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「異次元金融緩和」:1年後の評価

2014年5月13日(火曜日)

1. はじめに

日銀の黒田新総裁が「量的・質的金融緩和」、別名「異次元金融緩和」を打ち出したのが昨年の4月4日であったから、それからすでに1年以上が経過した。この壮大な社会実験の成果を現時点でどう評価すれば良いのだろうか? 周知のように、「異次元金融緩和」とは、

  1. 2年間でマネタリーベースの量を2倍にすること(「量的」金融緩和)、
  2. 市場から購入する長期国債を残存期間の長いもの(平均7年程度)中心とし、ETFやREITをも購入すること(「質的」金融緩和)を通じて、
  3. 2年以内に消費者物価上昇率2%の達成を目指すこと(インフレ目標)

の3本柱から成るものであり、すでに短期金利がほぼゼロに達してしまった後、様々な手段で金融緩和効果を狙う典型的な非伝統的金融政策(unconventional monetary policy)である。

昨年6月のオピニオンで筆者は、非伝統的金融政策の効果について、経済学界には「理論的にも実証的にも定説が無かった」と述べた。この点に依然変化はないが、その後の研究も踏まえつつ、あえて現時点での標準的な見方を示すならば、「株価や為替レートなどの資産価格には明確な影響が見られる一方、実体経済に及ぼす影響は不明確、ないし一時的に止まる」ということになろう(注1)。「異次元金融緩和」の効果に関しても、基本的にはこうした見方が当て嵌まると思う。

2. 明確な資産価格への影響

まず、大胆な金融緩和が大幅な円安、株高をもたらしたのは明らかだ。実は、円安・株高は一昨年の衆議院解散の頃から金融緩和を先取りする形でスタートしていた。普通は、これだけ予め株価等に織り込まれてしまうと、新たなサプライズを与えるのは難しいものだが、「異次元金融緩和」の内容は市場の期待を遥かに上回り、一層の円安・株高を演出することとなった。そういう意味で黒田日銀のデビュー戦は見事だったと思う。

もちろん、円安・株高は金融緩和だけでもたらされた訳ではない。為替については、(1)一昨年秋口には、それまで円高要因として働いていた欧州情勢に落ち着きが見られ始めていたこと、(2)貿易赤字幅が従来考えられていた以上に大きく、持続的であることが認識され出したこと、が影響したと見られる。株価に関しては、(1)一昨年11月を「谷」に、景気循環が上向きに転じていたこと、(2)株式市場が自民党の政権復帰を歓迎したこと(注2)、を指摘できよう。しかし、仮にこうした要因で相場の流れは変わっていたとしても、大胆な金融緩和なくしてあれだけの顕著な円安・株高はあり得なかったのも事実だ。

一方、長期金利についても、確かに「異次元金融緩和」導入直後の昨年4~5月には一時乱高下が見られたが、その後は市場・日銀双方に学習効果が働き、落ち着いて推移している。日銀の大量国債買入れの結果、市場の流動性が低下し、市場参加者のリスク感覚が麻痺している嫌いはあるが、昨年央以降、欧米の長期金利が大きく上昇する中でも、日本の長期金利は0.6%程度で安定している。結果として、長期の実質金利は大幅なマイナスだ。

3. 経済成長への影響は限定的

このように「異次元金融緩和」は、資産価格には明確な影響を与えた一方、実体経済への影響は限定的のようだ。確かに、物価は大方の予想を上回って上昇に転じ、今年2月の消費者物価前年比(除く生鮮食品)は+1.3%に達した。しかし、これは3月のオピニオンで指摘したように、エネルギー・食品だけでなく、テレビやパソコンの価格までもが為替の影響を受けるようになった結果であり、広い意味での円安の効果によるものだ。だとすると、今後さらに大幅な円安の進行がなければ、日銀が掲げる2年以内に2%インフレの目標達成は難しい。

それ以上に、経済成長への波及が限定的であることがはっきりしてきている。昨年前半の実質GDPが年率4%超の高成長を示したこともあり、一時期は「株高の資産効果による個人消費の堅調と為替円安による輸出の増加が景気回復のリード役」との見方が広がった。しかし、その後は(1)安倍政権下での個人消費の伸びは、リーマン危機後のトレンドを上回るものではないこと、(2)これだけの大幅な円安にもかかわらず、輸出の伸びがほとんど見られないこと、が次第に明らかになって行った。この間、成長率を大きく押し上げたのは公共投資の増加だ(昨年後半は、公共投資の増加を除くとゼロ成長であった)。いずれにしても、「物価下落予想で個人消費が先送りされている」、「デフレによる実質金利の上昇が設備投資を抑制している」などとして、デフレ脱却さえ実現すれば、経済成長が飛躍的に高まるかのような幻想を振り撒いた「リフレ派」の主張に根拠が無かったことは、今や明らかだと言える。(注3)

