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経済論議の混乱とその原因―初歩的誤解を正す―

2014年9月3日(水曜日)

1. 「駆け込みと反動」の理解不足

この夏以降、天候と同様に経済論議も混迷を始めた印象がある。その典型は、つい2か月くらい前まで「日本経済は消費税引き上げのショックを乗り切った」という見方が支配的だったのに、急に「消費税の影響は思いの外大きかった」との議論が出てきたことだ。これには、7月末に公表された6月の経済指標が総じて弱めだったこともあろうが、やはり8月中旬に出た4~6月のGDP速報で実質成長率が年率-6.8%の大幅なマイナスとなった影響が大きいようだ。統計公表直前の予想はともかく、日経センターが民間調査機関の予測をまとめたESP調査では、6~7月まで4~6月GDPのマイナス幅は精々年率4~5%程度と見られていたので、ネガティブ・サプライズだったということなのだろう。

だが、正直に言うと、この数字を「予想外に悪かった」と受け止めることに、筆者はむしろ違和感を覚える。1~3月の成長率が年率+6.1%と大きく押し上げられた以上、駆け込みが大きければ、反動も大きいのが当たり前だからだ。この誤解の一因がマスコミ報道にあったのは間違いない。ご記憶のように、4月早々新聞やテレビからは「消費税引き上げ後の消費は予想以上に順調」とのニュースが流れ出した。筆者も最初は「そうなのか」と思ったが、実際にデータが出てみると、やはり反動は大きかった。恐らく、消費者心理の萎縮を防ぎたいとの政府や小売業界の意を汲んでではあろうが、現実のデータに反してまで「消費は堅調」と繰り返したマスコミの罪は大きい。とはいえ、プロのエコノミストたる者、それに騙されるようでは情けない。

おまけに、駆け込み需要とその反動の性質に関する基本的な理解自体が不十分だった疑いがある。この点、(1)駆け込み消費で4~6月の需要が1単位分だけ1~3月に前倒しされる、(2)それ以外(消費税率引き上げに伴う実質所得の目減りや外需の動向など)は一切無視する、という最も単純な数値例を考えてみよう。そうすると、実質GDPの水準は昨年10~12月を0とすると、1~3月は+1、4~6月が-1、7~9月が0となる。前期比は、言うまでもなく1~3月+1、4~6月-2、7~9月+1である。そして、駆け込み・反動の影響を無視できる今年7~9月のGDPが昨年10~12月の水準を上回れば、「日本経済はプラス成長の基調を維持している」と判断できるのだ。

こう考えると、1~3月の前期比は+1.5%、4~6月が-1.7%で、4~6月の実質GDPの水準は昨年10~12月を僅か0.3%弱下回っているだけだから、7~9月にこれをクリアするのはほぼ確実だろう。つまり、駆け込みの大きさを考えれば、4~6月のマイナス成長はむしろ「小さかった」のだ。より正確には、最終需要は大きく減少したが(例えば、個人消費は1~3月+2.0%に対して4~6月は-5.0%)、減産が不十分だったために在庫が溜まってしまい(民間在庫の寄与度:1~3月-0.5%、4~6月+1.0%)、GDPの減少は小幅に止まった。このため、7~9月は普通なら「反動の反動」で高成長になる筈だが、在庫のマイナス寄与により成長率が抑制される可能性が高い、と理解すべきである。もちろん、この他にも「輸出の伸びが相変わらず鈍い」とか、「賃金の伸びが低いため、家計の実質所得が物価上昇に追いつかない」といった議論があるが、それは駆け込み・反動とは別もので、次に述べる日本経済の「実力」の評価に関わる。

2. 「実力」を見失った議論

次に問題にしたいのは、13年度が+2.3%の高成長となったためか、「レジーム・チェンジ」なる掛け声に眩惑されたのか、エコノミスト達が日本経済を見る目線が実力よりも上がってしまったのではないかという点である。しかし、13年度の成長には、公共投資の増加が+0.7%寄与しており、駆け込み需要が同じく+0.6%強寄与しているため(*1)、これらを除いた実力は高々+1.0%であることを忘れてはならない。そこで、今回も数値例を考えてみよう。具体的には、14~15年度の実質GDP成長率に関して、

