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待ったなしの水産資源管理―壱岐クロマグロ漁にみる経済評価

2014年8月29日(金曜日)

1. 日本近海の水産物資源管理が安定供給のカギ

四方を海に囲まれた日本は「水産資源大国」を標榜しているにもかかわらず、食用魚介類の42%(2012年度)を輸入に依存しているのが現状である。世界的な人口の増加と健康志向によるシーフード人気の高まりによって、国際的に水産物需要は増大している。将来の国際的な水産物の需給逼迫が予想される。

また、近年、日本近海での水産資源の減少が懸念されている。今年6月に、ニホンウナギがIUCN(国際自然保護連合)のレッドリストで「絶滅危惧種」に指定されたことは記憶に新しい。日本が総漁獲量の約8割を消費している太平洋クロマグロ(本マグロ)も減少の一途を辿っている。太平洋クロマグロの2012年の親魚(成熟魚)資源量は約2.6万トンで、直近のピーク(1995年)の約3割にまで落ち込んでいる。危機意識を持った水産庁は、2015年1月から30キロ未満の未成魚の漁獲量を半分に制限する資源管理を開始することを発表した。

一方で、日本の水産業の弱体化も深刻な問題である。2012年の生産額(1兆4,178億円)はピーク(2兆9,772億円:1982年)の半分以下である。漁業就業者数の減少と高齢化の進行は、水産物の安定供給の担い手不足に加えて、漁村地域の経済活動の停滞にもつながる。

日本が水産物の安定供給を確保していくためには、周辺海域での適切な水産資源管理が不可欠である。以下では、水産資源の回復によって漁獲高が増加し、さらには地域経済の向上に寄与するような水産資源管理のあり方を評価するために、長崎県壱岐市のクロマグロ漁を事例に取り上げ、分析を進めてみたい。

2. クロマグロ減少が壱岐の漁業経営を直撃

壱岐市は、南西諸島周辺と日本海南西部を産卵場とする太平洋クロマグロの回遊ルート上に位置する離島である。ここでのマグロ漁は一本釣りで鮮度が高い天然物であることから、「壱岐マグロ」として高い評価を得ていて、ほとんどが東京の築地市場で流通している。

太平洋クロマグロの資源量減少は、近海生マグロの主要産地である壱岐市にも深刻な影響を及ぼしている。壱岐市内最大の勝本町漁協では、クロマグロ漁獲量が、2010年度の295トンに対して、13年度には67トンに急減している。漁獲高も2010年度の約5.9億円に対して13年度には約2億円にまで落ち込んだ。0歳魚~3歳魚(39キロ未満)の漁獲量を見ると、2010年度に250トン程度であったものが、12、13年度とも50トン未満で推移していることから、漁獲量の急激な回復は期待しにくい。

漁業従事者の減少と高齢化に加えて、近年の燃油の高騰、輸入水産物の増加など、壱岐市の水産業を取り巻く環境は厳しさを増している。近年の大きな収入源であったクロマグロ資源の減少は、漁業を主要産業の1つとする壱岐市全体の経済活動にも多大な影響を及ぼしかねない。

3. 未成魚の漁獲制限が有効

太平洋クロマグロ減少の主因は、成魚になる前の大量漁獲である。2001~2010年のクロマグロの平均漁獲尾数を見ると、その約99%が3歳魚までの未成魚であり、1歳未満の魚が67%を占めている。2015年から始まる水産庁のクロマグロの資源管理は、30キロ未満(おおむね3歳魚に相当)の未成魚を対象に、漁獲量上限を4,007トン(2002~04年平均漁獲実績の50%)に設定することで、資源回復を図るものである。特に小規模経営者が多い沿岸漁業は、全国6ブロックに分けてモニタリングし、ブロックごとに設けた上限に近づけば「警報」や「操業自粛要請」を発して管理を強化する。

