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デフレ脱却後の日本経済 ~浮上する課題と求められる対応~

2014年6月4日(水曜日)

1. デフレ脱却は実現したが…

アベノミクス、ないし「異次元緩和」の最大の成果は、過去15年以上の永きに亘ったデフレに終止符を打ったことにある。この4月の消費者物価(除く生鮮食品)前年比は+3.2%であった。消費税率引き上げに伴う価格上昇の影響を除いても+1.5%程度と、明確なプラスとなっている。もちろん、これには円安の影響が大きく、とりわけ最近は輸入財と化した耐久消費財の値上がりまで寄与していることは、3月のオピニオンで指摘したとおりである。このため、今年の半ばには、円安効果の一巡から消費者物価の上昇幅がいったん縮小する可能性が高く、日銀が掲げる2%のインフレ目標を来春までに実現するのは難しいだろう。しかし、慎重な見方をするエコノミストの間でも、物価下落への逆戻りを予想する者はもう殆どいない。であれば、「物価の継続的な下落」というデフレの定義に照らして、デフレ脱却は実現したと考えるべきであろう。

では、デフレ脱却で日本経済はどう変わったのか? 「リフレ派」によれば、「物価下落予想があるため、消費者は消費を先送りしている」、「デフレによる実質金利の上昇が設備投資を抑制している」とのことであった。また、「デフレの下で円高が進み、その結果、輸出が伸びない」との議論もあった。だとすれば、デフレ脱却に加え、マイナスの実質金利、大幅な円安の進行によって、消費も投資も輸出も大きく伸びて、日本経済には力強い経済成長が戻って来る筈だが、残念ながらそのような事実は無い。2013年度の実質GDP成長率は2.3%とまずまずの数字であったが、それには公共投資が+0.7%と、消費税率引き上げ前の個人消費や住宅投資の駆け込み需要が+0.5~0.6%程度寄与していると見られ、これらを除いた実力は1%内外である。経済成長が力強さを取り戻したとは、到底言えない(*1)

確かに、個人消費は、駆け込み需要を別にしても底堅い動きを続けているが、それは過去数年のデフレ時代も同じであった。設備投資の回復テンポは、企業収益の回復に比べるとかなり鈍い。もちろん、「リフレ派」の言い分はともかく、個人消費や設備投資の金利弾力性の低さはエコノミストの世界では常識であったので、この点に大きな驚きはない。しかし、従来の経験則では、円安は輸出に大きな影響を与える筈であったから、これだけの円安にもかかわらず輸出がさっぱり伸びないのは驚くべきことである。このパズルの背景について本稿で詳しく述べるゆとりはないが、デフレ脱却後の経済成長のパフォーマンスについては、「リフレ派」ならずともdisappointingな状態と言わざるを得ない。

2. 潜在成長率の低下と完全雇用の達成

こうした物価面の成果と経済成長面の失望とを端的に示していたのが、4月末に公表された日銀の『展望レポート』だったと言えよう。そこでは、実質GDP成長率の見通しが大幅に下方修正された(13年度+2.7%→+2.2%、14年度+1.4%→+1.1%)一方、物価見通しでは従来の強気が維持されたからだ。しかし、普通に考えれば、成長見通しが下方修正されて、物価見通しはそのままというのは自然ではない。両者が整合的になるのは、潜在成長率が低下した場合である。

そこで先の『展望レポート』を見ると、潜在成長率に関する公式見解は昨年10月もこの4月も「0%台半ば」で変わっていないが、レポートの図表で確認すると、グラフが示す潜在成長率は昨年10月の0.3%台から、今回は0.2%未満と事実上「ゼロ近傍」へ低下している。とはいえ、潜在成長率の推計には様々な技術的な難しさがあり、日銀が言うとおり「幅を持ってみる必要がある」。そこで、よりシンプルに実質GDPの水準と失業率の動きを比較してみよう(【図1】)。そうすると、昨年10~12月まで実質GDPの水準はリーマン前のピーク(08年1~3月)に及ばなかった(今年1~3月の駆け込み需要でようやく抜いた)にもかかわらず、失業率は当時のボトムと並んでいたことが分かる。これは、この6年間に潜在GDPが殆ど増えていなかったことを強く示唆する。

【図1】実質GDPと失業率 【図1】実質GDPと失業率

供給力の向上につながるような構造改革は殆ど行われなかった結果であり、これでは成長率が高まらないのも当然と言えよう。しかも、現在の3%台半ばという失業率は、ほぼ完全雇用と言って良い水準である。つまり、成長の天井が下がった結果、低成長でも完全雇用が達成されたのである。

3. 忘れられた「2つの予言」の実現?