4. 「異次元金融緩和」の評価:成果と不安

以上を踏まえて、「異次元金融緩和」の結果を評価するならば、いくつかの留保条件を付けた上で、「実験は大きな成果を収めた」とするのが公平だろう。円安や株高は企業収益にプラスに働いただけでなく、何と言っても人々の心理を明るくする効果を持った。物価も「2年で2%」は難しいとしても、久々のベースアップまで実現した今、大きなショックがなければ簡単にマイナスに戻るとも思えない。そう考えれば、何とか「デフレ脱却は実現した」と言って良いのではないか。経済成長への波及の乏しさは、狭い意味では日銀の守備範囲外であり、まずは政府の成長戦略の遅れが責めを負うべきだろう。もちろん、「反リフレ派」は「円安・株高は偽薬(placebo)効果に過ぎない」と主張しているが、偽薬も効くことが知られている以上(注4)、時にはそれをうまく利用するのが上手な医者というものだ。黒田総裁は大胆にリスクを取って、その対価を得たのだと思う。

しかし、留保条件には重いものがある。まず、多くの識者が指摘するように、黒田日銀は前期試験に合格したに過ぎない。昨年8月のオピニオンに詳しく述べたように、非伝統的金融緩和の難しさは、それをいかに終わらせるかという「出口」にあり、この後期試験を通過しないと単位は貰えないのだ。また、出口において、日銀が大量に購入した長期国債の値下がりにより巨額の損失を蒙る可能性があること(それは最終的に国民負担となる)を考えると、いつまでも時期尚早として出口の議論を封じ続けるべきではない。ただ、筆者自身の見方では2%目標の達成はまだしばらく先なので、まずは米国の量的緩和縮小(所謂tapering)の動向を見極め、その経験からしっかりと学ぶことが重要だと思う。

もう1つの留保条件はより複雑である。一般に、インフレ抑制とデフレ脱却は対象的ではない。インフレ抑制には中央銀行に独立性を与え、単独でインフレに立ち向かうのが望ましい一方、デフレ脱却には政府と中央銀行の協力が欠かせないからだ。このため、「異次元金融緩和」の評価も、「アベノミクス3本の矢」の中で考えなることが必要になる。この点、「3本の矢」は理想的に運用されたならば、極めて優れたデフレ脱却策だったと思う。まず第1、第2の矢で景気に勢いを付け、そこで蓄えたpolitical capitalを糧に第3の矢=構造改革に取り組んで潜在成長率を高める。それを踏まえて、今度は財政健全化に舵を切り、最後に金融政策の出口に向かう。この順序で速やかに矢を放ち続けることが鍵であった。

しかし、残念ながら第3の矢は一向に放たれようとしない。消費税率は上がっても財政発動が繰り返され、国際公約であった筈の「2020年度までのプライマリー・バランス黒字化」は、今や実現性を欠いたお題目と言う外なくなっている。そうした状況では、日銀の政策自体に何の変化はなくとも、金融緩和は次第に財政赤字ファイナンス(monetization)の性格を強めて行ってしまうのだ。幸か不幸か、国債金利は「2%インフレは当分達成できず、日銀はまだまだ国債を買い続けてくれる」と決め込んで低位安定している。しかし、より広く金融市場を見渡せば、徐々に構造改革の遅れへの苛立ちが溜まり始めており(注5)、このままではいずれ長期金利の急上昇や株価の急落といった市場の反乱に繋がりかねない。アベノミクス最大の立役者の1人であり、かつ金融政策の重責を担う黒田総裁は、財政再建や構造改革の必要性について、もっと強く主張されても良いのではないだろうか。

注釈

(注1) : この点、国内では安易に「欧米の量的緩和が絶大な成果を収めたことは広く認められている」といった論調を眼にするが、これはWall Street JournalやFinancial Timesの見方を鵜呑みにしたものだと思われる。海外でも、マクロ経済学者からはより懐疑的、ないし批判的なコメントが多く聞かれている。

(注2) : これは、民主党政権によるCO2の25%削減目標、労働規制強化、震災後の原発への対応等が、ことの善悪は別として、株式市場からはアンチ・ビジネスと受け止められていたためである。

(注3) : もっとも、個人消費や設備投資が実質金利にあまり反応しないことは、実証経済分析の専門家の間では以前から「常識」であった。実証的なサプライズは、やはり輸出の伸び悩みの方である。

(注4) : なお、「偽薬が効く」ことについては、単に心理的な気休め効果を持つだけでなく、しばしば客観的な生理的検査結果などにも影響を及ぼすことが知られている。

(注5) : 事実、5月の連休明けには、日経平均株価が一時前年同期を下回るに至った。これには、ウクライナ情勢の緊迫などが影響しているが、同時に、構造改革を期待して日本株を買っていた外国人投資家の間で徐々に失望感が広がっている点も軽視できない。

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早川 英男(はやかわ ひでお)
経済研究所エグゼクティブ・フェロー
1954年愛知県生まれ。1977年東京大学経済学部卒、日本銀行入行。1983~1985年米国プリンストン大学大学院(経済学専攻)留学(MA取得)。調査統計局長、名古屋支店長などを経て2009年日本銀行理事。日本銀行在職期間の大部分をリサーチ部門で過ごした後、2013年4月より現職。
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