  1. 14~15年度にかけても、駆け込み・反動や公共投資を除いた実力では+1.0%の成長が続く、
  2. 駆け込み需要とその反動については、先の+1、-2、+1という数値例に従って、寄与度ベースで13年度+0.6%、14年度-1.2%、15年度+0.6%と想定する(*2)
  3. 公共投資については、13年度+0.7%の寄与の後、14年度は5.5兆円の追加補正があるため寄与度ゼロ、15年度はこれらが剥落するため-0.7%の寄与、
  4. それ以外の要素は一切考えない、

という前提で仮想計算を行ったのが次の表である。

【表1】14~15年度の実質GDP成長率(%):仮想計算

  13年度 14年度 15年度
実力 +1.0 +1.0 +1.0
駆け込み・反動 +0.6 -1.2 +0.6
公共投資 +0.7 0 -0.7
合計 +2.3 -0.2 +0.9

何度も述べているように、筆者は、現在の日本経済の潜在成長率はゼロ近傍だと考えている(*3)。だから、随分ギクシャクした形ではあるが、3年間平均+1.0%成長が続く上記の仮想計算は、これでも「潜在成長率を十分に上回るペースで景気回復が続く」姿を示すものである。筆者自身、さすがに今年度のマイナス成長を想定してはいないが、4~6月の大幅マイナス成長が当然であるように、日本経済の実力を過大評価しない限り、14年度の成長率はかなり低くなるのが当然なのだ。4~6月GDP速報直前の8月のESP調査では、14年度の成長率に関する民間のコンセンサス予想は+0.7%まで下がったが、今後さらに下方修正されて行くだろう。無論、政府見通し+1.2%の達成は極めて厳しい。繰り返しになるが、ここで言いたいのは「景気失速の恐れ」ではなく、「これが今の日本の実力だ」ということである。

3. 「思い込み」に基づく議論

そして、実力を見失った議論として、今一番気になるのが「アベノミクスの効果が地方にまで及んでいない」という論調が強まってきていることだ。長い間、「地方の景気は悪い」という表現が枕詞のように使われているうちに、事実を確認することもなく、思い込みで議論が進んでしまっているのではないか? 地方の景気は本当に悪いのか、データで確認してみよう。

まず、日銀短観でみた地域別の業況判断DIを2000年代半ばの「いざなぎ景気」の時期と最近で比較すると【図1】(*4)、いざなぎ景気の頃は、都市部の好況感が突出する一方、多くの地方はなお不況を託っていた。これに対し最近は、全般に地域別の景況感の格差が小さく、特に北海道、東北などのDIは都市部を上回っていることが分かる。いざなぎ景気は輸出主導の景気拡大であり、当時は小泉政権下で公共投資が大幅に削減されていた。これに対し、今回は個人消費と公共投資をリード役とした景気回復であることを考えれば、ごく自然な姿と言えよう。また、「地方には仕事がない」との不満をよく耳にするので、地域別の有効求人倍率を06年7月(全国の求人倍率は1.08:いざなみ景気時のピーク)と14年6月(全国1.10)で比較したのが【図2】である。確かに、都市部の求人倍率が総じて高い傾向はあるが、その差はさほど大きくはなく、少なくとも、いざなぎ景気当時と比べれば大幅に縮小している(*5)

【図1】日銀短観でみた地域別景況観 【図1】日銀短観でみた地域別景況観

【図2】地域別の有効求人倍率 【図2】地域別の有効求人倍率

このように、実際のデータを確認すれば、都市部と地方の景気に多少の格差はあるにしても、それは止むを得ぬ実力差の範囲内であって、どうしても政策的に埋めねばならない程ではないことが分かる。むしろ、地方経済の実力自体を高めることが求められているのだろう。しかし、「消費税引き上げ後の景気は今一つ思わしくない」との見方が強まる中、安倍政権が新たに掲げた「地方創生」を神輿に担いで、「地方経済浮揚のための景気対策」を求める動きが拡がりそうな気配がある。その格差を埋める手段がまたしても公共事業だとすれば、日本全体ですでにほぼ完全雇用が達成され、とりわけ建設業の深刻な人手不足で公共工事の進捗の遅れや入札不調が大きく増加する状況の下、とても生産的とは考えられない。

4. 本当の「地方創生」とは何か?