正直に言って、あまりにも簡単に完全雇用が達成されたのは、筆者にとって大きな驚きであったが、最近のマクロ経済の動きには、もう1つの大きな驚きがあった。それは、貿易赤字が急速に拡大し、昨年度は経常黒字も1兆円未満まで縮小してしまったことだ(季節調整後では、昨年10~12月、今年1~3月と2四半期連続で経常赤字だった)。迂闊にも、筆者は、こうした事態が実現するとはごく最近まで思いも及ばなかったのだが、よく考えてみると、これらは20年以上も前に予言されていたことであった。

それは1980年代後半、日本全体がバブルに浮かれていた頃の話である。当時から、少子高齢化が進むことは分かっていたから、労働供給が減少して「人手不足時代」が到来すると言われていたのだ。現に、当時も好況下で人手不足が叫ばれていたのだが、循環的ではなくて「構造的な人手不足の前兆」といった議論がなされていた。一方、対外収支の面では、大幅な経常黒字を抱え、円高(ないし「ドル暴落」)が懸念されただけでなく、米国との間の貿易摩擦が深刻化していた。こうした事態に、日本サイドから主張されたのが、「国際収支の発展段階説」に基づく「日本の経常黒字もいずれ縮小して行く」との見方だった。「現在の経常黒字は、日本国民が将来の高齢化に備えて海外に貯蓄を積み上げている結果だから、いずれ高齢社会が本格化すれば貯蓄が取り崩されて、経常黒字縮小、ないし経常赤字の時代がやって来る」というわけである。

しかし、この2つの予言はすぐには実現しなかった。労働供給の減少、貯蓄率の低下といった議論の前提自体が誤っていたのではない。そうではなく、不動産バブルの崩壊とそれに追い討ちを掛けた金融危機の到来によって、投資が貯蓄より先に、かつ大幅に低下してしまったからだ。このため、経済全体としては需要不足となり、人手はむしろ余ってしまった。また、貯蓄超過が続き、経常黒字もなかなか減らなかった。結果として、賃金が下落しやすく、また円高になりやすい、つまりはデフレを招きやすい環境が20年以上も続いたのである(【図2】)(*2)。そして、いつか人々はそうした予言自体を忘れてしまった。

【図2】貯蓄・投資バランス 【図2】貯蓄・投資バランス

ただ、労働供給の減少や貯蓄率の低下は、高齢化が進む限り、いつまでも続く。だから、投資がどこかで下げ止まりさえすれば、いずれ両者が均衡する時点がやって来る。現在起こりつつある事柄は、こうした均衡の回復によって、20年以上前の予言がようやく実現しつつあるということではないか。ただし、労働供給が減少し、貯蓄と投資も低い水準での均衡であるから、潜在成長率も低いものとなってしまったのだ(*3)。こう考えると、デフレ脱却の実現についても、アベノミクスや「異次元緩和」が功を奏したことは間違いないが、同時に、その背後でデフレ脱却を容易にするような構造変化が進んでいた影響も軽視することはできない。

4. 最大の弱点は巨額の財政赤字

マクロ経済学の教科書に従うなら、経済成長率は低くとも、デフレ脱却と完全雇用の実現は、かなり良い経済状態を意味する。異論は少なくないだろうが、国民の所得水準は既に高く、人口も減少して行くことを考えれば、経済成長は最優先課題ではないとの考えも十分あり得るからだ(*4)。しかし、こうした議論が妥当するのは、経済全体のバランスに大きな歪みがない場合だけであり、日本には巨額の財政赤字という弱点がある。貯蓄と投資のバランスが回復しつつあると言っても、それは財政赤字を前提としたバランスに過ぎない。

その上、財政の維持可能性は経済成長に大きく依存するのだ。日本政府は「2020年度までのプライマリー・バランス黒字化」を目標に掲げるが、内閣府の『中長期の経済財政に関する試算』を見ると、来年10月に消費税率を10%に引き上げても、2020年度には10兆円を上回る赤字が残るという。しかし、その試算の前提は実質2%台、名目3%台の成長が続くという楽観的なものだ。先に見たように、潜在成長率がゼロ近傍にまで低下しているとすれば、実質2%台の成長が続くというのは殆ど絵空事と言わざるを得ない(同試算で、アベノミクスが所期の成果を挙げられなかった場合を指す「参考ケース」でさえ、実質成長率の前提は1%超である)。仮に、現実的な成長見通しの下でプライマリー・バランスの見通しを再計算するならば、赤字幅はさらに大きく拡大するだろう。