富士通総研では、個体群モデルを用いて、漁獲制限の違いによる5つのシナリオを想定して、壱岐市におけるクロマグロ漁獲高のシミュレーションを行った(*1)(*2)

【図表1】漁獲制限シナリオ
BAUケース 対策を何もせずに、現状のペースで漁獲を続ける
シナリオ1 未成魚(3歳以下)の漁獲量を半減する
シナリオ2 1歳以下の漁獲量を半減する
シナリオ3 成熟魚(4歳以上)の漁獲量を半減する
シナリオ4 全年齢で漁獲量を半減する

【図表2】壱岐市におけるクロマグロ漁獲高の試算
壱岐市におけるクロマグロ漁獲高の試算

(注)対策開始前(2015年)の漁獲高を100とする
(出所)富士通総研作成

対策を何もせずに現状のペースで漁獲を続けるBAUケースでは、クロマグロの総資源量の減少に伴って漁獲高が減少する一方となる。対策開始前(2015年)の漁獲高を100とすると、5年後(2020年)には半分以下、15年後(2030年)には1/10という壊滅的なシナリオとなる。

シミュレーションの結果、漁業経営の視点から最も受け入れやすいのは、水産庁の管理強化方針に準じたシナリオ1であった。3歳以下の未成魚の漁獲量を半分に制限するシナリオ1では、対策開始後4年(2019年)までは対策開始前(2015年)を下回るが、5年後(2020年)以降、対策開始前のレベルを回復し、漁獲高は増加基調となる。

対策開始初期の漁獲高減少への影響を緩和することを狙ったシナリオ2(1歳以下の漁獲量半減)では、成熟魚の増加には不十分で、漁獲高の回復につながらなかった。また、成熟魚の漁獲量を減らして産卵量の増加を図ったシナリオ3(4歳以上の漁獲量半減)は、単価の高い成熟魚の漁獲を減らしたにも関わらず、成熟魚の増加にもつながらないために、漁獲高で見れば、対策開始後10年以上、最も悪いパフォーマンスとなった。

年齢に関わらず、すべての漁獲量を半減させるシナリオ4は、漁獲量の回復には最も貢献するが、対策初期は漁獲高が半減し、その後10年以上も漁獲高が対策開始前を下回る状況に耐えられるかということを考えると、実際に採用するにはハードルが高い。

4. 適切な漁獲制限が地域経済に貢献

次に、クロマグロの資源量回復と持続的な漁業経営が両立する実現可能な対策であるシナリオ1を取り上げ、産業連関分析を用いて、クロマグロ漁の漁獲高の変化が、壱岐市全体の地域経済に及ぼす影響を見ることとする(*3)。壱岐市の域内GDPに相当する粗付加価値合計額を産業連関分析から算出し、対策開始前(2015年)からの変化額を、BAUケースと比較してみた。

【図表3】漁獲制限の違いによる壱岐市域内GDPへの影響
漁獲制限の違いによる壱岐市域内GDPへの影響

(注)2015年からの乖離を示す
(出所)富士通総研作成

BAUケースでは、漁獲高の減少に伴う形で、壱岐市内の域内GDPは減少する一方である。対策開始前に比べて、5年後(2020年)には約1.7億円、10年後(2025年)には約2.4億円、20年後(2035年)には約2.9億円の損失という結果となった。

シナリオ1では、初期は域内GDPが減少するものの、2年後(2017年)からBAUケースより損失幅は縮小し、5年後(2020年)には対策開始前よりもプラスに転じる。15年後(2030年)には6,700万円、20年後(2035年)には約1億円が追加的に創出されるという結果となる。

シナリオ1とBAUケースの20年後の域内GDPを比較すると、約4億円の差が生じることとなる。漁業の就業人口が約1,100人(2012年)、労働機会が減少する結果、人口流出になかなか歯止めがかからない壱岐市にとって、適切な水産資源管理の実施による効果を実感できるレベルではないだろうか。

