統的金融政策の理論と実践(国際経済学会の第17回世界大会における黒田総裁講演の邦訳)」、2014年6月7日

(*4) : 量的緩和を提唱したことで有名な論文は、Paul R. Krugman, “It’s Baaack : Japan’s Slump and the Return of the Liquidity Trap”, Brookings Paper on Economic Activities, 1998 No.2 である。一方、”Thinking about the Liquidity Trap”, Journal of the Japanese and International Economies, 2000では、「流動性の罠」の下ではマネタリーベースを増やしても広義のマネー増加に繋がるとは限らないことをはっきり認めた上で、インフレ目標を信じてもらうための様々な工夫について論じている。

(*5) : QE2はFRBが2010年11月~2011年6月に行った大量の長期債(国債とMBS)の購入、QE3は2012年9月から本年10月まで行った同様の金融緩和策を指す。なお、FRBがリーマン・ショック直後に導入したQE1はより明確な効果を持ったとされているが、それは金融市場が機能不全に陥っている時に、中央銀行がCPやMBSなどのリスク資産を購入する信用緩和(credit easing)の要素が強かったためであり、市場が正常化した後のQE2、QE3とは性格が異なると考えられている。

(*6) : この点で特に興味深いのは、バーナンキFRB前議長が今年1月の議長退任直前のある会合で、「量的緩和の問題点は、実際には効果があるのに、理論的には効果が無いという点にある(The problem with QE is it works in practice, but it doesn’t work in theory)」と語ったと伝えられていることだ(例えば、本年10月14日付Financial Times紙記事)。この発言は、通常冗談(joke)と受け止められているが、上記のように考えれば、必ずしも冗談とは言い切れない。

(*7) : 先月末の追加緩和では、2%目標は維持しつつ、毎月の長期国債購入額を10~12兆円程度にまで拡大した。一方、インフレ目標を達成する時期については、「15年度を中心とする時期」として、当初の2年程度から事実上の延長を図っている。

(*8) : クルーグマン論争とのアナロジーはここでも有効である。クルーグマンは日銀に「4%インフレを15年間続ける」という極端な目標を提案したことがある。これはデフレ脱却のための手段だが、当時の植田日銀審議委員(現・東大教授)が指摘したように、首尾よくデフレ脱却が実現したら、約束を破りたくなるという意味で時間的に不整合な(time inconsistent)政策であった。植田和男『ゼロ金利との闘い』(2005年、日本経済新聞社)参照。

(*9) : QQEの評価についてより詳しくは、本年5月の本欄を参照。

(*10) : 金融市場は、一昨年11月の衆議院解散により自民党・安倍政権の誕生が確実と見られた時点で大幅な円安・株高を演じていた。このため、生半可な政策ではむしろ市場の失望を買う恐れが強かったことも、日銀が上記のような大胆なスキームに踏み切った1つの理由だったと考えられる。

(*11) : 民間エコノミストの間では、物価上昇に懐疑的な見方が根強いようだが、筆者はそれ程悲観的ではない。ここで注目すべきはユニット・レーバー・コスト(以下ULC)だと思う。今年4~6月のULCの前年比は+1.7%であった(実質GDP-0.1%に対し雇用者報酬+1.6%)。7~9月もGDPの伸びは高まるにしても、雇用者報酬の伸びも高まるため、同程度ないしそれ以上の増加が続くだろう。原油価格の下落等で表面的なCPIの上昇率が目先低下するとしても、こうしたULCの動きなどを踏まえれば、基調的なインフレ率は徐々に上がって行くとみる方が自然である。ただし、このULC上昇は、賃金が大きく伸びているためではなく、生産性が下がっている結果、すなわち後述の潜在成長率低下の表われである点を見逃してはならない。

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異次元緩和「勝ち逃げ」のすすめ:詳説(下)

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早川 英男(はやかわ ひでお)
経済研究所エグゼクティブ・フェロー
1954年愛知県生まれ。1977年東京大学経済学部卒、日本銀行入行。1983~1985年米国プリンストン大学大学院(経済学専攻)留学(MA取得)。調査統計局長、名古屋支店長などを経て2009年日本銀行理事。日本銀行在職期間の大部分をリサーチ部門で過ごした後、2013年4月より現職。
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