なお、実質成長率の向上なしにインフレ率だけ高まっても、財政収支の改善は期待できないことは強調しておく必要がある。物価が上がれば、当然ながら歳出も増加するからだ(社会保障費は、基本的にインデクセーションされている)。もちろん、物価が1%上がった時、税収は1%以上増えるだろうが、わが国のように税収が歳出の半分程度しかない場合、(税収の名目所得弾力性が2以上ない限り)プライマリー・バランスの改善すら期待し難い。その上に、インフレ率が高まれば、現在10年債で0.6%程度の利払い費用は数倍に増える可能性がある。

5. 政策協調の枠組み転換:「第3の予言」の実現を防げ!

では、以上のような前提で、マクロ経済政策のあり方をどう考えるべきだろうか? まず、第1に確認しておきたい点は、既にデフレ脱却と完全雇用がほぼ達成された以上、優先すべき政策は需要追加ではなく、構造改革による潜在成長力の強化と財政健全化だという当たり前のことだ。過去20年あまり続いた「常に景気対策が最優先」という発想からの切り替えが求められる。第2に、本稿の冒頭で筆者は来春までの2%インフレ達成は困難と述べたが、今から2年後に2%インフレに近づいている可能性は十分にあると思う。既に完全雇用に近い状態から、景気回復が続いて行けば、労働需給は逼迫し、賃金が上昇して行くだろう。そうなれば、円安に伴う物価上昇は一巡しても、賃金上昇による物価高がそれに続くことになる(*5)

ここで筆者が懸念するのは、成長力強化も財政健全化も進まない状態で、2%インフレのみが達成されるのは、果たして望ましいのかという点である。実際、長期国債市場では「日銀がいつまでも買ってくれる」という前提で超低金利の取引が行われているが、本当に2%インフレが実現すれば、日銀は毎月7兆円にも及ぶ国債大量購入を停止(少なくとも削減=tapering)する筈だ。そうなれば、長期金利が大幅に上昇することで、財政の持続可能性に大きな疑問が投げ掛けられることとなろう。「人手不足経済」、「経常赤字時代」の到来ならばともかく、「国債暴落」という旧くからのもう1つの予言が実現してしまうことは、何としても避けなくてはならない(*6)

この点に関連して、アベノミクス「3本の矢」を政策協調の枠組みとして捉えてみよう。そうすると、元来は、(1)金融政策は、2年以内に2%インフレ実現を目指して大胆な金融緩和を行う一方、(2)財政は、当初こそ景気回復の始動に協力するが、早期に財政健全化へと舵を切り、(3)成長戦略で潜在成長率を高める、とくに(2)と(3)でデフレ脱却=金利上昇に耐えられる経済を作るというプランだったと理解できる。しかし、アベノミクス始動から1年半を経て、金利上昇に耐えられる経済、特に財政状況が実現できていない以上、「第1の矢」だけが突出して2%インフレを急ぐのは望ましくないのではないか。

だとすれば、今必要なのは政策協調の枠組みの転換だろう。巨額の財政赤字を抱える日本経済の最大の弱点が長期金利の急騰にある以上、そのリスクを抑えることを念頭に置いた枠組みが必要だ。具体的には、まず来年からの消費税率10%を速やかに決定すると同時に、社会保障改革を進めることで財政健全化に向けたcredibleな目標を設定する。その上で、金融政策は2%のインフレ目標を堅持しつつ、時間を掛けて目標を達成することとし、その間、比較的長い期間低金利を続け得るとのforward guidanceを示す。そして何より、踏み込んだ構造改革の実行により、潜在成長率が高まるという確信を企業・家計に与えることが重要だと考えられる(*7)

