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デジタルラーニング

~米国で始まった新たな高等教育の潮流~

2014年6月12日(火曜日)

1. デジタルラーニングの起源

「デジタルラーニング」とは、コンピュータと対話しながら進める教育のことを言うが、それは今まであったコンピュータを使った遠隔教育である「e-ラーニング」と一体何が違うのだろうか? スタンフォード大学でデジタルラーニングフォーラムを主宰するミッチェル教授とローガン教授は、それは2012年に大きな2つの大きな流れが始まったことから起きたと言う。

【写真1】スタンフォード大学デジタルラーニングフォーラム
ローガン教授とミッチェル教授

【写真1】スタンフォード大学デジタルラーニングフォーラムローガン教授とミッチェル教授

1つは、コンピュータサイエンスの研究者がどっと一度に教育分野へ向かっていったということ。これまで多くの大学教授や研究者は、自分の仕事の第一の目的は研究活動で、教育は二次的なことだと考えてきた。しかし、今、コンピュータサイエンスの研究者は、その教育分野を最も重要な研究対象と考えるようになった。それはコンピュータサイエンスの研究者にとってプロセッサやメモリ、OSやプログラミングが、もはや陳腐な研究対象となってしまったからである。彼らの最新の研究分野は人間そのものである。そして、教育分野は人工知能、ロボティクス、自然言語処理、ビッグデータといったコンピュータサイエンスの最新の研究分野が適用できそうな領域が沢山ある。こうした最新テクノロジーを駆使した教育は、もうe-ラーニングという古めかしい表現では相応しくない。そして、このコンピュータサイエンスの研究者から見ると、多くの公立大学や私立大学が財政的に持続可能でなくなっているので、今までの大学に替わる新しい形の高等教育の仕組みが必要だと説く。

もう1つは、ベンチャーキャピタルが教育分野を重要な投資対象と見なし始めたことだ。リーマンショックを機にアメリカを危機に陥れた金融危機を経験したアメリカのファンドは不動産や債権よりもっと大きな価値を人的資本(Human Capital)に見い出した。GoogleやFacebook、Twitterは無から莫大な資産を築き上げた。これらの資産は、人的資本から生まれ育っている。ここに投資した方が、大きなリターンが見込まれると思ったに違いない。それは極めて健全な考えだが、一方、彼らの目には、今の大学が企業や社会が必要としているHuman Capitalをうまく育成できていないと見えている。従って、そこには大学に替わる新たな教育産業が芽生える隙間があるというわけだ。

2. シリコンバレーで加速するデジタルラーニングの流れ

コンピュータサイエンティストとベンチャーキャピタリストの考えが、ここで一致すると、シリコンバレーを中心としたアメリカにおける変化の流れは加速される。本来、ベンチャーキャピタルは起業家を育成して大きなリターンを得るわけだが、その1つ前の段階の起業家になれる人材を育成する教育機関まで作っている。まさに人に投資しているわけである。その教育機関で使われる教育手段こそが、これからデジタルラーニングになっていく。

シリコンバレーの大企業に高い評判を持っているUdemyは、スキル育成のためのデジタルラーニングの提供をビジネスとしている。UdemyのYang President & COOは大変な自信家でもあるが、自分のビジネスを語る鼻息も荒い。今や、アメリカの企業は人材育成のために優れた教育手段を提供してくれるなら、いくらでもお金を出すようになったと言う。Udemyに優れた教材を提供してくれた大学教授の中には、すでに年収1億円を超えている人が何人もいるそうだ。そのことが好循環を生み、今、Udemyには月に1000件ものデジタルラーニング教材の提供があると言う。優れた教材など選び放題で、苦労なく、どんどん集まるようだ。

【写真2】UdemyのCOO Dennis Yang
【写真2】UdemyのCOO Dennis Yang

3. オープンエデュケーションで見直される大学教育のあり方

ベストセラー著作「オープンイノベーション」で一躍有名になったUCバークレーのチェスブロウ教授は、現在、「オープンエデュケーション」をテーマにして新たな研究を始めている。チェスブロウ教授は、企業における研究開発も大学における高等教育も、今や閉じた世界の専門家だけでなく、広い世界の多くの人の知恵である集合知(Collective Intelligence)を必要としていると言う。欧州において、大学進学率の低いドイツの若年層失業率が低く、大学進学率の高いスペインの若年層失業率が高いのは、大学教育そのものの価値が問われているということだ。まさに、今、大学教育のあり方を見直す時期に来ているのではないだろうか。

【写真3】ベストセラー著作「オープンイノベーション」で有名な
UCバークレー チェスブロウ教授

【写真3】ベストセラー著作「オープンイノベーション」で有名な UCバークレー チェスブロウ教授

そうした閉ざされた大学の授業を無償で広く公開し、多くの学生や企業の求人担当者に評価してもらおうという動きがアメリカの各大学で始まった。これが大規模公開オンライン講座(MOOC)で、まさに大学無用論に対する大学側からの反撃である。そしてMOOCは、ネットワークに繋がったPCやスマートフォンがあれば、誰でも無料ですぐに始められるので敷居が低いため、人気のある授業は、すぐに全世界で何百万人も受講する大規模講座になる。しかし大きな問題は、敷居は低いが、途中で断念するドロップアウト率が極めて高いことである。

それでも、デジタルラーニングの関係者は、こんなことで滅入ったりはしない。そもそも、ドロップアウト率が高いということは、学生が手にした修了証の価値が極めて高いことを示しているということだと言う。さらに、莫大な数の受講者がいるので、そこでデータサイエンスを使えば、どこで多くの学生が躓いたかがわかり、授業内容をどんどん改善できるのである。究極的には個々の受講生に応じて授業のパーソナライゼーションができれば、人間の講師が一人ひとり丁寧に手取り足取り教えてくれるような優しい教育システムができ上がるというわけだ。UCバークレーのゴールドバーグ教授は、この点に注力して研究すると言う。そういう仕組みがe-ラーニングとデジタルラーニングの根本的な違いであろう。

【写真4】MOOCのドロップアウト率を下げる研究
UCバークレイ ゴールドバーグ教授とスタッフ達

【写真4】MOOCのドロップアウト率を下げる研究 UCバークレイ ゴールドバーグ教授とスタッフ達

今のMITのMOOCの受講生は、およそ大学在学生が3分の1、高校生が3分の1、大学を卒業した社会人が3分の1である。そこでMITは全世界で展開しているMOOCで優秀な成績を収めた高校生に奨学金を出し、MITへの留学を薦めている。こうした仕組みで、アメリカは世界中から優秀な人材を集め、第二のGoogle、第二のFacebookを起業させることで、アメリカに世界の富を集中させようという強かな戦略である。アメリカは、当分の間、世界で唯一の超大国であり続けるに違いない。

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伊東千秋

伊東 千秋(いとう ちあき)
(株)富士通総研 相談役
【略歴】
1947年生まれ、1970年 東京大学工学部電子工学科卒業、富士通株式会社入社、1998年 FUJITSU PC CORPORATION (USA) Chairman & CEO、富士通株式会社パーソナルビジネス本部長などを経て、2001年~常務理事、執行役、経営執行役常務、取締役専務、2006年 代表取締役副社長、2008年 取締役副会長、2010年 株式会社富士通総研 代表取締役会長、2012年 相談役
【社外団体】
日本経済団体連合会 産業問題委員会 産業政策部会 部会長、日・EUビジネス・ラウンドテーブルICT-WG 共同主査