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イノベーションのためのデザイン思考Design Thinking for Innovation

2014年4月21日(月曜日)

最近「デザイン思考(design thinking)」という言葉を耳にすることが非常に多くなった。しかし、あるデザイン専門誌は「デザイン思考の誤解」という特集を組み、米国のデザイン経営学会会議では「デザイン思考は終焉したか」をテーマにするなど、その拡がりとともに様々な定義や解釈が出され、一部では失望や混乱を招いている。

中でもデザイン思考は「モノを創る新しい方法である」といった解釈は、結局これまでのモノづくり手法の1バリエーションの範囲に押しこめてしまうものだ。デザイン思考は、これまでのモノづくりのビジネスモデルやシステムを超える、モノとコトを融合させるデザインの知の可能性を示唆している。

そこでデザイン思考の生まれた背景、一般的解釈、今後の課題などについて、改めて整理しておきたい。

1. 背景

デザイン思考への関心の背景には大きな経営環境の変化がある。例えば単なるモノの製造・販売から、「顧客経験を提供する(ネットワーク化された)サービス・プラットフォームとユーザー接点のデバイスの組み合わせ」が基本的ビジネスモデルとなったことなどである。

ネスト・ラボ社はアップルiPodを開発したトニー・ファデル氏が創業したメーカーだが、人工知能でユーザーの利用状況を学習するサーモスタットを発売し話題になった。最近では煙探知機を発売した。さらに、グーグルが2014年1月に同社を買収したため注目を浴びた。容易に想像できるように、こうしたデバイスが生活者データを収集し分散的に制御するプラットフォームとして確立されると、モノとしての家電はコモディティ部品となっていく。

結論から言うと、コトや経験に経済価値の源泉がシフトした、ということだ。ただし、よく言われる「モノからコトへ」は短絡的だ。「コトの中にモノ(やその技術)が埋め込まれていく」ということなのである。

そこで、製品価値を技術的優位性やコストで測るのでなく、ユーザーの抱える問題をコトや経験という質的価値の観点からとらえ、解消や解決を図る知的方法論が望まれるようになった。こういったアプローチは人間中心イノベーション(human-centered innovation)と言われるものである。その1つがデザイン思考だった。

2. デザイン思考登場の経緯

デザイン思考は米国のイノベーション・コンサルティング・ファーム、IDEO社が自社のアプローチを概念化したものとされている。ただ、ほぼ最初にデザイン思考という術語を使ったのはP.G.ロウの『デザインの思考過程』(Design Thinking 1987年)だ。ブラックボックスとされていたデザイナーの思考過程を最初に理論化した。これはデザイン思考とは言えないという短絡的批判もあるが(理由は人間中心アプローチでなく、情報処理的過程論だという)、それでも方法論を抽出した功績は大きい。

また、IDEOの創業者の1人ビル・モグリッジは「インタラクション(相互作用)・デザイン」の創始者であり、それは人とモノ、人と情報、人と人、あるいはモノとモノの関係を研究する独創的アプローチだった。典型的にはユーザー・インターフェースのデザインである。そこに媒介としてのモノは介在するが、価値の源泉は相互作用のあり方から生まれると考えていた。こうして、情報処理の世界からのデザインの方法論が、モノの世界にも入って来たのである。

実は近代的デザインは20世紀初頭以来、大きく変化して来た。(1)既にあるモノにスタイルと色を施して消費者の欲望を喚起するデザイン(1920年代以降)、(2)従来なかった技術的機能(例えばコンピュータ・マウス)に形態を付与するデザイン(1970年代以降)、(3)モノを用いて無形のコト(相互作用や経験)を創出するデザイン(1990年代以降)。デザイン思考はこの第3期の方法論なのだと言える。