5. 経済評価を活用した水産資源管理の実践

これまで述べてきたように、個体群モデルによるシミュレーションと産業連関分析を活用することで、未成魚のクロマグロ漁獲量を半減させるシナリオ1において、資源量の回復と漁獲高の増加が両立し、地域経済にも相応な効果を及ぼすことを示すことができた。

このシナリオ1は、来年から実施予定の水産庁の資源管理施策に最も近いシナリオである。この水産庁の資源管理施策については、その効果が期待されるものの、地域の漁業者による漁獲制限の実施だけでは不十分であり、太平洋クロマグロを漁獲する関係各国の漁業者を含めた協調と管理手法の確立が求められる。また、資源管理施策の実効性を高めるためには、今回設定された沿岸漁業と沖合漁業への同一の漁獲量上限や沿岸漁業6ブロック制の妥当性や、モニタリング方式などの有効性、さらには産卵期の漁獲制限の導入などの課題についての検討が望まれる(*4)

漁獲制限が地域の漁業および地域経済にもたらす将来的な効果を定量的に示すことは、関係者とのコミュニケーションを円滑にし、課題認識など共通の理解を図るために極めて有効であり、例えば、地域漁業従事者の協力が得やすくなることが期待できる。また、今回、最も妥当と評価したシナリオ1であっても、対策開始から効果が発揮されるまでの数年間は、水産業をはじめとする地域の産業従事者が厳しい経営状況に置かれる。今回のような分析結果は、例えば、短期的な補償措置などの助成の手段や期間について、その必要性を含めて検討する際の材料としても活用できるだろう。

来年からクロマグロの漁獲制限が実行段階に移行する。その成果次第では、将来、天然のクロマグロを口にする機会がなくなり、漁村を中心に経済が疲弊して活力低下に拍車がかかる地域が増えるかもしれない。経済評価手法の改善と精緻化を図りながら、水産資源と地域経済の回復が両立する持続可能な施策の実効性と成果を検証していきたい。

注釈

(*1) : 2012年のデータを使用したため、2012年から2014年までは、いずれのシナリオもBAUケースで推移したものとしている。

(*2) : 太平洋クロマグロの総資源量に関するデータ-資源量(尾数)の初期値、自然死亡係数、漁獲死亡係数、年齢別の体重、成熟率等-は、主にInterim Scientific Committee (2014) “Stock Assessment of Pacific Bluefin Tuna in 2014”から引用した。壱岐のクロマグロ漁獲高のシミュレーションに必要なデータは、勝本町地区を中心とした現地調査から得た年齢別クロマグロ漁獲量や単価などのデータを用いた。

(*3) : 産業連関分析は、長崎県の産業連関表をベースに壱岐市統計等を活用し、KEO-RES法を用いて作成した壱岐市の産業連関表を活用した。

(*4) : 壱岐市マグロ資源を考える会では、産卵期の漁獲制限を適切に行うことで、10年を待たずに太平洋クロマグロの資源回復(水産庁目標の約4.3万トンの水準)が実現するとしている。

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濱崎 博(はまさき ひろし)
株式会社富士通総研 経済研究所 主任研究員 MSt (Master of Studies) in Manufacturing, University of Cambridge, Wolfson College, the United Kingdom. MSc (Master of Science) and DIC (Diploma of Imperial College) in Energy Policy, Imperial College Centre for Environmental Technologies (ICCET), Imperial College of Science, Technology and Medicine, University of London, the United Kingdom.
1995年 富士総合研究所(現 みずほ情報総研)入社、1997年 富士通総研経済研究所入社、2007年~2009年 国際公共政策研究センター出向、2009年5月~ 国際公共政策研究センター客員研究員。

加藤 望(かとう のぞみ)
株式会社富士通総研 経済研究所 上級研究員
2005年 米国デラウェア大学大学院修士課程修了(エネルギー・環境政策学)。NPO法人環境エネルギー政策研究所、公益財団法人 地球環境戦略研究機関を経て、2012年 富士通総研入社。