なお、ここに来て「地方創生」が脚光を浴びている背景には、増田寛也氏率いる日本創生会議が出した「このまま人口減少、東京一極集中が続くと、多くの市区町村が消滅してしまう」という衝撃的なレポートが大きな注目を集めたことがある。「地方消滅」と聞いて、反射的に「地方を守らねば」という反応が出ているのかもしれないが、増田氏らの主張(*6)は、必ずしもすべての地方を守ろうというものではない。地方中核都市にヒトと資源を集約して、「防衛・反転線」を構築せよとするものであり、医療機関や公共施設の再配置を柱とするコンパクト・シティの考え方も基本は「選択と集中」の発想である。

総合電機メーカーの盛衰などを考えると、日本の企業経営者も「選択と集中」が苦手なようだが、政治家にとってはさらに厳しい挑戦を意味する。川に橋を架ける時、予算を分捕って2本の橋を架ければ、政治家は住民から高い評価を受け、万全の選挙対策になろう。しかし、対岸に住む人の数が減り、財政にも余裕がなくなれば、2本の橋を両方とも維持することは難しくなる。どちらかを切り捨てるのは容易な決断ではないが、それなくして中核都市への集約もコンパクト・シティもできない。集約自体に当然財源が要るのだから、景気対策で無駄なハコモノを作る余地などない筈だ。増田氏らは明示的に書かれていないが、政治家、行政にそうした覚悟を促していると筆者は読んだ。

しかし、言うまでもなく切り捨てるだけで「地方創生」はできない。自ら何かコトを起こして行くことが不可欠であり、それを政治や行政だけに頼ることはできない。その際に、藻谷浩介氏流の「里山資本主義」を目指すのか、冨山和彦氏流の企業の新陳代謝=淘汰を通じてローカル経済の活性化を進めるのか、答えは恐らく1つではないだろう(*7)。いずれにしても、それぞれの地方がこれまで見過ごしてきた地元の資源が持つ価値をもう一度見つめ直し、その再活用、再集積を図る以外に本当の「地方創生」はないのだと思う(*8)

注釈

(*1) : 今年の『経済財政白書』の試算によれば、13年度の実質成長率に対する駆け込み消費の寄与度は+0.5~0.6%であった。このほか、消費税率引き上げ前には住宅建設の駆け込みが+0.1~0.2%程度寄与したと見られる。したがって、駆け込み需要の寄与は、控えめに見て+0.6%程度はあったことになる。

(*2) : 先は、四半期ベースで駆け込み・反動の影響を考えたが、これは年度ベースで考えても、全く同じことである。なお、来年は10月から消費税率の再引き上げが予定されているが、この場合は、駆け込み・反動とも15年度内となるため、年度の成長率には影響を与えない。

(*3) : 例えば、6月初のオピニオン「デフレ脱却後の日本経済」を参照。

(*4) : なお、ここでは最近時を昨年12月とした。本年3月と6月については、駆け込みと反動の影響で地域間格差がほとんどなくなっているためである。

(*5) : このほか、商業販売統計で昨年中の大型小売店の販売額の伸びを比較してみたが、地域別に目立った差は見られなかった。都市部での人口の増加と地方の人口減少をも踏まえるならば、これは日銀短観が示唆するように、むしろ「地方の方が相対的に景気は良い」と読むべきではなかろうか。

(*6) : さしあたり、最近出版された増田寛也編著『地方消滅』(中公新書、2014年)を参照するのが最も便利である。

(*7) : 藻谷浩介『里山資本主義』(角川Oneテーマ、2013年)、冨山和彦『なぜローカル経済から日本は甦るのか』(PHP新書、2014年)参照。

(*8) : この点に関しては、富士通総研経済研究所・特別企画コンファレンス「成熟先進国における地方とは?-その転換のあり方を探る」(2014年10月6日)および安部忠彦「『成熟型先進国における地方』にどう転換するか」を参照。

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【調査・研究】


早川 英男(はやかわ ひでお)
経済研究所エグゼクティブ・フェロー
1954年愛知県生まれ。1977年東京大学経済学部卒、日本銀行入行。1983~1985年米国プリンストン大学大学院(経済学専攻)留学(MA取得)。調査統計局長、名古屋支店長などを経て2009年日本銀行理事。日本銀行在職期間の大部分をリサーチ部門で過ごした後、2013年4月より現職。
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