3. デザイン思考の実際と本質

以上のような背景と経緯を経て、デザイン思考はイノベーションのための方法論として大いに注目されることとなった。

今「デザイン思考ワークショップ」としてIDEOなどによっても提供されるのは一連のプロセスである。それは(ⅰ)観察(observation)、(ⅱ)アイデア創出(ideation)、(ⅲ)プロトタイピング(prototyping)、(ⅳ)ストーリーテリング(story telling)である。これに沿ってエスノグラフィー等の手法を用いて観察し、ポストイットを用いてアイデア出しをして、ラフな模型を使ってそのアイデアを表現する、といった光景が多くワークショップ等で見られるようになった。

ただし、このプロセスは、むしろ従来の知の創造の方法論を連結したものと言える。例えばIDEOのブレーンストーミングの7つのルールは、米国の広告マン、オズボーンのルールのバリエーションだ。

つまり、これらはあくまでプロセスで、デザイン思考の「認識論的側面(epistemological aspect)」を表すものだと言える。この点でデザイン思考は知識創造プロセスの1形態と解釈できる。

  1. 観察=共同化(顧客現場での暗黙知の獲得)
  2. アイデア創出=表出化(対話による概念の抽出、暗黙知から形式知への変換)
  3. プロトタイピング=連結化(伝達可能な形式知の創出)
  4. ストーリーテリング=内面化(顧客現場や組織成員の深い理解の形成)

では、なぜデザイン思考が重要なのか?それは知識創造の「存在論的側面(ontological aspect)」を実践するからである。具体的には、身体や情感を駆使し、世界(現場)の直観から洞察(insight)、概念(concept)、模造(prototype)などを創出することで、現実を変化させる知識創造の「場」を提供することが重要だと言える。

4. 限界と今後の可能性

以上、簡単に触れたように、デザイン思考はイノベーションの実践知と言える。ただし、そこにはいくつか留意すべき点があるので挙げておきたい。

  1. 部分的採用の限界
    デザイン思考プロセスを鳴り物入りで某メーカーに紹介したコンサルタントの例だが、結局失敗した。それは既存の開発プロセスの持つ本質的課題をとらえることなく、新奇な手法として導入しようとしたからである。何故、どのようなポイントや頻度で(そしてどれくらいの投資で)こういった方法を採用するかを考慮しなければならない。
  2. デザイン思考がすべてでない
    ある本の中にIDEOの方法でアップルのiPodが生まれてきた、と書いてあったのでIDEOのフェローの1人に聞いてみたところ、それは事実ではなかった。アップル社のような独自のデザイン・アプローチもあり得る、ということを認識すべきだと思う。まして、現代的デザインは1世紀程の歴史を持ち、もっと多くの可能性を持っている。経営資源としてデザインをどう活用するかも重要である。
  3. モノを創る力
    デザイン思考ワークショップのファシリテーターはプロトタイピングなどを司るが、これに対する懸念は、造形や視覚教育を受けていないファシリテーターがプロトタイプ製作することへの疑問である。一方、重要とされるエスノグラフィーはデザイン教育機関のカリキュラムにはなかったものだ。新たなデザイン教育の基盤を再考しなければならないのだ。
  4. 意志と目的
    最後に、デザイン思考ワークショップに参加しても、イノベーションは生まれない。それはあくまで手段である。重要なのは「何のために」、という目的である。自分が何かやりたいという思いをもとに、それを超えて(究極には共通善に向けて)社会や世界をよりよく変えて行こうという目的意識である(筆者はこれらを総括して目的工学と呼んでいる)。

(*)本稿は2014年2月27日のJIDA(日本インダストリアルデザイナー協会)フォーラム「デザイン思考のデザイン」基調講演の草稿をもとに加筆修正したものである。

関連リンク

トポス会議


紺野先生

紺野 登(こんの のぼる)
KIRO(知識イノベーション研究所)代表、多摩大学大学院教授。慶應義塾大学システムデザインマネジメント科特別招聘教授。
著書:『知識デザイン企業』『ビジネスのためのデザイン思考』『利益や売上げばかり考える人は、なぜ失敗してしまうのか(目的工学)』など。富士通総研が事務局を務めるw3i(ワールド・ワイズ・ウェブ・イニシアティブ)の発起人であり、w3iが主催するトポス会議の企画および当日のファシリテーションも行っている。