注釈

(*1) : もっとも、ここで主張していることは、「デフレ脱却さえ実現すれば、強い日本経済が戻って来る」という「リフレ派」の主張が幻想に過ぎないというだけであり、デフレ脱却の実現は、こうした幻想を別にしても望ましいものである。
その理由は、まず第1に、主に日銀にとってのメリットであるが、金融政策発動の余地が広がることにある。インフレ率が低過ぎると、正常な金利水準(=平均的なインフレ率+自然利子率)も当然低水準となる(ここで「自然利子率」とは、ラフに言って経済の実力に見合った実質金利水準を意味する)。このため、経済にマイナスのショックが襲うと、この正常な金利水準もマイナスになり、簡単に所謂「名目金利のゼロ制約」に突き当たってしまう。この点を考慮すると、平均的なインフレ率をプラスに保つことで、ゼロ制約に突き当たるリスクを少なくする「糊代」を持つことが望ましいのである。後述のように、日本経済の潜在成長率が低下しているならば、自然利子率も低いと見られるため、この点は一層重要となる。
第2のメリットは、緩やかなインフレ環境の方が相対価格、相対賃金の調整が容易だという点にある。今、ある企業の中に成長部門と衰退部門があるとしよう。ゼロ・インフレの場合には、成長部門の賃金を上げる一方、衰退部門の賃金をカットすることが必要となるが、労働者の士気への影響なども考えると、これは簡単ではない。しかし、緩やかなインフレ環境ならば、成長部門の賃金を引き上げる一方で、衰退部門の賃金は横這いとすることで実質賃金を切り下げる調整が可能となる。

(*2) : この【図2】は、あくまでイメージ図として理解されたい。経済全体のISバランスを考える場合には、企業貯蓄や財政収支なども考慮する必要がある一方で、すべての要素を考慮すれば、事後的には貯蓄と投資は必ず一致する。このため、事前のISバランスを簡単に図示することは不可能なのである。

(*3) : 潜在成長率の低下に関しては、3月のオピニオン「潜在成長率はさらに低下した?」でも取り上げた。ただし、その際は(1)予想以上の消費者物価上昇、(2)予想を大きく上回る貿易赤字の拡大、(3)潜在成長率低下の可能性という、過去1~2年で起きたパズルに解答を与えるという観点から、日本製エレクトロニクスの凋落に焦点を当てて論じた。しかし、潜在成長率の低下は、労働供給の低下と投資率の低下を背景に、長期間緩やかに進んできた現象でもあり、本稿ではこちらの側面に焦点を当てた。より精確には、長期的な潜在成長率の低下トレンドに、足もとはエレクトロニクス凋落に伴う生産性(TFP上昇率)低下が加わった結果と見るべきであり、両者は補完的に理解する必要がある。

(*4) : ここでは、人口1人あたり、さらに生産年齢人口あたりの成長率で見れば、2000年以降の日本経済のパフォーマンスは、他の先進国に比べ見劣りがするものではなかった点を確認しておこう。

(*5) : 現在の失業率(3.6%)と有効求人倍率(1.08)は、リーマン前の好況期のボトム/ピークと一致する。しかし、労働需給の実態は、当時とは大きく異なる。当時は、輸出主導の景気であったため、人手不足が深刻なのは主に製造業だったが、今回は、公共投資・消費主導の景気の下で、建設現場や外食・小売等での人手不足が深刻化している。
一般に、製造業の特に正規職員の場合、留保賃金(reservation wage)と実際の給与との格差はかなり大きいため、労働需給が逼迫して留保賃金が上昇しても、それが直ちに賃金上昇に繋がるとは限らない(加えて、企業特殊的技能を背景とした労働移動の困難さがある)。一方、建設や外食・小売等(の特に非正規雇用)では、留保賃金と実際の賃金の乖離は小さく、労働需給の変化が賃金に反映されやすい。また、賃金が上昇した場合、後者の方が消費者物価に影響を及ぼしやすいと考えられる。

(*6) : ISバランスに即して考えれば、この3つの予言が密接に連関し合っていることが理解できよう。貯蓄超過が解消すれば、財政は引っ込む必要があり、経常赤字となれば、国債を国内の資金のみで消化することはできなくなる。

(*7) : ここでもISバランスに即して考えれば、財政赤字の削減によって貯蓄を高める一方、成長戦略で投資率を高めることで、より高い水準での均衡を目指すということになる。
ただし、日本の現状においては、海外生産などで輸出型製造業のシェアが低下する一方、生産性の低い介護などの分野に大量の雇用を投入しなくてはならない以上、自然に放置すれば生産性(TFP)は低下しがちだという点を念頭に置く必要がある。つまり、構造改革には重力に逆らって飛ぶ覚悟が求められるのだ。なお、筆者個人の成長戦略に関する考え方については、拙稿「好循環実現に求められる抜本改革」(月刊公明2014年5月号)参照。

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早川 英男(はやかわ ひでお)
経済研究所エグゼクティブ・フェロー
1954年愛知県生まれ。1977年東京大学経済学部卒、日本銀行入行。1983~1985年米国プリンストン大学大学院(経済学専攻)留学(MA取得)。調査統計局長、名古屋支店長などを経て2009年日本銀行理事。日本銀行在職期間の大部分をリサーチ部門で過ごした後、2013年4月より現職。
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